松本清張_わが人生観 私のものの見方 考え方_私の小説作法:3 日本の推理小説
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題名B わが人生観 私のものの見方 考え方_私の小説作法 日本の推理小説
読み ワガジンセイカン ワタシノモノノミカタ カンガエカタ_ワタシノショウセツサホウ ニホンノスイリショウセツ
原題/改題/副題/備考 【重複】〔(株)文藝春秋=松本清張全集34〕


わが人生観


Tわが人生のとき
1.「学歴の克服」〔「婦人公論」臨時増刊『人生読本』(1958年9月)〕(重複A)
2.「
実感的人生論」〔「婦人公論」臨時増刊『人生読本』(1962年4月)〕(重複A)
3.「
暗い活字」〔「文芸」(1963年8月〜1995年1月連載『半生の記』より)〕(重複A)
4.「
紙の塵」〔「文芸」(1963年8月〜1995年1月連載『半生の記』より)〕(重複A)
5.「
碑の砂」〔「潮」(1970年1月号)〕(重複A)

U社会の視点
1.「
かなしき家の長たち」〔「婦人公論」(1958年12月号)〕(重複A)
2.「
世事と憲法(憲法公布二十五周年記念京都府民の集いでの講演)」■講演■(重複A)
3.「
現代のヒズミ−税金」〔「朝日新聞」(1964年12月4日・夕刊)〕(重複A)
4.「
新権力論」〔「日本経済新聞」(1971年1月27日)〕(重複A)

V私の小説作法
1.「
『西郷札』のころ」「週刊朝日」増刊(1971年4月5日)(重複A)
2.「
私の小説作法」「毎日新聞」(1964年9月13日)(重複A)
3.「日本の推理小説「文学」(1961年4月号・原題=推理小説独言)(重複A)
4.「
推理小説の発想」江戸川乱歩・松本清張編『推理小説作法』(1959年4月)(重複A)
5.「
舞台再訪−『点と線』」「朝日新聞」(1966年7月7日)

W歴史を見る眼
1.「
古代史の空洞をのぞく」「朝日新聞(1966年3月12日〜3月16日・夕刊)」(重複A)
2.「
私の万葉発掘」「文芸春秋」増刊『万葉集の旅』(1973年4月)(重複A)
3.「
聖徳太子の謎」「太陽」(1972年10月号)(重複A)
4.「
瑠璃碗記」「太陽」(1966年7月号)(重複A)
本の題名 わが人生観 私のものの見方 考え方【蔵書No0214】
出版社 大和出版
本のサイズ A5(普通)
初版&購入版.年月日 1978/09/25●17版
価格 950
発表雑誌/発表場所 「文学」
作品発表 年月日 1961年(昭和36年)4月号
コードNo 19610400-00000000
書き出し その頃、雑誌『新青年』は海外に拓殖する青年層を目標にしたような雑誌だったが、臨時増刊号にはいつも外国の探偵小説を特集した。これが面白くて私はむさぼり読んだ。はじめて探偵小説の面白さを教えられたのは、これらの翻訳小説からだった。今は名前が消えたが、ビーストンが活躍していた。浅野玄府、森下雨村、平林初之輔、牧逸馬などの訳者の名前に、今の流行作家のようになじんだものだ。私が十七,八歳の頃である。別に松本秦の雑誌『新趣味』が出ていたが、『新青年』に負けたのか、廃刊になった。秦は海外探偵小説をしきりと紹介していた先駆者の一人だが、時期が早すぎたのか、あまり芽が出ないうちに早逝した。『クリスティ探偵小説集』の翻訳者、松本恵子さんは秦氏の夫人で、私は広告をみたとき、名前をなつかしく思ったことである。
作品分類 エッセイ
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