松本清張_犯罪広告  黒の様式(第二話)

〔(株)文藝春秋=松本清張全集9(1971/12/20):【黒の様式】第二話〕

No_192

題名 黒の様式 第二話 犯罪広告
読み クロノヨウシキ ダイ02ワ ハンザイコウコク
原題/改題/副題/備考 ●シリーズ名=黒の様式
●全6話
歯止め
2.犯罪広告
3.
微笑の儀式
4.
二つの声
5.弱気の虫
(弱気の蟲)
6.霧笛の町
(内海の輪)
●全集(7話)
1.歯止め
2.犯罪広告

3.
微笑の儀式(1147)
4.
二つの声(1148)
5.
弱気の蟲(1149)
6.
内海の輪(1150)
7.
死んだ馬《小説宝石》(1151)
本の題名 松本清張全集 9 黒の様式【蔵書No0087】
出版社 (株)文藝春秋
本のサイズ A5(普通)
初版&購入版.年月日 1971/12/20●初版
価格 880
発表雑誌/発表場所 「週刊朝日」
作品発表 年月日 1967年(昭和42年)3月3日号〜4月21日号
コードNo 19670303-19670421
書き出し 阿夫里の町は、南紀の端、熊野灘に面している。人口七千。蜜柑と魚の町だが、若い者は大部分隣県の水産会社や造船所に通勤していた。密柑山に働くのも舟に乗るのも、女や年寄りが多い。四月のある日、町の重立った人びとの家に一枚の活版刷りの広告が投げ込まれた。新聞半ページの紙を二つ折りにした表、裏に九ホの活字がぎっしりとならんでいた。表題の「告知」という二文字を見た者は、野暮ったい広告と思い違いするくらい貧弱なチラシだったが、内容はたいそう変わっていた。「阿夫里町のみなさんにご案内します。私、末永甚吉は、当町字宇佐津の池浦源作を、殺人の疑いで世に告発いたします。警察が取り上げてくれない殺人事件です。法律では、殺人犯罪の時効が十五年です。だから、二十年前の殺人を、こういうかたちで皆さんに訴えなければならないのであります。......」という文句で始まり、以下、次のように長々と書かれてあった。
あらすじ感想  以前読んだことがあるはずだが、面白かった。
「犯罪広告」のタイトルだが、チラシとして各戸に投函されたようだ。
今なら、名誉毀損だとか大問題になりそうだが、逆にSNS等で同様の告発もされることがあるようだ。
私の見聞だが、開業医の医療行為に不満を持った人だろう、或いは、交通事故の医療行為(医療費の不正請求かもしれない)を
告発した文書を、そこいら中の電柱に貼りだしていたのを見たことがある。その開業医が私の掛かっていた開業医だったので驚いた記憶がある。

告発者が告発に至る経緯もさることながら、登場人物に特徴が有りより面白くしている。
告発内容は具体的だ。
告発者は、末長甚吉
被告発者は、池浦源作。殺人の疑いで告発
二十年前の殺人事件を告発しているのだ。殺人事件の時効は15年。
2004年以前は、時効が15年だったが、25年になり、2010年以後は原則的に公訴時効は無くなった。




告発内容は、具体的で長々続いていた。
阿夫里町の佐津に住んでいる池浦源作を殺人の疑いで告発しているのだ。
告発された池浦源作は、末長甚吉の義父だった。甚吉の母は、末長セイと言い、二人は正式に結婚はしていなくて同棲だった。
阿夫利町の佐津の各戸に投函された、告発のチラシは、馴染みの聞き覚えのある人物が実名告発されていた。
とんでもない内容であるが、ある意味説得力のある内容であからさまに無視できない内容だった。
告発された源作には、告発されそうな、それなりの経歴があった。
最初の結婚は、料理屋にいた当時、酌婦の上田峰子。28歳だった。一年で離婚しています。
その次が、末長セイです。2年間同棲し、セイが行方不明になった。
源作は、前から馴染みにしていた田島千代子同棲しました。これも3年間同棲した後追い出して、
村岡とも子(当時未亡人)と一緒になり現在に至っています。
告発は延々と続きます。
内容は具体的で、池浦源作が、殺人で告発されるに相応しい人物として、地域の住民に納得させるに十分と言ってよかった。
末永セイが行方不明になった経緯は事細かに記されていて、末永甚吉が、母の失踪を疑うことも理解出来るものでした。。
さらに内容は、告発者である、末長甚吉を自己紹介のように説明していました。
その説明の中で、甚吉は、小田原の印刷所働いていることを告白していました。ただ、今回の告発を思いついた、
動機が「私、末永甚吉に霊感が訪れました」と記しています。告発の内容は具体的だが、少し胡散臭さを感じる内容になっていました。
勿論甚吉は、書いている内容を信じているのでした。
チラシの最後は、次回にはこのつづきを広告にして配ります。読んでくださいと結んでいました。

一週間後予告通り、続きが配布されました。
前回のチラシで、「霊感が訪れた」と、している内容が、具体的に書かれている。
二十七歳になった甚吉の枕元に母の霊が現れ、それも死亡当時の年齢である三十三、四歳。浴衣姿だった。
母は、実兄の鈴木初太郎のもとから戻ったときは大島紬を着ていたが、帰って着替えた。衣紋竹に大島紬を掛けた。
浴衣は、母の寝巻なので、殺されたときの服装に違いない。
妙に具体的に、話は綴られている。

末永セイは夫を殉職で亡くす。(夫の殉職で多少の金を手にしていた)
池浦源作は、甚吉とユリの子連れの末永セイと結婚する。源作の結婚の目的はセイの小金だという。
現在再婚している村岡とも子も未亡人で小金を貯めているようで、小金が目当てだという。
末永セイは、源作の暴力に耐えきれず、実兄の鈴木初太郎宅に身を寄せるが、説得され源作の元に戻るが、その夜のうちに殺された。
甚吉は、伯父の初太郎に引き取られるが、妹のユリは、源作の元に残る。十七歳になったユリは、神戸の遊郭に売られる。
病の末になくなる。

末永甚吉は、池浦源作に手紙を出したが、返事は来なかった。
さらに、大島紬の件で、「金ちゃん」と呼ぶ、甚吉の幼なじみから質流れしたらしい情報が寄せられた。
甚吉は時期的にも、源作が質入れして金に換えたと疑う。
弁護士や警察にも相談したと綴っています。
思い悩む甚吉は、神経衰弱と判断され、勤め先の印刷所の主人が金を出し、精神病院へ入院させられた。と、述べています。
それも、源作の差し金で、金を出したの池浦源作で、甚吉を狂人に仕立たのだと主張していました。
甚吉は印刷所を辞め、阿夫里の町に戻り、源作に面会を求めたが、源作は会おうとしない。
阿夫里の警察も源作を精神異常者として取り合ってくれない。

最後に末永甚吉は、チラシを撒くような行為は、名誉毀損になることは覚悟の上だと述べ、源作に告訴しろと彼に向かって呼びかける始末です。
甚吉の言い分は、半信半疑ながら言い分を理解する住民も多数いて、まるっきり無視することが出来ない状況になってきました。

住民の意見として、疑いを晴らすには、源作の家の床下を剥がして掘ってみせれば良いではないかというものも多かった。
源作は、狂人の言うことを聞いて「俺の家の床下を掘れというのか! 狂人の言うことを真に受けて振り回されることを拒絶した。
源作は、名誉毀損で裁判などしても、精神異常の狂人だから無罪になってしまう。裁判費用だけでも無駄だと言い放った。
一見どちらの言い分も理解出来る。しかし世の中の常というか、世論が、とにかく言い分はあろうが、
一度床下を掘りさいすれば無実はハッキリすると、源作に言う意見が勝ってくる。
その頃、末永甚吉は、阿夫里の竹内活版所で植字工をしていた。

ここまでの経過は、清張ならではの設定で、飽きさせない。登場人物の設定も多彩で面白い。
騒ぎは、町を巻き込むことになる。
地方紙の支局や全国紙の通信局も置かれている。
もし記事になると警察も対応に困る。警察署長は「困ったもんや。あんたら、あんまり騒がんでくれや。警察としても...」と、
記者達に本音を喋っていた。普通なら、池浦源作の被害届でもあれば、末永甚吉を取り調べることも出来る。
困惑する署長に、記者達の結論は、やっぱり、池浦源作の家の床下を掘ることだと言う。そこへ末永甚吉を立ち会わせればよい。
問題は、源作が精神異常者の言うことを聞けるかと、拒否しているのでどうにもならない。
署長自ら源作を説得することも難しい。そこで、町の有力者、果実出荷組合長に頼んでみてはと、知恵者の記者の話に乗ることになった。
阿夫里は、ミカンの栽培が盛んで、池浦源作も、ミカン山を持ち栽培していた。

果実出荷組合長の八田俊作が池浦源作の家に向かった。
源作は源作の理屈で、容易に説得に応じる気配はない。そのような最中にも、町民と呼ばれる一般大衆は興味本位で源作宅を覗き込んだりする。
まだ、源作が犯人と決まった訳でもない。甚吉の言う通りでも事件自体は時効を過ぎている。
無責任な住民は面白半分で行動を起こす。話は逸れるが、「帝銀事件」に興味を覚えたわたしは、その映画などで同様の場面を眼にした。
「帝銀事件」で犯人とされた平沢貞通の家族は恐ろしいまでの迫害を受けた。

八田俊作は、竹内活版印刷所に末永甚吉を訪ねた。
八田俊作は、池浦源作が床下を掘ることを了解したと伝えた。竹内活版印刷所の竹内に甚吉の介添えを頼み、立ち会わせるつもりだ。
源作と甚吉の二人の人物の描写微妙で、源作には疑いが掛けられるような行動があっ人物としてその人柄も描かれている。
甚吉は、そのおどおどした行動といい、定まらぬ目つきと言い、精神異常で狂人として描かれていると言える。

源作の家で、床下の掘削が始まる前に、役者が勢揃いした。
テレビドラマなら、金田一耕助がここで犯人はあなただ! とでも言いそうな場面だ。古畑任三郎の名台詞が聞こえてきそうだ。
人骨などでなかった。
大勢集まった見物人は、ガッカリした。
甚吉は、がっくり首を落としていた。
警察も安堵した。源作は勝ち誇り,勝ちどきでもあげる勢いだった。

しかし、これには続編が待っていた。
甚吉は憔悴しておとなしくなった訳ではなかった。
油屋の「金ちゃん」の所へ迷惑を掛けたので挨拶に行くと、竹内活版印刷所を出て行った。
「金ちゃん」こと、池辺金次郎は、甚吉の訪問を受けた。
甚吉は、金ちゃんに迷惑を掛けた挨拶をして、自分の勘違いで、源作の家の床下は隣の部家の床下だった言って、源作の家に向かうから
一緒に行ってくれと言わんばかりだった。金次郎は断った。甚吉にそれは辞めた方が良いと話した。
甚吉は、一人で、源作の家に向かったらしい。

甚吉が行方不明になった。
印刷所の竹内は、金ちゃんを訪ね、甚吉の行方を訊いた。どうやら、甚吉は一人で源作の家に向かったらしい。
甚吉の行方を心配する、竹内は、金ちゃんと相談のうえ、源作の家に向かった。
ふたりは、予想通り源作に追い返されることになった。

金ちゃんこと、「池辺金次郎」から竹内こと「竹内武雄」に翌日電話が掛かってきた。
金次郎は、甚吉のことを心配しているのだ。実は、竹内も心配していることがあった。
帰ってこない甚吉を心配して、甚吉の荷物を調べるので、立ち会ってくれと金次郎に頼む。二つ返事で金次郎は引き受ける。
竹内は、甚吉が失踪したのでは無いと考えていた。源作の手に掛かった可能性があると思っていた。
失踪するなら、竹内に挨拶があっても良い、今月働いた給料の請求があっても良い。
甚吉の荷物の中から、65200円の郵便貯金の通帳が出てきた。竹内は、甚吉が失踪では無いと確信した。
どない思うと聞く金次郎に、竹内は、「あんたこそ、どないに思う?」
>「うむ。竹内さん、あんたもぼくとおんなじことを考えてとるんやな。こうなったら、ぼくの口から言うわ。.....甚ちゃんは源作に殺されたんと違うか?」
金次郎は、困惑する竹内に警察に一緒に行こうと話した。
竹内もたじろいだ。警察に行く前に、八田果実出荷組合長に相談してみようと言う話に落ち着いた。
謂わば状況証拠で、源作を甚吉の殺人犯に仕立てることになるので、八田組合長も分別臭くなる。
しかし、甚吉の行方不明は事実で、放って置く訳にも行かず、警察に持ち込まれることになる。警察も迷惑な話である。
警察に促された、三人(金次郎・竹内・八田)は、源作の家に向かう。八田組合長が居るせいか、源作は追い返すでは無く、三人の話を聞いた。
源作は、再び部家の床下を掘ることを了解したのだ。
今すぐ掘るから、警察の立会人を呼べと息巻いた。
六畳間の床下を掘る。何も出ない。
金次郎は、六畳間だけでは分からない、隣の八畳間の床下を掘ってみろと、源作に言った。
どうやら、金次郎は、甚吉が八畳間の床下が怪しいと言ったことを信じているようだった。
八畳間の床下からも何も出なかった。
さすがに金次郎もがっくりしていた。それは、八田組合長や竹内も同じだった。
しかし、金次郎は、甚吉を信用しているようだ。
>甚吉が源作の手でセイさんが殺されたと思うとるのは、ありゃほんまや。なるほど、甚吉は頭がおかしいと言われているけど、
>やっぱり母親のことを一心に思ってさかい、ノイローゼぐらいになったかもしれへんが、気違いとは思わん。
>あれは甚吉の言う通り、源作が甚吉を精神病院入りを大きく吹聴した結果やぼくは甚吉があの広告に書いた通りの事を信用したい...

甚吉は八田組合長に囁いた。
さらに、源作は、死体を密柑畑に埋めたのではないかとまで話した。
そして、甚吉の死体も蜜柑畑では無いかと言った。
八田組合長は、他言無用と金次郎に言い、もう少し様子を見ようと場を収めた。
甚吉の行方不明から四日が過ぎた。甚吉は戻らなかった。
金次郎は警察署に行った。

事件は別方面で進展していく。
小説の描写は、海ホタルの生態が切っ掛けで源作に話が向かう。
それは事件解決のためのプロローグであり、一気にクライマックスに向かう。

事件はドンデン返しで決着するが、その面白さ以上に、事件に興味を持って見守る、野次馬的住民の描写が興味深い。
何も無ければガッカリし、何か起きれば、何だ何だと集まりのぞき見ようとする。あさはか愚民が描かれている。

ネタバレに注意して、最後は端折りました。


2023年08月21日記 
作品分類 小説(短編/シリーズ) 49P×1000=49000
検索キーワード 告発状・精神異常・狂人・殺人事件・時効・床下・大島紬・活版印刷所・住民・果実出荷組合・金ちゃん・蜜柑畑・郵便貯金・失踪・海ホタル
登場人物
末永甚吉 印刷職人。小田原に住むが、郷里の阿夫里に帰って竹内活版所に勤める。母の末永セイが、池浦源作に殺されたと、告発のチラシを配布する。
告発の内容は、多少狂人じみているが、真実に迫る具体性を帯びている。
始は池浦源作から精神異常者扱いをされるが住民には真実ではないかと好奇の目を向けられる。池辺金次郎や活版所の主人など協力もあり源作に迫る。
したたかな、源作にあしらわれ、目的を達すること無く殺される。
末永セイ 末永甚吉の母。前夫の殉職で多少の小金を持っていた。甚吉と妹を連れて池浦源作の後妻となる。
池浦源作の暴力に耐えきれず子供を残して、兄の鈴木初太郎の所へ身を寄せる。説得され源作の元に戻るがその日に殺されたようだ。
子供の甚吉は、初太郎の家に引き取られる。妹は、源作の家に残りに17歳になると女郎として売られる。
池浦源作 末永甚吉に殺人お疑いを掛けられる。甚吉は後妻だった末永セイの連れ子である。源作は次々と小金のある女を後妻に迎え余り評判の良くない男だった。
甚吉の告発にも狂人の言うことなど聞けないと、殆ど無視をしていた。甚吉の告発通り家の床下を掘らせるが何も出てこない。
勝ち誇ろ源作に住民も納得せざるを得ない。蜜柑畑を持ちそれで生活しているようだ。今は、村岡とも子と生活をしている。
竹内武雄 竹内活版印刷所の主人。おとなしく少し変わったところのある甚吉だが、面倒を見ている。
甚吉には好意的で、見方をしているが気が弱くて、甚吉に振り回される結果になっている。
池辺金次郎(金ちゃん) 金ちゃん。甚吉の幼なじみで最後まで甚吉に協力的だ。甚吉の母の末永セイの大島紬の件でも甚吉に情報を提供する。
池浦源作に最後まで疑いを持っていて、現場を突き止めることになるが、脅迫されて、道を踏み外す。甚吉の良き理解者とも言える。
八田俊作 果実出荷組合長。中立的な立場で重宝され、事件に巻き込まれる。果実出荷組合長の立場もあり、池浦源作も邪険にしなかった。
終始常識的な対応をして事件解決を見届ける。
警察署長 立場上保身が目立つが、常識的な範囲での対応に終始する。
竹岡とも子(池浦とも子) 池浦源作の現在の妻。未亡人で小金を貯めているらしい。源作はとも子の小金が目当てで結婚したと言われている。
鈴木初太郎  末永セイの兄。甚吉を引取育てる。妹の末永セイには親切だったようだ。

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