松本清張_二つの声  黒の様式(第四話)

〔(株)文藝春秋=松本清張全集9(1971/12/20):【黒の様式】第四話〕

No_194

題名 黒の様式 第四話 二つの声
読み クロノヨウシキ ダイ04ワ フタツノコエ
原題/改題/副題/備考 ●シリーズ名=黒の様式
●全6話
1.
歯止め
2.
犯罪広告
3.
微笑の儀式
4.二つの声
5.弱気の虫(弱気の蟲)
6.霧笛の町
(内海の輪)
●全集(7話)
1.
歯止め
2.
犯罪広告
3.
微笑の儀式
4.二つの声
5.弱気の蟲
6.
内海の輪
7.
死んだ馬《小説宝石》
本の題名 松本清張全集 9 黒の様式【蔵書No0087】
出版社 (株)文藝春秋
本のサイズ A5(普通)
初版&購入版.年月日 1971/12/20●初版
価格 880
発表雑誌/発表場所 「週刊朝日」
作品発表 年月日 1967年(昭和42年)7月7日号~10月27日号
コードNo 19670707-19671027
書き出し 野鳥の声を録音しようと言い出したのは妻我富夫である。妻我は浅草の洋菓子店主で、富亭という俳号をもっている。富夫の「夫」を亭主の「亭」にひき直したのである。妻我の仲間は、越水重五郎という会社員と、進藤敏郎という金物商と、原沢規久雄という料理店主で、三人とも俳号を持っていた。原沢だけが三十二で、妻我と越水と進藤は五十近くだった。ほとんどが浅草付近に住んでいるので、何かというと顔を合わせる。仲間内だけの句会も月一回必ず行った。俳句には野鳥がよく詠みこまれる。野鳥の句を最も多く詠んだのは水原秋桜子であろう。秋桜子の   仏法僧青雲杉に湧き湧きける   筒鳥を幽かにすなる木のふかさ   などはこのごろの季節だ。つまり、六月半ばである。妻我富夫が越水に遭ったときに、野鳥の声を録音してみたいがと言いだしたのは六月十二日だった。彼はこう話した。 
あらすじ感想  妻我富夫(ツマガトミオ)【冨亭(トミテイ)】洋菓子店主
越水重五郎(コシミズジュウゴ)【伍重(ゴジュウ)】会社役員
進藤敏郎(シンドウトシオ)【敏生(ビンセイ)】金物商
原沢規久雄(ハラサワキクオ)【菊舎(キクシャ)】料理店主
※【】内が俳号
原沢は、三十二歳で、他は五十歳近く。
会社員で役員の越水以外は淺草の商店主で仲間内で句会など月に一回は開く生活に余裕のある人物達だった。
暇という意味では会社役員の肩書きのある越水が一番暇だった。

最初から登場人物が一通り、数多く登場する。四人の俳句仲間から続いて、
福地嘉六(フクチカロク)軽井沢で高原タクシーの社長。六十二歳。野鳥の会の幹事
福地嘉一郎(フクチカイチロウ)嘉六の息子。二十七歳。色男で遊び人
関係者という意味では、妻我富夫の妻・進藤敏郎の妻。バア「青い河」のママと店員が、八重子とマチ子(青山マチ子)
等が早い段階で登場する。

小説は、推理小説としてオーソドックスに展開していくので、それに沿って話の展開や犯人を予測しながら紹介してみる。
俳句仲間の四人が、妻我富夫の提案で野鳥の声を聞きながら俳句をひねる旅を計画し軽井沢に向かう。
軽井沢で、別荘の管理もしているタクシー会社の社長、福地嘉六の世話になる。福地嘉六は、野鳥の会の幹事もしている。
お膳立ては、妻我(冨亭)が全て準備した。野鳥の声の録音をするために録音機も準備した。
録音機のセッテイングや準備も嘉六の協力で終わる。
この段階で、原沢(菊舎)が少し怪しい行動をする。嘉六の息子の嘉一郎も不審な人物として描かれる。
幹事役に徹している妻我(冨亭)も計画の中心であり、怪しいとも言える。
録音機の話などから、「二つの声」の正体が録音された声である事に注意が行く。

野鳥の声を夜通し録音しながら、徹夜で俳句をひねり出そうという趣向である。
「発句は、やっぱり冨亭だな」越水(伍重)がきっかけを作ったとき、「人の話し声が聞こえるぞ」
イヤホーン越しに聞き耳を立てる四人。声が小さくて聞き取れないが、アベックらしい会話のようだ。
録音機に録音された人の声に邪魔されたが、句会は連句を作ることで始まった。
発句は、冨亭で≪ほととぎす残光蒼き空に過ぐ≫
次は、伍重で≪暮れ残したり万山墨≫
次は、菊舎で≪杜しずみ木莵目ざめや伴侶なく≫
最後は、敏生で≪しのぶ人声草の夕暮≫

例によって、作中作品である。俳句の出来は如何なものか分からないが、一定水準以上の作品なのであろう。

録音された睦言らしい男女の会話は、おそらく事件として話が発展すると思われるが、
ここで登場する四人の人物はある意味アリバイが成立することになる。
句会は連句造りに励み、続いていく。が、再び声が聞こえてきた。男達は妄想しながらも句造りに励む。
連句は、一人三首を順に読みひとまず終わった。
並べて書き出してみると、さすがに録音の内容に影響されていて、越水(伍重)が、「変な連句になったな」と苦笑した。
翌朝になり、迎えに来た福地嘉六に昨夜の事情を話し、撤収の作業を始めた。
嘉六の家に立ち寄り、録音テープを再生するが、やはり聞き取れない。

軽井沢から引き上げ上野に着いた。
原沢(菊舎)は、録音テープを民放の技術部の人間に頼んで、聞こえづらい話し声を強く再生すると提案して、四人で放送局に向かった。
青柳という原沢(菊舎)の友人に放送局で会った。1時間ぐらいで処理が出来そうだと言われ、待つことになった。
再び青柳が現れて、ハッキリした部分だけでも聞いてくれと四人を技術部の方へ誘った。
再生された会話の部分は、かなり聞き取りやすくなっていた。
>「でも、なんだか、こころぼそいわね.....あれ、なんというとりなの?」
>「よたかだよ」
>「よたか? あれがそうなの。そう。なまえだけはきいていたけど.....」
この会話に重大な意味があった。

会話は、男女の睦言を想像していたが、別れ話のようだった。
会話は二回にわけて録音されていたのだが、二回目の会話は短く、移動しながら喋っている感じだった。

事件らしいことは何も起きない。
しかし、新たな展開を見せる。
越水(伍重)が、淺草の千草通りにある、バア「青い河」に顔を見せる。ママは八重子と言って、十人くらいの女の子を雇っている。
店に出ているのは七,八人くらいだ。この店は、俳句仲間の四人も顔を見せる場所である。
ママは、昨日菊舎が見えたと言った。
>「おや、今夜マチ子の顔が見えないね」
>八重子は急に眉を寄せた。「へええ。どうしたんだろう。....おい、よその店に移ったんじゃないだろうな?」
>「まさか。そりゃ,がめつい子だけど、店をよすなら、よすと言って、ちゃんと挨拶するわよ」
マチ子について、越水(伍重)は、細面で色は白い。眼が大きくて、睫毛が長く、真黒い瞳がいつも濡れていたように光っている。
貧相な美人という感じだと思っていた。
「青い河」の一件を翌日、妻我(冨亭)に話す。
水越(伍重)は、進藤金物店に回った。
進藤(敏生)に対しても妻我と同じように、マチ子の話をして、顔色を覗った。話の途中で、進藤の若い妻が出てきた。
孝子と言って、彼女は後妻だった。金物屋の女房と言うよりモダンで、ゴルフもするし、自動車も運転する。
原沢(菊舎)は、越水(伍重)が行く前に「青い河」に行っていたので、事情は知っていた。

越水(伍重)が他の三人にあって話をする展開は、一つの前提を持っていた。
バア「青い河」に集う俳句仲間の越水(伍重)を除くの三人がマチ子と関係があると言うことだ。
マチ子は、そのような身持ちの軽い子だった。越水(伍重)は、マチ子との関係の深浅に違いはあっても、男女の関係がると睨んでいた。
この展開で、越水(伍重)は、対象外と言えるだろう。

マチ子を挟んで、妻我(冨亭)と進藤(敏生)と原沢(菊舎)が三竦み状態にあると言える。
越水は、原沢(菊舎)が一番関係が深いと思っていたがハッキリしない。小説としては、原沢を怪しく描いているようだ。
マチ子は依然として行方不明のようだ。
そんな中、原沢が越水の会社へやってきた。喫茶店の席に座ったとき原沢が言った。
>「なあ。これはぼくの、ほんの気まぐれ的な思いつきだが.....マチ子は、ひょっとすると殺されてるかもしれんよ」
驚く越水。
正直この展開が納得できないというか、ご都合が良すぎる感じがする。
しかも、録音された声に関連付けて、マチ子が関係しているのではないかと、繋げるのは強引すぎるきらいがある。
話の展開は、ここまでは、原沢が怪しい人物として読者を導いている感じがする。

実のところ、この辺りで興味を失った。
殺人事件が起きる場合、推理小説では、
①誰が殺したのか?
②どうやって殺したのか?
③なぜ殺したのか?
の、三要素が次第に解決されて、犯人にたどり着く興味が、小説を最後まで読む愉しみでもある。
その意味では、何も解決していないのだが、その前提のストリーが、唐突に,しかも急に展開するご都合が、胡散臭過ぎる。

登場人物が多いのも特徴だが、直接話とは関係ないにもかかわらず、「藤村秋雄」(鉄鋼会社の重役)もフルネームでも登場する。
長編なので、登場人物の多さは仕方ないことだろう。

怪しい原沢(菊舎)は、探偵のように何かを調べていた。それには越水も気がつかなかった。
俳句仲間の四人は、「青い河」を避けて集まり、録音された声がマチ子のものか確かめた。
ハッキリしないが、マチ子の声では無いと否定する者は居なかった。
越水の提案で、もし事件でもあってマチ子に関係があれば問題になるので警察に一切を話そうと言うことになった。
所轄署に四人で届でた。警察は、テープも検討し、積極的に捜査をする意志を見せた。

録音された現場で死体が発見された。
マチ子の死体と確認された。
しかし、テープの声がマチ子のものかどうかは分からない。と警察は言った。

越水(伍重)は、原沢(菊舎)と度々会って話すうちに、原沢がマチ子とかなり深い仲ではあるが、事件については無関係と考えるようになった。
事件が解決に向かうまでには幾つかのトリックがあるが、それは重要なことではない。
関係者の事情が、絡み合い、原沢の謎解きと相まって、全貌が明らかになっていく。

筋書きを追いながらの説明はこのくらいにする。
決定的なトリックは、録音した音声を、録音機に録音させる事だった。
>「でも、なんだか、こころぼそいわね.....あれ、なんというとりなの?」
>「よたかだよ」
>「よたか? あれがそうなの。そう。なまえだけはきいていたけど.....」
は、録音された声を再生して、録音機に録音させたのだった。

私には、アイデアは面白いのだが、話の展開には疑問だらけの作品だった。
妻我富夫の妻や、進藤敏郎の妻。福地嘉一郎の関わりも付け足しにしか感じなかった。


なぜ、話の展開に疑問だらけだったのか考えてみた。
その最大の原因は、殺された、青山マチ子が殺されなければならなかった動機が殆ど描かれていなかったからだ。
殺人事件だから、止むにやまれぬ事情があり、殺人を犯す。
犯罪が露見しないように工作をする、推理小説の醍醐味が生煮えののように感じたのでした。



2023年11月21日記 
作品分類 小説(長編/シリーズ) 109P×1000=109000
検索キーワード 句会・俳号・野鳥の会・連句・軽井沢・別荘・録音機・睦言・放送局・淺草・剥製・よたか・青い河 
登場人物
妻我富夫(冨亭) 俳号が冨亭。洋菓子店の店主。野鳥の声を聞きながらの句会を提案する。録音機をそろえるなど幹事役を引き受ける。
ばあ「青い河」のホステスのマチ子と一番深い仲のようだ。マチ子に脅されている可能性がある。
越水重五郎(伍重) 俳号が伍重。俳句仲間ではただ一人、マチ子とは関係がなかった。中堅所の会社の監査役で、四人の仲間では一番暇なのかもしれない。
始は原沢(菊舎)が怪しいのでは無いかと思っていた。最後は二人で事件の謎を解くことになる。
進藤敏郎(敏生) 俳号は敏生(ビンセイ)。金物店の店主。若い妻の孝子がいる。マチ子と関係がある。妻の孝子は奔放で福地嘉一郎と関係があるようだ。
原沢規久雄(菊舎) 俳号が菊舎(キクシャ)。料理店の店主。時々奇妙な行動をする。越水から疑いを持たれる。
原沢は、録音された二つの声に最初から疑問を持っていた。水越には自らの行動を打ち分けるが、秘密裏にマチ子の失踪など調べていた。
原沢もマチ子と関係があったが、マチ子に入れ揚げている関係ではなかった。
福地嘉六  軽井沢でタクシー会社を経営している。近隣の別荘の管理もしている。嘉六は六十二歳。
野鳥の会の会委員で、妻我富夫の求めに応じて、別荘の世話をして、野鳥の録音の段取りをしてやる。二十七歳になる、どら息子の嘉一郎がいる。
妻我富夫の妻 表舞台には直接登場しないが、事件の計画を立て実行したと思える。 
進藤敏郎の妻  妻我の妻同様、表舞台には直接登場しないが、発展家の女。進藤敏郎の後妻で金物商の妻なのだが、その座に収まる女ではない。
福地嘉一郎 福地嘉六の息子。二十七歳。専務という肩書きだが、遊び人で、どら息子である。
青山マチ子(マチ子) バア「青い河」ホステスで、名字の「青山」は、「青い河」をもじって付けたようで、本名かどうかは不明。
身持ちの軽い女で、妻我・進藤・原沢と関係がある。強欲な女として描かれている。
妻我には手切れ金代わりに過大な要求をしていたようだ。殺されてしまう。
八重子 俳句仲間の四人が行き付けの、バア「青い河」のママ。マチ子の失踪に不快な様子で関わりを持ちたくないようだ。
殺されたマチ子の確認をさせられる。

二つの声




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