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松本清張_夕日の城 絢爛たる流離(第六話)

No_106

題名 絢爛たる流離 第六話 夕日の城
読み ケンランタルリュリ ダイ04ワ ソウロ
原題/改題/副題/備考 ●シリーズ名(連作)=絢爛たる流離
●全12話=全集(全12話)
 
1.土俗玩具
 2.小町鼓
 3.
百済の草
 4.
走路
 5.
雨の二階
 6.
夕日の城

 7.
 8.
切符
 9.
代筆
10.
安全率
11.
陰影
12.
消滅
本の題名 松本清張全集 2 眼の壁・絢爛たる流離【蔵書No0021】
出版社 (株)文藝春秋
本のサイズ A5(普通)
初版&購入版.年月日 1971/06/20●初版
価格 800
発表雑誌/発表場所 「婦人公論」
作品発表 年月日 1963年(昭和38年)6月号
コードNo 19630600-00000000
書き出し 山辺澄子にその縁談があったのは、秋の半ばだった。澄子の父親は、本郷の裏町で古物屋をしている。ひと頃は、終戦直後の物資不足で、古道具も品物さえあれば面白いくらい儲かった。それで多少金が出来て、父親のかねての念願だった骨董を扱うようになった。父親は自分では骨董商と言っている。店の横に小さな飾窓を取り付け、薄縁を敷いて、その上に古い皿や壺、刀などを並べ、ひとかどの骨董商の店の構えを造った。澄子はある会社の事務員をしていたが、二十五歳になっていた。それまで縁談はあったが、どういうものか、まとまらなかった。彼女の過去に恋愛らしいこともないではなかったが、これも結婚までには進まなかった。その縁談を持ち込んできたのは粟島重介といって、戦後に一度代議士になった男である。今では京橋に「粟島政治研究所」という看板を掲げている。
あらすじ感想    三カラット純白無垢 ファイネスト・ホワイト。丸ダイヤ。プラチナ一匁台リング。
昭和二十×年三月十五日
同業光輪堂ヨリ買取ル。シカシテ、コノ宝石ハ昭和×年麻布市兵衛町谷尾妙子ノ妹淳子ヨリ買取リタルノヲ、一ヶ月後、青山高樹町大野木保道氏ニウリタルモノ。
余ン手帳ヲ見レバ、同氏ハ朝鮮に赴く愛娘ノ結婚記念ニ与エタコトニナッテイル。
イカナルメグリアワセカ、コノ同ジ品ヲ同業者光輪堂より見セラレタトキ、余ハ忽チコレヲ言イ値ニテ買取ル決心ヲシタ。
十一月十八日 コレヲ群馬県××町ノ農業平垣富太郎氏ニ売ル。コノ仲介ハ中央区京橋××番地粟島政治経済研究所所長粟島重介氏ニヨル。

(宝石商 鵜飼忠兵衛ノ手記ヨリ)


ダイヤの行方が最初に記されている。
前作の【雨の二階】では、終戦のどさくさに将校が略奪でもしたことになっている。
そして、そのダイヤを手に入れた、当事者である畑野寛治とその妻は死亡、最後に愛人の女が持ったままなのかは不明。

山辺澄子に縁談があった。
縁談を持ち込んだのは粟島重介。「粟島政治経済研究所」の所長。四十二歳、小肥り精力的な体格。
商売がら話がうまい男。政界の裏に通じていた。胡散臭さがプンプンの男である。
この粟島と、山辺澄子の父が懇意だった。(なかなか父の名前が出てこない)
澄子の父は古物商をしていた。粟島の口利きで相当儲けたこともあり粟島を信頼しきっていた。
古物商だが、骨董品に関しては目利きの素養も無く、粟島を頼りにしていた。
>「さすがに代議士をしたこともあるだけに、粟島さんはたいしたもんだ。次の選挙にはもう一度立つと言っていたが、...」
>「...運よく行けば、将来、大臣ぐらいにはきっとなる人だ」

澄子は父の話を聞きながら、無知な父親が粟島から揶揄されているような気がした。
しかし、その後も父親は粟島に傾倒していった。

会社勤めの澄子が、粟島重介に初めて会ったのは、ある晩遅く、たまたま表の戸を閉めようとしていたとき
車で粟島がやってきた。
父は天手古舞で歓待した。(「転手古舞」と書かれている)
>「ほほう、お宅にはこんないい娘さんが居たのかね?」
父親の反応に粟島は
>「それは結構だな」
そう言いながら、粟島の眼が澄子の顔にじっと注がれた。
紅茶を出した澄子は座敷に下がった。

話の成り行きで澄子の縁談話が話題になる。
>「...なにかいい話があればと思っています」
>「それなら、いつでも嫁にやる気はあるんだな」
>「もちろんですや。.........先生、どこか心当たりがありましたら、ひとつお願いします」
>「うむ.....そりゃぜひ考えとくよ」

すでに粟島に、は心当たりがありそうだった。そして、それは間もなく実現した。

相手は、群馬県碓氷郡の豪農の跡取りであった。三十四歳初婚にしては少し年齢が過ぎていた。
澄子は二十五歳。家柄は新田義貞一族の素封家平垣という。父親は舞い上がっていた。母親も喜んでいた。
とにかく先方を見たいという澄子の希望もあり、先方もそれを歓迎した。、秋晴れの日にそれは実現した。
なぜか、所用があると言うことで粟島は同行しなかった。
白塀の豪農の家は澄子らを圧倒した。
当主は平垣富太郎七十歳くらいに見えたが、実際は六十二歳という。その妻は六十七,八に見えたが、五十八歳。
澄子の相手である長男は新一といった。次男は、二郎といい東京の大学に在学。
なかなか現れない相手の新一がようやく入ってきた。
澄子は、相手の印象を掴み取ろうと一瞬だが凝視した。
両親とはちがって、年齢より若く見えた。母親似の色白の面長で、事前お話の通り、おとなしそうだった。
帰りのハイヤーから後ろを振り返ると、棒名山の山肌を背景にした平垣家の白壁は
ほの紅く染まり、さながら夕日の城であった。

縁談はその年の十一月に決まった。翌年の三月に結婚の段取りになった。
結婚までに相手の新一と交際したかったがそれがままならなかった。
仲人の粟島から父親を通して聞かされたことだが、新一は胸を患い療養が長引き大学を中退していた。
おとなしく本を読むことが唯一の趣味で、東京に出て悪遊びをするでもなく、そんな友達もいなかった。
彼は自分で鍬を担いで畑に出るような男だった。

一度だけ見合いの席で新一を見ただけの澄子は、不安を持ちながら、新一のことを知りたい思い、交際もしてみたいと思った。
父親は澄子に言った。「なにも、そんな洒落たことをしなくてもいいだろう」
新一は仲人の粟島の保証付きと言うことだった。

プラチナ台のダイヤが登場する。澄子が父から送られるものかと思ったが違った。
粟島は平垣家からだとして、ダイヤの指輪を持参してきた。
澄子はこの縁談が平垣家からだけでなく、父親や粟島が自分をじりじり締め付けてくるのを感じた。
しかし、そんな締め付けを感じながらも抗うことなく時間は経過していく。

新一に対する不満と言うより、不安があった。
「放蕩者」ではないか?精神薄弱に近い男では?
それは杞憂であった。
女遊び一つ知らない男であった。野良仕事に出かけるのも、身体が弱いので運動のつもりだと告白した。
雇い人もあり、新一が直接野良仕事をする必要は無かった。
読書が趣味と聞いたが、小説を読むので、高級な書籍はなかった。
ただ一つ不審に思ったのは、寝室の中二階の薄くらい部屋に木箱の中にしまわれていた、法律書を発見したときだった。
哲学書もあった。今読んでいるくだらない小説類とくらべて一つの謎だった。
それでも概ね愉しい新婚生活が続いた。
義理の両親の優しさ、嫁の澄子にも従順な雇い人。
それに応えるように、働き者の嫁として過ごす澄子だった。平垣家の生活にも馴染んできた。

医者がときどきやって来た。一ヶ月に二度くらい。
しかし、それは外から見て医者と分かるいでたちではなかった。看護婦もついていない。
それは
、遠い都市から汽車でやってきた。(なぜか、地名が書かれていない、別に東京かでもいいではないか?)
>「大丈夫です。変化はありません」
義理の両親がいかに新一を大事にするのか分かる対応だった。次男が居るが、事実上一人息子だった。
だいたいに、息子を溺愛する姑は、その嫁に辛く当たるモのだが、ある意味では、澄子の方が大事にされていた。
そんな澄子だが、嫌な思いもした。
若夫婦の寝室を、姑がときどきのぞきに来ることだった。
襖の向こうの足音に嫌悪を覚えた。
それを夫に言うと、
「お母さんは、僕のことを心配しているだよ」(それにしても、奇妙な言い訳である。が。これは伏線でもある)
新一の夜の要求も正常であった。
それなりの仕合わせを感じる結婚生活が続く。が、奇妙な話し声を耳にした。
>「平垣のお嫁さんも、可哀想なもんじゃな」
可哀想とは...豪農の旧家に嫁いで、堅苦しいだろうに...澄子は、偏見で、内情を知らない陰口に反撥を覚えた。
だが、可哀想の意味を澄子は知ることになる。

このあたりまで読んできて、横溝正史の世界に迷い込んだ気がした。江戸川乱歩の世界かも知れない。
横溝正史は、1902年(明治35年) 5月24日誕生 - 1981年(昭和56年)12月28日)死去
松本清張は、1909年(明治42年)12月21日誕生 - 1992年(平成04年)08年04日)死去
1960年代は、重ね合う時期でもある。清張は全盛期とも言える。


澄子が知ることになった日。
その日の午後。
>夫の新一が部屋の隅のうす暗いところに頭を抱えてしゃがんでいた。頭痛でもするもかと思った澄子が近づくと、
>夫はしきりに何やら呟いていた。。その意味がよく聞きとれない。
>「どうしたのですか?」
>「誰か俺の悪口を言っている。お前には分からないだろう?」
>「誰も居ませんよ」

それから一時間後のことである。全身に一物もつけない裸の男が樹の間を歩いていた。
澄子は、それが、夫と知ったとき、叫び声を上げて失神しそうになった。その叫び声を聞いて姑が飛び出してきた。
澄子を見た姑は、なんとも言えない顔つきであった。姑は、澄子に憐れみを乞うような、忿ったような、
絶望に放心したような悲しげな表情であった。

庭先で全裸の夫が大勢の雇い人に取り押さえられ、家の内に運ばれた。
澄子にとっては白日夢だった。
半年ほど平垣家に辛抱した。姑の好意に対する礼心でもあった。
その後新一は、二度、発作を起こした。
一度は天守閣のような櫓の上にあがって、終日怒鳴り散らした。
階下に敵でも攻めてくる幻想でも見えるのか、ぐるぐる歩き回り咆哮した。
二度目は、木刀をひっさげ突然澄子に襲いかかった。
澄子は、離婚する決心になった。

姑は、離婚する決心をした澄子に、詫びながら反意をするようになだめた。
往診に来てくれる医者も、以前入院していたときの医者で、内科医ではなく、精神科の医者であることも告白した。
医者の見立ても、近ごろ大ぶんよくなっているとのことだ。.....あなたに隠していてご免なさい。
澄子が嫁に来てくれたことに感謝をしている。
私たち老夫婦も喜んでいる。一家を助けると思って...と、懇願するのであった。
澄子は同情はしたが、「平垣のお嫁さんも、可哀想なもんじゃな」の意味が、何も知らないまま、狂人の妻にさせられている
彼女への憐憫(レンビン)だったことを知った。
蔵書の疑問も理解できたような気がした。胸の病ではなく、頭の病だった。その病名は、「精神障害」?
※精神障害とは苦悩や異常を伴う心理的症候群または行動様式とでも定義されるのか。

新一も発作が無ければ、常人の優しい夫であり、自分の病気も知っていて、そばに残ってくれと哀願した。
二十六歳になった澄子の決心は変わらなかった。
澄子が平垣家を出るとき、婚約当時送ったダイヤの指輪を無理に持たせた。そして家を去る彼女の前に両親揃って
畳に両手を突いて頭をすりつけた。
車に乗ってその家を出るとき、白い壁の城郭の一角から黒い人影が見送っていた。
澄子が夫だった新一を見た最後の姿だった。

結婚生活は、春に結婚して、秋口の別れで、一年足らずと言うことになる。
そもそも、この結婚は、粟島の打算(仲人で、法外の礼金をせしめたであろう)・父親の打算(旧家の財産と蔵に眠る骨董品)
平賀家の打算(息子の病気を隠しての嫁取り)、打算の産物であり、澄子の優柔不断も責められるかもしれない。
粟島は、当然、平垣家のすべてを知っていたのだろう。

秋口に澄子は本郷の実家へ帰った。
粟島は、澄子が本郷の家に帰ってからもしゃしゃと店にやって来た。
>「いや、まことに済みません。つい迂闊にえらいところにお世話しましたな...や、すまん、すまん...」
さすがに父親は陰で粟島を罵っていたが、面と向かっては何も言えない。
澄子も、粟島に対して、言いようのない怒りと寂寥とが、彼女の四方を押し包んでいた。

澄子は、粟島重助の「政治経済研究所」に勤めはじめた。
「政治経済研究所」の実態は、政治ブローカーの集まり場所で、粟島も政治家たちの鼻つまみ者であったが、
弱みを掴んでいて、利権にめざとく、半分恐喝で食っていた。
粟島は精力絶倫で、その方面でも詐欺的行為で稼いでいた。
澄子は、或る晩、粟島に家の中に引きずり込まれ暴力犯された。
半分予期しないことでもなかった、事が済んでもそれほどの後悔も無かった。
その後、二,三回の交渉があったが、以後まるで忘れたように彼女を近づけなかった。金にならない女とは長続きしないのだ。
>「おまえも気狂いの女房に一度はなったのだから、別に身体が惜しいということもないだろう」と、
>うす笑いをして言ったものだった。

それが、粟島の考えのすべてだった。そして、澄子を新しい女の連絡役に当たらせた。羞恥心のない男だ。
澄子はそれを拒否しなかった。
赤坂に「柳家」という旅館を持っている女将の妹に手を出した。
>「なあ、君。君が平垣家から貰った例のダイヤの指輪だが、あれをちょっとぼくに貸してくれんか」
粟島は澄子に頼んだ。澄子はダイヤに未練はなかった。そのダイヤは、「柳家」の妹の指に嵌まっていた。

粟島の性癖に変態的なところがあった。通常の行為では相手の女と出来ないのである。
「柳家」の妹との行為を見ていろと言うのだ。ホテルでの情事を見物する羽目になるのだが、澄子は断らなかった。
情事の前に呑むビールに睡眠薬を投入する澄子。
情事後、朦朧としている粟島を洗面器の水に浸けた。その身体を引きずり風呂に沈めた。
ホテルを後にする澄子。何時もと変わることのない街の流れに入り込んでいった。

翌朝、ホテルでの過失死が伝えられる。
しかし、澄子には捜査は及ばない。ホテルは、「柳家」の妹と粟島が宿泊していることになっている。
「柳家」の妹は、己の獣のような情事がばれることを恐れて、澄子の名前を出さなかった。

澄子は、父親の店先に座るようになった。

----------細かい疑問---
最後まで父親の名前が出てこない。父親としか表現されていない。
なぜ、粟島重助の「政治経済研究所」に勤めはじめたのか? すでに復讐のための計画だったのか?
粟島の手に掛かるこそすら、その目的の一環だったのか?
後半では、澄子の心内が書かれていない。まさか、粟島への嫉妬ではあるまい。
後半は澄子の復讐劇だが凄まじ内容だ。内容はかなり違うが、「霧の旗」の女の武器を使っての復讐でもある。
ただ、復讐された粟島は、その事実を知らないままで死んでいった。復讐は完結したのだろうか?




2019年02月21日 記
作品分類 小説(短編/連作) 21P×1000=21000
検索キーワード 粟島政治経済研究所・豪農・白壁・精神障害・跡取り息子・変態性癖・骨董品・古物商・全裸の男・政治ブローカー 
登場人物
山辺 澄子 二十五歳、会社勤め。平垣新一と粟島の仲人で、見合い結婚。新一が精神障害とは知らずに、豪農の旧家に嫁ぐ。
粟島 重介 「粟島政治経済研究所」の所長。元代議士?。平垣家の嫁に澄子を世話をする。後に澄子を手籠めにするが、殺される。
平垣 新一 平垣家の長男。精神病を病む。病気を隠して、澄子と結婚するが、澄子の前で発作を起こし露見する。三十四歳。色白で母親似。
平垣 富太郎 群馬県碓氷郡の豪農。新田義貞一族の素封家。妻と共に嫁の澄子を歓迎する。豪農の当主ではあるが、寡黙で、穏やかな人物。
平垣富太郎の妻 新一の発作を澄子に見られて、絶望に放心したような悲しげな表情になった。離婚する決心をした澄子に、詫びながら反意を願う。
山辺澄子の父 澄子の父で、粟島に傾倒する。粟島の世話で澄子を平垣家に嫁に出す。澄子の不幸な結婚に加担する事になり、粟島を恨む。
「柳家」の妹  姉が赤坂で「柳家」という旅館を経営する。粟島の女になる。粟島との痴態を澄子に見られるが、獣の行為に入り込む。 

夕日の城




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