〔(株)文藝春秋=全集4(1971/08/20):【黒い画集】第五話〕/発表時(週刊朝日)では第二話〕
題名 | 黒い画集 第二話 証言 | |
読み | クロイガシュウ ダイ02ワ ショウゲン | |
原題/改題/副題/備考 | ● シリーズ名=黒い画集 ●全9話 1.遭難 2.証言 3.坂道の家 4.失踪 5.紐 6.寒流 7.凶器 8.濁った陽 9.草 |
●全集(9話) 1.遭難 2.坂道の家 3.紐 4.天城越え 5.証言 6.寒流 7.凶器 8.濁った陽 9.草 ※『黒い画集』を終わって |
本の題名 | 松本清張全集 4 黒い画集■【蔵書No0055】 | |
出版社 | (株)文藝春秋 | |
本のサイズ | A5(普通) | |
初版&購入版.年月日 | 1971/08/20●初版 | |
価格 | 880 | |
発表雑誌/発表場所 | 「週刊朝日」 | |
作品発表 年月日 | 1958年(昭和33年)12月21日号〜12月28日号 | |
コードNo | 19581221-19581228 | |
書き出し | 女は、鏡に向かって化粧を直していた。小型の三面鏡は、石野貞一郎が先月買ってやったものである。その横にある洋服箪笥も、整理箪笥もそうである。ただ、デパートから買入れの時日だけが違っていた。部屋は四畳半二間だが、無駄のないように調度の配置がしてあった。若い女の色彩と雰囲気とが匂っている。四十八歳の石野貞一郎が、この部屋に外からはいってくるとたんに、いつも春風のように感じる花やかさであった。石野貞一郎の自宅はもっと大きくて広い。しかし、柔らかさがない。乾燥した空気が充満し調度は高価でも色あせて冷たい。家族の間に身を置いても、彼は自分の体温の中に閉じこもる姿勢になるのだ。家庭で目を開けていると、自分の心まで冷えてくるのである。石野貞一郎は洋服に手早く着替えて畳の上に身を横たえ片肘立てて煙草を喫っていた。目は女の化粧している後ろ姿を眺めている。梅谷千恵子は若い。着ているブラウスやスカートの色も、化粧の仕方も目のさめるような光をもっていた。 | |
あらすじ&感想 | 短編。 日常に潜む何気ない「偶然」の恐怖、 石野貞一郎は丸の内に通うサラリーマン、課長だ。自宅は大森である。 元部下の梅谷千恵子を愛人として囲っている。会社も辞めさせ二人の関係は誰も知らない。 その為には周到な準備、日常的にも用心深く警戒している。 石野貞一郎は、千恵子を西大久保の路地裏に家を見つけ住まわしている。 石野貞一郎の存在は近所の誰も知らない。 千恵子は帰り支度をする貞一郎に 「課長さん、今夜は、お家にどういう言いわけをなさるおつもり?」と聞く。 貞一郎は腕時計を見て 「九時だ、渋谷で映画を見ていたと言っておく。丁度時間が合う」 「映画の筋をきかれたらお困りでしょ?」 「この前に見た映画がまだかかっている。それを話せばいい」 清張作品には映画がキーワードとしてよく登場する。 石野貞一郎は千恵子に送られることを好まない。それは二人が連れだって歩くところを見られたくないのだ。 千恵子は貞一郎から五歩も六歩も離れて歩く。 流しのタクシーを拾うまで送ろうとする千恵子だが、大通りに出る百メートルばかり手前の所で、石野貞一郎 は向こうから来る人影に突然頭を下げられる。 貞一郎はぎょっとした。うろたえた。大森の家の近所に住む杉山孝三という男だ。杉山は保険の外交員。 顔を合わせれば、いつも両方で頭をさげ挨拶をする程度の知合いだ。 石野貞一郎は反射的に頭を下げた。すべてはここから始まる。 「偶然の出会い」である。 小説に「偶然の出会い」は付きものであるが、これがキーワードのなると、胡散臭さを感じ軽薄になる。 薄っぺらな内容になる。 話は逸れるが、実体験がある。 大阪府在住(和泉市)の頃、団地の自治会活動で顔見知りのA氏が会社の同僚(たぶん)と歩いているのを 見かけた。 私は信号待ちの車の中である。仕事の途中で、たまたま通りかかっただけである。 まったくの偶然で、場所も居住地とは掛け離れた大阪市内だった。 A氏も仕事の途中という感じであった。お互いにその場所に居たことに疚しいことはなく、後日その話が出て も何も問題は無い。(挨拶などしなかった/この小説でも挨拶の有無は大した問題ではない) しかし、映画館の中とか、パチンコ屋とか、 ましてや風俗店などだったら人違いだったことにしたくなると思う。 アリバイは不在証明です。特定の場所に居たことを利害関係の無い双方が認めれば証明になります。 胡散臭い「偶然」は、社会生活の中であり得る「リアルな偶然」として読者に迫ります。 小説(証言)は、杉山孝三に殺人容疑が掛かり、西大久保の路地裏の現場で石野貞一郎に会ったことさえ証明できれば正に殺人現場の不在証明が出来るのです。 石野貞一郎は杉山孝三に会ったことを認めません。それは石野貞一郎の不都合からである。 西大久保の路地裏に居た「疚しい」事実は、彼を破滅に追い込む可能性がある。 いくつかの嘘が重なって杉山孝三は最高裁で裁かれる寸前までいきます。 重大な嘘は、石野貞一郎の偽証という「嘘」。 殺人現場から持ち去られたカメラが売られた、カメラ店の店主。 カメラ店で買受け時に書かれた住所と氏名の筆跡。 店主は面通しされた杉山を「たしかにあのときの人」と「証言」。 筆跡鑑定人は、筆跡を「杉山孝三の文字と推定できる」と「証言」。 事件は簡単に解決する。杉山の冤罪を証明できるのは石野貞一郎と梅谷千恵子である。 梅谷千恵子に若い恋人がいた。梅谷千恵子が、恋人とのあいびきのとき新聞を見ながら 「杉山さんという方は、お気の毒ね。あれは白よ」 若い恋人はその理由を聞いた。内緒の念押しをして理由を話す千恵子。 内緒話しは杉山の弁護士の耳に入る。 短編の結末は見事である。 石野貞一郎は、長いこと梅谷千恵子にそんな愛人がいることを知らなかった。 あざむかれたのは,梅谷千恵子の嘘のためである。 人間の嘘には、人間の嘘が復讐するのであろうか。−− 映画化されている。 ■製作=東宝 1960年[監]堀川弘通 |
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作品分類 | 小説(短編/シリーズ) | 11P×1000=11000 |
検索キーワード | 西大久保・丸の内・大森・渋谷・映画・偽証・筆跡・課長・陥穽(カンセイ)・愛人・若い恋人・最高裁 |
登場人物 | |
石野 貞一郎 | 丸の内に通うサラリーマン。課長。元部下の梅谷千恵子を愛人として囲う |
妻 | 石野貞一郎の妻 |
梅谷 千恵子 | 石野貞一郎の愛人。貞一郎の他に若い恋人がいる。 |
杉山 孝三 | 生命保険会社社員。殺人の容疑を掛けられる、原因は石野貞一郎の偽証。 |