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松本清張_走路 絢爛たる流離(第四話)

No_104

題名 絢爛たる流離 第四話 走路
読み ケンランタルリュリ ダイ04ワ ソウロ
原題/改題/副題/備考 ●シリーズ名(連作)=絢爛たる流離
●全12話=全集(全12話)
 
1.土俗玩具
 2.小町鼓
 3.
百済の草
 4.
走路

 5.雨の二階
 6.
夕日の城
 7.

 8.
切符
 9.
代筆
10.
安全率
11.
陰影
12.
消滅
本の題名 松本清張全集 2 眼の壁・絢爛たる流離【蔵書No0021】
出版社 (株)文藝春秋
本のサイズ A5(普通)
初版&購入版.年月日 1971/06/20●初版
価格 800
発表雑誌/発表場所 「婦人公論」
作品発表 年月日 1963年(昭和38年)4月号
コードNo 19630400-00000000
書き出し 京城の部隊から新しく篠原憲作という主計大尉が、南朝鮮の沿岸防備師団司令部に赴任して来た。大尉はまだ三十三歳で、南方の激戦地を歩いているうちにマラリヤに罹り、送還されて京城の陸軍病院に入っていたのである。それが快癒してこの野戦病院に転属となった。篠原主計大尉は、鈴木物産の社宅に間借りしたが、それは死んだ柳原高級参謀が借りていた伊原寿子の家ではなく、山田勝平という採金所の技師長の家だった。山田技師長はもうここに六年間も居すわっていて、夫婦の間に男の子が二人いる。篠原主計大尉はこの社宅から徒歩でてくてくと師団司令部に通う。この司令部は、農学校の校舎を接収しているので、教室がそのまま師団長室や、参謀室や、軍医部などに分かれていた。
あらすじ感想    前作の「百済の草」からの主役(ヒロイン)は、伊原寿子?。

最初から結論めいた話ですが。
前作の「百済の草」は、高級参謀以外は好人物ばかり登場。(少ない登場人物)
ここは、南朝鮮の沿岸防備師団司令部
●篠原健作主計大尉
 京城の部隊から赴任。三十三歳。南方の激戦地でマラリアに罹り、京城の陸軍病院へ、快癒して野戦師団に転属
●山田勝平(鈴井物産の技師長)
 鈴井物産の社宅に居住。子供が二人。篠原健作主計大尉が間借りしている。
●伊原寿子
 鈴井物産の社宅にばあやと共に居住。伊原雄一(前作:百済の草)だが、雄一は沖縄に転属、生死は不明。

篠原主計大尉は、以前、柳原高級参謀が伊原家に下宿していて、今は誰も下宿人はいない聞かされた。
小さい子供が二人いて、煩く手狭な山田家の下宿から出来れば伊原家に移りたいと考えた。
しかし、人事係の将校は拒絶した。
人事係中尉は、理由も言わずに拒絶だけを主張した。ついには「大尉殿、これは師団長閣下からの意向です」と
司令官お名前を出して篠原主計大尉を屈服させた。

考古学に興味のある篠原健作主計大尉は、散歩がてら朝鮮の古寺を尋ねるのが好きだった。
近所の古寺母岳山麓の古寺が金山寺である。前作(百済の草)で柳原参謀が殺された寺の境内を気に入っていたのだ。
人影の無い境内で伊原寿子に出会う。篠原は寿子を防空演習で見かけて知っていた。美しい奥さんとして。
簡単な挨拶を交わす。
>「あなたも散歩ですか」
>「ええ.....景色がいいので、ときどき来てますの」

篠原がなおも話しかけようとするのを遮るように伊原寿子は、失礼しますと、と軽く頭を下げて石段を降りて行った。
篠原主計大尉は下宿先の山田勝平にその出来事を話した。
山田勝平は、
「やっぱりご主人が沖縄に行っているので、今の戦局を心配なされて祈願でもしているのでしょうな」と答えた。
篠原も、そう聞かされると、武運長久でも祈っているのか、と納得したが、それにしても朝鮮の寺にお祈りかとも考えた。

●倉田八重子
 銭湯「富士湯」の経営者。三十二、三歳くらい。表向きは独身。
 雑貨商の大石哲次の二号。
●大石哲次
 雑貨商。二十年も前に金邑(キンユウ)に来て、今では日本人一の財産を持っている成功者。
 倉田八重子を妾にしている。五十近い九州訛りのある男
●中山薬剤中尉
 「富士湯」へ頻繁に出入りする。目当ては、倉田八重子らしい。
 再三篠原を誘って「富士湯」へ行こうとする。篠原は三度に一回くらいはつき会った。 

司令部内に兵隊専用の風呂場が無い。営内居住の将校たちも「富士湯」に出かけていた。
「富士湯」は、社交場となっていた。倉田八重子を交えての雑談は将校たちの愉しみになっていた。
雑談には、大石哲次も加わった。
篠原主計大尉は、中山薬剤中尉を介して、「富士湯」で倉田八重子に会う。
しかし、篠原は伊原寿子と比べてか、倉田八重子には興味を示さなかった。
大石哲次は如才なかった。
>「師団司令部がここに出来て、町の者は喜んどりますたい」九州弁で言った。
>「司令部にいろんなものを納めとるんで思わぬ景気になっとりますが、主計大尉さん、わしらのところも納入できる
>物があったら、取ってつかアさいや」


篠原主計大尉が、例によって司令部からの帰りに、母岳山金山寺の高い石段を上がっていくと、
上から降りてくる大きな男がいた。
その男は、大石哲次だった。
大石から声を掛けてきた。
>「やあ」
>「大尉殿。珍しいところにおいでですな?」

大石は如才なさを発揮して。
篠原がこの古寺を気に入っていると話と、実は私もこの古寺が気に入っている、と同調し偶然にも同じ趣味ですなと笑った。
篠原が金山寺へ立ち寄ったのは、また、伊原寿子に逢えるのではと考えてのことだった。
荒れ放題の金山寺の境内で大石と別れた後、下の方で人影が見えた。
伊原寿子では、と胸轟かせ石段を降りた。それは、寿子ではなく、山田勝平だった。
>「やあ」
>「珍しい所でお目に掛かりますな」

大石と同じようなことを言った。そして、憂さ晴らしに俳句でもひねりに来たと言い訳をした。
篠原は山田が俳句を詠むとは、初めて聞いた
翌朝、篠原は山田の妻(顔が扁平で、眼が細く、鼻の低い不美人)に、山田勝平が俳句を作るのか、それとなく聞いてみた。
>「どこでそんなことを言いましたの?」
>「そこの母岳山という丘にあるお寺ですよ」
>「ま、あんな所に?」

俳句の趣味は初耳らしい、なぜか細君は驚いていた。篠原はなぜ驚いたのか分からなかった。
その夜、山田夫婦には一悶着あったらしい。
山田夫婦に特段の興味が無い篠原は、寝返りを打ちながら二人の話し声が聞こえたが内容はよく分からなかった。
山田の妻は、夫が職場に出た後、篠原に聞いた。昨晩、金山寺で夫以外の誰かに合わなかったか?
篠原は大石のことは斯くして、知らないと答えた。
山田の細君はなおも聞いてきた。一人では無かったはずだ、伊原寿子は居なかったかと。
>「奥さん、一体、どうしたんですか?」
さすがに篠原も気になった。山田の細君は話す。
寿子の夫、伊原雄一は、山田勝平の部下で、沖縄に行った雄一の留守中不便な生活を可哀想だと
何かと面倒を見ていたという。出征軍人の留守宅の面倒を見ることに疑問を持ち始めていたのだ。
邪推からかも知れないが、金山寺が、山田勝平と寿子の媾曳の場所になっていたと妄想しているのだった。
だったら、大石はなぜ金山寺に居たのか? 篠原は、それらのことは胸に納めて山田の女房には話さなかった。

篠原主計大尉は、月に一回光州に出張する。往復の列車の中で考えた。
沖縄の戦況が著しくないことは、篠原も承知していた。朝鮮人の態度にも微妙な変化が感じ取られる。
彼はそんな時にも伊原寿子のことを考える。山田の女房の話もまんざら妄想とも言えないと思った。
できるなら、敗戦のどさくさに紛れて、伊原寿子を連れて安全な内地へ逃走でもしたいと空想した。
篠原は金山寺の出来事を確かめようとする。
懐中電灯を用意して夜の金山寺へ行く。草むらに潜んで待つ。山田技師長が現れた。
問題は伊原寿子が現れるかだが、寿子はやってこなかった。やって来ないと確信した篠原は山田の来た方向を探索する。
小堂に続く足跡を発見し、中へ入る。甕(カメ)に隠された金塊を見つける。

ある晩、篠原は金山寺へ潜んでいた。
山田技師長が金山寺の小堂の甕に隠している物を見に来る現場を押さえることが目的だった。
予期したように足音を忍ばして男がやってくる。山田技師長が現れたのだ。
男(山田)の背後から篠原の懐中電灯が照らす。男は飛び上がった。
>「山田さん」
>篠原はおとなしい声で言った。
>「何をしているんですか?」
>「超短波の受信機ですな?」
>「山田さん、ぼくは知っていますよ」
>「......」
>「あなたはここにこういうものを隠して、夜、重慶放送を聞いていたんですね?」
>「違う」

緊迫のやりとりが続く
山田技師長は日本の本当の戦局が知りたくて、超短波受信機を隠し持ち内地に帰る時期を探っていたのだ。
篠原主計大尉が見つけた、甕のなかは「金塊」ではなかった。
採金所の技師長の山田だから、てっきり「金塊」と勘違いしてしまった。(私の早とちりだった)
篠原に 詰め寄られた山田は、口を魚のように動かしているだけだった。
篠原主計大尉の本性が表れる。
>「山田さん、ぼくをそう怕がることはありません。ぼくだってあなたと同じ気持ちを持っているひとりです」
篠原はすっかり見抜いていた。山田技師長が採金所で掘った「金」を誤魔化して溜めていたことも。
終戦のどさくさに、内地への持ち込みを画策していたことも。
そのためには戦局の正確な情報が必要だった。二、三日で全面降伏の情報を得ていた。今日は8月10日。
信用していない山田技師長に脅迫めいた説得をする。
篠原は、分け前をよこせと山田に詰め寄る。ここまで話したのだから信用しろと、...
篠原は、軍服の篠原自身を利用することが確実と、内地に渡る方法を伝授する。
朝鮮人に相当の金を渡し、漁船で海を渡ろうというのだ。【走路】は決まった。
山田は承知するほかなかった。
さらに確認する篠原だった。
>「山田さん、もう一つ訊きたいことが、大石さんもここのことを知っていますな?」
山田技師長は、否定しなかった。
だが、二人を結びつけた因縁は語られていない。
事態はよいよと言う時期に来ていた。篠原主計大尉は、山田技師長と大石哲次と三人で会うことになる。
大石は言う
>「話は山田さんから聞きましたばい」
>「あんたも、案外、話せる軍人さんたいなア」

三人で超短波受信機を聞いていたが、重大な告知が8月15日に国民に向けてあると言うことが分かる。三日後だ!
逃げるなら明日だ。三人の協議はまとまる。
女は置いていくことに決まる。山田の女房も、大石の妾の倉田八重子も。

五馬力の焼き玉エンジン付きの漁船での逃走である。
この逃走にはもう一人参加者がいた。伊原寿子である。山田が連れてきた。
山田の女房の嫉妬から出た話は、嘘や妄想ではなかったようだ。
女房を棄て、寿子を連れてきた山田、それに従った寿子。寿子の参加は大石も了解していたのか?
生死をかけての逃亡劇の間でも、二人は寿子を我が物にせんと、愚かな駆け引きをする。
もちろん本音としては、篠原も一枚加わっていたのだ。
修羅場がやってくる。
篠原は、大石を舟から突き落とす。
>「あんたの喧嘩相手は、いま、海の中に飛び込んだからね。あんたも続いて入ってもらいたいな」
拳銃を手にした篠原の脅迫は、くすねた金を全部だせと要求した。
>「助けてくれ」
>「勘弁してくれ」

山田は、篠原の要求のすべてを聞き入れ、命乞いをする。
自分の膝の下に這いつくばって男の背中に弾丸は発射された。
伊原寿子は短い叫びを上げた。



三話【百済の草】、四話【走路】でも伊原寿子の気持ち(心の動き)がほとんど書かれていない。
三話で、寿子が夫の雄一に気持ちを吐露した以外は何も語られていない。三話での柳原参謀対してはもちろん、
山田や大石、篠原に対しても何も語られていない。寿子の主体性は何処にあるのだろうか?
最後の篠原主計大尉の悪党ぶりが凄まじい。容赦の無い結末だ。
主題であるダイヤモンドの行方は大石が寿子から、知り合いに目利きをさせることを理由に、無理矢理借りてきて
倉田八重子に自慢したらしい事がエピソード的に語られている。篠原はそれを聞いた。

篠原と寿子の今後は、伊原雄一の生死は、第五話に興味が移る


2018年12月21日 記
作品分類 小説(短編/連作) 24P×1000=24000
検索キーワード 社宅・金山寺・懐中電灯・超短波受信機・重慶放送・戦局・漁船・焼き玉エンジン・銭湯・命乞い
登場人物
伊原 寿子 前作【百済の草】から続いて登場。伊原雄一の妻。美人であるが為なのか波乱の【走路】へ同行する事になる。
篠原主計大尉 京城の部隊から赴任。三十三歳。常識的な軍人か?、最後に欲望をむき出しにし本性を現す。極悪非道の人物といえる。
山田 勝平 鈴井物産の社宅に居住。子供が二人。篠原健作が間借りしている。伊原雄一の上司だった。「金」を隠匿。
大石 哲次  雑貨商。二十年も前に金邑に来て、財を成す。成功者。倉田八重子を妾にしている。五十近い九州訛りのある男。
倉田 八重子 銭湯「富士湯」の経営者。三十二、三歳くらい。表向きは独身。雑貨商の大石哲次の二号。
山田勝平の妻 顔が扁平で、眼が細く、鼻の低い不美人。

走路




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