〔(株)文藝春秋=全集4(1971/08/20):【黒い画集】第二話〕/発表時(週刊朝日)では第三話〕
題名 | 黒い画集 第三話 坂道の家 | |
読み | クロイガシュウ ダイ03ワ サカミチノイエ | |
原題/改題/副題/備考 | ● シリーズ名=黒い画集 ●全9話 1.遭難 2.証言 3.坂道の家 4.失踪 5.紐 6.寒流 7.凶器 8.濁った陽 9.草 |
●全集(9話) 1.遭難 2.坂道の家 3.紐 4.天城越え 5.証言 6.寒流 7.凶器 8.濁った陽 9.草 ※『黒い画集』を終わって |
本の題名 | 松本清張全集 4 黒い画集■【蔵書No0055】 | |
出版社 | (株)文藝春秋 | |
本のサイズ | A5(普通) | |
初版&購入版.年月日 | 1971/08/20●初版 | |
価格 | 880 | |
発表雑誌/発表場所 | 「週刊朝日」 | |
作品発表 年月日 | 1959年(昭和34年)1月4日号〜4月19日号 | |
コードNo | 19590104-19590419 | |
書き出し | 杉田りえ子がはじめて寺島小間物店の店先に姿を見せたのは、夏の終わりかけであった。寺島吉太郎は、その日のことをよく覚えている。化粧品問屋の外交員が来ていて、吉太郎は店の奥の机の上で手形を書いている時だった。陽の明るい外から、人影が射して店の内に入ってきた。店員の高崎とも子が椅子から立ちあがった。「いらっしゃい」手形の印判を捺しかけて、吉太郎はその方へ頸だけ振った。店へはいってくる客には、主人の吉太郎もかならず大きな声で挨拶をすることにしている。二十二三の女で、今まで見かけない顔だった。商売がら、この店の客はほとんど女だが、いつも買いにくる馴染み客と、フリの客とが半々だった。国電の駅が近く、通りがかりに買物していく客があんがいに多い。しかし、そのときはいってきた女は、はじめての顔だが、遠くの人ではなかった。顔に化粧がしてないし、洋服はこぎれいだが、ふだん着のようだった。 | |
あらすじ&感想 | 出会いは、小間物店の主人(寺島吉太郎)と店の客(杉田りえ子)だった。 その場には店の店員である、高島とも子も居た。 吝嗇でコツコツとお金を溜めていた。女遊びは勿論、何の道楽も無かった。 女房も居るが、二人で慎ましく生活をしていた。 杉田りえ子は、たまたま店にいた仕入れ先の外交員の見立てでは、バーかキャバレーで働いている女らしい。二十二、三歳。 吉太郎は四十六歳。 >痩せて、狐のように尖った顔をしている女房以外に女を知らなかった。 女で身を滅ぼした同業者も知っている、深入りをしなけばいい。大した金を使う気はない。 堅物の吉太郎は、女に興味が無い訳ではない。酒も嫌いではない。外交員の口車に乗せられた訳では無いが、いつか機会があったらキャバレーでも覗いてみたいと思った。 四日くらいあとだった。杉田りえ子が二度目に店にやってきた。 高島とも子は別の客の相手をしていた。りえ子である事が分かったこともあり吉太郎は、女の傍にすすんで接客を始めた。 派手なワンピース、化粧もしていないし、ハンドバッグも持っていない。「紙入れ、見せて」 女は欲しそうだが、値段を気にしているようだった。いつもなら幾らか値引きをして売ろうとするのだが、今日は違った。 「お値段は一文も負かりませんがね。よかったら、持っていらっしゃいよ」吉太郎自身が驚く言葉が出た。 紙入れを受け取った女は「杉田りえ子」と名乗った。吉太郎は、近所の人だから貸すんですよ、都合の良いとき返して下さいと弁解がましいことを言った。 女房二も言えない、小さな秘密が出来た。店員の高島とも子は二人のやり取りを知っていた。 りえ子は、吉太郎の店に顔を出すことは無かった。女にしてみれば、紙入れの代金を請求されたくは無かった。 心待ちにしている吉太郎は、りえ子の住んでいるアパートを訪ねる決心をした。 紙入れの集金に来られたのかと思ったりえ子は警戒するが、香水とルージュの手土産をもって現れた吉太郎を部屋に招き入れる。 集金でないことに安心し、土産まで貰って、りえ子の警戒は解かれた。 吉太郎の男としての欲望は芽吹いてきた。りえ子は水商売のテクニックを身につけた熟練の女だった。 りえ子の勤めているキャバレー「キュリアス」に、吉太郎が顔を出すのに時間は掛からなかった。 水商売の世界や女を知らない吉太郎が、りえ子に溺れていくスピードは、坂道を転げるように早かった。 転げ落ちる男にブレーキを掛けるすべは無かった。 キャナレーの支払額は大きくなっていく。それさえ苦痛でなくなるのだった。 吉太郎の入れ込みようは底なし沼に落ちるようだった。通帳の残高が減ることが気になりだした。 それでも落ちいくのだった。吉太郎はりえ子を囲うことを考える。新しいアパートを探そうと言いだした。 この頃になると、りえ子の吉太郎に対する態度は、太くて大きな金ずるを見つけた商売女の手練手管を発揮する。 勿論男と女の関係にもなっているのだが、吉太郎は、りえ子のキャバレー勤めを辞めさせたかった。 吉太郎は、りえ子に男の影を感じた。 吉太郎がりえ子のアパートへ向かうとき、男女の姿を目撃した。 駆けだして確認する吉太郎だが、りえ子は落ち着いていた。弟の賢治(健ちゃん)だと紹介する。弟と言う名の男である。 吉太郎はそれすら見抜けないほど盲目になっていた。 惚れた弱みで、最早狂っているとでも言える吉太郎は、りえ子と「健ちゃん」と呼んだ弟を見かけて後を付けた。 裏切られたことを感じ取った。 弟を名乗る男は、山口と言った。「バーウインナ」で住み込みで働いていることも突き止めた。 吉太郎が「キュリアス」へ通い始めて三ヵ月になる。女房との仲も険悪になり、吉太郎の浮気は感ずかれている。 それでも、吉太郎は、りえ子を戸建ての家に匿うことで、りえ子との仲が修復できると思っていた。 吉太郎は、りえ子の希望でもある風呂付きの貸家を探した。吉太郎の希望は高台の家だった。 気に入った物件が見つかる。(高台の貸家を希望した事がこの時点では明確に書いていない。) りえ子と吉太郎の仲は、吉太郎の隷属で保たれていると言ってもよかった。 りえ子の不貞を証拠に怒りにまかせて詰め寄るが強かなりえ子にはぐらされる。吉太郎の怒号には涙声が混じってくる。 最後には土下座をして捨てないでくれと懇願するのだった。 二人の仲も破滅に近づいている感じだが、吉太郎と女房との関係も同時進行的に破綻していった。 詰め寄る女房には暴力で答えるしか無い。商売も完全に左回りになる。 >吉太郎のりえ子を放すまいとする考えは一つの執念に変わった。 吉太郎の行動は、狂気を孕んでいた。「硫酸」の小瓶を買った。銀行預金の全てを降ろして、小間物屋の家を出て、りえ子の住む家に転がり込んだ。 硫酸をチラつかせながらりえ子に迫る様は完全に常軌を逸していた。 吉太郎に殺意が生まれていた。 話は佳境へと進む。 黒石医師は、夜の九時頃、急患に呼び出される。 黒石医師を呼んだのは馴染みの患者で、古賀仙太郎と言った。 隣の家の寺島吉太郎宅で死人が出そうだというのだ。それも奥さんが主人が死にそうだと駆け込んできたのだった。 黒石医師は死亡している寺島吉太郎を診ることになった。 医師の前で亡くなった訳ではないので、死亡診断書が書けない。いわゆる不審死になって、警察に届け出ることになる。 黒石医師は、念のため吉太郎が倒れた風呂場を覗いてみる。湯船に一粒のおがくずを見つける。 大方の予想とは違って、吉太郎が死んだのだった。(正直、中だるみ的だった話は一捻りされて結末へ向かう) ここから先を短篇として読めば面白いかもしれない。 死因は心臓麻痺で、司法解剖の結果、警察も事件性を疑わず遺体の引取を求める。女房も、愛人のりえ子も引取を拒否する。 一応臓器は保存されていた。 警部補宅に碁仲間の河崎が訪ねてくる。 河崎は、主任さんと話しかける。警部補は主任らしい。河崎は古参の刑事。 河崎の疑問から事件性が帯び、三題話のように展開する。心臓麻痺・おがくず・氷 高台の貸家を希望した理由に特別の意味を感じていたが、りえ子が少し心臓が悪いことが理由のようだ。 吉太郎に殺意が目覚めていたのだろうか?小説の記述としては、「高台」を相当強調している。 吉太郎の希望なのだが、高台の家は諄いくらい強調されている。どの辺りの地形だろかと推測するが、見当が付かない。 現在の不動産情報でチラッと見たら 若宮3(鷺ノ宮駅) 東京都 中野区/西台2(西台駅)東京都 板橋区/上池台5(西馬込駅) 東京都 大田・に高台の家(土地)を 見つけることが出来た。小説では、りえ子が中野のアパートへ越したので、次の住まいにした一戸建ては、 若宮3(鷺ノ宮駅) 東京都 中野区あたりを推測すべきなのだろうか? 高台の家故に、少し離れた所からも眺めることが出来る。 それ故不審な行動(風呂を昼間に沸かす)があらぬ人物から目撃されていた。 それを、知り得た、刑事の河崎は疑問に持ち寺島吉太郎の死に関わっていく。 雑感 @寺島吉太郎の女への執着が理解出来ない。ある程度の年齢になってからの女遊びは危険! Aテレビドラマで、いかりや長介が寺島吉太郎を演じた作品が記憶に残っている。 B高台の家が気になって、作品名を「高台の家」と勘違いしていた。 C高台の家からの連想で、映画「天国と地獄」(監督:黒澤明)をイメージしていた。内容的には無関係 D清張がここまで、女に落ちていく男を描いた作品は少ないと思う。堅物だった男の哀れな最後は救いが無い。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ●おがくず 電気がない時代に氷の保存方法を考えて、「おがくず」を使用したとされ、「おがくず」を使用した理由として、 氷は溶けると水が出てしまいその水分が大敵となるので、それを吸収して発散する役目が「おがくず」にあると考えられたようです。 1週間くらい置けば天然氷の表面が乾いてきて、外が30度だけでも「おがくず」の下は0度に保てるとも言われております。 2024年9月21日 記 |
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作品分類 | 小説(中編/シリーズ) | 89P×1000=89000 |
検索キーワード | 小間物屋の主人・紙入れ・キャバレー・アパート・店員・浮気・高台の貸屋・弟・テレビ・風呂・おがくず・氷・司法解剖・受験生・遺体の引取 |
登場人物 | |
杉山りえ子 | 源氏名は八重子。22、3歳。キャバレー「キュリアス」のホステス。 吉太郎の愛人として囲われる。りえ子にしてみれば金蔓。健ちゃんと呼ぶ男がいる。 |
寺島吉太郎 | 45、6歳。小間物屋の主人。吝嗇だが小金を貯めて慎ましく生活していた。 チョットした切掛で女にはまっていく。転落は坂道を転がるようなスピードだった。 |
高島とも子 | 小間物屋の店員。店の主人が女にはまり、金を持ち出すのを見ている。 店主の夫婦関係もお見通しだった。「家政婦は見た」ではないが、店員は見ていた。 |
古賀仙太郎 | 寺島吉太郎がりえ子の為に借りた高台の家の隣の住人。吉太郎が死んでりえ子が駆け込んできたので、黒石医師へ連絡する。 |
山口(健ちゃん) | 杉山りえ子の弟として登場するが、りえ子の男。りえ子と共謀して吉太郎を殺す。 健ちゃんと呼ばれるが、明確な名前がない。バーテン見習い。 |
黒石医師 | 古賀仙太郎からの連絡で、りえ子宅へ駆けつける。 吉太郎の死亡を確認するが、不審死として警察に届け出る。念のため、死体現場の風呂を確認していた。 |
警部補 | 主任警部補。吉太郎の死亡を担当する。りえ子も吉太郎の女房も遺体を引き取らないので困っていた。 |
河崎(刑事) | ベテランの刑事。高台にある、りえ子と吉太郎の家の出来事を知ることになる。刑事の勘で事件性がないと処理された事件に疑いを持つ。 |
さゆり | 杉山りえ子の同僚。上客を物にしたりえ子のおこぼれを狙っている。吉太郎はさゆりの下心を感じて、嫌っている。 |
寺島吉太郎の妻 | 痩せて、狐のように尖った顔をしている。いかにも亭主が外に女を作りそうな風貌と性格を描写している。吉太郎の浮気は妻に同情すべきと思う。 |