「松本清張の蛇足的研究」のTOPページへ

松本清張_贋札つくり 

No_284

題名 贋札つくり
読み ガンサツツクリ
原題/改題/副題/備考 【重複】〔(株)講談社=増上寺刃傷(講談社文庫)〕
本の題名 松本清張全集 35 或る「小倉日記」伝・短編1■【蔵書No0106】
出版社 (株)文藝春秋
本のサイズ A5(普通)
初版&購入版.年月日 1972/02/20●初版
価格 880
発表雑誌/発表場所 「別冊文藝春秋」37号
作品発表 年月日 1953年(昭和28年)12月
コードNo 19531200-00000000
書き出し 明治二年の早春の或る夜、福岡藩権大参事小河愛四郎の許へ、もと勘定奉行をつとめ、今は隠居している山本一心がたずねてきた。一心は六十に近い老人だが、この頃は誰に会っても藩の財政の困窮していることを心配している。藩では諸経費を節減し、出費を抑えているが、なかなかそのような姑息なことでは藩財政の行詰まりは打開されそうもない。一心が、その夜、小河愛四郎に切り出した話はいつもの愚痴ではなく、重大な進言だった。彼はこういうことを云った。福岡藩は維新前後の難儀つづきで多額の出費が重なった上、更に奥羽出兵で莫大な費用を要した。それに、新政府が新しく発行した金札の信用を保つため、石高貸付と称して万石について二千両の正金を金札と引替えに差出せといって来て居り、その調達に難渋している。こういうようなことが重なって、近頃は藩の財はいよいよ枯渇した。ところが、財政で苦しんでいるのは当藩ばかりでなく、他藩も同じである。
あらすじ感想 時は江戸末期から明治へ
廃藩置県前の福岡藩。作品の分類を単に短編としていたが「時代」小説とすることにした。
読後の第一印象としては、前に紹介した「疵」に似ている。
発表時期は1953年、初期の作品である。「疵」が1955年の作品である。
当時清張は精力的に時代小説を書いていた。

【1953年発表作品】●「啾々吟」・「戦国権謀」・「三位入道」・「英雄愚心」など

【1954年発表作品】●「奥羽の二人」・「乱雲」・「酒井の刃傷」など

【1955年発表作品】●「武士くずれ」・「二代の殉死」・「面貌」・「噂始末」・「白梅の香」など

池波正太郎や藤沢周平の時代小説と清張の時代小説は、趣が違う。
違いは当然であるが、清張作品もおもしろい。

さて
藩財政の窮乏を「贋札つくり」で凌ごうとする、権大参事、もと勘定奉行など数人の藩幹部。
その悲劇的結末。
幕末から新政府が樹立され廃藩置県前の福岡藩の財政窮乏は、
現代社会の政府、地方治自体の財政再建と通じて興味を引く。

話の展開は、起承転結がはっきりしている。


首謀者山本一心が共謀の人集めをする

首謀者がそろう。「贋札つくり」の為の職人が集められ、「贋札つくり」は実行に移される。

病気の職人一人を家に帰すことで「贋札つくり」が時の政府にばれる。

首謀者たちは掴まり、処刑される。

贋札つくりの首謀者たちは、それぞれの事情、経緯で否応なく参画してゆく。
山本一心は、「贋札つくり」の提案者として、まず、福岡藩権大参事小河愛四郎を訪ねる。
>六十に近い老人
の山本一心が
>小河愛四郎に切り出した話はいつもの愚痴ではなく、重大な進言だった。

●小河愛四郎
初心な上役が練達な下役から受けると同じ圧迫を感じた。
山本一心の「心配のないことです」

●福間重巳
「よいわ、己れひとりの始末で済むことよ」

●矢野安雄、立花増美
突然腹立たしい声が福間の口から衝いてでた
「矢野氏も立花氏もお聞き下されい。実は直ぐに御同意下さるものと思い、
ご相談いたしたのだが、ことは内々に実行に移っている...
御同意を得られぬとあっては、覚悟の次第がござります」

かなりの人物が登場するが、一人一人は、深くは描かれていない。

主人公というべき首謀者の山本一心は志半ばで死亡する。

「贋札つくり」は、失敗する。その結末は、清張らしい結末となる。
処刑される首謀者たちの最後がそれぞれである。

福間重己は、
>福間重己は、鬱々として沈んでいた。出口の格子に掴まって血相を変えて叫ぶ。
>それは多くは矢野や死んだ山本一心の悪口であった。
>しばらく日がたつと、福間は暗い隅の方で、独りで何かいっては笑うようになっていた。

福間は狂ったのである。

立花、矢野、小河、徳永、三隅の5名は大伝馬町の牢獄で斬刑となった。

立花は、
>立花は役人が呼びにくると、「ああ、そうかえ」.....駕籠に乗った。

小河愛四郎は、
>放心したように座ったままなので、役人が手をかそうとすると、気づいたようにその手を払った。

矢野は、
>駕籠の移った時、突然空虚な声を出して笑った。....
>己があれほど不安がっていた運命に見事にはまり込んだのを嘲ったのかも知れぬ。


矢野安雄の妻りんは、
>昭和二年、七十五歳まで福岡で生きていた。裁縫の教師ををしたり、親戚の家を転々としたりして、
>幸福な生活ではなかった。


人生には、その流れに否応なく流されることがある。
流れの行く末は、ぼんやりと見える。それでもその流れに流される。

その流れに身を任せる決意は

>今まで、彼らの心を晴々とさせていたのは、それが藩の財政の危急を救うという、
>忠義を信じていたからである。君国の為に犠牲になるという美しい思念に酔っていた。
>その心の底には、彼らの行為が藩から密かに賞賛されることもさることながら、
>残された家族が安泰に保護され、大事がられるであろうという計算もある。
>そして、この計算が彼らの忠節な心の支えとなっていた。


に、寄っていた。

>然るに国元の評判はまるっきり反対である。彼らの行為は藩の名誉に泥を塗った
>裏切り者のように
>悪口されている。家族が大切にされるなど思いもよらない。


自己弁護をしながら深みにはまる、悲しい人間はいつの時代にもいるのである。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
蛇足
食品会社での賞味期限の不正が取り座沙汰されている。
汚職事件などで談合が問題にされる。
彼らは会社に忠誠を誓い「よかれ」と思って、その流れに身を投じる。
それは、「密かに賞賛」される行為とでも思っているのだろう。
しかし、「評判はまるっきり反対である。彼らの行為は藩(社)の名誉に泥を塗った裏切り者」
なのである。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

●出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
※【廃藩置県】 (はいはんちけん)
廃藩置県(はいはんちけん)は、明治維新期の明治4年7月14日(1871年8月29日)に、
明治政府がそれまでの藩を廃止して、地方統治を中央管下の府と県に一元化した行政改革である。

※【弾正台】 (だんじょうだい)
弾正台(だんじょうだい、彈正臺)は、律令体制時代の監察・警察機構。四等官制における四等官は
カミが尹(いん)、スケは大弼(だいひつ)、少弼(しょうひつ)が各1名、ジョウは大忠(だいちゅう)1人、
少忠(しょうちゅう)2名、サカンは大疏(だいそ)1名、少疏(しょうそ)2名がいた。その下には
台掌(だいしょう)、巡察弾正などの役も置かれた。織田信長も弾正忠に任ぜられたことがある。
1869年(明治2年)に改めて設置されるが、1871年(明治4年)司法省に統合。



2007年8月21日 記
作品分類 小説(短編・時代) ※明治時代だが「時代物」とする 12P×1000=12000
検索キーワード 偽金・廃藩置県・福岡藩・新政府・勘定奉行・出兵・権大参事・藩財政・弾正台・大伝馬町・斬刑・発狂
登場人物
小河 愛四郎 藩権大参事。三十にも満たないで親の重職を継ぐ。山本の贋札つくりの進言を承知
山本 一心 贋札つくりの提案者。過労で志半ばで死去。元勘定奉行。今は隠居。六十に近い老人
福間 重巳 癇癪持ち。発狂する。最後は黒田藩邸に放還
矢野 安雄 藩権大参事。年は若いが上席。大伝馬町の牢獄で斬刑
立花 増美 藩権大参事。大伝馬町の牢獄で斬刑
黒田 長知 甲斐守。藩知事従四位
徳永 織人 少参事。大伝馬町の牢獄で斬刑
三隅 伝八 司計局判事。大伝馬町の牢獄で斬刑
新蔵 贋札つくりに集められた職人。病気になるが、町医者大麻の計らいで家に帰される。
大麻 元藩医で今は町医者。病気の新蔵を診る。矢野に新蔵を家に帰すように進言する。
渡辺弾正大忠 渡辺昇。弾正台の役人
新蔵の女房 夫の新蔵から「贋札つくり」の事情を聞き密訴する。「贋札つくり」露見の原因となる。
りん(矢野りん) 矢野安雄の女房。後妻。十七歳。昭和二年、七十五歳まで福岡で生きていた。

贋札つくり




■TOP■