〔(株)文藝春秋=【草の径】(1991/09/30)で第三話として集録〕・全集では五話として集録
題名 | 草の径 第四話 「隠り人」日記抄 | |||
読み | クサノミチ ダイ04ワ 「コモリビト」ニッキショウ | |||
原題/改題/副題/備考 | 【重複】〔(株)文藝春秋=松本清張全集66〕 | |||
月刊文藝春秋連載 1.ネッカー川の影 2.死者の眼の犯人像(改題=死者の網膜犯人像) 3.「隠り人」日記抄 4.モーツアルトの伯楽 5.無限の渦巻文様(改題=呪術の渦巻文様) 6.老公 7.夜が怕い ※順番は発表当時の順 |
●単行本・文藝春秋【草の径】 (全7話) 第一話『ネッカー川の影』 第二話『死者の網膜犯人像』 第三話『「隠り人」日記抄』 第四話『モーツアルトの伯楽』 第五話『呪術の渦巻き文様」 第六話『老公』 第七話『夜が怕い』 |
●全集66【草の径】(全7話) 1.老公 2.モーツアルトの伯楽 3.死者の網膜犯人像 4.ネッカー川の影 5.「隠り人」日記抄 6.呪術の渦巻文様 7.夜が怕い |
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本の題名 | 草の径■【蔵書No0039】 | |||
出版社 | (株)文藝春秋 | |||
本のサイズ | A5(普通) | |||
初版&購入版.年月日 | 1991/08/01●3版1991/09/30 | |||
価格 | 1300 | |||
発表雑誌/発表場所 | 月刊「文藝春秋」 | |||
作品発表 年月日 | 1990年(平成02年)6月号 | |||
コードNo | 19900600-00000000 | |||
書き出し | 昭和三十三年三月十一日思いたって一時半ごろから使い古した釣竿と魚籠を持って家を出た。家といっても間口二間に奥行二間の二階建て。これが狭い一間通路をはさんで片側八軒の棟割り長屋である。通路は南の大通りから北の裏通りへ通り抜けとなっている。南が入り口で、北が出口だ。おれの家は北出口の右角の隣りである。この十六軒長屋は、もともと地主が「市場」用に四十年前に建てたもので、各軒とも階下の半分は店舗用に漆喰のたたきにし、奥の半分は畳敷きである。その畳敷きの隅に階段がついて階上にあがる。階上は六畳が一間と押入があるだけ。窓は外側についている。 | |||
あらすじ&感想 | 誰が主人公なのか、事前の知識があった。 清張は、昭和史発掘の中で「スパイ”M”の謀略」(1966年(昭和41年)4月25日号~8月8日号/週刊文春)を書いている。 実在の人物を材題に小説仕立てで書く事は度々あった。ですから、珍しくはないのですが、この作品は最晩年に書かれている。 「「隠り人」日記抄」は、1990年(平成02年)6月号/月刊文藝春秋で、24年が経過している。) 『スパイ”M”の謀略』がドキュメントとして書かれていて、後年、明らかになった事実が、清張作品の価値を貶めていたと指摘されたことがあったと思う。 清張は、スパイMの人物が特定される前に没している。 内容的にも当然だが、趣が違う。 初めに少し客観的に紹介する。 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 飯塚 盈延(いいづか みつのぶ、1902年10月4日 - 1965年9月4日)は、日本共産党党員で特別高等警察のスパイ。 「スパイM」とも呼ばれる。変名は松村昇、峰原暁助、天野煕、高瀬正敬。愛媛県出身。 人物・生涯 1902年に愛媛県周桑郡小松町に生まれ、1909年尋常小学校に入学。成績が良く天才と呼ばれた。 米騒動などをきっかけに日本共産党最初の労働者党員になり、渡辺政之輔が率いていた東京合同組合に身を投じることで労働運動にかかわっていった。 その後、若手の労働運動活動家として日本共産党(第二次)の派遣により、モスクワの東方勤労者共産大学(クートヴェ)に留学した (留学中の変名は「フョードロフ」)。しかし留学中共産党に幻滅し、帰国後に検挙され転向したうえで警察のスパイになったとされる。 そして松村(飯塚)はスパイとして党に潜入、非常時共産党時代の共産党で家屋資金局の責任者となり、さまざまな権力挑発的方針を指示した。 その後熱海事件で共産党の代表者達を一斉検挙に追いやった。 松村がスパイであることは、同じクートヴェ帰りであった風間丈吉委員長を始めとする党の幹部から全く感づかれることはなく、 一般党員も彼の過激な活動方針にほとんど疑いを抱くことなく従っていた。しかし熱海事件前後の一斉検挙後、取り調べや公判などで 松村の名が出てこないことに不審をもった党員たちは、彼が警察のスパイではないかと考えるようになった。 熱海事件後は、満州でしばらく兄と建築業を行っていたとされる。なお、1976年10月28日に行われた第78回国会懲罰委員会において、 共産党・紺野与次郎衆議院議員は「特高首脳部は、スパイ飯塚盈延に大金を与えて姿をくらませ、その後、飯塚は終生 社会からの逃亡者としての生活を行い、待合に隠れ、北海道と満州を往復し、終戦後偽名で帰国して以来本籍を隠し、 偽名を使い続け、元特高らに消されることを恐れ、一室に閉じこもり、昭和四十年酒におぼれて逃亡者として生涯を終えている。しかし、 生地の本籍上の飯塚盈延はいまでも生きていることになっています」と発言している。 清張氏自身は、「スパイM」が、本名を「飯塚盈延」らしいことまでは突き止められたようですが、詳しい実態を知るまでには至らなかったようです。清張氏の執念が、 晩年に再び「スパイM」を材題に小説を書かせたのでしょう。 ●スパイMを詳しく知りたいなら。「スパイ”M”の謀略」・「スパイM 謀略の極限を生きた男」 ●スパイMと日本共産党 特高警察の暗黒の歴史 | 戦国ヒストリー より 当時の日本共産党は壊滅させられ、スパイMこと松村は行方をくらまします。残されたのは「スパイMとは一体、誰だったのか?」という疑問でした。 松本清張氏も相当に調査したようなのですが、残念ながらスパイMの人物特定には至りませんでした。ただ、 本名は「飯塚盈延(みちのぶ)」という名前らしい、ということまでしか「昭和史発掘」には記されていません。 スパイMが行方をくらましてから太平洋戦争が始まり敗戦を迎え、現在の日本国憲法が施行され 日本共産党も合法化されると、本格的にスパイMの追跡に乗り出します。 また、松本清張氏の記事を読んだ後進のジャーナリストの中にも「スパイM」の追跡を始める人達が現れました。 そして、彼らの執念の調査により、ついにスパイMは人物特定され、その生き様の全てが世に出されます。 残念ながら松本清張氏は、その2年前に逝去されており、スパイMの正体について知ることは出来ませんでしたが、 「昭和史発掘」を読まれた方の中には、スパイMが、その後、人物特定され、 その生涯まで調査され発表されていることをご存じない方もいらっしゃることと思います。 作品は、日記仕立てで始まる。 昭和33年 3月11日 4月25日 8月17日 9月20日 12月23日 12月29日 12月31日 昭和34年 1月15日 2月28日 3月20日 約一年近くの日記である。 いわば、私小説的で、純文学的とも言える。 飯塚盈延(イイヅカミツノブ)は、、何かに怯えながらの隠遁生活だった。 合法化された日本共産党の追及は勿論、特高警察からは御用済みのスパイとして処分されるのでは考える。 生涯偽名で過ごし、戸籍では生死が確認できない状態で没している。 金に困りながら隠遁生活を続ける夫婦の話として綴られている。形態は夫婦だが夫である男は訳があり本名すら女に明かしていない。 二人が夫婦同然の生活を始めるについては、詳しくは書かれていないが、その背景にある事情は読み進めば理解出来る。 問題はその背景なのだが、事前の知識の為それを早合点し理解してしまうので、残念ながら興味は半減してしまう。 隠遁しなければならない理由が、他人を殺めて逃亡中だとか、秘密の命を受けての行動ならまだましなのだが、 仲間を裏切り、スパイになって活動していたのだった。 初めからスパイとして目的を持って潜入したのであればまだしも、裏切って敵の手に落ちたのだから始末が悪い。 一般的な社会では生活できない身の上になっているのだ。それでも、命はおしい。 清張は、そんな男(飯塚盈延)に一定の距離を置いて描いている。 4月25日の日記でほぼ全容が分かる。主人公である飯塚盈延の正体も問わず語りで書かれている。 矢部治郎は、偽名。本名は飯塚盈延。45歳 妻は真佐子。20歳違い。札幌の料理屋「ひさご亭」に勤めている。病気で弱っ科身体ながら働く。 矢部治郎と結婚については特に書かれていないが、内縁関係でいる事情は聞かされている。 子供は、ヨシ子 14歳・カズ子 13歳。矢部の先妻の子(明子)が居るが、別の場所で働いている。明子は、20歳。バアの女給 矢部の過去は、真佐子にも話していない。 >真佐子には、俺の過去は何も打ち明けていない。これはどんなことがっても金輪際云えないことだ。それこそ、どんな拷問を受けようともだ。 川田玄平は、矢部達が住んでいる長屋の大家。土建屋で50歳そこそこ 頭が禿げ上がっている。 家主の川田から家賃の値上げを迫られ、実質退去を迫られていた。 「再建朝日市場商業協同組合委員会」(仮称)を作って、川田に交渉をしていた。 委員会のメンバーは 坂口広治郎、矢部より八つ上。朴訥な男63歳 庄司弥太郎(八百屋。52歳) 委員長 委員は5人だが、三人揃えば良いほう 森の名が出る。恐らく特高警察 矢部治郎の愚図ブリが容赦なく書かれているが、矢部は自覚している。 >真佐子に面罵されるように男の屑かもしれぬ 9月20日の記述で、飯塚盈延の正体がほぼ記述されている。 細かい内容は触れる必要は無いだろう..... 金に困って、金策に手を尽くす。先妻の子、明子に働き先から前借りをさせるなどしてやり過ごそうとしている。 病気持ちの真佐子の働きによる稼ぎでのヒモ的な生活を送る。 裏切りで、世間に顔向けが出来ない状況になり「落ちていった」人間の無様な生き様が執拗に描かれている。 清張は何故「飯塚盈延」をテーマに再び筆を執ったの理解出来ない。 皮肉な見方かもしれないが、人間、落ちていけば、何処までも落ちていけるものだと言いたかったのだろうか? 最後の一行は >借金地獄に狎れてしまったおれは、もうどうなってもいい 2025年05月21日 記 |
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作品分類 | 小説(短編/シリーズ) | 45P×630=28350 | ||
検索キーワード | スパイM・松村・共産党幹部・特高の手先・隠遁生活・ヒモ・内縁の妻・料亭・ひさご亭・偽名・転向・借金地獄・家賃の値上げ |
登場人物 | |
矢部 治郎(飯塚盈延) | 本名、飯塚盈延。元日本共産党の幹部、特高警察の手先となりスパイになる。 その立場から、昔の仲間からも追われるし、特高からも御用済みで追われる。 病弱な内縁の妻を働かせヒモ状態の生活を送る。先妻の子や周りからの借金で惨めな隠遁生活を過ごす。スパイM(松村を名乗る)として党へ潜入。 |
寺田 真佐子 | 病を押して働かない矢部治郎を食わしている。札幌の料理屋「ひさご亭」で働く。身体は癌に冒されて余命は幾ばくも無い。 矢部の内縁の妻。矢部治郎の正体を正確には知らない。腐れ縁で生活を共にしている。 |
矢部 明子 | 矢部治郎(飯塚盈延)の先妻の子。矢部姓を名乗らせている。優しい子で、働き先のバアに前借りしてまで父親に送金している。北見で働いている。 |
川田 玄平 | 矢部治郎が住んでいる長屋の家主。土建会社の社長。50歳そこそこ 頭が禿げ上がっている。 長屋を建て替えるつもりで、家賃の値上げで追い出しを計っている。 |
坂口 広治郎 | 「再建朝日市場商業協同組合委員会」(仮称)の委員。矢部より八つ上。朴訥な男63歳 |
庄司 弥太郎 | 「再建朝日市場商業協同組合委員会」(仮称)の委員長。八百屋、52歳 |
森特高課長 | 特高課長。飯塚盈延をスパイに仕立てて、党を壊滅に導く。御用済みの飯塚(矢部)を始末しかねない悪名高き特高の警部。毛利基特高課長がモデル? |