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松本清張_夜が怕い  草の径(第七話) 

〔(株)文藝春秋=【草の径】(1991/09/30)で第七話として集録〕・全集では七話として集録

No_078

題名 草の径 第七話 夜が怕い
読み クサノミチ ダイ07ワ ヨルガコワイ
原題/改題/副題/備考 【重複】〔(株)新潮社=宮部みゆき 戦い続けた男の素顔:松本清張傑作選〕
【重複】〔(株)文藝春秋=松本清張全集66〕
●シリーズ名=草の径

1.ネッカー川の影
2.死者の眼の犯人像(
改題=死者の網膜犯人像
3.
「隠り人」日記抄
4.
モーツアルトの伯楽
5.無限の渦巻文様(
改題=呪術の渦巻文様
6.
老公
7.
夜が怕い

※順番は発表当時の順
●単行本・文藝春秋【草の径】
(全7話)

第一話『ネッカー川の影』
第二話『死者の網膜犯人像』
第三話『「隠り人」日記抄』
第四話『モーツアルトの伯楽』
第五話『呪術の渦巻き文様」
第六話『老公』
第七話『夜が怕い』 
●全集66【草の径】(全7話)

1.
老公
2.
モーツアルトの伯楽
3.
死者の網膜犯人像
4.
ネッカー川の影
5.
「隠り人」日記抄
6.
呪術の渦巻文様
7.夜が怕い
本の題名 草の径【蔵書No0039】
出版社 (株)文藝春秋
本のサイズ A5(普通)
初版&購入版.年月日 1991/08/01●3版1991/09/30
価格 1300
発表雑誌/発表場所 月刊「文藝春秋」
作品発表 年月日 1991年(平成03年)2月号
コードNo 19910200-00000000
書き出し その総合病院では夜の宿直に医師若干名と看護婦数名を置いていた。医師の人数が書けないのは、夜なかにベットの呼鈴を押してゆっくりとやってきた看護婦に、先生に来てほしいと云っても、一度として顔を見せたことがないからである。医師は宿直室に一人なのか二人なのか、それとも三人なのかわからない。看護婦は当直の先生の数を言明しない。私は七十五になるが、胃潰瘍でこの病院の東病棟に二カ月前から入院している。胃潰瘍と医者はいうが、癌だと自分ではわかっている。十年前に胃の三分の二を除去したが、二年前からまた様子がおかしくなった。年寄りの癌は緩慢に進行する。それに近ごろは制癌に効くいい薬ができた。私は個室に入っている。入院を申し込んだとき、いいぐあいに個室が一つ空いていた。私は小企業を営々と経営してきて、今は長男に代を譲っているが、個室の費用ぐらいは出せる。
あらすじ感想    七十五歳になる私。
最後まで「私」の名前が明らかにならない。養子に行った父が原口姓なので、原口だろう。会社の経営者だったが長男が継いでいる。
病院でも個室に入るくらいだからお金には不自由していないのだろう。
妻には先立たれているが、四人の男の子の父親だ。


胃潰瘍で総合病院に入院していた。医者は、胃潰瘍だと言うが、癌だと思っていた。
私は、個室に入っていた。私には四人の息子がいる。
長男は、小企業の社長を嗣がせていた。二番目は、福岡で食品問屋をしていた。三番目は新聞社に勤めていて郊外に住んでいる。
四番目は、証券会社に勤めていて、自宅の近くにいる。
二番目を除いて、それぞれの妻は交替で病院に来る。

退院はあと二十日くらいらしい。しかしそれは、仮の退院でまた戻って再入院らしく、それが終末なのだ。
話は、思いで話と現実の状況が交互に展開していく。

>「夜が怕いね。夜がくると怕くなる
のエピソードが思い出話として語られ、タイトルがあっけなく登場する。唐突感が否めない。

話は、現実の入院生活の一端が語られて、現実に引き戻される。
病院の夜間の勤務体制など批判的に述べられながら、隣の病室の慌ただしい動きに興味を持つ。
それは、三男の嫁がもたらした情報で知ったのだった。
結果
>「お隣は、すてられたんだろう?」 巡回の看護婦に冗談めかしてたずねた。
≪すてた≫とは、病院用語で、ドイツ語のステルペン(死ぬ)からきている。
看護婦の答えは「そんなことはありません。おうちにお帰りになったんです」と、どの看護婦も同じだった。
なるほど、「お家に帰った」

ここから、父の話になる。父は、平吉といって七十二歳で死んだ。
父は、島根県邑智郡矢上村の生まれだ。
砂鉄の話・たたら製鉄・鳥取県日置郡
どこかで聞いたようなワードが続く。
父系の指」・「暗線」では、矢戸村・日南町が登場し、砂鉄の話も登場する(鉄穴(かんな)流し)。
表現は多少違うが、二番煎じと感じた。
地名が若干違う。恐らく意識的に変えたのであろう。町村合併などで名前は変わっているが、実在した地名のようだ。、
父が里子に出された話など、「父系の指」・「暗線」そのものだ。
印象的な記述が出てくる。
「あんた耳がちいさいけんのう、貧乏耳じゃ運の悪い耳よのう」
父平吉が、広島で一緒になった妻(シマ)が、歎いていった。
この記述は
半生の記②」(骨壺の風景から)
エピソードとして、風呂屋の持ち主が亀井と言い、清張より一つ年上の男の子がいて、優秀で東大を出て労働省の
事務次官になった。
>父はある程度の常識があって、運がよかったら、あるいはかなりの地位まで行けた人ではないかと思う。
>父と仲の悪かった母もそれだけは認めて、
>「あんたは耳がこまいけのう、生まれたときから運が悪いんぞな」と言っていた


私の入院生活の話になっていく。が、父の思い出話が繰り返される。
父の家出の話しが詳しく記述される。。
夜に、昼間でも暗い峠を超えて家出をする平吉。(これが、タイトルの夜が怕いに通じるのだろうか)
夜が怕い」のタイトルを作中で考えると幾つか伏線のように登場します。
はじめは、私が、三男が世話になった大学の教授が入院しているのを見舞った場面です。(記憶)
次に、平吉が幼い頃遊んだ諏訪神社の参道。
それに、出奔(家出)した平吉が山道の峠越えをして広島に向かう場面。
もう一つ忘れてはいけないのが、平吉の妻シマの実家からの遁走である。姑との折り合いが悪く逃げ出す時の夜道。
タイトルの意味は理解出来るが.....


やっぱり、残念ながら、ハッキリ言えば、二番煎じ的な感じがする。


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●「怕い」
コワイと読むのだろうが、変換できない。
①おそれる。 こわがる。 ②しずか。 心が安らかなさま。


2025年09月21日 記 
作品分類 小説(短編/シリーズ) 27P×630=17010
検索キーワード 胃潰瘍・癌・入院・病院・看護婦・付添・父・里子・家出・砂鉄・たたら鉄・4人の息子・小さい耳・夜道
登場人物
原口 平吉 「私」の父。父は木下慶太郎、母は、シマ。生まれてすぐに里子に出される、政二郎・良三と二人の弟がいる。
原口 シマ  平吉の妻。広島出身。「私」の母。平吉の耳が小さいことを「貧乏耳」と歎く。
木下 慶太郎 木下家の長男だが、母親に頭が上がらず言うがママで、長男の平吉を養子に出すことになる。
木下 ユキ  平吉の母。木下慶太郎の妻。長男の平吉は生まれてすぐ里子に出す。
慶太郎の姑と折り合いが悪く婚家を抜け出すも平吉を妊っていて婚家に戻り、二男、三男を設ける。 
小説の狂言廻し。四人の子供の父。入院中で父の経歴を中心に思い出話の記憶を綴る。清張の過去の作品、「暗線」に登場する清張自身と言える。

夜が怕い




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