◎「作家」と料理について◎ ---------------------------------------- 「いもぼう」 書き出しで「料理」が単語として入っている作品は結構ある。 「花氷」・「黒い画集 第六話 寒流」・「死の枝(改題) 第八話 不法建築」・「別冊黒い画集 第二話 熱い空気」 「氷雨」・「黒の様式 第四話 二つの声」・「歪んだ複写」・「強き蟻」・「彩色江戸切絵図 第四話 三人の留守居役」 「腹中の敵」・「無宿人別帳 第十話 左の腕」・「日光中宮祠事件」・「隠花の飾り 第二話 愛犬(改題)」 「隠花の飾り 第七話 お手玉」・「迷走地図(下)」・「神々の乱心(上)」・「泥炭地」 単語なのですが、「料理屋」「日本料理」「フランス料理」なども含まれる。 「花氷」:お座敷料理 「寒流」:割烹料理 「不法建築」:料理屋 「熱い空気」:料理屋 と、いう具合だ! 料理の具体的な名前では ●いもぼう(平野屋) 「顔」「球形の荒野」「混声の森」 ●お狩場焼き 「球形の荒野」 ●椎茸料理 「青春の彷徨」 など上げられる 清張は作品のなかで料理について蘊蓄を語っている事はほとんど無い あれだけ全国を舞台にした作品が有るので、郷土料理のようなものを作品に登場させることあると思う 正直注目して読んでいなかったので、気がつかなかったのかも知れません。 そんな中で「いもぼう」だけは気になり取り上げたことがあります。 それは、作品名で「顔」・「球形の荒野」でした。 ところが今回「混声の森」を紹介作品に取り上げたところ、またしても「いもぼう」が登場しました。 「いもぼう」については後回しにします。 清張が好きだったとされる料理を幾つか書き出してもます。 ■すっぽん料理 店があるのは、大分県宇佐市の豊かな自然と湧水に恵まれた安心院盆地。 すっぽん専門料亭として2020年で100周年を迎えます。 多くの著名人やアスリートが東京からわざわざ当店のすっぽん料理を食べにいらっしゃいます。 日本を代表するミステリー作家の松本清張氏も大分に来られる際は必ずと言っていいほど当店に立ち寄られ、 晩年は病床からお取り寄せいただくほど当店のすっぽん料理を愛していただきました。 すっぽん鍋はそもそも滋養強壮食として日本では親しまれてきましたが、 あの楊貴妃が美容と健康のためにすっぽんを好んで食べていたという文献も残っているように、 すっぽんは美容にも欠かせない美容食でもあるのです。 ■清張蕎麦膳 予約していた「門前」さんに伺ったが、御献立に描かれていない料理を三膳ほど多く頂いたりして、皆様も「あゝ、幸せ」と思っていたとき、 店主の浅田さんが座敷に顔を出された。 いろんなお話をされたその中で、作家の松本清張さんがお見えになって、小説『波の塔』を書かれたころの話になった。 もちろん、小説の中にも「門前」らしき蕎麦屋が登場する。 主人公の田沢輪香子と佐々木和子が深大寺を訪れ、虹鱒と蕎麦を食べる場面である。その虹鱒を料理してくれるのは今の店主のお父上だ。 清張ご自身も「門前」を訪れたときは、決まって「山菜天麩羅、虹鱒塩焼、 ざる蕎麦」を食べられたということで、店では《清張メニー》とか、 《清張蕎麦膳》などと呼んでいるらしい。 そんなわけで「門前」では、武蔵野市にある「前進座」が清張原作の舞台をやるときには、提携してその清張メニューを供することにしているという。 それを聞いた皆さんは「今度はその《清張蕎麦膳》を頂きに来ます」ということになった。 虹鱒といえば、川魚と蕎麦の組合せはよく見られる。 「松翁」(千代田区)の稚鮎の天麩羅は絶品だし、鮎の塩焼は獅子文六が「やぶ忠」の蕎麦会で食べたと記している。 山女、岩魚の塩焼も甲州などの山岳蕎麦屋に行くと提供してくれる。そして「門前」さんでは虹鱒というわけだ。 こうした川魚はたいてい夏の魚だ。だから、夏を乗り切るために、美味しくて手軽な川魚を食べ始めたのが初めかもしれない。 ただ、江戸蕎麦と魚の組合せというのは、江戸前の穴子が最初だ。 なのに、松本清張は虹鱒が気に入っていた。 清張は、推理小説の中で社会派という新分野を開拓した作家だ。 だからこそ、伝統の江戸前の魚ではなく、山野の川魚に何かを感じたからにちがいない。 《追記》 *松本清張『波の塔』に登場する深大寺近くのそば店。 ----- さて 「いもぼう」について以下の通り考察してみた。 京都なら南禅寺で「湯豆腐」でもよさそうだ。 なぜ、3度も「いもぼう」を取り上げたのだろうか? 単純に考えればよっぽど気に入ったのだろう。「数の風景」で湯豆腐は取り上げられていた。 『北海に京を和えたるいもぼう哉』(清張) (素不徒破人) |
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徹底検証【08】 |
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顔 | 球形の荒野 | 混声の森 | |
書き出し | 井野良吉の日記 --日。今日、舞台稽古のあとで、幹部ばかりが残って何か相談をしていた。先に帰りかけると、Aと一緒になった。五反田の駅まで話ながら歩いた。「何を相談しているか知っているか」とAはぼくに云った。「知らない」「教えてやろう」と彼は話し出した。「今度、△△映画会社から、うちの劇団に映画出演の交渉があったんだ。例の巨匠族石井監督の新しい作品で、達者な傍役をうちの劇団から三、四人欲しいというのだ。マネージャーのYさんがこの間から映画会社に行ったり来たりして、忙しそうにしていたよ」「へえ、知らなかったな。それで、やるのかい?」とぼくは訊いた。「やるよ、勿論。劇団だって苦しいもの。ずっと赤字つづきだからな。Yさんの肝では、今度だけでなく、ずっと契約したらしい。先方さえよかったらね」 |
芦村節子は、西の京で電車を下りた。ここに来るのも久し振りだった。ホームから見える薬師寺の三重の塔も懐かしい。塔の下の松林におだやかな秋の陽が落ちている。ホームを出ると、薬師寺までは一本道である。道の横に古道具屋と茶店をかねたような家があり、戸棚の中には古い瓦などを並べていた。節子が八年前に見たときと同じである。昨日、並べた通りの位置に、そのまま置いてあるような店だった。空は曇って、うすら寒い風が吹いていた。が、節子は気持ちが軽くはずんでいた。この道を通るのも、これから行く寺の門も、しばらく振りなのである。夫の亮一とは、京都まで一緒だった。亮一は学会に出るので、その日一日その用事に取られてしまう。旅行に二人で一緒に出るのも何年ぶりかだ。彼女は、夫が学会に出席している間、奈良を歩くのを、東京を発つときからの予定にしていた。薬師寺の門を入って、三重の塔の下に立った。彼女の記憶では、この前来たときは、この塔は解体中であった。そのときは、残念がったものだが、今は立派に全容を顕わしていた。いつも同じだが、今日も、見物人の姿がなかった。普通、奈良を訪れる観光客は、たいていここまでは足を伸ばさないものである。 |
「事故でもあったかな?」石田謙一はタクシーの運転手に声をかけた。「さあ?」運転手も首をかしげている。夜の十時ごろだった。権田原から神宮外苑に入った所で、タクシーが前に詰まってのろのろと進んでいる。向こうのほうで懐中電燈の灯がちらちらしているのは警官でも立っているらしかった。「事故ではなく、事件が起こったのかもしれませんね。検問のようです」運転手は、窓から少し首を伸ばして様子を見たうえで答えた。「酔っ払い運転の検査じゃないのか?」客はいった。「そうではないようですな。酔っ払い運転だと、主に白ナンバーを停めます。タクシーまでいっしょに停めるのは、やはり事件が起こったんでしょうね」車が進むと、運転手の言葉どおり、私服と制服とが六、七人立っている。制服の巡査は少し手前で車を停め、懐中電燈の光を座席に射しこんで客の顔を眺め、問題でないと思われる車はさっさと通していた。 |
【いもぼう】の登場場面 | 二人の刑事と石岡という男は、折尾駅から京都駅へ向かう。 朝飯は駅弁を汽車の中で済ました。 10時19分京都駅に着いた。 約束の時間まで、時間があるので京都見物をすることになった。東本願寺、三十三間堂、清水寺...一人の刑事が >「12時になったぞ。そろそろ腹ごしらえをして駅に行こうか」 >「そうしよう。同じめしをくなら、名物の”いもぼう”とかいうやつを食べてみたい」 と一人が云った。 刑事の出張にしてはのんびりした旅だがそれにある訳があった。 混んでいて、相席になる。石岡貞三郎は、思わぬに人物に会う。遇った男が驚いたのだった。 ●のんびりした京都旅に見えるが、三人のうち、石岡貞三郎だけは刑事ではない。 平野屋の場面では、相席の男を石岡は知らない。刑事達も知らない。相席の男が石倉を見たときの反応を知るために同行していたのである。これから遇うことを約束していた男が突然眼の前に現れたのだ。 |
部屋に入りほっとする久美子だったが、ドアをノックする者がいた。あの婦人の通訳の日本人だった。 婦人には貿易商の主人も一緒で、食事の誘いを受けた。「困りますわ」久美子は断った。 ホテルでの洋食の食事に食欲を誘われなかったが、京都ならではと言うことで『いもぼう』を食べることにして、ホテルを出た。 食べさせる店は、円山公園内にあるという。(たぶん、いもぼう平野屋本店/京都府東山区 祇園 円山公園内八坂神社北側) 食事が終わりぶらぶらしていたが、四条通りまで歩いたところで映画館を見つけた。東京で見残していた作品が掛かっていたので、見ることにした。 映画が終わったのは十時に近かった。 【作品紹介より】 |
ルミ子を連れて京都に泊まった石田謙一は、ルミ子の >「ホテルの食事は味気ないわ」 >「京都らしいところでお食事をいただきたいわ」 の希望に添う形でホテルを出た。 祇園や先斗町に料亭があるのは知っていたが、そこは男だけの行く場所だろう。それに知り合いの家もないし、一見の客は断られるに決まっている。第一、高くつく。結局、八坂神社裏の平野屋あたりなら無難だと思った。 ●平野屋での出来事・場面 ルミ子と石田謙一は平野屋で食事をしている。夫婦の客がそばを通り過ぎる。 そのとき、若い妻のほうが、ふとこちらに顔を向けた。 その視線が謙一の眼と合ったのである。 もとより謙一の知らない顔である。色白の、顔の長い女だったが、彼女のほうがハッとなって、瞬間、歩いている脚を停めそうにした。 ちょっと、ためらっていたが、すぐに思い返したように夫のあとを急いで追った。 ほんの瞬間の出来事で、あとはそれきり人の居ない通路が残った。 |
「平野屋」の場面での特徴 | 重要な伏線となる 「混声の森」と共通している。 予期せぬ出会い。 |
「平野屋」を特別の場所として選んだのではなさそうだ。 女が一人で行く店には感じられない。 |
重要な伏線となる 「顔」と共通している。 決定的な出会いになってしまう。 |
作品の発表時期 | ●小説新潮 1956年(昭和31年)8月号 |
●オール讀物 1960年(昭和35年)1月号~ 1961年(昭和36年)12月号 |
●河北新報 1967年(昭和42年)8月13日~ 1968年(昭和43年)7月18日 |
キーワード | 舞台俳優・五反田・殺人行・浜田駅・初花酒場・女給・いもぼう料理・映画・赤い森林・春雪・手紙・首実検・興信所 | 中立国・公使館・終戦工作・外交官・武官・米芾・芳名帳・唐招提寺・モデル・フランス人・新聞記者・偽名・国威復権会・筒井屋 | 若葉学園・陸軍用地・理事長・専務理事・事故死・新学長・寝返り・理事会・多数派工作・私立探偵社・奈良旅行・投書・会計課・不明金・学長・平野屋・いもぼう・・野望と謀略・愛人 |
作品紹介(腰巻き・帯) | 殺人行の途中で顔を見られた男は、その男が忘れられない。きっと相手も自分を覚えていると確信する。 殺人を決行した売れない舞台俳優が映画俳優としてチャンスをつかみかける。 気になるのは己の「顔」だ。画面に大写しされる己の顔を覚えているはずのあの男が見ることにならないか。 |
祖国も妻子も捨てた男の望郷の念は,娘を一目見ることに執着する。「裏切り者」のレッテルは戦後数十年経っても取れなかった。 彼を守る者、追う狂信的な集団と戦争を引きずりながら生きている男。真実を知りたい記者は、娘の恋人。 |
東京西郊に、2万坪の敷地とホテルと見まちがう近代校舎を持つ、私立女子大学「若葉学園」。---今日の隆盛は、学園専務理事石田謙一の辣腕によるものであったが、彼の胸中には、現大島理事長の椅子を奪い、学園経営を一手に収めようとする、どす黒い野心があった。大島理事長と学生課女事務員との秘密の関係を知った彼は、私立探偵社に依頼、スキャンダルをあばこうと図るが、彼自身もまた、バア・マダムと情事を重ね、一人息子の非行に悩む秘密を隠していた。・・・・・・学園経営の醜い内幕を描いて、現代教育界の腐敗をつく。巨匠松本清張の問題作! |