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松本清張_失踪 黒い画集(第四話)(黒い画集 第四話で発表される。/全集で発表時に「失踪」と「天城越え」が入れ替え) 

〔(株)双葉社=松本清張初文庫化作品集@(2005/11/20)/発表時(週刊朝日)では第四話:全集には集録されず〕

No_124

題名 失踪
読み シッソウ
原題/改題/副題/備考 ● シリーズ名=黒い画集
●全9話
1.
遭難
2.
証言
3.
坂道の家
4.失踪
5.
6.
寒流
7.
凶器
8.
濁った陽
9.
全集で発表時の失踪と「天城越え」が入れ替え
本の題名 失踪 松本清張初文庫化作品集@【蔵書No0207
出版社 (株)双葉社
本のサイズ 文庫(双葉文庫)
初版&購入版.年月日 2005/11/20●初版
価格 630(600+30)
発表雑誌/発表場所 「週刊朝日」
作品発表 年月日 1959年(昭和34年)4月26日号〜6月7日号
コードNo 19590426-19590607
書き出し 昭和二十五年のこと、東京都中野区氷川町××番地に新築間もない家を買い、一人で住んでいた竹下幸子という若い女が、事情があってその家を売ることになり、売買契約が出来て、四月十三日の夜、その買い主といっしょに外出したまま行方不明となった事件が起こった。竹下幸子は二十一歳で、もとデパートの店員をしていたが、大阪のある機械商に見そめられ、勤めを止して、氷川町に新地したばかりの家を買ってもらって愛人となった。その機械商は上京毎に彼女の家に滞在した。そのうち、機械商の熱が冷め、この生活も長続きはせず、幸子は自然に捨てられた恰好になった。手当も絶えて生活に困った彼女は家を売ってそれをもとに洋裁店でも始めようと思い、豊島区千川町××番地に住む両親にも相談した上、不動産売買仲介業者に買い手の斡旋を頼んだ。その後、某繊維会社社長淵田岩男と直接交渉となり、同人に三十五万円で売ることになっていた。
あらすじ感想  「失踪」は、全集未収録作品です。これまでに、「全集に収録された作品と収録されなかった作品」は、何が違うのか?をテーマに【蛇足的疑問『09』】
で取り上げたことがある。■全集未録作品(訳あり作品)の項目で記述しているが、「失踪」は抜けていた。

この作品の読後感に少し違和感があった。本の題名としては、「失踪」だが、松本清張初文庫化作品集@【(株)双葉文庫/(株)双葉社】
の解説に細谷正充氏がその事情を書いている。また、全集に掲載された「黒い画集」の最後に、『黒い画集』を終わって/と、
あとがきのような一文を載せている。

ここで、細谷正充氏の解説(松本清張初文庫化作品集@)を少し長いが紹介します。
 >「これは実話風に書いてみたかった。材料は、警視庁から出ている「捜査資料」という本に拠った。
 >他の作家が書かれていることを、連載の途中の投稿で知った。もとより、その作家の主観と私の主観は違うのだが、
 >材料の出所が同じとうことはどうにも違えようがない。
 >この事実を知って、私は大いに当惑した。こういう気持ちになると、最初の意気込みははたちまち挫折してしまう。
 >他からは不勉強だと非難されるし、こんなことで最後までの出来がよかろうはずはない。
 >記録ものの出所については、気をつけなければならないことを、このときほど教えられたことはない

細谷氏は、偶然のバッティングとしてよくある事だとしています。これは、徹底検証【「春の血」と「再春」】でも触れたことがあるのですが、
清張氏の拘りがあったのでしょう。再確認すべき事が出てきてしまいました。全集に集録されていない作品はまだ有りそうです。


さて前置きが長くなりましたが、内容に入ります。
読後感の違和感は、失踪があり、失踪したとみられる女性が殺されるのですが、動機が迫ってこないのです。
彼女は事件に巻き込まれるようにして、失踪し、殺される訳ですが、リアリティーが感じられないのです。
機械商の囲われ者の竹下幸子(ユキコ・サチコ?)は、旦那の熱が冷め、自然に捨てられるように疎遠になった。
手当も入ってこない。生活に困る。家でも売ってその金を元手に、洋品店でも開きたいと思った。
住まいは、中野区氷川町だが、両親は豊島区千川に住んでいた。
竹下幸子の家は幸い新築でもあり、35万円程度で売れた。(時代を感じさせる/昭和25年頃の話)
幸子は、母親の竹下スエに話していた。
スエは、朝食時に幸子の弟に当たる中学生から縁起の悪い話を聞き、幸子の身に何かあったのではと、東中野の幸子の家を訪ねる。
幸子の家では、三,四人の男達が、家財道具を持ち出そうとしていた。
スエが尋ねると、この家は銀座の旦那が家財道具込みで買い取った。幸子さんは今朝オート三輪で引っ越していった。と、話した。
取りあえず、銀座の旦那という男の住所を聞いた。男の名前は「淵田岩男」。目黒区上目黒だと住所をメモで教えてくれた。
家財道具を買い取ったのは、杉並区馬橋の古物商。
隣家の中西という家の主婦が出てきて、たった今、友達の吉野が見えていたが帰られましたと教えてくれた。
吉野は、幸子のデパート時代の女友達だった。

短い時間の経過の中で多数の人物が登場する。

吉野の住所を知ったスエは、吉野を訪ねる。吉野正子は、22歳。足立区千住1丁目に住んで居いた。
様々な経緯があるが、竹下幸子は行方不明いになった。母親にスエは居なくなった幸子を探し出す為に奔走する。
ここまでの話だけなのだが、どうも設定が軽いような気がする。登場人物の割には幸子に投影されるべき陰が無い。
ただの囲われ女が事件に巻き込まれているようだ。幸子の旦那であった機械商と淵田岩男の関係は...
そもそも、事件とは...登場人物の役割も分からない為、緊張感が感じられない。
なぜ、竹下幸子が行方不明になったのか?殺されたかもしれないのか? その理由が示されていない、臭わされてもいない。

事が事件性を帯びるのは、母親のスエが、娘の身を案じて八方手を尽くし弁護士に相談したことが切っ掛けだった。
弁護士の栗田は、家屋の売買の民事だけではなく、幸子に関わる刑事事件が潜んでいると感じ、警視庁の捜査一課に捜査を依頼した。
捜査一課では、藤村警部補係で捜査することになった。


土地は竹下幸子の名義だった。
土地も家屋も山本秀夫に移転登記された。(移転登記は竹下幸子の委任状が添付/偽物らしい)
山本秀夫は、通常不動産屋がやる手続きで、一旦便宜的に移しただけだと言い張った。

囲われ女の土地と家屋を処分する詐欺事件にしては大がかりで、登場人物も多くて複雑である。
細かい経緯は一気に省略する。
下沢敏行は、厳しい取り調べに、竹下幸子の殺人を自供する。下沢は、取り調べで、「お前は従犯だろう、全てを話せば刑も軽くなる」
など巧みに説得され自白に追い込まれたのだった。
下沢の自供に基づいて事件が明らかになる。江藤との共犯で、主犯が江藤。
江藤は死刑、下沢は懲役10年。しかし、江藤は罪を認めず上告する。
上申書で事件の内容や経緯を説明し、警察の主張を認めなかった。
主な相違点は、江藤が淵田岩男を名乗って同一人物とする主張警察と激しく対立した。
登場人物も偽名での登場もあり判然としない。江藤は一貫して下沢の自白したような犯罪はしていないと主張した。
下沢の主張も怪しい部分がある。江藤に恨みがあり共犯者に仕立てた可能性も否定できない。
ただし、下沢の自白通り竹下幸子の死体が発見されている。
台湾人の柯武発の存在も怪しい。柯はすでに死亡しておりその方面での捜査はできない状態だ。


最後に、獄中で下沢と同房で、事件の内容を聞いたとする人物から弁護士に書面が届く。
手紙の主は栗田五郎竹下幸子を殺した主犯は、横内保と言って今では社会人となって翼を伸ばしているというのだ。
下沢からの伝聞としながらも江藤無罪の具体的証言をしている。新宿の××組が関与している事件を臭わせている。
「淵田氏はまだ日本に返らぬでしょう。」と、結んでいた。

とにかく、何が真実なのか、何が正しいのか最後まで確定できない。作者も分からないとして終わっている感じがする。
あえて、結論的テーマは
>われわれは、散歩の途中、出勤のバスの中で、いつも出会う「顔」を知っている。それは「顔見知りの顔」であり、ときとして
>目礼を交わすことがあるかもしれないが、お互い名前も知らなければ、彼の住所、身分も知らないのである。もし
>、何かの事故にまき込まれ、彼にアリバイを求めても、そのとき不幸にして相手が死んでいるか、
>転勤でよそに移るかしていたら、再び彼に会うことも出来ず、探索する手がかりもないのである。

>われわれはいつも、天候も潮流も知らない海を泳いでいるような気がする。

改めて昨日の今ごろどこで何をしていたのか...誰か証明をしてくれる人間がいるだろうか...考えさせられる。

清張氏が自信なさそうに語っているが、と散らかっている感じがして内容についていけなかった。
例えば、登場人物が偽名を使っている。でも、それは偽名らしいと記述されれば、本名かもしれないとも思う。
40歳くらいと書かれれば、その辺りを想像する。でも、目撃された男は20代だと見間違う。一旦書かれたことがすぐに訂正されるように否定される。
話の展開が変わりすぎるし、そのたびに読者は右往左往することになる。

なぜ、右往左往することになったか、登場人物の設定から考えて見る。
淵田岩男.....架空の人物の可能性がある。江藤誠一かもしれないが、江藤は否定する。
江藤誠一.....淵田岩男は架空の人物で、江藤の偽名の可能性がある。竹下幸子の殺害は否定し続ける。
栗田武一.....弁護士だが、事件の裁判にどのように関わったのだろうか? 栗田五郎なる人物が登場するが、なぜ、栗田?
山本秀夫.....51歳。吉野正子は山本が下沢と証言するが、年齢が違いすぎる。
横内健彦.....横内保の偽名を使う。淵田岩男の秘書。40歳くらい。死亡している。下沢敏行と似ているとも言える。
           吉野正子が誤認している可能性がある。
下沢敏行.....竹下幸子の殺害を自供するが、江藤誠一と共犯と主張。江藤誠一に恨みがあり、嘘の自白の可能性がある。

最後まで、何故竹下幸子は殺されなければならなかったのか疑問が残った。チッヨット残念な作品かな?


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●蛇足
詐欺事件と言えば「眼の壁
アリバイ・証言と言えば「証言」(あるサラリーマンの証言)
作品の元ネタと言えば「再春」・「春の血
蛇足的に関連付けてみた。
弁護士が栗田武一で、最後に手紙で真相らしきことを知らせる男が、栗田五郎。なぜ、同姓を使ったのだろう? ややこしややこし!
見方として少し観点は違うかも知れませんが、映画の「羅生門」を思い起こしました。
同じ場面を見ても、同じ状況にいても言う事が違う。己の都合の良いように話す。どこに真実があるのか闇の中。



2024年9月21日 記
作品分類 小説(短編/シリーズ) 74P×500=37000
検索キーワード 捜査資料・不動産詐欺・台湾人・偽名・失踪・年齢の間違い・古物商・リヤカー・デシン・ギャバン・デパートの店員・無実の罪・アリバイ・証言 
登場人物
竹下 幸子 21歳で、もとデパートの店員。機械商の囲われ者だったが、縁が切れて家を売って出て行くことになった。
背は五尺三、四寸(160cm前後)。中肉で色白。デシンの白ブラウス、ギャバジンのズボンで失踪?
竹下 スエ 幸子の母親。幸子の失踪を不審に思い執拗に探す。最後に弁護士に頼み事件化に成功する。
淵田 岩男 目黒区上目黒の在。架空の人物で江藤誠一の可能性がある。繊維会社の社長。
吉野 正子 竹下幸子のデパート時代の友人。幸子が引っ越す場面に同席。足立区千住に住む。
江藤 誠一 42歳。幸子の家を整理し家財道具を持ち出そうとしていた。偶然竹下スエに会い、淵田を名乗る。竹下幸子の事件に関わり死刑になるが、無罪を主張する。
栗田 武一  竹下スエが駆け込んだ弁護士。竹下スエの話から事件性を感じ取り、捜査一課へ持ち込む 
山本 秀夫  不動産ブローカー。51歳。吉野正子から事件現場で目撃されるが、年齢が違いすぎる。吉野正子は間違いないと証言する。 
横内 健彦(横内保)  横内保の偽名を使う 40歳くらい。淵田岩男の秘書というふれ込み。下沢と似ているとも言える。吉野正子は、横内が27,8歳という。誤認の可能性も有る。 
柯武発 台湾人、コウ。事件の全容を知っている可能性がある。渋谷区の中尾病院で死亡、死体は江藤が引き取る。23,4歳。
下沢 敏行  横内保と名乗っていた。吉野正子の証言で確定する。下沢敏行と山本秀夫は同一人物らしい。 
藤村警部補  下沢を自白に追い込む。一応事件を解決に持ち込む。江藤だけは最後まで自白しなかった。 
栗田 五郎  下沢と獄中で同房。江藤の弁護士に、江藤が犯人で無いと手紙を出す。内容は必ずしも正しいとは限らない。 

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