題名 | 球形の荒野 | |
読み | キュウケイノコウヤ | |
原題/改題/副題/備考 | ||
本の題名 | 松本清張全集 6 球形の荒野・死の枝■【蔵書No0047】 | |
出版社 | (株)文藝春秋 | |
本のサイズ | A5(普通) | |
初版&購入版.年月日 | 1971/10/20●初版 | |
価格 | 880 | |
発表雑誌/発表場所 | 「オール讀物」 | |
作品発表 年月日 | 1960年(昭和35年)1月号~1961年(昭和36年)12月号 | |
コードNo | 19600100-19611200 | |
書き出し | 芦村節子は、西の京で電車を下りた。ここに来るのも久し振りだった。ホームから見える薬師寺の三重の塔も懐かしい。塔の下の松林におだやかな秋の陽が落ちている。ホームを出ると、薬師寺までは一本道である。道の横に古道具屋と茶店をかねたような家があり、戸棚の中には古い瓦などを並べていた。節子が八年前に見たときと同じである。昨日、並べた通りの位置に、そのまま置いてあるような店だった。空は曇って、うすら寒い風が吹いていた。が、節子は気持ちが軽くはずんでいた。この道を通るのも、これから行く寺の門も、しばらく振りなのである。夫の亮一とは、京都まで一緒だった。亮一は学会に出るので、その日一日その用事に取られてしまう。旅行に二人で一緒に出るのも何年ぶりかだ。彼女は、夫が学会に出席している間、奈良を歩くのを、東京を発つときからの予定にしていた。薬師寺の門を入って、三重の塔の下に立った。彼女の記憶では、この前来たときは、この塔は解体中であった。そのときは、残念がったものだが、今は立派に全容を顕わしていた。いつも同じだが、今日も、見物人の姿がなかった。普通、奈良を訪れる観光客は、たいていここまでは足を伸ばさないものである。 | |
あらすじ&感想 | ■登場人物/「」は、偽名■ 芦村節子 芦村亮一 野上顕一郎(ノガミケンイチロウ/一等書記官) 野上久美子 「田中孝一」 野上孝子 村尾芳生(ムラオヨシオ/外交官補・外務省欧亜局) 添田彰一(ソエダショウイチ) 米芾(ベイフツ/書家) ※北栄 ウインストン・チャーチル 寺島康正(テラシマヤスマサ/公使) 門田源一郎(カドタゲンイチロウ/書記生) 伊東忠介(イトウタダスケ/公使館付武官、陸軍中佐) 滝良精(タキリョウセイ/元編集局長・世界文化交流連盟、常任理事) 「井上三郎」(偽名、外務省、井上三郎名で歌舞伎の鑑賞券を送ってくる。) 筒井源三郎(筒井は偽名。本名:門田源一郎/「筒井屋」の主人/中立国の公使館の書記生) 笹島恭三(画家/家は三鷹台の駅の近く) 鈴木警部補(笹島の死亡現場に立ち会う) 笹島家の家政婦(独身の笹島は家政婦を雇っていた。/久美子がモデルになり通い始めると辞めていなくなった) 笹島家の雑役夫(野上顕一郎/家政婦に変わるように、笹島家に入り、花壇の手入れなどしていた) 「山城静一」(ヤマシロセイイチ/滝良精の偽名:蓼科の旅館での偽名/会社員・横浜市鶴見区××町) 「山本千代子」(ロベール・ヴァンネードの妻、エレーヌ) 「吉岡正雄」(東京都港区芝二本榎2-4:芝久美子がMホテルで見かける/村尾芳生が偽名を使う) 「三原」(Mホテルの久美子の部屋に掛かってくる不審な電話/三原さんですかと問う) 「ヴァンネード夫婦」(夫は、ロベール・ヴァンネード、妻は、エレーヌ) 倉富吉夫(K大学の博士/福岡での学会に出席) 「山口」(野上顕一郎の芦村亮一へ会うための偽名) 長谷部先生(東北大学/芦村亮一の御師) 「山田義一」(船原ホテルに宿泊したときの村尾芳生の偽名) およね(筒井旅館の女中/添田は会っている) おふさ(筒井旅館お女中) 栄吉(エイキチ/筒井旅館の下男/本名:武井承久) 武井承久(タケイジョウキュウ/国威復権会の総務/栄吉と名乗り筒井旅館の下男として働く) 岡野晋一(オカノシンイチ/国威復権会の会長) 杉島豊三(スギシマトヨゾウ/国威復権会の副会長) ----------------- 以上 主立った登場人物を 登場順に書き出してみた。(名前がはっきりする順) ----------------- 京都での学会に出席するT大学の助教授戸村亮一に同行する、妻の節子は、ついでに奈良の古寺を参詣する予定を立てていた。 佐保路を巡るつもりだったので、薬師寺を出て早々に唐招提寺に向かった。 唐招提寺でのことである。そこで叔父(野上顕一郎)の特徴有る文字を芳名帳の中に見つける。書体は書家米芾の書を手本にしたものだ。 芳名帳には「田中孝一」と書かれていた。その名前には全く覚えはなかった。懐かしい「田中孝一」の書体に触れ突き動かされたように、橘寺へ向かう。 橘寺には「田中孝一」はなかった。さらに、安居院に向かう。「田中孝一」は安居院にあった。 夫亮一との約束の宿に着く。場所は飛火野(トブヒノ)の近く。亮一は先に着いていた。亮一はT大の病理学の助教授 亮一に「田中孝一」の件を説明するが一笑に付される。 週刊 松本清張 No9『球形の荒野』(DeAGOSTINI) ※小さな疑問 文脈から、唐招提寺の売店で「唐招提寺と書かれた皿」を買ったようだ。そこで、芳名帳をめくる節子は署名に目が留まる。 節子はなぜ、佐保路では無く,反対方向の橘寺へ向かい、さらに安居院へ向かったのだろうか?奈良は、そこら中、寺ばかりでは? 叔父である野上顕一郎の「飛鳥の寺にもぜひ」の勧めが思い出されたのだろうか? 橘寺と安居院は突飛な感じがする。 帰京後、節子は叔母の家を訪ねる。叔母は野上孝子。従妹の久美子と同居している。家は武蔵野の名残を残す、杉並の奥の方にあった。 叔母の孝子に「田中孝一」の一件を話すも、反応は夫の亮一と同様だった。 久美子も興味を示さないが、久美子から訊いた、恋人の添田彰一は新聞記者らしく興味を示す。 添田の興味は具体的な行動を伴った。 野上顕一郎の勤めていた在外公館を突き止め、館員も把握した。 公使:寺島康正 一等書記官:野上顕一郎 外交官:村尾芳生 書記生:門田源一郎 公使館付武官:伊東忠介 村尾以外は直接確認できる人物はいない。 村尾に会うが、けんもほろろといった調子だった。 「村尾です。」課長は片手に添田の名刺をつまんでいた。 当時を知る人間として、在留日本人に当たってみては...その中でも、公使館に出入りしている新聞社の特派員はどうかと、同僚からアイディアをもらう。 誰がいると訊くと、「滝さんだよ。滝良精氏さ」あきれる添田。 意表を突かれたのだ。滝は新聞社の元編集局長。添田は直接の面識はないが大先輩であり、今は世界文化交流連盟の常任理事をしている。 早速滝良精を訪ねて、世界文化会館に向かった。 滝良精は、面会を求める添田の前に現れた。 「滝です。」添田の名刺を指に摘まんで、理事は言った。 添田の質問は、滝良精にとっては不愉快な質問らしい。添田も滝に会ったことを後悔した。 伊東忠介が殺された。絞殺されたのだ。はじめは身元不明だったが、夕刊の記事から届け出があった。 品川の「筒井屋」と言う旅館の主人、筒井源三郎が届け出た。 被害者は、奈良県大和郡山に住む雑貨商、伊東忠介五十一歳。 添田は、朝の新聞記事で「伊東忠介」の死を知る。伊東忠介にピンとこなかった。思い出したときは、あっと声を出した。 殺人現場、品川の「筒井旅館」と嗅ぎ回る。奈良まで足を伸ばす添田。 奈良の伊東忠介の家を訪ねる。息子夫婦が雑貨商を営んでいる。夫婦は、養子で、取り婿取り嫁だ。 伊東忠介は奈良の古寺巡りをしていた。奇しくも芦村節子の足取りに符合する。 唐招提寺に向かう添田。芳名帳に芦村節子の名を見つける。当然だ。 「田中孝一」の名が見つからない。よく見ると、芳名帳の一枚が剃刀で切り取られていた。 安居院へ向かう。唐招提寺と同じ結果だ。 添田は、野上顕一郎の生存を確信するようになる。伊東忠介の行動から其れを深める。 野上顕一郎が、都内のホテルに宿泊しているのではないかと考え虱潰しに探すが漏斗に終わりそうだ。 そんな時、車窓から芦村節子の姿を発見する。銀座四丁目の信号待ちをしているときだった。 やっと運転手に車を止めさせ、節子を探す、一旦見失うが、節子を再び見つけることが出来る。 添田は、久美子から節子の奈良旅行の一件を訊かされ興味を持った、その後、久美子に伴われ芦村家を訪れたことが有った。 芦村亮一は不在だったが、久美子の恋人として紹介され、久美子に訊かされた節子の奈良での出来事に興味を持ち訪れたのだった。 今日、再び節子に会った添田の話が奈良での「田中孝一」の一件になる事は当然である。 添田が、わざわざ、奈良にまで出かけたことに驚く。 さらに続く添田の話から、「添田さんは」「野上の叔父が生きているとでもお思いになりますの?」と、訊いた。添田は率直に肯定した。 節子は顔色を変えながらも、添田の空想だと否定する。 空想だと否定する節子に次なる矢が放された。 >最近、世田ヶ谷で或る殺人事件が起こりました。殺された人は、戦時中、野上さんといっしょに中立国の公使館にいた武官の方なんです >節子の顔から急に血の色がひいた。 笹島恭三画伯のモデルになった久美子だが、その原因は、笹島が久美子を見そめたことになっているが、曖昧なもので、誰かに頼まれたのはあきらかだ。 (久美子の母が滝良精に頼まれたのだった。) 久美子が笹島の家に通い始めて三日目、玄関のブザーを鳴らしても応答がなかった。 笹島画伯は睡眠薬の飲み過ぎの事故死か、自殺として処理された。 ただ、久美子をモデルにデッサンされた絵が残っていなかった。八枚程度のデッサン画があるはずだった。それが無くなっていた。 笹島が死んだが、笹島に久美子を紹介た滝良精は旅行中で久美子や孝子の前には姿を現さない。 四日後、滝から手紙が届いた。信州浅間温泉にてと書かれていた。 添田彰一は、久美子に呼び出された。しばらく会っていない間に久美子の周りで大事が起きていた。 モデルになった話、笹島が死んだ話、手紙の話、その間の経緯を聞き、久美子と別れた、その足で世界文化会館に向かった。 滝良精は、世界文化会館へ戻っていなかった。驚いたことに、世界文化交流連盟の常任理事を辞任していた。それも、手紙で辞表を提出していた。 添田に対応してくれた、庶務主任も戸惑いながら話してくれた。 添田は、滝が浅間温泉のどこに泊まっているか聞きたがったが、それは躊躇した。 だが、そこは新聞社。松本支局に電話をして滝良精の宿泊先を調査してもらった。 山城静一こと、滝良精の宿泊先が突き止められた。 浅間温泉に向かう添田。午後零時三十分に着いたが、その日の朝には滝良精は、宿を発っていた。 浅間温泉に宿泊している滝良精を訪ねてきた人物がいた。二人。 滝良精は蓼科に向かったらしい。脅迫されているようだ。 添田は、滝良精を追って、上諏訪駅から茅野駅に向かって蓼科に向かっていく。滝の宿泊場所を突き止める。 散歩に出ていた滝を見つける。 驚く滝良精。「君は、こんな所まで僕を追っかけてきたのか」滝ははじめて口を開いた。 問い詰める添田彰一に不機嫌に答える滝は、添田がはじめって滝に会った時と同じだった。 一通りの質問は終わって話を変えた。 笹島画伯とモデルの関係、無くなったデッサン画の八枚の話だ。これがむしろ核心に触れる話になるのだが..... 笹島は白状した。 「そのモデルは、ぼくが世話をした」 そして続けた。「そりゃア本当かね? いや、そのデッサンが無くなったということだ」 添田の「本当です。.....」 二人の話は、微妙にかみ合わない。それは、久美子の存在をお互いに隠したままの会話だからだ。 滝良精と添田彰一の散歩は終わりになった。宿の玄関に入った。 添田彰一は、宿に預けていたスーツケースを受取り真っ直ぐ帰ると告げた。滝は、多少名残惜しそうな顔した。 帰り道の駅までのバスの中で、浅間温泉に滝を訪ねてきた二人の男のことが気になった。 バスは狭い路をハイヤーとすれ違った。客は三人の男だった。 「ぼくが死ぬときでないと話せない」の滝良精の言葉がよみがえってきた。 添田の留守中、笹島恭三画伯の死因は、睡眠薬の飲み過ぎ、過失とされていた。添田に二件の電話があったことが伝えられた。 久美子と野上孝子からだった。 早速、久美子の勤める役所に電話をするが、三日間の休暇を取って休んでいるという。 野上家に電話をする。孝子は久美子が京都に行ったと告げた。添田の胸騒ぎは現実の物になった。添田は、すぐに野上家に向かった。 二人からの電話は添田に相談したかったのだ。 野上家にタイプライターで打たれた手紙が届いた。 行方不明になった、笹島画伯の描いたデッサン画を返すというのだ。郵送でも良いが、直接会って返したいと、場所と時間を指定していた。 時間は、十一月(水)正午(午前十一時より午後一時までお待ちしています)。場所は、南禅寺山門付近。 一人で来るように念を押していた。 差出人は『山本千代子』。 なるほど、変な手紙だ。添田に相談したくなる内容である。 添田の不在は思わぬ展開を見せる。 手紙を警察官に見せたのだった。 「...久美子に万一のことがあったらどうする、というのです」姪の主人の忠告で孝子は同意した。 決して現場に顔は出さないという約束で、警察官が久美子に同行したのだ。 同行した警察官は笹島画伯の死亡現場にいた鈴木警部補だった。鈴木警部補は笹島の死因に疑問を持っていた。 社に戻った添田は、社命でカメラマンと一緒に羽田空港に向かう。国際会議に出ていた代表が帰ってくるらしい。 出迎えの中に外務省欧亜局の××課長を発見した。村尾芳生だった。 遅れていたSAS機が到着した。 添田は代表の取材などどうでも良かった。退屈な取材を終わらせ、カメラマンを先に帰らせ、村尾課長を追った。 添田は、村尾課長は私用で先に帰ったのかと思った。 国際線のロビーから国内線のロビーに降りたとき、大阪に向かう飛行機に歩いて行く村尾課長を目にした。 村尾課長の行動は、一緒に居た事務官連中に聞いても奇妙な行動だった。 一方の久美子の京都行きは、ありがた迷惑の鈴木警部補同行となった。 待ち合わせ場所に行く久美子。細心の注意を払いながら、手紙の主である『山本千代子』を探すが、現れなかった。 だが、鈴木警部補を発見した。鈴木警部補は久美子との約束を破って待ち合わせの現場に来ていたのだ。 謝り、言い訳をする警部補だが、久美子は怒っていた。許せなかった。手紙の主に会えなかったのは警部補の不注意だと言いたかったが、言えなかった。 宿に帰ると、部屋に入る前に鈴木警部補は無神経に久美子に帰りの時間を聞いた。「今夜にしますわ。朝、東京に着くようにしたいんです」 久美子は、「明日の朝の汽車に乗ります。」の手紙を女中に託して、宿を出た。 久美子は、Mホテルに宿を取った。 ホテルで、京都の名所案内を見た久美子は、苔寺に行くことにした。 久美子は、苔寺で外国人の婦人に写真のモデルを頼まれる。日本人の通訳がいたが、久美子は少しフランス語が話せた。 実は、Mホテルには関係者が揃っていた。 ホテルに帰った久美子、エレベーターを待つときにのフランス人の婦人に声をかけられた。 苔寺で会った婦人だった。「あなたも、此処にお泊まりですか」「そうなんです」 久美子は三階。婦人は四階だった。 部屋に入りほっとする久美子だったが、ドアをノックする者がいた。あの婦人の通訳の日本人だった。 婦人には貿易商の主人も一緒で、食事の誘いを受けた。「困りますわ」久美子は断った。 ホテルでの洋食の食事に食欲を誘われなかったが、京都ならではと言うことで『いもぼう』を食べることにして、ホテルを出た。 食べさせる店は、円山公園内にあるという。(たぶん、いもぼう平野屋本店/京都府東山区 祇園 円山公園内八坂神社北側) 食事が終わりぶらぶらしていたが、四条通りまで歩いたところで映画館を見つけた。東京で見残していた作品が掛かっていたので、見ることにした。 映画が終わったのは十時に近かった。 ホテルに着き、部屋に向かう久美子は、一人の紳士を目に留めた。村尾芳生だった。久美子には村尾に見えた。 チェックインしたばかりなので、フロントに確認したら、「吉岡」と名乗っているらしい。 フロントには、「人違いだったかしら?失礼。あんまりよく似た方だったものですから」と引き下がった。が、久美子は村尾と確信した。 むしろ、なぜ「吉岡」と名乗ったのだろうか?疑問だった。 久美子は、ホテルから添田の新聞社に電話をした。「あいにくと添田はもう帰っております」 続いて、東京の母のところへ電話を掛けようとしたとき、ドアのノックの音が聞こえた。それは、隣の部屋だった。 電話に母が出て、鈴木警部補を置き去りにしたことなど窘められた。芦村節子も母の所にやってきていた。久美子は節子とも今回の京都行き とりとめなく話し電話を切った。さすがに村尾のことは話さなかった。 部屋に電話が掛かってくる。男の声だった。「もしもし」会話にならない。電話は切れてはいない。久美子から受話器を置いた。 電話は外からのものでは無かった。交換台を経由した電話では無いのだ。 二度目の電話が鳴った。 「もしもし」男の落ち着いた声だった。 「そちらは三原さんですか?」 「いいえ、違います」電話を切ろうとする久美子。しかし声は続いた。 「失礼ですが、部屋番号は312号ではございませんか?」丁重な声だった。 「いいえ、違います」やはり間違い電話だったのか ホテルで事件が起きる。 久美子が浅い眠りについて間もなくだった。夢の中でタイヤの破裂音のような音を聞いた 「医者を呼んでいるのか?」 次第に騒がしくなる隣室。久美子が聞いた音は、ピストルの音ではないのか? ピストルで撃たれたのは、吉岡と名乗った客らしい。村尾芳生なのだ。久美子は顔色を変えた。 自室に戻る久美子は、この騒ぎの見物らしい背の高い男が部屋に入るのを目撃した。 滝良精だ! 久美子の部屋の隣だった。 -----------ホテルの部屋の位置関係は...----------- 405号室:村尾芳生(ピストルで撃たれたらしい) 404号室:婦人客(事件を半開きのドアから覗いていた。 406号室:ドアは閉めっきり。フラン人夫婦らしい(苔寺で会った) 事件は四階で起きている。久美子や滝良精は、三階に泊まっている。 騒ぎを聞きつけて、久美子や滝良精は四階に見物なのか? 一命を取り留めた吉岡こと村尾芳生は、警察の調べにも吉岡で通し、身に覚えが無いと家族との連絡も拒否した。 吉岡の持ち物を調べた警部補は名刺入れなどから吉岡が、村尾芳生であることを知る。 久美子は眠りから醒めた。昨夜の事件から遅くに眠りについたが、まだ六時半だった。 またしても電話が鳴った。恐る恐る電話をとる久美子。「もしもし」昨夜聞いた声だった。 「はい」久美子の返事にも反応は無かった。十五,六秒後に電話は切れた。 朝の散歩から帰り、ホテルに着いたときに自動車が出発するのを目撃した。中にあのフランス人の婦人を認める。並んで男も認められた。 夫婦らしい、男は南禅寺で見かけた東洋風の男だった。 ホテルで朝食を済ませ、帰り支度を始める久美子は昨夜の事件についてボーイと会話があった。 若いボーイも乗り気で話してくれた。なんでも、警察の話では犯人は二人らしい。警察は変な紙切りを発見したらしい。 その紙切れには【裏切り者】と書かれていた。 帰り際に隣室を覗き確認するとメイドが掃除中だった。滝良精は早くにホテルを出た後だった。 揃った関係者は顔を合わせて話すことも無く、バラバラに朝早くホテルを後にしたのだった。 狙撃された村尾芳生は入院している。警察は尋問に向かった。 村尾芳生は、身元を完全に掌握され観念したが、捜査課長と警部補の尋問には全面的な拒否だった。 私的な旅行で本省や家族への連絡も拒否した。 村尾芳生に新しい面会人が現れた。滝良精である。病院側の謝絶に執拗に面会を迫った。院長には名刺の肩書きを利用して圧力を掛けた。 短い面会の時間を確保した滝は病室へ。 何もかも承知の上でMホテルに滞在していた二人と思っていたが、二人の話は微妙に違う。 村尾は、フランス人夫婦が南禅寺で久美子に会うことになっていたのを知っていた。 そして、面会がかなわなかったこと、久美子がMホテルに同宿していた事を知らされた滝良精は驚いた。 久美子は325号室に泊まったと聞かされなおのこと驚いた。滝の隣の部屋だったのだ。これには村井芳生も驚いた。 添田は新聞記事で京都の事件を知る。添田や久美子に直接関係ない事件なので特別な関心は寄せなかった。 ただ、羽田空港から伊丹行きの飛行機に乗り込む村尾を目撃しているだけに、Mホテルの事件が心残りだった。 そこは新聞記者、新聞記事にあった、事件の被害者の身元を確認した。「吉岡正雄」(東京都港区芝二本榎2-4)、吉岡正雄も吉岡商会も存在しなかった。 大阪本社への問い合わせには、記事は警察発表、警察は間違いは無いという。それが京都からの返事だ。 添田は、野上家に電話をした。 久美子は、京都から無事帰っていた。今は節子の所に行っているとの孝子の返事だった。 添田は、孝子との電話で、手紙の主に会えなかったことを知った。 問題は、久美子がMホテルに泊まっていたことを知ったのだった。(添田は飛び上がりそうになった) 夕方、野上家を訪れる。約束をする。当然久美子も帰ってくるはずだ。 添田は、滝の家に電話をしたが、不在で帰る予定も不明とのこと。 それでは、まだ蓼科の旅館に居るかも知れない。偽名で宿泊している滝こと「山城静一」の確認を取ろうとした。 すでに旅館を後にしていた。旅館で三人ずれの男と面会していたことが分かった。 野上家を訪れた添田は久美子の気がつかれないように孝子に頼んだ。すぐに此処を失礼するが、近くを散歩するので久美子と二人きりにさせて欲しいと。 添田は孝子に訊かれたくない話を久美子にするつもりだった。 添田は久美子から京都旅行の顛末を聞きはじめた。 手紙の主に会えなかったのは、付き添いの警部補のせいだと言った。 苔寺での出来事も話した。 Mホテルの事件も話した。 話を訊きながら、添田は自分の想像が的中していることで確信を持った。 しかし、久美子はさらに重大なことを添田に告げた。 「知ってる方は、もう一人いらしゃいましたわ」「誰です?」 「滝良精さんですわ。....」 添田は唖然とする以外無かった。 これから先は、添田の想像を超えていた。 同じフロアですかの問いに、久美子は続けた。 「いいえ、村尾さんは一階上でした。わたくしと滝さんとが三階で、村尾さんは四階の角から二番目でした。 角の部屋が、わたくしを食事に誘って下すったフランス人夫婦です」 「なんですって」 とどめは、久美子の部屋に掛かってきた「間違い電話」(無言伝泡)の話だ。 「先方は、久美子さんの声が聞きたかったのかもしれませんね」添田は答えたが、深い意味を久美子は理解することは出来なかった。 舞台は博多に移る。 ハイヤーの乗客は、六十年配の背の高い男。こちらは初めてらしい。津屋崎の福隆寺へと車は向かっていた。 寺に着いた。住職に、寺島康正さんの墓はあるかと尋ねた。 墓はその寺にあった。男は寺島康正の縁の者だと名乗った。墓に案内を願い、 丁寧なお参りを済ませた。男が住職に訊く。「寺島さんはこの町の生まれだと知っていましたが、やはり町の中ですか?」 少し離れているが、遺族の方が商売をされている。雑貨屋で、七十になられるが、奥様も健在だと教えてくれた。息子夫婦も居て、ご隠居らしい。 住職は親切に、寺島の遺族を呼んであげましょうか?と言ったが、「寺島商店」を教えてもらい帰りがけに寄ると告げた。 住職は寺島は優秀な外交官だったらしいと昔話も聞かせてくれた。 話が終わり、男は、菩提料の一端にと包みを出した。 紙包みには墨で『田中孝一』と書かれていた。 『田中孝一』の文字を見た住職は、言った。「なかなか、ご立派な文字ですな」「失礼ばってん、この文字は、米芾の書流と見ましたが」 車は、客の指示で、「寺島商店」の看板を見つけ徐行を始めた。たばこも売っているのを見つけて、車を止めさせた。 自分で降りて、店番の少女からたばこを買い求めた。 無口な客だった。車が小さな駅を過ぎるとき急に夕刊を買ってきてくれと告げた。 地元福岡で発行されている新聞を熱心に読んでいる男。 男はある記事に釘付けになった。 「目下、九州大学で開催中の医学会は、東京、京都をはじめ全国各地からの学者が参集し、連日熱心な学術討論をつづけているが、 本日の講演者と演題は次の通りであった。前癌状態と胃潰瘍について K大学 倉富吉夫博士 白血病の病理組織学的観察 T大学 芦村亮一博士」 同じ記事を三度も読み返していた。 ------------------------------------------------------------------------------------- ※余談だが 夕刊を求めたのは特別な目的は感じられない。特に新聞を指定したわけでもない。 おそらく、「田中孝一」こと、ロベール・ヴァンネードは、京都での事件など気がかりな問題を抱えていたので新聞を買い求めたのだろう。 田中孝一の車内での態度は運転手の目線から書かれているのだろうか? ------------------------------------------------------------------------------------- 芦村亮一は、博多の宿で女中から、電話の伝言を訊いた。 伝言は、交換台が書いたメモだった。 「明日の午前十一時に、東公園の亀山上皇銅像前でお待ちしています。もし、ご多忙でご都合悪い場合は、お目にかかれぬものと諦めます。 小生は十一時半までお待ちしているつもりです。 山口」 ずいぶん不躾なメモの内容だ。交換台が要約して書いたのだからだろう。どこか、「山本千代子」の手紙に似ている。 芦村亮一は、「山口」姓の知り合いはあるが、心当たりは無かった。交換台は、年配の男のようだったと言うだけだった。 芦村亮一は。自宅に電話をした。妻の節子が出る。伝言のことを話すつもりだったが言えなかった。 亮一からの電話に、節子もなんだか奇妙な電話と感じているようだ。 思いつきで、節子や孝子を九州旅行に誘うような話になったが、亮一はあわてて、節子に口止めした。 突然すぎる。男の正体は、「山口」が、自らがしゃべり出す。 東公園で再会する、山口こと「ロベール・ヴァンネード」こと「田中孝一」。本名は『野上顕一郎』と芦村亮一 「やっぱり、あなたでしたか?」「ぼくだ。.....しばらくだったね」二人には二十年近い歳月があった。 ベンチに座ったまま二人の会話は続く。なかなか読ませる内容だ。内容を書略するが、清張がこの作品に込めたメッセージかも知れない。 芦村亮一はどこで、なぜ、「山口」が野上顕一郎と知ったのだろうか??????だ! 芦村亮一は、野上顕一郎が生きていることを知っていたのか?【推測だが】 この問題は解決されない。最後まで! 野上顕一郎は芦村亮一に二つの大きな嘘をつく。 九州から帰った芦村亮一は、孝子と久美子を食事に招待する。 喋りたいが、喋れない重大な秘密を抱えてしまった亮一は心の中で苦闘することになる。 亮一が食事に誘ったのは 〈叔父さん、見て下さい。叔母さんはこんなに元気です。久美子もこんなきれいな娘になりました〉 と、野上顕一郎に言ってやりたかった。Tホテルの広いグリルの何処かに野上顕一郎がいるような気になった。 雑談を続けると亮一は博多での出来事を話しそうになる。 そんなとき、節子が言った。「添田さんをここにお呼びすればよかったわ。恰度、いい機会でしたのに」 亮一も強く同意した。早速久美子が電話で誘うことになった。添田は退社した後だった。(席を外していただけだった) 添田彰一は、野上顕一郎が生きていることを信じた。 伊東忠介が世田ヶ谷で殺されたことに引っ掛かっていた添田は、戦後引き上げてきて死んだとされている、門田源一郎は、本当に死んだのだろうか? 疑問は、佐賀支局に電話をして、門田源一郎の本当の姿を調べることだった。 一方で、添田は、品川の旅館「筒井屋」を訪ねることにした。 それは、殺された伊東忠介が世田ヶ谷に門田源一郎を訪ねたのではないかという推理からだった。 「筒井屋」には、法被を着た四十五,六の下男と二階から女中が降りてきた。二人とも前回来たときは居なかった。 宿の主人も、前に見た宿泊時に伊東忠介担当だった女中にも顔を合わせたので訊いてみたが、伊東と門田の関係は訊けなかった。 佐賀から報告が届いていた。門田源一郎の身元が分かった。門田源一郎は消息不明、生きているようだ。 佐賀の実家に兄夫婦が生活していた。門田源一郎は外地で妻を亡くし、子供も居なかった。 帰国後、兄夫婦の家に厄介になっていたが、関西方面に行くと言い残して消息不明。家出人捜索願いを出している。 伊東忠介の殺されるまでの足取りは、青山と田園調布だった。 青山は、村尾芳生の自宅 田園調布には、滝良精の自宅 添田の想像では、門田源一郎の存在がキーポイントになりそうだ。もう一度、村尾芳生と滝良精に会わなければと考えた。 滝良精は、電話の問い合わせでは不在、旅行先も分からず。 村尾芳生は外務省を休んでいた。二週間くらい出てこない、伊豆の何処か温泉場で静養中の答え。それが外務省の答え。 村尾の青山の家に向かう添田。三十四,五の女性が対応した。村尾の妻の妹と名乗った。 新聞記者の添田の追求に、不慣れな妹を名乗った女性は、困惑しながら療養先を教えた。 修善寺近くの船原ホテル。山田義一という偽名で泊まっている。 船原温泉と言えば「お狩り場焼き」が有名だのプチ情報。 添田は、翌る朝早く東京を発った。船原ホテルでは山田義一の宿泊を認めた。山田こと村尾芳生の妻も同宿していた。 妻に面談を求めた。添田の前に現れた村尾の妻は、新聞社の添田の名刺を見て軽い狼狽を見せた。村尾の気持ちを考えてのことだった。 村尾への面談を断る妻に頼み込み、村尾に訊いてみるとの返事をするのが妻の精一杯の対応だった。 添田はねばって気弱そうな、夫人に頼み込んだ。 渋々会ってくれた村尾芳生だが、やはり機嫌は悪かった。 添田の質問は、門田源一郎についてだった。質問は門田源一郎を通じて、野上顕一郎へとつながっていく。次第に核心に触れることになる。 野上顕一郎が日本来ているらしい情報があると告げる。動揺を隠せない村尾、ますます不愉快になる。 伊東忠介の性格はと、門田源一郎の性格を訊いたように村尾に訊いた。 添田の口から決定打が放された。 野上顕一郎のことをしつこく追及する添田に村尾は言った。「しかし、添田君。なぜ、君はそんなに野上さんのことばかり追及するんだ? 誰かに頼まれたのか? 頼んだ人がいるなら、その名前を言ったらどうだ?」 「村尾さん」 「野上顕一郎は、或いはぼくの義父(チチ)になるかも分からないのです」 「何?」 驚いた村尾は、「うむ...」と、唸るだけだった。 「そうか...そうだったのか」 村尾芳生は観念した。野上君のことを訊くのだったら滝君に会いたまえ。 「滝さんは、どちらにいらしゃるんですか?」 「横浜ニューグランドホテルにいるよ」 「ヴァンネード夫妻もそのホテルに泊まっているんですか?」 「知らないね。そんな外国人は.....それも滝君に訊いてくれたまえ」 観念したように見えた村尾は、本当に知らないのか最後まで肝心なことは滝君に訊いてくれだった。 社に戻った添田に電話の伝言があった。芦村まで電話をしてくれとのことだった。節子からだと思った。 電話番号の横には「T大学」。芦村亮一からの電話だった。 T大学の近くのレストランで会う約束になった。タクシーを飛ばして待ち合わせ場所に急ぐ。 芦村亮一からの誘いで二人は会った。亮一は、福岡で野上顕一郎に会ったことを話したかったのだろう。 一人で抱え込むにしては大きすぎる秘密でもあった。 しかし、野上顕一郎が生きていて、日本に来ていることは、口には出さないが二人は知っている。特に芦村亮一は野上に会っているのだ。 情報を共有しながらも、二人の情報は微妙にすれ違っていた。 野上顕一郎に妻が居ることを芦村亮一は知らない。 話せなかった。芦村亮一は添田にも話せなかった。呼び出された添田は拍子抜けだが、なぜ呼び出されたのか考えるばかりだった。 その結論は、添田の立場を芦村亮一に置き換えてみたら...添田が芦村亮一に知り得ている情報を話せば二人の情報を共有することが出来る。 突然添田は村尾芳生の言葉の意味に気がついた。 【久美子を連れて横浜ニューグランドホテルへ行けと言うことか】 品川の「筒井旅館」に動きがある。 「筒井旅館」に働く者の名前が分かる。女中の「およね」「おふさ」。下男の「栄吉」(四十五,六の色の黒い眼の大きい男/添田も出逢っている) 郵便物を出しに出かけた、井筒屋の主人筒井源三郎は、道を聞くふりをする車の男連れに拉致される。 この郵便が後に滝良精に宛てたものだったと分かる。伊東忠介の事件を告白していた。 車は、中目黒、祐天寺、三軒茶屋の方向へと進んだ。愕然とする宿の主人。経堂の駅を過ぎて、家は途切れ畑と雑木林の多い地域となった。 「さすがに、ここまできて騒がれなかったのは立派でした」 「いい覚悟です。門田さん」宿の主人(筒井源三郎)に向かって名前を呼んだ。この場所は、門田源一郎が伊東忠介を殺した場所だった。 拉致した男たちは、伊東忠介が同士だと言った。 いかなる団体に所属しているかは言わないが、門田源一郎を拉致した経緯は一通り話した。 伊東忠介の行動から、村尾課長や滝良精に会い調べていたのだ。 彼らは脅迫しながら真実を聞き出そうとした。だから、滝良精は、浅間温泉、蓼科高原へと逃避したのだ。 滝良精を「なるほど、あの人はインテリだが気の小さい人だった」と、門田源一郎は、評した。 拉致した門田源一郎に、問わず語りに話す彼らの言い分は、野上顕一郎のとった終戦工作が『裏切り』でしかなかった。「利敵行為」と糾弾した。 彼らは、村尾や滝は結果として野上の行方を知らないのだと考えた。しかし、伊東は門田源一郎が、鍵を握っていると考えた。 門田を詰問する伊東。その結果、伊東を野上の所在を餌におびき寄せ、殺さざるを得なかった門田。 彼らは、村尾芳生の狙撃事件も白状した。威嚇だった。 そこで、改めて野上顕一郎の居所を門田源一郎に訊いた。 「そうでしょう? あんたは何もかも知っていた。その知ったついでに、ここで野上がどこにいるのか教えてくれませんか?」 「できないね」門田源一郎は、覚悟を決めていた。(門田元書記生は冷然と答えた) 車の中での会話が終わる頃、もう一台の車が近づいてきた。 新しく車で来た男が訊いた。「話は済んだのか?」「大体すみました」 後から来た男は車の中の男と替わった。「旦那、ご苦労でしたね」 「やっぱり、お前だったのか?」「筒井屋」の主人、門田源一郎は、対手の顔を覗いて言った。その男は「栄吉」だった。 栄吉は本名を名乗った。 国威復権会の総務武井承久(タケイジョウキュウ)ついでに幹部の名前を言う。 会長が岡野晋一(オカノシンイチ)・副会長が杉島豊三(スギシマトヨゾウ)、大仰に見得を切った感じだ。 。 「本当に白状できないのだな?」尚も、野上の行方を白状させようとする、栄吉こと武井承久 「言えない」 「知らない!」 「立派だ」首領はほめた。 それが門田源一郎の最後となった。 添田は、久美子を横浜のニューグランドホテルへ連れ出す。フロントで「ヴァンネード夫婦」の所在を確認しようとする添田に、メッセージが届いていた。 滝良精からだ。話したいことがある。416号室まで来てくれ。ただし、君一人でだ。村尾から連絡が入っていたのだろう。 「ヴァンネード夫婦」は外出していた。 久美子を待たせて、滝に会いに行く添田。 全てを話した滝良精は、久美子を観音崎へ向かわせるように添田に告げる。 添田は、久美子を一人で観音崎へ向かわせる。 清張ドラマは佳境に入る。 観音崎の『崖』で再会するが親娘は時の流れを遡ることが出来るか! ■蛇足的感想■ 野上顕一郎は、久美子への異常なまでの執着心とは裏腹に、妻(元妻?)の孝子には淡泊だ。 それは、野上が再婚しているからだろうか、その遠慮が孝子には無関心に感じられる。(妻から逃げた男の利己主義が覗かれた/芦村亮一) 時代設定からで仕方が無いが、電話を多用する添田が、どうしても交換台経由の話になりまどこっしい。しかたない。 名前に「一」が多い。野上顕一郎・芦村亮一・添田彰一・門田源一郎・岡野晋一・「田中孝一」「山城静一」「山田義一」 偽名を含めて多彩だ。名前と言えば、野上顕一郎の芳名帳名が「田中孝一」となっているが、「顕一郎」と「孝子」の一字で孝一と深読みしてみた。 ①野上顕一郎の来日は、何が目的だったのだろうか? 寺島康正の墓参り?捨てたはずの祖国への郷愁。最初は久美子に会うことも主たる目的ではないように感じる。 ②では、野上の来日を手伝った人物は誰か? 門田源一郎? 滝良精や村尾芳生はどこまで関与していたのか? ③笹島恭三画伯の死 結果、睡眠薬の飲み過ぎの事故死とされているが、謎のままだ。現場で捜査を担当した鈴木警部補も納得していない.。 ●週刊 松本清張 No9『球形の荒野』(DeAGOSTINI)に面白い記述が或る。 単行本化で削られた8000文字の謎 添田の勤める新聞社に「国威復権会の幹部山田吉次郎」が「野上顕一郎を取材するのは止めろ」と 脅迫する部分がある。 その部分が単行本化されるとき削られているのだ。 削られた部分には「画家を殺す必要はあるまい」と村尾芳生が叫んだとある。 謎では無いのだ、清張先生は抜かりなく書き込んでいた。 (詳しくは、週刊 松本清張 No9『球形の荒野』(DeAGOSTINI))を!睡眠薬の秘密も具体的に書かれている。 お手伝いの女性を辞めさせてまでの雑役夫雇う経緯が不明であり、最後に村尾の発案で画家と親しかった滝が笹島に頼んだ。 笹島は何も知らない。笹島に殺される理由がない。雑役夫を演じた野上顕一郎は慌てただろう。 ④野上顕一郎は芦村亮一と博多で会う 芦村亮一は、「山口」をどこまで知っていたのか? 野上顕一郎との出会いが突然すぎる。 何処かで、芦村亮一と添田彰一が情報を共有していたとする方が自然ではないか? 結果として、野上顕一郎と芦村亮一の再会は必要だったのだろうか?付け足しのようになってはいないか? 二人の会話は、クライマックスに導く導火線として効果的だし、魅力的だが情報を共有した芦村と添田が野上の帰国の目的が寺島康正の墓参りと推測し 芦村が学会のついでに墓参し、野上の痕跡を発見する。(たとえば、田中孝一名のお布施)などと、余計な事を考えてしまった. まさに余計なことだったか?【推測】 芦村亮一は、節子から添田の「空想」と呼べない推測を、又聞きであったとしても詳しく聞いていたのだろう。 銀座で添田と節子が話した内容は、芦村亮一に野上顕一郎が生きていること「空想」以上に現実として理解させるに 十分だったのではないか。 ⑤野上顕一郎は、芦村亮一になぜ嘘をついたか うそ1.野上顕一郎(ロベール・ヴァンネード)には、フランス人の妻が居た。 孝子への遠慮か? 祖国を捨て、妻を捨てたのだ。(妻から逃げた男の利己主義が覗かれた) うそ2.野上顕一郎は、笹島恭三画伯の死を知らないと言った。野上は第一発見者になるところだったのだ。 ⑥伊東忠介をなぜ殺さなければならなかったか? 同様に、門田源一郎はなぜ殺されなければならないのか? 登場人物の中で、門田源一郎と伊東忠介は、戦前を引きずりながら不幸な戦後を生きてきたように思う。 むしろ、村尾芳生や滝良精は戦前を清算して表舞台の出生街道歩んで来たのではないか! 野上顕一郎は、戦後十数年経っても、伊東忠介等の一味に命を狙われる立場に立っている。 ⑥「国威復権会」なる時代錯誤の狂信的な集団について 今に通じる。狂信的な敵意は、村尾や滝のように権力に囲われている者に向かわない矛盾を感じる。野上顕一郎は 犠牲者に他ならない。 門田源一郎など犠牲者の最たる者だ。 ※映画(松竹作品:監督:貞永方久・1975年作品)との比較 正確には覚えていないが、映画では、突出した伊東忠介の行動を仲間が殺したことになっている。(自殺として処理されている) ある意味仲間割れである。個人的にはこちらに説得力を感じた。中立国の公使館でも海軍派とか陸軍派とか、戦争遂行派と利敵行為につながる 和平工作派の暗闘があったかのように書かれている。戦後は戦争遂行派の中には、過去に秘して権力の中枢に位置している人間もいるだろう。 隠匿物資の分け前にあずかれなかった逆恨みとか、彼らにとっては、伊東忠介の様な人物は厄介で危険な人物なのだ。 村尾芳生が、添田彰一に、そのあたりの状況を村尾自身の推測として話す場面があるが、伊東忠介の死との関連からも説得力を感じる。 映画は、見直してみるつもりだ! ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ ◎料理二題 ①『いもぼう』 ■『いもぼう』は清張作品「顔」にも登場する。 ※いもぼう平野屋本家(Hpより) 江戸の中期、元禄から享保にかけて青蓮院の宮様にお仕えしていた、当家初代・平野権太夫はお勤めの傍ら蔬菜(そさい) や御料菊の栽培をしていました。ある時、宮様が九州御幸(みゆき)の折にお持ち帰りになった唐芋(とうのいも) を祇園円山の地で栽培したところ、京の地味にかなって立派に育ち海老に似た独特の形と縞模様を持った「海老芋」(えびいも) となりました。権太夫は宮中への献上品であった「棒鱈」(ぼうだら)という出会いの食材と一緒に炊き上げる工夫を重ねることにより 京の味「いもぼう」を考案。 「いもぼう」は、海老芋とよばれる大きな海老の形をしたお芋と、北海道産の棒鱈を炊き合わせた京料理。 手間暇をかけてつくるこの京料理の特徴は全く異なる性質の素材同士がお互いの性質をうまく作用させている点で「出会いもん」 と言われております。「いもぼう」は、厚く面取りした海老芋と、一週間余りかけて柔らかく戻した棒鱈を丸一昼夜かけて炊きあげます。 ②お狩場焼き ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ ------------------------------------------------------------------------------------- ■伊東忠介と三木謙一(砂の器)の共通性/職業等■ ●砂の器:「読売新聞・夕刊」(1960年(昭和35年)5月17日~1961年(昭和36年)4月20日) 三木謙一は、元警察官。子供はなく取り婿取り嫁岡山県江美町で雑貨商を営む。江美町は生まれ故郷。 かねてからの希望で倉敷、琴平、京都。奈良、伊勢を旅行。 伊勢の映画館で和賀英良の写真を発見。 予定を変更して東京に行く。 ●球形の荒野:「オール讀物」(1960年(昭和35年)1月号~1961年(昭和36年)12月号) 伊東忠介は、元・中立国公使館付武官。現在は大和郡山で雑貨商を営む。子供はなく、取り婿取り嫁。 奈良あたりの古寺を拝観するのが趣味だった。 明確に書かれていないが、伊東忠介は、「田中孝一」の芳名帳の筆蹟を発見する。 急に東京行きを決意し、家族に伝える。 ------------------------------------------------------------------------------------- ■米芾■ ●書家:米芾 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 『米襄陽洗硯図』(部分)の米芾肖像、晁補之画 米芾(べい ふつ、皇祐3年(1051年) - 大観元年(1107年)[注釈 1])は、 中国の北宋末の文学者・書家・画家・収蔵家・鑑賞家であり、特に書画の専門家として活躍した。 初名は黻(ふつ)[注釈 2]。字は元章(げんしょう)。官職によって南宮(なんぐう)、 住拠によって海嶽(かいがく)と呼ばれ、号は襄陽漫仕(じょうようまんし)・海嶽外史(かいがくがいし)・ 鹿門居士(ろくもんこじ)などがあり、室名を宝晋斎[注釈 3]といった。子の米友仁に対して大米と呼ぶ。 襄州襄陽県の人で、後に潤州(現在の江蘇省鎮江市)に居を定めた。 ●国際文化会館(六本木) ※「世界文化会館」のモデルか ※高台に位置して、付近は外国の公使館や領事館が多い ●福岡 東公園 ※東公園 県営東公園(福岡市博多区) 亀山上皇銅像を中心に、福岡県庁・県警本部そして日蓮上人・住宅地に隣接し 平成24年4月から、 指定管理者として東洋緑地建設が運営・管理している。 自然が多く、カモのいる池・壁泉また散策路で林の中を楽しむことができる。 東公園は「国有地 約7ヘクタールの広さで、国から無償で貸与されている」 ▲プチ情報 【帰郷(大佛次郎)】 小学館でP+D BOOKS『帰郷』が復刊 大佛次郎氏の『帰郷』が復刊されるとは思いませんでした。松本清張氏の名作『球形の荒野』に多大な影響を与えた作品です。 両方を読み比べると面白いでしょう。(受け売り) ▲プチ情報 【文学に現れた横須賀(球形の荒野)】 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ ●参考●映画【球形の荒野】(松竹/1975年作) キャスト 芦田伸介(野上顕一郎) 乙羽信子(野上孝子) 島田陽子(野上久美子) 竹脇無我(添田彰一) 山形勲(滝良精) 岡田英次(村尾芳正) 藤岡琢也(伊東忠介) 笠智衆(福竜寺住職) 大滝秀治(岡野) 昭和三十六年、初夏。関西での取材を終えた新聞記者添田は、大和路で婚約者の野上久美子と合流した。 大和路は久美子の亡き父・野上顕一郎がこよなく愛した処であり、彼女は亡父に自分の第二の人生の出発を告げに来ていた。 ところが唐招提寺の拝観者芳名帳の中に、亡き父にそっくりの、中国の古人・米帯の書に習った筆跡を発見した。 翌日、久美子は添田を伴って筆跡の確認に向かうが、その部分だけが破りとられていた。 二人は帰京すると、久美子の母・孝子にこの事を話すが、とりあってくれない。 しかし、添田は何となく判然としなかった。久美子の父・顕一郎は、第二次大戦末期、ヨーロッパの某中立国公使館で、 一等書記官を務めていたが、終戦一年前、任地で病のため客死した、と当時の正式な公電によって伝えられている。 添田は、当時野上の部下で、現在外務省欧亜局課長の村尾、当時現地の特派員で公使館に出入りしていた滝に会ったが、 不思議に二人とも反応は冷淡だった。添田が、ますます野上の死に疑問を持った頃、久美子の周辺に奇妙な出来事が続いた。 名も用件も告げない電話や、商品が届けられるのだ。元公使館付軍人、伊東が訪問したのもこの頃だった。 ある日、久美子と孝子は何者かに歌舞伎座に招待された。 添田も内緒で二人の後に歌舞伎座に入ると、そこには村尾、滝、伊東も来ていた。 この不思議なめぐりあわせに、添田は久美子の父が生きて、この日本に来ている事を確信した……。 長崎。天主堂の見える墓地にひとりの男が佇んでいる。 ロベール・ヴァンネード--野上顕一郎である。必死の調査によってヴァンネードが野上である事を知った添田も長崎へやって来た。 だが、野上は京都へ発った後だった。京都。野上は滝と当時を回顧していた。 野上は、戦争末期、国を捨て、妻子を捨て、日本人である事を喪失してまでも日本を破滅の淵から救うために連合国側と接触した。 こうした和平工作を、野上を、伊東たち軍人が憎しみぬいていた。 突然、二人に村尾から電話がかかり、当時公使館付書記生で、久美子に会わせるべく野上を日本に呼んだ内田が殺されたと知らされた。 犯人は伊東に違いなかった。やがて、野上は伊東に呼び出された。だが、約束の時間に伊東は姿を見せなかった。 翌日の新聞に、伊東が自殺した事を報道していた……。 村尾、滝から野上の行方を聞き出した添田は、久美子に会いに行くように言った。 だが、久美子は会いたいと思いながらも、自分たちを捨てた父を許すことができなかった。 観音崎。岩にくだける白いしぶきを見つめている久美子に、東洋的な顔だちをした白髪の紳士が近づいた。 「海がお好きですか」「はい……あなたも?」まじろぎもしないで紳士を見ている久美子。 久美子は、全身で“父”の存在を感じていた。 ------------------------------------------------------------------------------------- 長編小説の映画化だがよくまとめられていると思う。小説では多岐にわたる登場人物も整理され、簡略化されている。 小説の芦村夫婦は完全に割愛されている。久美子が直接「田中孝一/田上孝一」の筆蹟を見つける。 ------------------------------------------------------------------------------------- 2021年11月21日 記 |
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作品分類 | 小説(長編) | 295P×1000=295000 |
検索キーワード | 中立国・公使館・終戦工作・外交官・武官・米芾・芳名帳・唐招提寺・モデル・フランス人・新聞記者・偽名・国威復権会・筒井屋 |
登場人物 | |
野上顕一郎 | 中立国の公使館員、一等書記官。妻子を捨て、終戦工作に関与する。伊東忠介に命を狙われる。ロベール・ヴァンネード、妻は、エレーヌ。 |
野上久美子 | 野上顕一郎の一人娘。添田彰一は恋人。父の死亡に疑問を抱きながらも信じられない。モデルを頼まれるくらい、美しい若い女性。役所に勤める。 |
野上孝子 | 野上顕一郎の妻。人の良いお嬢さん育ちか。亡き夫の思い出と共に生きている。久美子を女で一人で育てる。 |
添田彰一 | 野上久美子の恋人。新聞社の記者。正義感もあり行動力のある好青年。芦村節子の話から野上顕一郎の死亡説に疑問を持つ。影の主役でもある。 |
芦村亮一 | 芦村節子の夫。野上顕一郎は義理の叔父。T大学の助教授。学会で福岡に行ったとき野上顕一郎に会う。節子からの情報で生存の可能性を感じていた? |
芦村節子 | 芦村亮一の妻。奈良への旅行で米芾書体の「田中孝一」を見つける。久美子は従妹。野上孝子は叔母。叔父の生存を信じ切れない。 |
寺島康正 | 中立国の公使館の公使。死亡している。墓は、福岡の津屋崎の福隆寺。野上は墓参りに行く。野上顕一郎の上司になる。 |
滝良精 | 戦中は新聞社特派員。新聞社の元編集局長。世界文化交流連盟の常任理事。国威復権会の連中に脅される。野上顕一郎の帰国に関わる? |
村尾芳生 | 中立国の公使館員、外交官。戦後は外務省に復帰し東亜局の課長青山に住む。野上顕一郎の帰国に関わる? |
門田源一郎 | 中立国の公使館員、書記生。野上顕一郎の部下で共に行動する。野上の帰国の手助けをする?。不幸な戦後を過ごすが、筋金入りの男。 |
伊東忠介 | 中立国の公使館員、武官、陸軍中佐。野上顕一郎の行方を執拗に捜す。国威復権会の会員。門田源一郎に殺される。奈良大和郡山で雑貨商 |
笹島恭三 | 画家。滝良精に頼まれて久美子をモデルにデッサン画を八枚程度仕上げる。不審死を遂げる。 |
武井承久 | 栄吉。「筒井屋」旅館の下男になりすます。国威復権会の総務。門田源一郎を殺す。 |
岡野晋一 | 国威復権会の会長 |
杉島豊三 | 国威復権会の副会長 |
およね | 「筒井屋」旅館の 女中。「筒井屋」旅館の主人は筒井源三郎(本名=門田源一郎) |
おふさ | 「筒井屋」旅館の 女中。「筒井屋」旅館の主人は筒井源三郎(本名=門田源一郎) |
鈴木警部補 | 笹島恭三が死亡したとき捜査に当たる。久美子の京都行きに同行する。笹島の死因に疑問を持つ |
偽名が多用されている | ●野上顕一郎=田中孝一:山口(芦村亮一を誘うとき使用):ロベール・ヴァンネード●エレーヌ()野上顕一郎婦人=山本千代子 |
偽名が多用されている | ●滝良精=山城静一●村尾芳生=山田義一:吉岡正雄●栄吉=武井承久(国威復権会の総務)●門田源一郎=筒井源三郎 |