■松本清張 略歴・年譜.年表

●清張略歴は藤井康栄著「松本清張の残像」を参照
●日本・世界の出来事は「日本共産党の60年」の年表を参照

なぜ!年表に「日本共産党の60年」を参照したのか!

極、ごく一部に、松本清張が「日本共産党秘密党員」説がある。
秘密党員を指摘される「間抜けな秘密党員」は笑いものである。
超、著名人の清張氏を秘密にしておくメリットもあるまい。
もちろん、清張氏は日本共産党には
シンパシー【sympathy】を持っていたと思う。
選挙時には「革新統一候補」(当時)に支持を表明していたし、各種選挙で日本共産党に支持を表明していた。
松本清張の略歴、年譜を登録するに当たって歴史的出来事と対比しようと試みたが
手元に年表がなかった。
以前日本共産党の歴史に興味があって買った、「日本共産党の六十年」に、付録として党史年表があった。
そこで、この「日本共産党の六十年」の付録、党史年表を参照にすることにした。
ごく一般的な年表なら、中学や高校の社会科(歴史)の教科書にあるだろう。
そして、このhpをご覧の皆様も勉強されたことがあるだろう。
しかし、「日本共産党の党史年表」は普通では、なかなか眼にできないでしょう。
歴史を為政者との対極の立場から見るとおもしろいかも....

困ったのは、「日本共産党の党史年表」(60年史)は、1982年(7月)まで、清張氏73歳までである。」

追記

この文章の下書きをしていた時(7月18日午後8時過ぎ)日本共産党の元議長宮本顕治氏の訃報を聞きました。
一つの時代の終わりを感じます。合掌。



                                                        2007年7月30日 素不徒破人

 


1909(誕生)●191019111912191319141915191619171918
       ↑大正元年          ●
1919(10歳)●192019211922192319241925192619271928
                                           ↑昭和元年
1929(20歳)●193019311932193319341935193619371938

1939(30歳)●194019411942194319441945194619471948
   ↑開戦                   ↑終戦 
1949(40歳)●195019511952195319541955195619571958
          ↑芥川賞受賞
1959(50歳)●196019611962196319641965196619671968

1969(60歳)●197019711972197319741975197619771978

1979(70歳)●198019811982198319841985198619871988

1989(80歳)●199019911992・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
↑平成元年                ↑清張没(1992年8月4日/享年83歳)         

登録完了
(2013年11月15日)



ページの最後


年代 清張略歴 日本・世界の出来事
1909年
(明治42年)
12月21日福岡県企救郡板櫃村(キクグンイタビツムラ)(現・北九州小倉北区)で生まれる。
父峯太郎、母タニ。本名清張(キヨハル)。
姉が二人いたが、いずれも乳児のうちに死亡、
一人っ子。

父峯太郎は、鳥取県日野郡矢戸村(現・日南町矢戸)

の田中家の長男として生れ、幼児に同県西伯郡
米子町(現・米子市)の松本米吉、カネ夫妻の養子
となったが、一七、八のとき出奔し、
広島で書生や看護雑役夫などをしていた。
そこで、広島県賀茂郡西志和村別府(現・広島市)の
農家の娘で、紡績女工をそていた岡田タニと知り合い、
結婚した。
やがてふたりは、日露戦争直後の炭坑景気に沸く
北九州に渡ったものらしい。
07/06 閣議で韓国合併の方針決定
10/26 安重根が伊藤博文をハルビンで射殺
1910年
(明治43年)
1歳
祖父母を頼って、一家は下関市旧壇ノ浦に移る。
父の職業不明

祖父母は街道を行く人相手に餅を売っていた。
05/25 「大逆事件」の検挙開始
06/01 幸徳秋水検挙
08/−  石川啄木「時代閉塞の現状」を書く 
1911年
(明治44年)
2歳
祖父・米吉死去 01/18 幸徳秋水ら「大逆事件」の被告二四人に
       死刑判決
02/21 日米新通商条約に調印
03/11 衆院で初めて普通選挙法可決
03/15 貴族院で否決
06/01 平塚らいてうら青踏社発起人会を開く
08/21 警視庁に特別特高課警察(特高)をおく
08/25 桂首相辞表提出
08/30 第二次西園寺内閣成立
09/01 「青踏」創刊
       平塚の「元始女性は太陽であった」を掲載
12/31 東京市電ストライキ 
1912年
(明治45年)
3歳
  01/01 中華民国成立、孫文が臨時大統領に就任
01/15 東京市電ストライキへの弾圧で片山潜検挙
07/30 明治天皇死去。大正と改元
08/01 鈴木文治ら友愛会を結成
10/01 大杉栄ら『近代思想』刊行
11/05 米、ウィルソンが大統領に当選
12/05 西園寺内閣総辞職載
12/21 第三次桂内閣成立
1913年
(大正 2年)
4歳
街道に電車を敷設するための工事で地滑りが起こり
家が押しつぶされる。
そのため、同市田中町に移る。
02/11 桂内閣総辞職
02/20 第一次山本権兵衛内閣成立
02/24 尾崎行雄ら政友倶楽部結成
1914年
(大正 3年)
5歳
  03/24 山本内閣総辞職
04/16 第二次大隈重信内閣成立
06/28 オーストリア皇太子フランツ・フェルディナンド
       暗殺(サラエボ事件)
07/28 オーストリアがセルビアに宣戦布告、第一次
       世界大戦始まる
08/01 独、ロシアに宣戦布告

08/23 第一次世界大戦に参戦
1915年
(大正 4年)
6歳
  02/11 大隈内閣、旅順、大連の租借期限延長などを
       含む21ヵ条の要求、中国の各地で日貨排斥
       運動おこる。
05/25 日華条約調印

09/−  堺利彦ら『新社会』を発刊
1916年
(大正 5年)
7歳
下関市の菁我(セイガ)尋常小学校入学 02/23 友愛会の野坂参三ら労働者問題研究会結成
10/04 大隈首相辞表提出
10/09 寺内正毅内閣成立
11/07 米、ウイルソンが大統領に再選
1917年
(大正 6年)
8歳
一家が母の知人を頼って小倉市に移ったので、
天神島尋常小学校に転校した。
古船場町の銭湯「亀井風呂」の持ち家に、風呂たきの
老人と同居したが、やがて紫川に沿った町はずれの
中島にバラック家を借りた。

父は米相場に失敗して、
サケ・マスの立売などをしていた。
03/10 日本工業倶楽部結成
04/06 米、独に宣戦
04/06〜/08
       ドイツ独立社会民主党創立大会

ストライキあいつぐ
池貝鉄工所、東京砲兵工廠、室蘭日本製鋼所、

三菱長崎造船所、...
1918年
(大正 7年)
9歳
  07/23 米騒動。富山県からはじまり50余日間に
       わたって全国に波及。
08/02 日本政府がシベリア出兵を宣言
09/21 寺内首相辞表提出
09/29 原敬内閣成立

 

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年代 清張略歴 日本・世界の出来事
(日付の赤字は日本共産党の出来事)
1919年
(大正 8年)
10歳
  01/−  河上肇、『社会問題研究』を創刊
04/21 山川均ら『社会主義研究』を創刊
07/31 ドイツ国民会議、ワイマール憲法採択
08/30〜09/01
       友愛会七周年大会で大日本労働総同盟友愛
       会と改称
10/10 中華革命党、中国国民党と改称
11/20 共産主義青年インタナショナル創立

足尾銅山、釜石鉱山などでストライキ
1920年
(大正 9年)

11歳
  01/10 国際連盟成立(パリ)
04/01 米、シベリアから撤兵
03/28 平塚らいてう、市川房枝ら新婦人協会を結成
03/−  戦後恐慌はじまる
05/02 日本最初のメーデー(東京・上野)
05/16 労働組合同盟会結成
08/28 米、婦人参政権実現
12/29 フランス共産党創立

日本からはじまった恐慌が米欧諸国に波及
1921年
(大正10年)
12歳
  02/−  『種蒔く人』創刊
05/09 日本社会主義同盟第二回大会
05/28 日本社会主義同盟に解散命令
11/04 原首相、東京駅頭で中岡良一に刺殺される。
11/13 高橋是清内閣成立
1922年
(大正11)
13歳
板櫃(イタビツ)尋常高等小学校(のち清水小学校)
高等科に入学。
01/−  山川均、田所輝明、上田茂樹ら『前衛』を創刊
03/03 全国水平社の創立大会(京都)
04/09 日本農民組合結成
04/−  市川正一ら『無産階級』を創刊
06/06 高橋内閣総辞職
06/12 加藤友三郎内閣成立
07/15 日本共産党創立大会
      (東京・渋谷伊達町)
12/30 ソビエト社会主義共和国連邦成立
1923年
(大正12)
14歳
父が金を借り集めて、小倉市内の紺屋町一丁目に
小さな飲食店を開業
01/27 婦人参政権獲得同盟結成
02/04 第二回日本共産党大会(千葉県市川市)
04/05 日本共産青年同盟創立(委員長、川合義虎)
06/05 第一次共産党弾圧(堺利彦ら80人が検挙)
08/24 加藤首相死去
09/01 関東大震災おこる
09/02 第二次山本権兵衛内閣成立
09/03〜
       川合義虎ら虐殺される(亀戸事件)
11/08 犬養毅、尾崎行雄ら革新倶楽部結成
12/29 山本内閣総辞職
1924年
(大正13年)
15歳
板櫃(イタビツ)尋常高等小学校高等科卒業

北川電気企業社(本社大阪)小倉出張所の給仕に
採用される。月給十一円。
01/07 清浦圭吾内閣成立
03/01 野坂参三ら産業労働調査所を設立
06/07 清浦内閣総辞職
06/11 第一次加藤高明内閣成立
06/13 築地小劇場開場
10/02 国際連盟ででジュネーブ議定書を採択
11/26 モンゴル人民共和国成立
12/13 婦人参政権獲得期成同盟結成(久布白落実、
       市川房枝ら)
1925年
(大正14年)
16歳
  01/20 日ソ基本条約調印、国交樹立
03/12 孫文死去
04/22 治安維持法公布
05/05 普通選挙法公布(男子25歳以上に選挙権)
07/31 加藤内閣総辞職
08/02 第二次加藤高明内閣成立
12/01 農民労働党結成(書記長・浅沼稲次郎)
       即日結社禁止
12/06 日本プロレタリア文芸連盟結成
1926年
(大正15年)
17歳
父の飲食店がやや楽になり、家が手狭になったので、
一年ほど祖母とともに近所の雑貨屋の二階に間借り
住まいをした。
01/15 京都帝大など全国の社研学生を検挙、治安維
       持法による最初の検挙
01/28 加藤首相死去、内閣総辞職
01/30 第一次若槻礼次郎内閣成立
03/05 労働農民党結成(委員長・杉山元治郎) 
05/28 第一次山東出兵はじまる
09/08 独、国際連盟に加盟
12/04 日本共産党第三回党大会
       党を再建(委員長・佐野文夫、中央委員・
       佐野学、徳田球一、市川正一、福本和夫、
       渡辺政之輔ら)

12/25 大正天皇死去。昭和と改元
1927年(昭和 2年)
18歳
北川電気企業社(本社大阪)小倉出張所が閉鎖され、
失職。
小倉の兵舎そばで、兵隊に面会に来る家族めあてに、
パンや餅を売る。
八幡製鉄や東洋陶器の文学好きな職工たちと交際し、
芥川龍之介の影響を受ける。
04/17 若槻内閣総辞職
04/20 田中義一内閣成立

08/01 周恩来、朱徳、賀竜、葉挺、劉伯承ら南昌省で
       武装蜂起
09/−  野田醤油ストライキ(戦前最長のスト〜28/04)
11/12 前衛芸術家同盟結成
1928年
(昭和 3年)
19歳
小倉市の高崎印刷所に石版印刷の見習い職人として、
やっと就職する。月給十円程度。
別の石版印刷所の見習いとなる。
父の飲食店経営が困難になり、
紺谷町を追い立てられて中島通りで
営業することになった。
02/01 日本共産党中央機関紙「赤旗」(せっき)創刊
03/15 三・一五事件。日本共産党に対する
       全国いっせい弾圧

03/25 全日本無産社芸術連盟(ナップ)結成、五月に
       機関誌『戦旗』を創刊

04/10 日本商工会議所設立
06/04 関東軍が張作霖の列車を爆破、殺害
07/03 特別高等警察課が全県に設置される
11/01 小林多喜二、「一九二八年三月一五日」を
       『戦旗』11月〜12月に発表
11/07 米、フーバーが大統領に当選
11/15 イタリア、ファシスト党の独裁権確立

 

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年代 清張略歴 日本・世界の出来事
(日付の赤字は日本共産党の出来事)
1929年
(昭和 4年)
20歳
3月、文学仲間がプロレタリア文芸雑誌『文芸戦線』
『戦旗』などを購読していたので、”アカ狩り”の小倉署
に検挙され、十数日拘留された。
父は驚きおそれて、蔵書をことごとく焼き、
読書を禁じた。
03/05 山本宣治がが右翼の暴徒に刺殺される
04/05 新築地劇団結成
04/16 四・一六事件。
       日本共産党に対するいっせい弾圧
06/03 田中内閣、国民政府を承認
10/13 プロレタリア科学研究所設立
10/24 ニューヨーク株式市場が大暴落。
       世界恐慌はじまる
11/01〜02
       大山郁夫ら新労農党を結成
1930年
(昭和 5年)
21歳
徴兵検査を受け、第二乙種補充兵。 02/03 ベトナム共産党創立
       (10月インドシナ共産党と改称)

02/20 第十七回総選挙、無産諸派が五議席
02/24 共産党への大検挙
04/−  東京市電ストライキ
11/14 浜口首相、狙撃され重傷を負う
1931年
(昭和 6年)
22歳
勤め先の印刷所がつぶれたので、高崎印刷所に戻る。
2月8日、祖母・カネ死去。83歳。
01/−  共産党は、岩間丈吉、岩田義道、紺野与次郎
       ら党指導部を再建
05/22 前進座結成
06/25 三・一五事件と四・一六事件の統一公判はじ
       まる
09/18 日本帝国主義、中国の東北地方に侵略戦争
       開始。「満州事変」と呼ぶ
09/21 中国、日本の侵略を国際連盟に提訴
11/27 ナップを解散(十月)日本プロレタリア文化同盟
       (コップ)を結成
12/11 若槻内閣総辞職
12/13 犬養毅内閣成立
1932年
(昭和 7年)
23歳
  01/03 日本軍が錦州を占領
02/−  共産党呉地区の海軍水兵向け新聞
       「聳ゆるマスト」の創刊
03/01 かいらい国家、「満州国」の建国宣言
       薄儀が執政となる
05/−  フランス、ルブランが大統領に就任
05/15 五・一五事件。犬養首相射殺される。
05/16 犬養内閣総辞職
05/20 コミンテルン、「日本の情勢と日本共産党の
       任務にかんするテーゼ」「三二年テーゼ」を決定
05/26 斉藤実内閣成立
06/29 警視庁に特別高等警察部設置を公布
06/01 ドイツ、バーペン内閣成立
07/05 ポルトガル、サラザールが首相就任
07/31 ドイツ、国会選挙でナチスが第一党
       (130議席)となる。
       (社民=133、共産=89)
08/−  宮本百合子「一九三二年の春」を『改造』
       8月号に発表。
08/−  小林多喜二「党生活者」を出筆。『中央公論』の
       33年3四、五月号に発表
10/06 特高警察が日本共産党に潜入させたスパイ
       松村を使って「大森銀行襲撃事件」を起こす。
10/30 岩田義道、西神田署に検挙され、虐殺される。
11/06 ドイツ国会選挙でナチスが議席を減らす
       (ナチス=196、共産=100)
11/08 アメリカ大統領選挙にルーズベルトが当選
1933年
(昭和 8年)
24歳
版下工の技術をみがくため、半年間、福岡市の
嶋井オフセット印刷所で見習いとして修行する。
01/30 独、ヒットラーが首相に就任
01/10〜12
       大塚金之助、川上肇ら検挙
02/20 小林多喜二、築地署に検挙、
       拷問により虐殺される(29歳)

03/05 独、国会議事堂放火事件
03/09〜06/16
       アメリカ特別議会でルーズベルトのニュー
       ディール政策の諸立法
03/09 独、共産党を非合法化
03/27 日本が国際連盟を脱退
05/02 独、労働組合を禁止
09/−  日本労農弁護団、モップルなど検挙される。
11/−  米、ソ連を承認
11/05 片山潜死去(モスクワ 74歳)
12/26 宮本顕治、スパイの手引きで検挙される。
1934年
(昭和 9年)
25歳
また小倉の高崎印刷所に戻る 02/12 仏、労働者の24時間ゼネスト
02/19 野呂栄太郎、警察の拷問による病状悪化で
       死去(33歳)
02/22 日本プロレタリア作家同盟(ナルプ)が解散
03/01 「満州国」で帝制を開始、薄儀が
       「満州国皇帝」を名乗る。
03/28 日本プロレタリア美術家同盟が解散
04/12 日本プロレタリア文化同盟(コップ)加盟10
       団体が解散
07/15 日本プロレタリア演劇同盟(プロット)が解散
07/27 フランスの共産党と社会党が統一行動協定を
       締結
09/18 ソ連、国際連盟に加入
10/15 中国共産党、紅軍の主力が長征を開始
1935年
(昭和10年)
26歳
  02/18 美濃部達吉の「天皇機関説」が議会で
       攻撃される。
       4月に不敬罪で告発され、著書発禁になる。
02/−  久野収、新村猛、真下信一ら『世界文化』創刊
03/04 袴田里見が検挙され、共産党党中央委員会が
       破壊される
07/14 フランス人民戦線成立
08/−  反ファッショ大衆誌『労働雑誌』創刊
10/03 イタリアがエチオピア侵略を開始
11/10 米、産業別労働組織委員会(CIO)結成
11/15 フィリピン共和国成立
12/08 大本教への弾圧、出口王仁三郎らを不敬罪で
       検挙
1936年
(昭和11年)
27歳
月に4,50円、多少職人らしい給料を取るようになる。
11月、佐賀県人・内田健次郎5女ナヲ(直子)と結婚。
年末、高崎印刷所の主人が死亡。
01/15 全日本労働総同盟(全総)結成
01/15 スペインで人民戦線が成立
02/20 第19回総選挙、社会大衆党が18議席獲得
02/26 2.26事件、ファシスト青年将校のクーデター
02/28 岡田内閣総辞職
03/09 広田弘毅内閣成立
05/01 第17回メーデー禁止される(再開は1946年)
05/05 中国共産党が国民党に「停戦講和一致抗日
       通電」を発し、抗日をよびかける
05/09 イタリアがエチオピア併合を宣言
11/25 日独防共協定調印
12/05 ソ連が新憲法(スターリン憲法)を採択
1937年
(昭和12年)
28歳
2月、印刷所を退職して、自営に踏み切る。
10月に小倉に新築移転してきた朝日新聞九州支社
の広告部意匠係臨時嘱託として広告版下を書くように
なる。
これは一面識もない支社長・原田棟一郎に直接手紙を
出した結果である。
01/23 広田内閣総辞職
02/02 林銃十郎内閣成立
05/31 林内閣総辞職
06/04 第一次近衛文麿内閣成立
07/07 日本帝国主義、中国に対する全面侵略戦争を
       開始(廬溝橋事件)
07/08 中国共産党、廬溝橋事件(7.7)にさいし
       全民族に抗戦を呼びかける
10/17 日本労働総同盟大会、ストライキ絶滅を宣言
11/06 伊、独防共協定に参加
11/15 社会大衆党第6回大会、
       「戦争目的に協力する」決議をする。
12/11 イタリアが国際同盟から脱退
12/22 日本無産党と日本労働組合全国評議会に
       解散命令
1938年
(昭和13年)
29歳
1月18日、長女誕生(淑子) 01/03 コミンテルンとの連絡のために、杉本良吉、
       樺太国境をこえてソ連にはいる
02/01 「労農派」の学者グループ
       (大内兵衛、有沢広巳ら)検挙
       (第二次人民戦線事件)
02/−  雑誌『世界文化』のグループ
       (新村猛、真下信一ら)検挙される
03/13 独、オーストリアを併合
04/−  日本共産主義者団の大衆向け新聞
       「民衆の声」創刊
04/01 国家総動員法公布、社会大衆党も賛成
09/13 日本共産主義者団のメンバー検挙される
11/10 フランス人民戦線が崩壊

 

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年代

清張略歴 日本・世界の出来事
(日付の赤字は日本共産党の出来事)
1939年
(昭和14年)
30歳
朝日新聞九州支社広告部嘱託となる。 01/04 近衛内閣総辞職
01/05 平沼麒一郎内閣成立
04/12 米穀配給統制法公布
05/12 ノモンハンで日本軍とソ連軍が国境紛争
       (9.15停戦協定/ノモンハン事件)
07/08 国民徴用令公布
08/23 独ソ不可侵条約調印(モスクワ)
08/28 平沼内閣総辞職
08/30 阿部信行内閣成立
09/01 ドイツ軍がポーランドに侵入。
       第二次世界大戦始まる
09/03 英、仏がドイツに宣戦布告
09/19 ソ連軍がポーランドに侵入
10/23 杉本良吉、ソ連で不当逮捕され(9月)獄死
12/06 小作料統制令公布
12/16 朝鮮総督府朝鮮人に日本式氏名を強制する
       「創氏改名」を命じる
1940年
(昭和15年)
31歳
朝日新聞西部本社(九州支社が昇格)
広告部意匠係常勤嘱託となる。
3月2日、長男誕生(陽一)
01/14 阿部内閣総辞職
01/16 米内光政内閣成立
02/02 民政党の斉藤隆夫が「反戦演説」
03/−  野坂参三、ソ連から延安に行く
05/10 英、第一次チャーチル内閣成立
05/01 野坂参三、日本人反戦同盟をつくる
07/16 米内内閣総辞職
07/22 第二次近衛文麿内閣成立
10/12 大政翼賛会発足
11/05 米、ルーズベルトが大統領に三選
1941年
(昭和16年)
32歳
  03/10 改悪治安維持法公布(「予防拘禁」制度の
       追加など、西尾末広らも賛成)
04/−  ドイツ軍、ギリシャ、ユーゴスラビアに侵攻
04/13 日ソ中立条約調印(モスクワ)
05/15 野坂参三、延安に日本労農学校創立
05/19 ホ−・チ・ミンらベトナム独立同盟(ベトミン)
       結成
06/22 ドイツ軍がソ連侵入、独ソ戦はじまる
06/−  ユーゴスラビア、チトーらが人民解放パルチザン
       部隊創設
07/16 第二次近衛内閣総辞職
07/18 第三次近衛文麿内閣成立
09/02 翼賛議員同盟成立
09/06 十月下旬を目途として対米、英、蘭戦争準備
       を完成させることを「御前会議」で決定
10/15 尾崎秀美ら検挙。10・18ゾルゲら検挙
       (ゾルゲ事件)
10/16 第三次近衛内閣総辞職
10/18 東条英機内閣成立
12/01 「御前会議」で対米、英、オランダ開戦を決定
12/08 天皇が開戦の詔勅、米英に宣戦布告。
       日本帝国主義が太平洋戦争を開始。
       ハワイ真珠湾攻撃

12/08 米英、対日宣戦布告
12/09 金子健太、宮本百合子、守屋典郎ら396人
       がいっせい検挙、拘束される。
12/11 独、イタリア、対米宣戦布告
12/19 戦時犯罪処罰特例法、言論出版集会結社等
       臨時取締法公布
1942年
(昭和17年)
33歳
6月20、次男誕生(昭) 01/02 日本軍、マニラ占領
01/18 ベルリンで日独伊軍事協定の調印
02/02 大日本婦人会結成
02/25 小林陽之助、千葉刑務所で獄死(34歳)
04/11 山本懸蔵、ソ連で根拠のない容疑をうけて
       逮捕され(37年)病死(47歳)
05/20 翼賛政治会結成(会長・阿部信行)
06/05〜07
       ミッドウェー海戦、日本軍敗れ戦局の転機に
06/23 在華日本人共産主義者同盟成立
12/23 大日本言論報国会結成(会長・徳富蘇峰)
1943年
(昭和18年)
34歳
1月1日社員となる(広告部意匠係)
教育招集として10月から三ヶ月間、久留米の第五十六
師団歩兵第一四八連隊に入隊
02/01 日本軍、ガダルカナル島から撤退開始
02/02 スターリングラードのドイツ軍が降伏
03/02 兵役法を改め、朝鮮にも徴兵制施行
03/19 国領五一郎、堺刑務所で獄死(41歳)
05/−  野坂参三、日本共産党を代表してコミンテルン
       の解散に同意を表明
05/−  仏で共産党、社会党などが全国抵抗委員会
       (CNR)を結成
06/10 コミンテルン、正式に解散
07/25 伊、ムッソリーニ政権が崩壊
09/08 伊、連合国に無条件降伏
10/02 学生、生徒の徴兵猶予を停止(学徒出陣)
11/22〜26
       米、英、中のカイロ会談
       (ルーズベルト、チャーチル、蒋介石)
11/28  米英、ソのテヘラン会談
       (ルーズベルト、チャーチル、スターリン)
1944年
(昭和19年)
35歳
6月、臨時招集として久留米の第八十六師団歩兵第一
八七連隊二等兵として入隊。
第七八連隊補充隊に転属。
敗戦までの一年間を衛生兵として勤務した。
すぐ朝鮮に渡って、京城(現在のソウル)市外の竜山に
駐屯する。一等兵に進級。
家族は佐賀県神崎町の妻の実家に疎開した。
01/29〜1945/06−
       『中央公論』『改造』の編集者ら検挙される
       (横浜事件)
06/06 連合軍がノルマンジーに上陸
06/13 宮本顕治、再開公判で陳述
07/18 東条内閣総辞職
07/22 小磯国昭内閣成立
08/01 ワルシャワで反独蜂起
08/23 政府、学徒勤労令、女子挺身勤労令公布
08/24 パリ市民が武装蜂起してパリを解放
11/07 米、ルーズベルトが大統領に四選
11/10 厚生省、女子徴用実施
12/05 宮本顕治に無期懲役の一審判決
       (1945年5月にこれが確定判決とされ、
       6月網走刑務所へ)
1945年
(昭和20年)
36歳
新兵団が結成され、歩兵第二九二連隊、第四二九連隊
と転属ののち、一五〇師団軍医部付となり、
全羅北道井邑に移る。
六月、衛生上等兵に進級。敗戦を井邑で迎えた。
10月末、本土送還で、妻の実家に帰る。
朝日新聞社に復職、小倉市黒原営団三七四に
小倉造兵廠の工員住宅だった家を見つけ、
居を定めた。六畳、四畳半、三畳の3間。
02/04〜11
       米、英、ソのヤルタ会談
       (ルーズベルト、チャーチル、スターリン)
03/09〜10
       B29が東京を大空襲
03/15 市川正一、宮城刑務所で獄死(53歳)
04/01 米軍が沖縄本島に上陸
04/05 ソ連が日ソ中立条約の不延長を通告
04/05 小磯内閣総辞職
04/07 鈴木貫太郎内閣成立
04/12 米ルーズベルト大統領死去、
       副大統領トルーマンが昇格
04/25〜
       連合国50ヵ国がサンフランシスコ会議、
       国際連合設立を協議
04/28 ムッソリニ処刑
04/30 ヒットラー自殺
05/07 ドイツが連合国
06/23 国民義勇兵役法公布
06/25 連合国が国連憲章に調印
07/16 米ニューメキシコ州で世界初の原爆実験
07/17〜08/02
       米、英、ソのポツダム会談
       (トルーマン、チャーチル=
       途中からアトリー、スターリン)
07/26 ポツダム宣言発表
08/06 アメリカ空軍のB29が広島に原爆投下
08/09 長崎に爆投下
08/09 戸坂潤が長野刑務所で獄死
08/15 天皇制政府、ポツダム宣言を受諾して連合国
       に降伏
08/15 鈴木内閣総辞職
08/15 日本の降伏で第二次世界大戦終わる
08/17 東久邇稔彦内閣成立
09/02 ベトナム民主共和国成立宣言
       (主席ホー・チミン)
09/02 降伏文章に調印
09/03 英人記者バーチェット、「広島における大惨状」
       (ノーモアヒロシマ)を打電し、
       原爆の惨禍を世界にしらせる
09/11  GHQ、東条英機ら戦犯の逮捕指令
09/26 三木清、豊多摩刑務所で獄死(49歳)
10/03 山崎内相ら治安維持法による共産党員の
       逮捕、投獄続行を言明
10/04 GHQ治安維持法の撤廃、政治犯の釈放を
       政府に指令。山崎内相の罷免を要求
10/05 東久邇内閣の総辞職
10/09 幣原喜重郎内閣成立
10/09 宮本顕治、網走刑務所を出獄
10/10 徳田球一、志賀義雄ら府中刑務所を出獄
       「人民に訴う」を発表
10/10 中国共産党と国民党が双十協定
10/20 「赤旗」再刊一号
10/−  徳田球一、宮本顕治、黒木重徳、金展海、
       袴田里見、志賀義雄、神山茂夫の
       七人によって党拡大強化促進委員会を設立
10/24 国際連合成立
11/02 日本社会党結成(書記長・片山哲)
11/03 新日本婦人同盟結成(会長・市川房枝)
11/09 日本自由党結成(総裁・鳩山一郎)
11/16 日本進歩党結成(総裁・町田忠治
12/01〜03
       第4回党大会(党本部)書記長徳田球一
12/08 戦争犯罪人追求人民大会ひらく。
       天皇をはじめとする戦争犯罪人名簿を発表
12/09 GHQ、農地改革を指令
12/16〜28
       米、英、ソの外相会議(モスクワ)、
       極東委員会、対日理事会の設置を決定
12/30 新日本文学界創立。『新日本文学』創刊準備
       号、宮本百合子「歌声よおこれ」を発表
 

日本の降伏で第二次世界大戦終わる

1945年8月15日

1946年
(昭和21年)
37歳
7月20日、三男誕生(隆晴)。生活費を補うため、
アルバイトとして、箒の仲買をはじめる。
48年春までつづけた。
01/01  天皇が神格化を否定「人間宣言」
01/02  宮本顕治、袴田里見が「われらは抗議す
        天皇制権力の復権拒否にたいして」を「赤旗」
        に発表
01/04  GHQ、軍国主義者の公職追放
        超国家主義団体の解散を指令
01/10  国連第一回総会()〜2.14、ロンドン)
01/15  山川均「民主人民戦線」を提唱
01/26  野坂参三歓迎国民大会(日比谷公園)
02/01  第一次農地改革実施
02/15  共産党中央機関誌『前衛』創刊
02/19  部落解放同盟全国委員会結成
02/24〜26
        第5回党大会(東京・京橋公会堂)。
        大会宣言発表、行動綱領、規約改定、
        中央委員会の選出
02/27  中央委員会総会(通算第二回)政治局、
        書記局、書記長徳田球一を選出
04/10  第22回総選挙
        (共産5、自由140、進歩94、社会92、
        協同14、諸派38、無所属81)

04/22  幣原内閣総辞職

05/01  戦後初のメーデー(第17回)
        東京で史上はじめての50万人参加

05/22  第一次吉田茂内閣成立
06/02  イタリア、国民投票で王政廃止を決定
08/19  全日本産業別労働組合会議(産別)
        結成大会(議長・聴濤克己)
08/24  野坂参三議員が、衆院本会議で憲法に
        主権在民を明記することを主張
11/03  日本国憲法公布
11/10  フランス総選挙、共産党第一党
11/20  日本商工会議所設立(会長・高橋隆太郎)
1947年
(昭和22年)
38歳
早春、初めて安居院に飛鳥大仏を見る。
直子夫人が急性肺炎から脳症をおこすが、清張が
進駐軍から手に入れてきたペニシリンでたすかる。

(清張事典から)
01/06〜09
        第二回全国協議会
01/02  あかつき印刷発足
01/18  全官公庁共闘、二.一ゼネスト宣言
01/30  マッカーサーが、ゼネスト中止命令、
        全官公庁共闘議長井伊弥四郎が
        ゼネスト中止
        放送、2.1全闘解体
03/22 南朝鮮全土でゼネスト
03/31 教育基本法、学校教育法公布
03/31 日本民主党結成(5.18総裁・芦田均)
04/05 第1回いっせい地方選挙
04/07 労働基準法公布
04/14 独占禁止法公布
04/17 地方自治法公布
04/20 第1回参院選(共産全国区3、地方区1.
       社会17、30.自由8,30.民主6,22.
       諸派9,13.無所属57,54)社会党第一党
04/25 第23回総選挙(共産4、社会143
       、自由131,民主121、国協29,諸派25,
       無所属13) 社会党第一党
05/03 日本国憲法施行
05/20 第一次吉田内閣総辞職
05/29 宮本顕治、袴田里見に復権証明書が
       交付される
06/01 片山哲内閣成立(社会、民主、国協三党連立)
07/20 沖縄人民党創立
08/14 パキスタン独立(初代総監・ジェンナー)
08/15 インド独立(首相ネール)
10/01 「アカハタ」日刊(日曜日は休刊)となる
12/12 児童福祉法公布
12/18 中央委員会総会(通算七回)党大会に
       提出する議案を審議
12/21〜23
       第六回党大会(東京・板橋公会堂)。
       民族独立の課題を重視して行動綱領を改定、
       中央委員会の選出
12/25 中央委員会総会(通算八回)政治局、書記局、
       書記長徳田球一、統制委員会議長宮本顕治
       を選出
12/30 ルーマニア人民共和国成立
1948年
(昭和23年)
39歳
朝日新聞西部本社広告部意匠係に勤務しながら、図案
家として活躍。門司鉄同局主催の観光ポスターコンクー
ルに応募し、以後常連となる。
01/30 インド、ガンジー暗殺
02/06 中央委員会(通算第九回)。
       民主民族戦線の方針を決定
02/10 芦田内閣総辞職
02/10 共産青年同盟中央合唱団創立、
       うたごえ運動始まる
03/10 芦田均内閣成立
       (民主、社会、国民協同の三党連立)
03/10 民主民族戦線結成について、大衆団体や
       社会党(3・15)に申入れ
03/15 自由、民主クラブが結合し民主自由党結成
       (総裁・吉田茂)
03/15 獄死した市川正一の党葬おこなわれる
       (東京・渋谷公会堂)
03/17 共産党が提唱した民主民族戦線結成を
       社会党が拒否
04/02 「アカハタ」主張「民主民族戦線をつくれ」を
       発表
04/17 日本民主婦人協議会(民婦協)結成
05/09 チェコスロバキア人民民主主義共和国成立
06/16 衆参両院で教育勅語、軍人勅諭排除決議
06/23 昭和電工事件発覚
07/10 日本学術会議が発足
07/19 徳田書記長が佐賀で右翼に襲撃され負傷
07/22 マッカーサー、芦田首相への書簡で公務員の
       争議禁止などを要求
08/13 アメリカのかいらい政権が大韓民国をつくる
       (大統領・李承晩)
08/19 争議中の東宝砧撮影所に武装警官が
       大量出動
       (「来なかったのは軍艦だけ」といわれた
       米軍、警察の弾圧で圧殺)
09/09 朝鮮民主主義共和国成立(首相・金日正)
09/18 全日本学生自治会総連合(全学連)結成
10/06 昭和電工事件で西尾前国務相を逮捕
10/07 芦田内閣総辞職
10/19 第二次吉田茂内閣成立
11/02 米、トルーマンが大統領当選
11/12 極東軍事裁判所、東条英機らA級戦犯七人に
       絞首刑の判決、12・23執行
12/07 昭和電工事件で芦田前首相逮捕
12/10 国連総会が世界人権宣言を採択
12/13 青森で社共合同大会。つづいて岩手、福島、
       栃木、長野、香川などでも。
       (総選挙にも社共合同の誤ったスローガンが
       かかげられる)
12/24 GHQ、A級戦犯容疑者岸信介、児玉誉士夫ら
       一九人を巣鴨拘置所から釈放、裁判をおこな
       わない旨発表

 

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年代 清張略歴 日本・世界の出来事
(日付の赤字は日本共産党の出来事)
1949年
(昭和24年)
40歳
5月、広告部意匠係主任となる。 01/23 第24回総選挙(共産35、民主自由264、
       民主69、社会48、共同14,労農7、諸派1
       7、無所属12)
01/23 第24回総選挙で躍進、298万票35人当選
02/11 第二次吉田内閣総辞職
02/05〜06
       中央委員会総会(通算第14回)。
       一般報告、社共合同闘争と党のボルシェビキ
       化などについて決定。
02/16 第三次吉田内閣成立
04/20〜26
       第1回世界平和擁護大会(パリ)
04/25 一ドル=360円の為替レート実施
06/18〜19
       第15回拡大中央委員会。
       6項目の講和綱領を決定
06/29〜07/09
       第2回世界労働組合大会(ミラノ)
07/05 下山国鉄総裁が行方不明、翌日轢死体で
       発見(下山事件)
07/15 中央線三鷹駅で、無人電車暴走(三鷹事件)
08/17 東北本線金谷、松川間で列車転覆(松川事件)
08/21 第16回中央委員会総会。
       一般報告、財政方針など採択
09/25 ソ連が原爆保有を宣言
09/28 第17回緊急中央委員会総会「情勢の急速な
       発展と、党の緊急任務の遂行について全
       党員諸君に訴う」を決議
10/01 中華人民共和国成立
       (中央人民政府主席・毛沢東)
10/01 「アカハタ」の日曜日発行を実施、完全日刊化
10/07 ドイツ民主共和国(東ドイツ)成立
11/30 対共産圏輸出統制委員会(ココム)設立
12/10 全国産業別労働組合連合会(新産別)結成
1950年
(昭和25年)
41歳
6月に発表された『週刊朝日』の”百万人の小説”に
応募。
特選の賞金は30万円、当時としては最高額だった。
12月、応募作「西郷札」が3等に入選した。
賞金10万円。
01/12 政治局が「『日本の情勢について』にかんする
       所感』を多数決で決定。
01/18〜20
       第18回拡大中央委員会。コミンフォルムの
       論評の積極的意義を認める決議と、単独講和
       反対、ポツダム宣言にもとづく全面講和を中心
       的闘争課題として強調した「一般報告」を採択
02/09 米、上院議員マッカーシーが「赤狩り」を開始
       (マッカーシー旋風)
02/10 GHQ「沖縄に恒久基地建設を始める」と発表
04/20 京都府知事選で全京都民主戦線統一会議
       (民統)が推した蜷川虎三が当選、以来蜷川
       は7期当選
05/03 マッカーサー、「日本共産党は憲法の破壊
       を企画している」と反共声明
06/04 第2回参院選(共産全国区2、地方区0、
       自由18,34、国民民主1,8、社会15,21、
       緑風6,3諸派2、3、無所属12、7)
06/04 第2回参院選、党は全国区133万票、2人
       当選(3人当選したが占領軍の追放令で
       1人無効)、地方区164万票、当選者なし
06/06 GHQ、共産党中央委員24名全員の公職
       追放を指令、6・7アカハタ編集委員など17
       名を追放
06/07 徳田球一らが統制委員会の名を勝手につ
       かって「臨時中央指導部」を任命、7人の
       中央委員を排除して非公然体制に移行、
       中央委員会の解体
06/25 朝鮮戦争始まる
06/27 米軍、朝鮮戦争に武力介入
08/11 三鷹事件第一審判決で、共同謀議は、
       ”空中楼閣”とし、9被告に無罪、竹下影助
       だけは無期
08/末  徳田球一、西沢隆二が北京に渡る。
       その後野坂参三らも出国。『北京機関』が
       つくられる。
08/31〜09/01
       排除された7人の中央委員が公然機関として
       全国統一委員会を結成。「中央委員会の解体
       反対および一さいの解党主義反対」などをか
       かげ、原則にもとづく党の統一を実現するた
       めに全力をあげることを表明。
09/01 閣議で公務員などのレッドパージの方針を
       決定
10/13 GHQの承認により一万人余の戦犯の公職
       追放
12/07 池田勇人蔵相「貧乏人は麦飯を食え」と暴言
1951年
(昭和26年)
42歳
【1951年発表作品】
「西郷札」が
この年上半期の第25回直木賞候補作になる。
岩下俊作、火野葦平を知る。
大佛次郎、長谷川伸、木々高太郎らより激励をうけ、
初めて上京した。
国鉄、日本交通社、全日本観光連盟共催の
全国観光ポスター公募に応じ、作品「天草へ」が
推薦賞(特選1名に次ぐもの)を受けた。
01/10 米大統領トルーマン、対日講和の大統領代表
       にダレスを任命
01/21 宮百合子死去(51歳)
01/27 川上寛一議員が、衆院本会議の代表質問で
       日本の平和と独立は、全面講和と全占領軍
       の即時かつ完全な撤退によってのみ実現され
       ると主張。
       発言取り消し要求を拒否。
       3・29国会を除名される。
03/15 イラン、石油国有化法案を可決
04/11 米大統領トルーマンがマッカーサーを罷免
       、リッジウェーを後任に
04/23,30
       第2回いっせい地方選
04/23,30
       第2回いっせい地方選、党は都道府県議
       6人当選、市区町村議89人当選
06/−  多喜二・百合子研究会結成
06/30〜0/03
       社会主義インターナショナル結成
       (フランクフルト)
07/10〜08/23
       開城で朝鮮休戦会談始まる 
09/04〜08
       対日講和会議の開催(サンフランシスコ)
       8日「平和」・日米安全保障条約調印
10/23〜24
       社会党第8回臨時大会、「平和」・
       安保両条約問題をめぐり左右に分裂
08/上  スターリンが参加して、徳田球一、野坂参三、
       西沢隆二、袴田里見らモスクワで会議、
       党の統一を主張するものを「分派」と裁定、
       スターリンが「51年綱領」をおしつける。
08/16 講和条約草案の全文発表
10/初  全国統一会議、解散声明
10/−  全「第5回全国協議会」が「51年綱領」と
       これにもとづく極左冒険主義の方針を採択。
       冒険主義の活動が1951年末から1952年
       7月にかけて集中的にあらわれる。
10/25 朝鮮休戦会談、板門店で再開
1952年
(昭和27年)
43歳
【1952年発表作品】
『三田文学』編集の木々高太郎にすすめられ、同誌に
「記憶」「ある『小倉日記』伝」を発表。
商業デザインの方面では、前年結成された
日本宣伝美術会の九州地区委員になり、
自宅にその小倉事務所を置いた。
01/18 韓国、「李ライン」を設定
02/08 改進党結成(6/13総裁重光葵)
02/19 青梅線小作駅から貨車暴走(青梅事件)
02/26 英首相チャーチルが英の原爆保有を公表
03/02 沖縄第1回「立法院」選挙、沖縄人民党・
       瀬長亀次郎当選
04/17 吉田内閣、破壊活動防止法案を国会に提出
04/28 GHQ廃止
05/01 皇居前広場のメーデーデモ隊を数千人の
       武装警官隊が襲撃(メーデー事件)
05/01 「アカハタ」復刊(週刊)
06/02 菅生事件
06/23 米空軍が朝鮮民主主義人民共和国の
       水豊ダムを爆撃
06/24 吹田事件
07/07 大須事件
07/21 破壊活動防止法、公安調査庁設置法公布
07/22 ポーランド人民共和国成立
10/01 第25回総選挙(共産0、改進85、自由240、
       左社54、右社57、労農4、諸派7,無所属19)
10/01 第25回総選挙、党は前回49年選挙より
       208万票減の90万票となり前回35人当選
       が当選なしとなる
10/13〜12/17
       「合理化」反対で炭労スト
10/15 警察予備隊を改組して保安隊が発足)
10/30 第四次吉田茂内閣成立
11/04 アイゼンハワーが大統領に当選
1953年
(昭和28年)
44歳
【1953年発表作品】
1月22日、直木賞候補作品となった
「ある『小倉日記』伝」が芥川賞選考委員会に回付され、
昭和27年度下半期の第28回芥川賞受賞が決定した。
時計および副賞5万円。
一方、『オール讀物』に投稿した「啾啾吟」が
第1回オール新人杯佳作大一席となる。
当選者は南条範夫。
12月1日付で、朝日新聞東京本社に転勤となり、
広告部意匠主任となる。
単身赴任。杉並区荻窪の叔母の家に寄宿した。
03/05 ソ連、スターリン死去、新首相(閣僚会議議長)
       マレンコフ
04/03 沖縄で米民政府が土地収用令公布
04/05 日本婦人団体連絡会結成
       (婦団連、会長平塚らいてう)
04/19 第26回総選挙(共産1,自由鳩山35、
       自由吉田199、改進76、左社72、右社66、
       労農5,諸派1,無所属11)
04/19 第26回総選挙、党は66万票、1人当選
04/24 第3回参院選(共産全0、地1,
       自由吉田16,30、改進3,5、右社3,7、
       左社8,10、緑風8,8)
04/24 第3回参院選、党は全国区29万票、
       地方区26万票、当選者なし
05/21 第5次吉田内閣成立
06/07 全日本民主医療機関連合(民医連)結成
06/18 エジプト、共和制を宣言(初代大統領プナギブ)
06/25 米軍基地反対国民大会(東京・渋谷公会堂)
07/27 朝鮮休戦協定調印(板門店)
08/−〜11/−
       三井鉱山首切り反対闘争
09/−  ソ連共産党、フルチョフを第一書記に選任
10/14 徳田球一死去(北京、59歳)
11/10 沖縄祖国復帰期成会結成
12/−  多喜二・百合子研究会『多喜二と百合子』創刊
12/04 米(アイゼンハワー)、英(チャーチル)、
       仏(ラニエル)三国首脳会談(バミューダ)
1954年
(昭和29年)
45歳
【1954年発表作品】
7月、小倉から家族を呼び寄せて、東京都練馬区関町
1−131に転居。六畳1間と四畳半2間に8人家族。
03/01 第五福竜丸がビキニの米水爆実験で
       放射能被災
03/01 「アカハタ」日刊(日曜日休刊)となる
04/18 エジプト、ナセルが首相に就任
04/21 造船疑獄の自由党佐藤栄作幹事長が
       犬養法相の指揮権発動で逮捕をまぬがれる
06/02 防衛庁施設法、自衛隊法成立
06/27 ソ連で世界初の原子力発電所が運転開始
06/28 周恩来・ネール会談、平和五原則の共同声明
07/01 自衛隊発足
09/−〜10/−
       沖縄で米軍による「人民党弾圧事件」、
       瀬長亀次郎他三十数人検挙
12/07 吉田内閣総辞職
12/10 第一次鳩山一郎内閣成立
1955年
(昭和30年)
46歳
【1955年発表作品】
12月19日、母・タキ78歳で死去。
02/14 日本生産性本部設立(会長・石坂泰造)
02/19 日本ジャーナリスト会議創立
02/27 第27回総選挙(共産2,民主185、
       自由112、左社89、右社67、労農4,諸派2,
       無所属6)
02/27 第27回総選挙、党は73万票、2人当選
03/19 第二次鳩山一郎内閣成立
04/23、30
       第三回いっせい地方選
04/23、30
       第三回いっせい地方選、党は都道府県議10人
       市区町村議322人当選
05/06 西独がNATOに加盟
07/29〜30
       第一回中央委員会総会(六全協)故徳田球一
       書記長の追悼式を決定、中央機関紙編集員を
       任命
08/02 常任幹部会が中央委員会人事を決定、
       常任幹部会の責任者に宮本顕治
08/06 第1回原水爆禁止世界大会(広島)
08/17 第二回中央委員会総会(六全協)。第一書記
       (野坂参三)、書記局員(三人)、専門部長を
       決定
09/13 ソ連、西独が国交樹立
09/19 原水爆禁止日本協議会(原水協)結成
10/13 左・右社会党の合同大会
       (委員長・鈴木茂三郎、書記長・浅沼稲次郎)
10/26 オーストリア、連邦議会が永世中立を決議
11/15 自由民主党結成大会、自由党と民主党による
       保守合同、総裁決定まで鳩山一郎らを代行
       委員に選出
11/22 第三次鳩山一郎内閣成立
12/06 米、英、仏、ソがオーストリアの
       永世中立を承認
1956年
(昭和31年)
47歳
【1956年発表作品】
5月31日付で朝日新聞社を退社した。9月18日、
日本文芸家協会会員となる。
01/28〜29
       第4回中央委員会総会(六全協)。
       日ソ国交回復運動、「党の統一と団結のため
       の歴史上の教訓として」を採択
02/14〜25
       ソ連共産党第20回大会、フルシチョフらが
       スターリン批判
03/15 党中央委員会、アメリカの南太平洋での水爆
       実験中止のよびかけ発表
03/19 鳩山内閣が小選挙区制法案を国会に提出、
       反対闘争高揚

03/24  「ソ同盟共産党第二〇回大会について」を
       「アカハタ」に発表
04/05 自民党臨時大会、初代総裁に鳩山一郎を選出
04/16〜27
       第6回中央委員会総会(六全協)。
       六全協以後の内外情勢を検討、党の任務と
       各分野の活動方針を具体化
04/21 小選挙区制反対国民大会
       (東京・日比谷公園大音楽堂)
06/02 教育委員会法成立
       (教育委員の公選制を任命制に)
06/06〜08
       第5回中央委員会総会(六全協)。
       ソ連共産党第二〇回大会、原水禁運動に
       ついて決議
06/11 憲法調査会法公布
06/28〜30
       第7回中央委員会総会(六全協)。
       「独立と民主主義のための解放闘争途上の
       若干の問題について」「沖縄問題についての
       声明」を採択、「51年綱領」の強力革命唯一
       論の克服を提起
07/08 第4回参院選(共産全国区1、地方区1、
       自民19、42、社会21、28、緑風5、0、
       諸派1、0、無所属5、4)
07/08 第4回参院選、党は全国区60万票、
       一人当選、地方区115万票、一人当選
07/26 エジプト、スエズ運河国有化宣言
08/02 千島問題など日ソ間の領土問題について常任
       幹部会声明
09/08 中立労働組合連絡会議(中立労連)結成
09/10〜12
       第8回中央委員会総会(六全協)。
       参院選の総括、平和運動の方針、党大会の
       開催、「農業・農民問題の解決のために」を
       採択、「51年綱領」の農業・農民問題の
       規定の再検討を提案。椎野悦郎を中央委員
       から罷免
09/15〜27
      中国共産党第8回大会(戦後初)
10/15〜19
       鳩山首相がモスクワに行き、
       日ソ国交回復の共同宣言
10/23 ハンガリー事件おこる
10/24 ソ連軍第一次介入
10/29 イスラエル軍がエジプト侵入(第2次中東戦争)
10/30 英、仏軍がスエズ運河への攻撃開始
10/04 ハンガリー事件、ソ連軍第二次介入
11/06 米、アイゼンハワーが大統領に再選
11/08 第9回中央委員会総会(六全協)。
       第七回党大会の準備のため、綱領、規約、
       五〇年以後の党内問題の調査の三委員会
       の設置を決定
11/25 日本民主青年団第5回大会で
       日本民主青年同盟と改称
12/18 国連総会、日本の加盟を可決
12/20 第三次鳩山内閣総辞職
12/23 石橋湛山内閣成立
12/25 人民党書記長瀬長亀次郎が那覇市に当選
1957年
(昭和32年)
48歳
【1957年発表作品】
2月、「顔」で第10回日本探偵作家クラブ賞を受賞。
この年、
練馬区上石神井1−682に一戸を新築して移る。
01/10 英、マクミラン内閣成立
01/16 労農党、社会党との統一を決定
01/21 第10回中央委員会総会(六全協)。
       文化運動方針案、組織活動の実践目標に
       ついて討議
02/23 石橋内閣総辞職
02/25 第一次岸信介内閣成立
03/06 ガーナ共和国成立
03/11 第11回中央委員会総会(六全協)。
04/26 中央委員会、「岸内閣の政策とわが党の
       基本態度」を発票
04/30 「アカハタ」主張「サンフランシスコ体制打破の
       ために」を発表
05/15 英、クリスマス島で初の水爆実験
05/21 第12回中央委員会総会(六全協)。
       志田重男を除名
06/14 国防会議が「防衛力整備目標」(一次防)決定
06/19 訪米した岸首相、アイゼンハワー大統領と
       会談。6・21安保改定の委員会の設置などを
       もりこんだ共同声明発表
06/22 常任幹部会、声明「日米共同声明について」を
       発表。
06/29 ソ連。マレンコフ、カガノヴィチ、モトロフら失脚
07/25 チュニジア、共和制を宣言
       (初代大統領ブルギバ)
08/13 政府の憲法調査会第一回総会
08/22 ソ連、大陸間弾道弾(ICBM)の実験成功
08/31 マラヤ連邦成立
09/04 第13回中央委員会総会(六全協)。
       第7回党大会の開催日決定
       (58年2月2日〜6日)

09/15 常任幹部会が、綱領問題の討議を組織する
       ため『団結と前進』(『前衛』別冊)を発行する
       ことを決定
09/24〜25
      第14回拡大中央委員会総会(六全協)。
      第7回党大会に提案する党章草案(綱領と
      規約案)を決定、発表
      (「アカハタ」9月30日付号外、『前衛』11月号)
10/01 日本が国連安保理非常任理事国に当選
10/26〜29
      第15回拡大中央委員会総会(第六回党
      大会選出の中央員、同候補、統制委員と
      「六全協」で選出された中央委員との合同会
      議)。第七回党大会への政治報告、
      「五十年問題について」を採択
10/29〜11/16
       党代表団(団長・志賀義雄、団員・蔵原惟人)、
       ロシア十月革命四十周記念式典に参加、
       党に初の渡航許可
10/04 ソ連が人工衛星スプートニク1号の打ち上げに
       成功
11/14〜16
       社会主義11ヵ国共産党・労働者党会議が
       開かれ、「宣言」を採択、21日に発表
11/16〜19
       64ヵ国共産党・労働者党会議が開かれ、
       「平和のよびかけ」を採択、23日に発表
11/24 米高等弁務官ムーアは、瀬長市長追放のた
       め、琉球政府章典、選挙関係法の改定を
       布告、11・25、市議会、瀬長那覇市長の
       不信任案を可決
11/27 ソ連共産党フルシチョフ第一書記、10月革命
       40周年に招待されて訪ソした志賀義雄と
       蔵原惟人に、50年問題を総括することに反対
       の意向を表明、帰途中国を訪問した二人に
       中国共産党の劉少奇らも50年問題の総括に
       反対の意向を表明
12/19  第16回拡大中央委員会総会(六全協)。
        十月社会主義革命40周記念祝典参加
        について 志賀義雄が報告
12/22 教師に対する勤務評定問題で日教組は
       非常事態宣言、57年から58年にかけて
       全国各地に勤評反対の地域共闘
12/26〜01/01
       カイロでアジア・アフリカ人民連帯会議、
       カイロ宣言発表

1958年
(昭和33年)
49歳
【1958年発表作品】
『点と線』『眼の壁』が単行本として出版され、
ベストセラーとなって、
いわゆる”社会派推理小説”ブームの原動力になる。
01/08 第17回拡大中央委員会(六全協)。
       総選挙がせまったため第7回党大会の
       延期を決定
01/20 第18回中央委員会総会(六全協)。
01/31 米、人工衛星エクスプローラ1号の打ち上げ
       成功
02/05〜06
       第19回拡大中央委員会(六全協)。
02/19 第20回拡大中央委員会(六全協)。
02/21 エジプト、シリアの合併でアラブ連合
       共和国発足
02/27 第20回拡大中央委員会(六全協)。

※なぜか、第20回拡大中央委員会がダブリ

03/21 炭労が賃上げを要求してストライキ(〜6.18)
03/24 全日本農民組合連合会(全日農)結成
03/27 ソ連、ブルガーニン首相が辞任し、
       フルシュチョフ党第一書記が首相兼任
03/30〜04/01
       第21回中央委員会拡大会議(六全協)。

※なぜか、「拡大中央委員会..」が「...拡大会議」

05/28 第28回総選挙(共産1,自民287、
       社会166、諸派2、無所属12)
05/28 第28回衆院選、党は101万票、一人当選
06/12 第2次岸内閣成立
06/12〜15
       第22回中央委員会拡大会議(六全協)。
       総選挙の総括、七回大会の期日を決定
07/05〜11
       第23回中央委員会拡大会議(六全協)。
       総選挙の総括、第七回党大会に提案する
       「党章草案」の最終案を決定
07/23〜08/01
       第七回党大会(東京・中野、品川)
       政治報告と行動綱領、党規約を圧倒的多数
       で採択、「51年綱領」を廃止、50年の
       不幸な分裂の経験から教訓をひきだす、
       当時党員は三万数千、「アカハタ」読者は
       数万、中央委員会、中央統制委員会を選出、
       ソ連共産党代表団が出席。
       伊藤律、志田重男、椎野悦郎の除名確認の
       決議。党大会の中野公会堂で盗聴器摘発
08/01 第一回中央委員会総会(第七回党大会)。
       議長野坂参三、書記長宮本顕治らを選出
08/23 中国が台湾海峡の金門島砲撃を開始、
       米第七艦隊が戦闘態勢にはいる
09/11 藤山・ダレス会談で、安保条約改定交渉開始
       を決定
10/04 安保条約改定第一回交渉
12/21 仏、ドゴール首相が大統領に当選、59年
       1月8日就任
12/25 幹部会ひらく。声明「学生運動に巣くう
       極左日和見主義反党分派を粉砕せよ」を採択

 

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年代 清張略歴 日本・世界の出来事
1959年
(昭和34年)
50歳
【1959年発表作品】
執筆量の限界を試してみようと思い、
積極的に仕事をする。その結果、この年のなかば以後
書痙にかかる。そのために原稿は口述、清書された
ものに加筆するという方法をとり、速記者福岡隆を
約九年間にわたって専属とした。
七月二十二日、「小説帝銀事件」により第十六回
(昭和三十四年上半期)の文藝春秋読者賞を受賞と
決定。賞金十万円。
十一月二十八,二十九日、文藝春秋新社主催の読者
大会(東京宝塚劇場)において、文士劇「荒神山」に
斎宮清五郎の役で初出演。
01/01 キューバ革命勝利
01/10〜12
       第4回中央委員会総会(第7回党大会)
01/23〜03/09
       日本共産党代表団(団長委・宮本顕治書記長)
       ソ連共産党21回大会に出席のため訪ソ、帰途
       チェコスロバキア、朝鮮、中国を訪問
02/16 キューバ、カストロが首相に就任
03/01 
「アカハタ」日曜版、発刊
03/20〜21
       第5回中央委員会総会(第7回党大会)。
04/27 中国、第2期全国人民代表大会で劉少奇を
       国家主席に選出
04/15 安保共闘第一次統一行動
04/23、30
       第4回いっせい地方選挙
04/23・30
       第4回いっせい地方選。共産党は
       都道府県議12人、市町村議386人当選
06/02 第5回参院選(共産全国区1、地方区0、
       自民22、49、社会17、2、緑風4、2
       諸派1、0、無所属7、3)
06/02
 第5回参院選、党は、全国区55万票、1人
       当選、地方区100万票、当選者なし
06/03 シンガポール独立
06/29〜07/09、07/31〜08/01
       第6回中央委員会総会(第7回党大会)
08/10 最高裁、松川事件で有罪判決を破棄、差戻し
09/15〜27
       フルシチョフソ連首相が訪米、キャンプ
       デービット会談、アメリカ帝国主義への
       接近すすむ
10/25 西尾末広ら社会党を離党、院内団体社会
       クラブ結成
11/08
 第一回アカハタt祭(東京・浜離宮、2万人)
11/17〜18
       第7回中央委員会総会(第7回党大会)。
       安保改定阻止と廃棄を中心とする当面の
       大衆闘争、党勢拡大などについて決定
12/11 三井鉱山が三池炭鉱で1200人の指名解雇
       通告、全民主勢力の支援を受けて合理化
       反対闘争
12/16 最高裁、砂川事件で東京地裁判決を
       破棄差戻し
1960年
(昭和35年)
51歳
【1960年発表作品】
この年に執筆した「日本の黒い霧」によって、現代日本
の病根をあばきだすノンフィクションの分野に本格的に
進出し、以後、”黒い霧”は流行語となった。
01/19 新日米安保条約、地位協定の調印
       (ワシントン)
01/22〜26
       第8回中央委員会総会(第7回党大会)
01/25 三井鉱山が三井三池炭鉱にロックアウト、
       労組は無期限ストに突入
02/13 仏、サハラ砂漠で初の原爆実験
03/02〜03
       第9回中央委員会総会(第7回党大会)。
       日本民主青年同盟の拡大強化のための方針を

       決定、同盟の飛躍的発展をたすける
04/03 
「アカハタ」日曜日も発行、完全日刊化、
       「アカハタ」日曜版10ページ建てとなる

04/05〜09
       第10回中央委員会総会(第7回党大会)。
       「三井三池労働者の英雄的闘争の勝利のた

       めに全民主勢力の奮起を訴える」を採択
04/16 中国共産党機関誌『紅旗』が論文「レーニン
       主義万歳」を発表、事実上のソ連共産党批判を
       開始
04/28 沖縄県祖国復帰協議会結成
05/12 安保反対、第16次全国統一行動に460万人
       が参加

06/01 社会党代議士会が議員総辞職の方針を決定
06/17 社会党顧問川上丈太郎が右翼に刺される
06/18 30万人国会包囲デモのなか、19日午前零時

      新安保条約が自然成立
06/29〜07/01
       第11回中央委員会総会(第7回党大会)。
       当面の安保闘争の発展と党建設についての

       幹部会報告を確認、訴え「愛国と正義の旗の
       下 に団結し、前進しよう」などを採択、安保反
       対の民主連合政府を提唱

07/14 岸首相が右翼に刺され、負傷
07/15 第二次岸内閣総辞職
07/19 第一次池田勇人内閣成立
07/31〜8/01
       第12回中央委員会総会(第7回党大会)。
08/03〜8/05

      全国活動者会議
      (第七回大会後1回目 世田谷)

08/12 韓国大統領に尹?善が当選
08/17〜8/18
       第13回中央委員会総会(第7回党大会)。
10/12 社会党浅沼委員長が日比谷公会堂で演説中、
       右翼に刺殺される
11/08
 第二回アカハタ祭(武蔵野市、3万人)
11/08 米、ケネディが大統領に当選
11/20 
第二九回総選挙。
       党は115万票、三人当選

12/08 第二次池田勇人内閣成立
12/18〜28
       第14回中央委員会総会(第7回党大会)。
12/20 南ベトナム解放民族戦線結成
       この年、コンゴ、ナイジェリアなどアフリカで

      17ヵ国が独立アフリカ独立の年といわれる
12/27 閣議で国民所得倍増計画を決定、高度経済成
      長政策へ   
1961年
(昭和36年)
52歳
【1961年発表作品】
この年五月一日、国税庁発表の一九六〇年度所得額
(収入より必要経費を引いた額)で作家部門の
一位となる。
38、426、639円。このうちから、
国税2000万円、地方税500万円を支払う。
以後、ほとんど毎年納税額のトップを占める。
杉並区上高井戸4−1762
(のちに地番変更、高井戸東1−22−3)
に自宅を新築し九月に移転する。
この年度より直木賞の選考委員となる。
01/23 沖縄人民党機関誌「人民」発刊
02/06
       第15回中央委員会総会(第7回党大会)
03/01〜13、25〜28
       第16回中央委員会総会(第7回党大会)
       綱領草案、第八回大会への政治報告の

       採択など03/06〜08
       社会党大会、委員長に河上丈太郎を選出
04/12 ソ連宇宙船ヴォストーク一号(ガガーリン搭乗)
       が地球一周飛行に成功
04/19 駐日米大使ライシャワー着任
05/09〜11
       全国活動者会議(二回目、世田谷区)
05/16 韓国で軍部の反共クーデター、7/3朴正照が
       国家再建最高会議長に就任
06/03〜04
       フルシチョフ・ケネディ会談(ウィーン)
06/09〜10
       第17回中央委員会総会(第7回党大会)
07/20〜22
       第18回中央委員会総会(第7回党大会)
       反党分派活動を開始した春日庄次郎、山田六

       左衛門などを除名
07/25〜31
       第八回党大会(東京・世田谷区民会館)
07/31〜08/02

       第1回中央委員会総会(第8回党大会)
       議長野坂参三、書記長宮本顕治らを選出

08/08 仙台高裁、松川事件差戻審で全員無罪判決

08/13 東独、東西ベルリンの境界に壁を構築
09/20 米ソ軍縮共同宣言
10/17〜31
       ソ連共産党22回大会、フルシチョフがアルバ

       ニア労働党を非難
10/19  周恩来がフルシチョフに反論
11/25  ソ連がアルバニアと国交を断絶
11/05  第三回アカハタ祭り(東京・浜離宮、4万人)
12/18〜20
       第2回中央委員会総会(第8回党大会)
1962年
(昭和37年)
53歳
【1962年発表作品】
一月、広告代理店電通の顧問となる。三月十三日、
父峯太郎八十九歳で死去。
四月、日本文芸家協会理事に選ばれる(任期二年)
六月、眼病のため赤坂・山王病院に一ヵ月間入院する。
作家平林たい子が韓国の雑誌『思想界』
(一九六二年八月号)で、作家にゆとりができると
作品創造の面でも変わるのではないかとの質問に
「そうですね。そういう作家は思考というものがないんで
す。」朝から晩まで書いているんですけど、
何人かの秘書を使って資料を集めてこさせて、
その資料で書くだけですからね。だから例をあげると
松本清張のような作家は相当反米なんですけど、
その理由が自分の秘書の中に共産主義者がいるん
ですね。そういうことがあるんで、そういう資料を集めて
くるわけです。それで松本と言えば人間ではなく
『タイプライター』です」と発言した。これに対して
「事務処理をする手伝いのひとが一人いるのみで、
事実に反し、文壇歴の長い先輩が、外国において
匿名欄にでもありそうな発言をする心境がわからない」と
日本読者新聞紙上で反論した(「平林たい子さんに訊く
−−南朝鮮誌『思想界』での断定について」
十月二十二日)。
この年、母校の小倉市天神島小学校にピアノを
寄贈した。
01/29〜31
       全国活動者会議(三回目、世田谷区)
      
参議院選勝利をめざして
02/03 米、ケネディ大統領が対キューバ
       全面禁輸指令
02/15〜28 第一回中央党学校が開校(党本部)
03/22 韓国、尹?善大統領が辞職、24朴正照代行
04/11 日本宗教者平和協議会結成
04/26 全日本労働総同盟組合会議(同盟会議)結成

06/23 ラオス連合政府(首相ブーマ)の成立

07/01 
第六回参議院選挙、党は三議席
       (全国区二、地方区一)
       全国区112万票、地方区176万票
07/13

       第3回中央委員会総会(第8回党大会)
       「日本共産党創立四十周年にあたって」を採択

       「四つの旗」を定式化
07/13 
党創立四十周年記念祝賀集会(東京・文京区)
07/13
       第4回中央委員会総会(第8回党大会)

08/06 第八回原水禁世界大会
10/19 新日本婦人の会結成
10/22 キューバ危機、ケネディ米大統領がキューバに
       ソ連ミサイル基地建設中と発表、海上封鎖声明
11/05 
第四回アカハタ祭り(多摩湖、5万人)
11/13〜15
       全国活動者会議
       (四回目、目黒公会堂、大田区民会館)
11/27〜29
       社会党第22回党大会、江田書記長辞任、

       書記長に成田知巳を選出
12/11  恵庭事件(自衛隊の実弾演習被害に反対した
       酪農民を自衛隊法違反とした事件)起こる
1963年
(昭和38年)
54歳
【1963年発表作品】
六月、「象徴の設計」を歴史をゆがめる作品として
批判した林房雄の「文芸時評」に対して、朝日新聞
紙上で再度にわたって反論した。
八月、「日本の黒い霧」「深層海流」「現代官僚論」など
の業績により、第五回日本ジャーナリスト会議賞を
受ける。同月、日本推理作家協会理事長に就任、
四期八年間つとめる。
九月十二日、最高裁において松川事件被告全員無罪
の確定判決があった。
この年は、二つの戯曲を書いた。七月に松本幸四郎
(八代目)たちによって読売ホールで上演された。
「鬼三味線」と、十一月東宝劇団により明治座で上演
された「誘殺」である。
01/09  ライシャワー米大使、原子力潜水艦の日本
       寄港申し入れ

02/13〜15

       第5回中央委員会総会(第8回党大会)
       「全世界の共産党・労働者党はかたく団結しよ
       う」を採択し、志賀、神山らの主張するソ連中心
       主義等の重大な誤りをもちこむ

04/17・30
       第五回いっせい地方選
04/17・30

       第五回いっせい地方選
       党は、都道府県議22人市町村議682人当選

05/15〜17
       第6回中央委員会総会(第8回党大会)

08/05〜06
       第九回原水禁世界大会(広島)
08/05 米英ソ三国、部分核実験停止条約調印
09/01 安保反対国民会議、原潜寄港反対で横須賀、
       佐世保で統一行動
09/12 最高裁が松川事件再上告を棄却、被告17人
       全員の無罪確定
10/15 韓国、朴正照が大統領に当選
10/15〜18

       第7回中央委員会総会(第8回党大会)
       「国際共産主義運動にかんする諸問題に
       ついて の決定」を採択し、五中総の誤りを
       全面的に訂

       正し党の原則的国際路線を発展さす  
10/20 第五回アカハタ祭り(多摩湖、6万人)
11/09 三井三池鉱でガス爆発、458人死亡
11/21 第三十回総選挙

       (共産5、自民283、社会144、社民23、
       無所属12)
11/21 第三十回総選挙
       党は164万票、5人当選

11/22 ケネディ米大統領が暗殺され、副大統領
       ジョンソンが昇格
12/09 第三次池田勇人内閣成立
12/20 札幌高裁、芦別事件で無罪判決
12/26 最高裁、砂川事件再上告を棄却
1964年
(昭和39年)
55歳
【1964年発表作品】
四月十二日、初めての海外旅行に出発し、
コペンハーゲン、アムステルダム、パリ、ロンドン、
ジュネーブ、ローマ、カイロ、ベイルートを歴訪して
五月三日帰国。
十一月、米国の推理作家E・S・ガードナーが来日し、
会談した。
前進座のために執筆した「細川の茶碗」が十二月の
新橋演舞場で上演された。
02/15〜5/18
       宮本書記長、中国の南海島で病気療養
03/27〜29
       新日本文学会第11回大会、部分核停止条約
       を支持しない党員文学者の組織的排除を強行
04/08  重要幹部不在のなかで、4・17ストライキの
       問題で誤った声明を発表
04/18  ソ連共産党が日本共産党を非難する
       書簡を送る
05/03  創価学会池田大作会長、本部総会で
       王仏冥合のために衆院へ進出と言明
05/15  志賀義雄が島の決定にそむいて衆院で部分
       核停条約に賛成投票、反党声明を発表、
       鈴木市蔵も同調を発表
05/16 国際金属労連日本協議会(IMF・JC)結成
05/21 第8回中央委員会総会(第8回党大会)
       志賀、鈴木の除名を決議
05/25 党を除名された鈴木市蔵が参院で部分核停条
       約に賛成投票

05/27 インド、ネール首相死去

06/11 渡部義通が佐多稲子、野間宏、丸木位里、
       丸木俊子ら12人の党員文化人を組織し、党
       中央をひぼうした文書を中央役員に個別に送付
06/30 志賀義雄、反党集団としての政治結社「日本
       のこえ同志会」結成を表明
07/03 政府の憲法調査会、最終報告を提出
07/13〜15
       第9回中央委員会総会(第8回党大会)
       4・17問題での誤りを自己批判
07/30〜08/02
       第10回原水爆禁止世界大会国際会議、
       51ヵ国、8国際団体が参加
08/02 米駆逐艦、トンキン湾fで北ベトナムの哨戒艇を
       攻撃(トンキン湾事件)
08/04 米海軍機、北ベトナム海軍基地を爆撃
08/07 米議会、大統領に戦時権限を付与、米の

       北ベトナム侵略が本格化
08/16 南ベトナム、グエン・カーンが大統領に就任
08/23〜27
       第10回中央委員会総会(第8回党大会)
       原潜「寄港」問題決議採択、党勢拡大月間を
       決定
09/01〜14
       宮本書記長ら、インドネシア、中国を訪問
09/13 宮本書記長、中国共産党毛沢東主席と会談
09/25〜30
       第11回中央委員会総会(第8回党大会)
       志賀らと組んで反党活動を開始した神山茂夫、
       中野重治の除名を決定
09/27 第六回アカハタ祭り(多摩湖、6万人)
10/14 渡部義通、国分一太郎らが反党声明
10/14 ソ連共産党中央委員会総会、フルシチョフを
       第一書記から解任、ブレジネフを第一書記に
       選出
10/15 ソ連最高会議幹部会、フルシチョフを閣僚会議

       議長(首相)から解任、新議長にコスイギンを
       選出
10/16 中国、初の原爆実験
10/10 新日本文学会、江口渙、霜多正次、津田孝ら
       四人を除籍
10/10〜24
       東京オリンピック(第18回)
11/03  米、ジョンソンが大統領に当選
11/09 第三次池田内閣総辞職
       第一次佐藤栄作内閣成立
11/09 統制委員会、渡部義通、佐多稲子、野間宏、
       丸木位里、丸木俊子ら10人を分派活動による
       規律違反で除名
11/12 右翼労組が結集して全日本労働総同盟(同盟)
       発足
11/12 米原潜シードラゴンが佐世保に入港
11/17 公明党結成大会、委員長・原島宏治、書記長・
       北条浩を選出
11/20〜22
       第12回中央委員会総会(第8回党大会)
       第9回党大会への中央委員会報告を決定
11/24〜30
      第9回党大会
      (東京・大田区民会館、世田谷区民会館)
      綱領にもとづく党路線の正しさの実証、ソ連共産
      党の現代修正主義と大国主義を批判、50年分
      裂の打撃をほぼ回復し、十数万の党員と二十
      万近い「赤旗」日刊紙読者、六十万の日曜版
      読者、大衆闘争の三つの観点(要求の獲得、
      大衆の自覚の成長と組織の強化、党勢拡大)を
      定式化、中央委員会、中央統制監査委員会を
      選出
11/30〜12/01
       第1回中央委員会総会(第9回党大会)
        議長野坂参三、書記長宮本顕治らを選出
12/11〜12 全学連再建大会
1965年
(昭和40年)
56歳
【1965年発表作品】
四月十五日より五月五日まで中近東に取材旅行。
01/08 韓国、ベトナム派兵決定
01/21 インドネシア、国連を脱退
02/06 ソ連のコスイギン首相がハノイ訪問

02/10 第二次朝鮮戦争を想定した日米共同作戦体制
       にかんする防衛庁の極秘文書(三矢作戦研究)
       が衆議院予算委で暴露、追及される
03/03 宮本書記長宅(東京・杉並区)の電話引込線の
       盗聴器を摘発

03/06 憲法改悪阻止各界連各会議結成
03/23〜24
       第2回中央委員会総会(第9回党大会)

05/06 社会党第25回臨時大会
       (委員長・佐々木更三)
06/14 自民党都議会議員17人が逮捕された都政の
       腐敗、汚職事件により都議会解散
07/04 第7回参院選挙(共産全二、地一、自民二五、
       四六、社会一二、二四、社民、二、一、
       公明、九、二、無所属、二、一)
07/04 第7回参院選、党は全国区163万票、2人当
       選、地方区261万票、1人当選。
07/10〜10
       平和と民族独立と軍縮のための世界大会

       (ヘルシンキ)
07/23 東京都議選(共産九、自民三八、社会四五、
       公明二三、社民四、無所属一)
07/23 東京都議会選挙、共産党は2議席から
       9議席に
07/27〜08/08
       第11回原水爆禁止世界大会
07/30 沖縄小笠原返還同盟結成
08/26 日本民主主義文学同盟結成。機関紙『民主文
       学』を12月に創刊
09/29〜10/04
       第3回中央委員会総会(第9回党大会)
10/17 第七回アカハタ祭り(多摩湖、8万人)
11/12 新日本体育連盟結成
11/23〜25
       全国活動者会議
       (五回目、三鷹市公会堂)
12/04 日本科学者会議結成
12/19  仏、ドゴールが大統領に再選
1966年
(昭和41年)
57歳
【1966年発表作品】
十二月、「砂漠の塩」が第五回婦人公論読者賞を受賞
(発表は1967年二月号)。
賞金十万円と記念品。
ワシントン・ポスト紙に掲載するベトナム反戦広告募集
の呼びかけ人の一人となる(六七年四月三日掲載)。
01/03〜15
       第一回アジア・アフリカ・ラテンアメリカ人民連
       帯会議(ハバナ)
01/08 仏、第三次ポンピドー内閣成立
01/19〜22
       社会党大会、佐々木更三が江田三郎を破って
       委員長に再選

02/01 「アカハタ」を「赤旗」と改める
02/07〜04/04
       日本共産党代表団(団長、宮本顕治書記長)
       が反帝国際統一戦線問題協議のため
       ベトナム、中国、朝鮮訪問
03/30 共産、社会、公明三党が憲法擁護、小選挙区
       制粉砕、物価値上げ反対の連絡会議を結成
04/05 英、第三次ウイルソン内閣成立
04/28〜29
       第4回中央委員会総会(第9回党大会)
       ベトナム、中国、朝鮮を訪問した代表団の活動
       についての幹部会報告を承認
05/30 米原潜、横須賀に初めて入港
06/29 米、ハノイ、ハイフォンを爆撃
07/01 仏、NATO統合軍から正式に脱退
07/13〜14
       第5回中央委員会総会(第9回党大会)
07/20  中央、全国実行委の共催でアメリカのベトナム
       侵略反対、ハノイ、ハイフォン爆撃抗議全国
       統一行動
07/21 毛沢東、講話で日本共産党を主敵の一つと
       する「四つの敵」論を定式化
08/27〜30
       第6回中央委員会総会(第9回党大会)
09/05  党山口県委員会、毛沢東に盲従し党破壊活動
       をおこなった福田正義ら五人を除名
09/27  共和製糖への不正融資問題、国会で問題化
09/28 インドネシア、国連復帰
10/14 中央・全国両実行委の共催でベトナム侵略
       戦争反対、10・21スト支援の中央総決起
       大会
10/21 ベトナム侵略戦争反対、10・21統一ストライキ
       、総評、中立労連など91単産、547万人が
       参加
10/17 第八回アカハタ祭り(多摩湖、8万人)
10/13 第7回中央委員会総会(第9回党大会)
       反党分派活動をおこなったことで西沢隆二の
       除名を決定
10/22
       第8回中央委員会総会(第9回党大会)

       
第十回党大会準備の諸案件について決定
10/23  劉少奇、ケ小平が中国共産党中央工作会議
       で自己批判
10/24〜30
       第十回党大会
       (世田谷区民会館、大田区民会館)

10/30〜31
       第1回中央委員会総会(第10回党大会)

       議長野坂参三、書記長宮本顕治らを選出
11/22〜24
       第2回中央委員会総会(第10回党大会)

12/01  西独、キージンガー内閣成立
12/06〜09
       社会党大会、佐々木更三を委員長に三選
12/16  国連総会、国際人権規約採択
12/27  佐藤内閣、共和製糖事件などの追及をさけ
       国会冒頭に解散強行
(黒い霧解散)
1967年
(昭和42年)
58歳
【1967年発表作品】
三月七日、「昭和史発掘」「花氷」「逃亡」などの作品と
幅広い作家活動に対して、第一回吉川英治文学賞が
与えられることに決定。
授賞式は四月十一日におこなわれ、賞碑と副賞
百万円を受けた。
四月、文芸家協会理事に再任
(以後、一九九二年まで留任した)。
「火の嘘舟」について山本健吉の「文章の粗とは、
内容の粗である」などの批評に関して、八月、
「的はずれの批評である」として、
読売新聞紙上で反論。

1967年(昭和42年)〜1975年(昭和50年)
江戸川乱歩賞の選考委員を務める
01/09  米、国防省がベトナム」参戦米軍を47万3千
        人と発表
01/29  第三十一回総選挙

        (共産5,自民277、社会
        140、民社30、公明25、無所属9)自民の
        得票が初めて50%を割る
01/29  第三十一回総選挙、党は219万票、五議席
01/30  統制委員会、西沢隆二らと党破壊活動を
        はじめた斉藤庫治の除名を決定
02/11  初の建国記念日、各地で反対運動
02/13  公明党第四回党大会、委員長に竹入義勝、
        書記長に矢野絢也を選出
02/16〜18
        第3回中央委員会総会(第10回党大会)
02/17  第二次佐藤栄作内閣成立
03/11  本書記長、社会党成田書記長が東京都知事
        選の「政策協定」、「組織協定」に調印。
        大内兵衛ら13人連名で「明るい革新都政を
        つくる会」の呼びかけを発表
03/16  明るい革新都政をつくる会結成
03/29  札幌地裁、恵庭事件で憲法問題にふれずに
        無罪判決
04/07  仏、第四次ポンピドー内閣成立
04/15、28
        第六回いっせい地方選、東京都知事で革新
        統一の美濃部亮吉が当選
04/15、28
        第六回いっせい地方選、長野県塩尻市で高砂
        政郎共産党員市長誕生、党は道府県議37
        人、市区町村議891人当選
06/06〜09
        第4回中央委員会総会(第10回党大会)
06/12  新潟水俣病で被害者、昭和電工を提訴。
        全国に公害反対闘争おこる
06/17  中国、初の水爆実験
06/19〜21
        民社党第九回党大会、西を末広の委員長辞
        任にともない、委員長に西村栄一を選出

07/15  「日本共産党の45年」を「赤旗」に発表
07/23  米、デトロイト市で黒人暴動各地に波及
08/03〜04
       北京空港で反党分子と紅衛兵らが砂間一良
       党代表と紺野淳一「赤旗」特派員に集団暴行
08/19〜20
        社会党第二十九回党大会、委員長に勝間田
        清一を選出

09/03  南ベトナム、グエン・バン・チューが大統領に

        当 選
10/04〜06
        第5回中央委員会総会(第10回党大会)
        世界の共産主義運動、大衆宣伝、大衆運動、
        機関紙拡大などについての幹部会報告を承認
10/06  共、社、公、民四党書記長懇談会、沖縄・小笠
        原早期返還をもとめる共同の見解を発表
10/08  第九回赤旗祭り(多摩湖、8万人)
10/09  ボリビア陸軍がゲバラの死を発表
11/13  全国借地借家人組合連合結成
12/02  共、社、公、民四党書記長懇談会から民社
        が脱落
1968年
(昭和43年)
59歳
【1968年発表作品】
一月、キューバ政府主催の、「世界文化会議」に出席
のため、前年大晦日に出国し、キューバに行く。
一月十五日帰国。この旅行中に、ベトナム民主共和国
対外文化連絡委員会から招待状がとどき、
二月二十五日、
北ベトナム各地の視察旅行に出発する。
四月四日、ファン・バン・ドン首相との単独会見に
成功し、四月七日に帰国。
この月来日したエドガー・スノウと対談
(『潮』六月号に発表)。
七月一日、十二指腸穿孔に腹膜炎を併発し、
東京女子医大病院に四十日間入院する。
十月十七日、オランダ、ベルギー、イギリスへ
取材旅行に出発し、十一月五日帰国。
01/09  アラブ石油輸出国機構(OAPEC)結成
01/19  米第七艦隊の原子力空母エンタープライズが
        佐世保に入港
01/30  南ベトナム解放武装勢力が全土でテト攻勢。
02/20  0共産党が多喜二、百合子賞を創設
02/29〜03/01
        第6回中央委員会総会(第10回党大会)
        「労働戦線の階級的統一を目ざす、労働
        組合運動のあらたな前進と発展のために」、
        参院選をめぐる六大政策と活動方針の決定
        など
03/16  南ベトナムのソンミンで米軍による虐殺事件
03/30  東京高裁、青梅事件で、差し戻し審被告全
        員に無罪判決
03/31  ジョンソン米大統領が北爆の部分的停止と
        大統領選不出馬を発表
04/04  米黒人運動指導者キング牧師が暗殺される
04/05  小笠原諸島返還の日米協定調印
04/09〜11
        全国活動社会議(6回目、大田区)
05/01  共産党記者クラブ創立。本部内にクラブ室を
        つくる
05/13  パリでベトナム民主共和国、アメリカの
        ベトナム平和会談はじまる
05/24  経団連会長に植村甲牛郎が就任
06/05  沖縄の三大選挙で、民主勢力103団体による
        「明るい沖縄をつくる会議」結成
06/26  小笠原諸島が日本に復帰
07/01  米英ソなど六二ヶ国が核拡散防止条約調停
07/07  第八回参院選挙(共産全3、地1、自民21、
        48、社会12、16、民社4、3、公明9、4、
        無所属2、3)
07/07  第八回参院選、党は全国区215万票、三人
        当選、地方区357万票、一人当選
07/12  仏、クーブドウミュルビル内閣成立
07/27  長野県山ノ内町長選で共産党杵渕茂候補が
        当選
07/29〜31
        第7回中央委員会総会(第10回党大会)
        参院選の結果と当面の任務について、八〜
        九月の学習教育月間などについて決定
08/20  ソ連など五ヶ国がチェコスロバキアに侵入
08/24  仏、南太平洋で初の水爆実験、五番目の水
        爆保有国になる
09/11〜14・10/04
        社会党第三十一回大会、委員長に
        成田知巳、書記長に江田三郎を選出
09/18  中国共産党機関誌「人民日報」社説、日本共
        産党を「マルクス・レーニン主義の恥ずべき裏
        切り者」と非難
10/27  第十回赤旗祭り(多摩湖、8万人)
10/31  ジョンソン米大統領が北爆全面停止とパリ
        会談へサイゴン政権、南ベトナム民族解放
        戦線の参加を発表
11/01  北爆全面停止
11/05  米、ニクソンが大統領に当選
11/10  沖縄初の主席公選で革新統一の屋良朝苗
        が当選、立法院議委員選挙で沖縄人民党が
        1議席から3議席へ
12/01  那覇市長選挙、革新統一の0平良良松が
        当選

 

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年代 清張略歴 日本・世界の出来事
1969年
(昭和44年)
60歳
【1969年発表作品】
カッパ・ノベルスの著書が総計一千万部を突破した。
五月十八日より二十四日まで、「像と蟻」取材のため、
ラオスに旅行する。
十二月三十日、妻子とともに東南アジア旅行に出発し、
年末年始を楽しんだ。
01/18  東大安田講堂に機動隊を導入
01/20  ニクソンが大統領に就任
01/20〜23
        第8回中央委員会総会(第10回党大会)
        「1970年問題をめぐる情勢の特長と日本
        共産党の政策と方針」を決定
02/28〜03/01
        第9回中央委員会総会(第10回党大会)
        総選挙をめざす党員拡大「月間」、青年運動
        と民青拡大について決定
04/01〜14
       中国共産党第九回大会、林彪を毛沢東の

       後継者と規定
04/02  最高裁、東京都教組勤評事件で無罪判決
06/04  論文、「国際共産主義運動の団結と国際反
        帝統一行動にかんする日本共産党の態度」を
        宮本共産党書記長が記者会見で発表
        (「赤旗」六月五日)
04/28  仏、ドゴールが大統領辞任
06/06  南ベトナム共和臨時政府の成立
06/14  水俣病被害者、チッソを提訴(水俣病訴訟)
06/15  仏、ポンピドーが大統領に当選
07/14  東京都議選、(共産18、自民54、公明25、
        社会24、社民4)
07/14  東京都議選、党は9議席から18議席へ
07/21  米アポロ11号が初の月面着陸
07/25  米、ニクソン大統領がグァムドクトリンを発表
07/28〜31
        第10回中央委員会総会(第10回党大会)
        「都議選の総括と総選挙をめざすたたかいに
        ついて決定、9、10月の二ヵ月を大量宣伝、
        思想教育と党勢拡大の「月間」に
09/03  ベトナム労働党ホー・チミン主席死去
09/30〜10/02
        全国活動者会議(七回目、東京・立川市社
        会教育会館)。総選挙の勝利っめざす党勢
        拡大「月間」成功のために
10/27  第11回赤旗祭り(代々木公園、10万人)
11/−   公明党、創価学会による出版妨害問題が
        発覚
12/01  東京都が老人医療無料化を実施
12/27  第32回総選挙(共産14、自民288、社会
        90、公明47、社民31、無所属16)
12/27  第32回総選挙、党は330万票、4議席から
        14議席へ
1970年
(昭和45年)
61歳
【1970年発表作品】
十月十二日「昭和史発掘」を軸とする意欲的な創作活動
により第十八回
菊池寛賞受賞を決定。
十一月五日、ホテルオークラで授賞式がおこなわれ
、賞金三十万円と記念品を受けた。
01/05  公明党の竹入委員長、矢野書記長が創価
        学会の役員を辞任

01/06  自民党幹事長田中角栄が公明党の出版
        妨害事件に関与絵を認める
01/14  第三次佐藤栄作内閣成立
02/02〜04
        第11回中央委員会総会(第10回党大会)
        総選挙の総括と当面の任務を決定
03/14〜09/13

        日本万国博覧会(大阪)
03/25  第12回中央委員会総会(第10回党大会)
        京都知事選についての訴えを採択

03/31  ニセ左翼「赤軍派」が日航機「よど号」を
        乗っとり
04/13  京都府知事選、自公民連合を破って
        革新統一の蜷川虎三が六選
04/29  米軍、南ベトナムかいらい軍がカンボジア
        侵攻
05/01  米軍が68年11月以来停止していた
        北ベトナム爆撃を再開
05/03  池田大作創価学会会長が言論出版妨害
        問題で「猛省」を表明
05/12〜14
        第13回中央委員会総会(第10回党大会)
        第11回党大会にたいする中央委員会報告

        を決定
05/31  セイロン(スリランカ)に民主連合政府樹立
06/20  英、ヒュース内閣成立
06/23  日米安保条約の固定期限終了、共産、
        社会、総評などが統一実行委員会を
        結成し、「安保条約破棄宣言、平和、中立、
        生活擁護をめ ざす6・23全国統一行動
        中央大集会」をひらく、22万人が参加。
06/25〜27
       公明党第八回大会で新綱領を採択、「王仏

       冥合」「仏法民主主義」などの用語を除く
06/26  チェコスロバキア共産党、ドプチェク前第一書
        記長を除名
07/01〜07
        第11回党大会(東京・立川市東京社会教育
        会館、世田谷区民会館)
07/07〜08
        第1回中央委員会総会(第11回党大会)
        改定された規約にもとづき中央委員会議長

        野坂参三、幹部会委員長宮本顕治、
        書記局長不破哲三らを選出
07/10  宮本幹部会委員長の自宅の電話線に仕掛
        けられた盗聴器を摘発、(創価学会による盗
        聴事件であったことが後に判明)
07/17  第二次家永教科書裁判、東京地裁が教科書
        検定違憲判決
10/15〜17
        第2回中央委員会総会(第11回党大会)
        「大会決定の学習と新人教育、党建設計画の

        作成、読者拡大、減紙克服の三つの課題の
        運動」などを決定
10/22  初の防衛白書「日本の防衛」を発表
10/24  チリ、アジェンデが大統領に当選
11/01  第12回赤旗祭り(多摩湖、8万人)
11/03  チリで人民連合政権が発足
11/15  沖縄国政参加選挙で衆議院議員に
        瀬長亀治郎人民党委員長が当選
11/25  三島由紀夫、東京市ヶ谷の自衛隊内で

        クーデターを扇動して自殺
12/25  日本共産党中央委員会付属社会科学研究
        所の設立発表
1971年
(昭和46年)
62歳
【1971年発表作品】
四月より松本清張全集第一期全三十八巻の刊行が
はじまる。
六月、読者投票により「留守宅の事件」が第三回小説
現代ゴールデン読者賞(昭和四十六年上半期)に
選ばれる。賞金二十万円および記念品。
この年、日本推理作家協会会長に就任。
二期四年間をつとめる。
01/20  セイロン、スリランカ共和国と改称
01/30  米軍、南ベトナムかいらい軍がラオスへ侵攻
01/31〜02/02
        第3回中央委員会総会(第11回党大会)
        いっせい地方選挙と参院選の基本方針など

       決定
03/11  最高裁が青法協加入を口実に宮本康昭判事
        補の再任を拒否、新任裁判官七人も不採用
03/30〜04/09
        ソ連共産党第24回大会に日本共産党代表
        団(団長・西沢富夫常任幹部会員)が出席
04/11・25
       第七回いっせい地方選挙、東京都知事に

       美濃部亮吉、大阪府知事に黒田了一が当選
04/11、25
        第七回いっせい地方選、党は、道府県議
        105人、市町村議、1429人、非改選議員
        をふくむ地方議員総数は5月現在2362人
05/03  東独、社会主義統一党のウルブリヒト第一書
        記が辞任、後任にホーネッカー
05/11〜13
        第4回中央委員会総会(第11回党大会)
        いっせい地方選の総括と参院選の闘争方針
        と基本政策を決定

05/25〜29
       チェコスロバキア共産党大会、フサークを
       書記長に選任
06/17  日米沖縄協定の調印
        全国で協定反対の行動
06/27  第九回参院選挙(共産全5、地1、自民21、

        42、社会11、28、社民4、2、公明8,2、
        無所属1,1)
06/27  第九回参院選挙、共産党は6議席(全国区
        5、地方区1)全国区489万、地方区487万
07/09〜11
        キッシンジャー米大統領補佐官がひそかに
        訪中
07/13〜15
        第5回中央委員会総会(第11回党大会)
        参院選の総括と当面の任務について決定、

        沖縄協定批准反対、沖縄全面返還、安保条
        約反対の共同闘争をよびかける。「『プロレタ
        リアートディクタツーラ』の適訳」を確認
07/15  ニクソン米大統領が72年5月までに訪中と
        発表
08/03  民社党党大会、委員長に春日一幸を選出
08/15  ニクソン米大統領が金、ドル交換の一時
        停止、10%の輸入課徴金などを含むドル
        防衛政策を発表(ドルショック)
08/19〜09/27
        日本共産党代表団(団長・宮本顕治幹部会
        委員長)がルーマニア、イタリア、ベトナム、
        ソ連の四ヵ国をおよびスペイン共産党と会談。
09/08  林彪が反毛沢東のクーデターに失敗、9・13
        林彪の搭乗機がモンゴル領内で墜落、死亡
09/29  新潟地裁、新潟水俣病訴訟で、昭和電工の
        責任を認め、損害賠償を認める判決
10/12  ニクソン米大統領が72年5月後半に訪ソする
        と発表
11/01  第13回赤旗祭り(多摩湖、8万人)
11/19  共、社、総評など12団体、16氏のよびかけ
        による11.19沖縄協定反対の統一集会開
        かれる、27万人が国会を包囲、44単産200
        万人がストライキ。27道府県で統一集会
        開かれる。
11/23  社民、公明の協力で衆議院本会議が
        ひらかれ、沖縄協定批准案件の採決が
        強行される。

12/03〜06
        第6回中央委員会総会(第11回党大会)
        幹部会の組織活動の改善の方針を承認、

        党代表団の四ヵ国訪問と5党との会談の重要
        な意義を確認、「民主青年同盟にたいする指
        導と援助の問題について」の決議を採択
12/06  インド、バングラデシュ(東パキスタン)を独立
        国として承認
12/16  東パキスタン軍がインドに降伏
12/17〜18
       10ヵl国蔵相会議(ワシントン)で合意、
        (1ドル=308円など、スミソニアン体制)
12/22  沖縄協定批准案件、参院本会議で可決
1972年
(昭和47年)
63歳
【1972年発表作品】
劇団民芸のために執筆した「日本改造法案」が、
村山知義演出により、三月から七月にかけて、
日本各地で上演された。十月、若い研究者の発表の場
として『季刊現代史』を創刊した。
01/05〜10
       佐藤首相訪米、ニクソン大統領と会談
01/18〜20
       全国活動者会議(8回目、東京、目黒公会
        堂)。総選挙の勝利、党創立50周年に
        ふさわしい躍進を
02/19〜28
       「連合赤軍」浅間山荘事件
02/21〜28
       ニクソン米大統領が訪中、27日、共同声明
       発表(上海)
03/07  「連合赤軍」のリンチ・殺人事件が発覚
03/15  日米両政府、日米沖縄協定批准書を交換
04/04  「沖縄密約」公電漏えい事件で毎日新聞記
        者、外務省事務官逮捕
05/01  第43回メーデーに公明党が初参加
05/15  日米沖縄協定発効、沖縄、日本に復帰
05/15  日本共産党沖縄県委員会準備会が発足
06/11  田中角栄通産省が「日本列島改造論」を発表
06/12  幹部会で新日和見主義分派(アメリカ帝国主
        義の侵略性を過小評価し、日本軍国主義を
        主敵とし、また党勢拡大の独自の課題を
        否定した)の発生を、それとの闘争、粉砕の
        経過が報告され、新日和見主義の誤りの
        本質があきらかにされる
06/17  米、民主党全国委本部に侵入した5人逮捕
        (ウォーターゲート事件の発端)
06/25  沖縄、復帰後初の選挙、知事選に革新共闘
        会議の屋良朝苗が当選、県議選で沖縄人民
        党が6議席
07/02  埼玉県知事選挙、革新統一の畑和が当選

07/05  自民党臨時党大会、新総裁に田中角栄を
        選出
07/06  第3次佐藤内閣総辞職
07/07  第一次田中角栄内閣成立
07/05〜07
        第7回中央委員会総会(第11回党大会)
        「党躍進大運動と党建設の課題」を決定
07/15  党創立50周年記念日
07/19  沖縄人民党第16回大会第8回中央委員会
        総会、「科学的社会主義の党へ発展前進す
        る」ことを決定
08/31〜09/03
       田中首相が訪米、ニクソン米大統領と会談
        (ハワイ)、ロッキード事件につながる
09/11〜12
        第8回中央委員会総会(第11回党大会)
        衆議院選挙政策大綱などを決定
09/25〜30
        田中首相が訪中、日中国交正常化で合意、
        29日共同声明
09/29  台湾が日本との外交関係断絶を宣言
10/17  韓国、非常厳戒令を宣言
10/22  岡山県知事選で共産党など全野党推薦の
        長野士郎が当選
11/07  米、ニクソンが大統領に再選
11/21  東京高裁、メーデー事件で一審判決破棄、
        84人に無罪判決
12/10  第33回総選挙(共産・革新共同39、自民27
        1、社会118、公明29、社民19、
        沖縄人民党1、諸派1、無所属13)
12/10  第33回総選挙、党は39議席、570万票(革
        新共同を含む)、野党第2党に躍進
12/20〜21
        第9回中央委員会総会(第11回党大会)
        総選挙での躍進を総括、「党創立50周年を
        記念する歴史的勝利を土台に、さらに新しい
        前進を」を採択
12/22  第2次田中角栄内閣成立
12/27  韓国で新憲法公布
1973年
(昭和48年)
64歳
【1973年発表作品】
4月14日よりイラン、トルコ、オランダ、イギリス、
アイルランドなどを取材旅行し、五月五日に帰国した。
十一月十九日、ベトナム民主共和国の招待による
ベトナム古代文化視察団の団長としてきたベトナム
訪問の旅へ。団員は江上波夫、大林良太、浅見善吉。
十二月八日帰国。
01/23  「ベトナムにおける戦争終結と平和の回復に
        かんする協定」仮調印(1・27正式調印)
01/24  自民党大会、共産党の躍進に対して対決姿
        勢 をうちだす
01/24  幹部会声明「狂暴な侵略戦争を挫折させた
        歴史的事業の意義−−『ベトナムにおける戦
        争終結と平和の回復にかんする協定』」の本
        調印に際して」を発表
01/28  公明党第10回中央委員会で竹入委員長が
        安保条約の「段階的解消」から「即時廃棄」を
        ふくむ安保政策の再検討をうちだす
02/14  円が変動相場制に移行
02/07  米上院にウォーターゲート特別調査委員会
        設置される
02/21  ラオス愛国戦線とビエンチャン政権が平和協

        定に調印
03/28  自民党の選挙調査会が小選挙区採用の
        選挙制度改悪方針を決定3・29田中首相
        が立法準備を指示
04/08〜12
        第10回中央委員会総会(第11回党大会)
        大衆運動、党建設、中間選挙などについて
        決定。1972年におこった新日和見主義との
        闘争からの教訓を明示
04/10  田中首相が、小選挙区制案を今国会に提出
        することを公式に表明
04/12  中国、ケ小平が副首相に復活
04/22  名古屋市長選挙で革新統一本山政雄が
        当選、羽曳野市長選挙で革新共同(共産党
        員)津田一朗、日野市長選で革新統一森田
        三喜男が当選
05/15  共、社、公、総評など18団体のよびかけによ
        る「小選挙区制粉砕、田中内閣打倒」全国統
        一行動、中央集会に12万人結集
05/17  小選挙区制完全粉砕各界代表者会議がひら
        かれ、中央連絡会議が発足、共、社、公、
        など233団体、反対運動の全国的なもりあが
        りによって、5・22衆議院選挙区割り委員会
        が作業打ち切りを決定
06/16〜25
        ブレジネフソ連共産党書記長が訪米、SAL

        TUの基本原則、核戦争防止協定に調印
06/17  参院大阪地方区補選(定数一)で沓脱タケ子
        が当選
06/27  中国が大気圏核実験、6/28米が地下核実
        験(七月に入ってフランス、ソ連も核実験)
07/08  東京都議選(共産24、自民51、社会20、
        公明26、社民2、無所属2)
07/08  東京都議選、党は18議席から24議席に
07/17  アフガニスタンで王制廃止、共和制宣言、
        ダウドが大統領に
07/30〜31
        第11回中央委員会総会(第11回党大会)
        党大会をめざす躍進大運動月間の成功、
        党建設、大衆運動、選挙戦に新しく党防衛を
        加えて党活動の四本柱とすることなどを決定
08/08  韓国の金大中前大統領候補がKCIAに
        よって東京のホテルから誘拐される
        (金大中事件)
08/24〜28
        中国共産党第10回大会、新規約を採択、

        林彪、陳伯達の党籍剥奪
09/05〜09
        第4回非同盟諸国会議(アルジェ、75ヵ国)
09/11  チリで軍事クーデター、アジェンデ大統領殺さ

        れる。9・12軍事評議会(議長・ピノチェト)
        発足コルバラン共産党書記長をはじめ大量
        逮捕
09/18  東西両ドイツ国連加盟
09/23〜24
        第15回赤旗まつり(多摩湖・十数万人)
10/06  第四次中東戦争起こる。10・17OAPECが
        石油の生産制限を決定(石油戦略発動)
10/02  日本政府、チリ軍事政権を承認
10/05  米空母、ミッドウエーが横須賀入港(母港化)
10/06〜08
        第12回中央委員会総会(第11回党大会)
        大会議案(「第12回党大会決議案」「民主連
        合政府綱領についての日本共産党の提案」
        など)を決定、チリ人民への連帯の声明を
        採択
10/31  沖縄人民党第18回臨時大会で日本共産党
        への組織的合流を決定
10/31  日本共産党の沖縄県委員会(瀬長亀治郎県
        委員長)確立
10/--   第一次石油危機(産油国の原油供給削減、
        価格大幅値上げ)
11/12  第13回中央委員会総会(第11回党大会)
        第12回党大会にたいする中央委員会報告
        などを決定
11/14〜21
        第12回党大会(東京・目黒公会堂、品川文
        化会館、立川市東京都社会教育会館)
11/21〜22
        第1回中央委員会総会(第12回党大会)
        中央委員会議長野坂参三、幹部会委員長
        宮本顕治、書記局長不破哲三らを選出
11/--   各地で石油製品の値上がり、トイレットペー
        パー、洗剤、砂糖などの買い占め、売り惜し
        みが大衆的不安となる
1974年
(昭和49年)
65歳
【1974年発表作品】
三月三日から六日まで、初めて沖縄に旅行する。
五月、松本清張全集第一期全三十八巻が完結した。
『小説推理』七月号に高木彬光著『邪馬台国の秘密』
について感想を書いたが、高木の反論があり、
あらためて同誌十月号に再批判を発表した。
01/07〜17
        田中首相がASEAN加盟5ヵ国訪問ォ
01/10  「戦後の文化政策をめぐる党指導上の問題に
        ついて−−−文化分野で『五〇年問題』の
        総括」を前衛2月号に発表
01/28  野呂栄太郎賞を設定
01/29〜31
        社会党第37回党大会、「国民連合政府綱
        領案」を採択
02/06   荒木宏議員、衆院予算委でゼネラル石油の
        石油危機を「千載一遇のチャンス」とする悪徳
        商法の実態を告発
02/08  公明党が「日本共産党の公開質問状への
        回答」を発表
02/13  ソ連政府がソルジェニツィンを逮捕、国外に
        追放
02/17〜20
        第2回中央委員会総会(第12回党大会)
        「2中総決定全面実践の活動強化月間」を
        決定
02/17〜20
        第3回中央委員会総会(第12回党大会)
        「参院選の争点と四大基本政策などを決定
03/31  全国鉄動力車労働組合連合会(全動労)
        結成
03/−−  京都府知事選に立候補を表明していた大橋
        和孝前社会党京都府本部委員長が公明党
        竹入委員長宅を訪れ一千万円入りの菓子箱
        を置いていく(竹入委員長は「返した」と釈明)
04/05  ラオス臨時民族連合政府成立
04/08  京都府知事選で蜷川知事が七選、社会党を
        除名された前社会党府本部委員長の大橋
        和孝を破る
04/15  「憲法・共闘問題をめぐる公明党の回答につ
        いて−−−公明党の見解に対する日本共産
        党の批判」を赤旗に発表
04/25  ポルトガルでカエターノ・ファッショ政権崩壊
        (以後民主化がすすむ)
05/17  西独、第一次シュミット内閣成立
05/19  仏、ジスカールデスタンが決選投票で大統領

        に当選、左翼連合候補ミッテランは、第一回
        投票で第一位
05/28  仏、シラク内閣成立
06/27〜07/03
        米、ニクソン大統領訪ソ
07/07  第10回参院選挙(共産全8、地5、自民19、
        44、社会10、18、民社4、1、公明9、5、
        諸派0、1無所属4、2)
07/07  第10回参院選挙、党は13議席(全国区8,
        地方小5)地方区得票数は684万に躍進
07/12  三木武夫副総理・環境庁長官が辞任  
07/16  福田赳夫蔵相、保利茂行管庁長官辞任、
        田中批判と自民党の内紛つよまる
08/02〜04
        第4回中央委員会総会(第12回党大会)
        「参院選の総括と当面の任務について、労働
        組合の特定政党支持義務づけの批判、四本
        柱の活動の日常化、学習、教育の基本は、
        日本共産党の路線、政策、方針の学習に
        あることを提起
08/08  ニクソン大統領がウォーターゲート事件で辞
        任、副大統領フーォードが昇格
08/08  全逓が特定政党支持の押しつけに反対した
        役員55人に執行権停止の不当処分
08/15  韓国、朴大統領が演説中に狙撃され、
        大統領夫人ら二人が被弾して死亡

08/25  香川県知事選、革新統一前川忠夫が七選を
        めざす現職を破り当選
08/26〜30
        「解同」による「窓口一本化」などの不当な
        要求を美濃部知事が追認
08/30  ニセ左翼暴力集団が三菱重工ビル爆破、
        死者8人
09/10  ギニア・ビサウ共和国がポルトガルの植民地
        から独立し成立
09/12  エチオピア、皇帝を廃位し軍事政権が国政

        改革
09/08  沖縄県いっせい地方選挙、党は、14議席
        から26議席に
09/21〜23
        田中首相訪米
09/22〜23
        第16回赤旗まつり(多摩湖・10万人)
10/08  南ベトナム臨時革命政府がチュー政権打倒、
        民族和合政権の樹立をよびかけ
10/20 ポルトガル共産党、48年ぶりに公然と党大会
10/22〜24
        全国活動者会議(9回目、立川市・東京都社
        会福祉会館)4中総決定の全面実践のために
11/08  上田耕一郎議員、参院決算委で信濃川河川
        敷買い占め問題で田中首相の地位利用の
        疑惑を追及。11・15には鳥屋野潟買い占め
        転売問題などを追及
11/17  「フォード来日反対」「田中内閣打倒」で全国
        統一行動
11/17  滋賀県知事選、革新統一武村正義が現職を
        破り当選
11/18〜22
        フォード米大統領が来日
11/20  田中・フォード共同声明
11/22  八鹿高校暴力事件、兵庫県立八鹿高校教職
        員60数人に「解同」朝田・丸尾派が集団リン
        チ、12・2主犯の丸尾良昭ら四人逮捕
11/22〜23
        フォード米大統領が訪韓、共同声明
11/23〜24
        フォード米大統領が訪ソ、SALTU締結に

        かんする共同声明
11/25〜29
        キッシンジャー米国務長官が訪中
12/01  兵庫・八鹿町で「「解同」朝田・丸尾一派の
        蛮行に抗議し、人権と教育、地方自治を守る
        兵庫県民の大集会」がひらかれ、1万8500
        人が参加
12/01  自民党の椎名副総裁が後継総裁に三木武夫
        を指名
12/09  田中内閣総辞職、三木武夫内閣成立
12/20〜22
        社会党38回大会、「解同」朝田派の蛮行の
        容認、支持を決議
12/28  党と創価学会が「共創協定」を調印
1975年
(昭和50年)
66歳
【1975年発表作品】
七月二十七日、創価学会と日本共産党の間で、
ファシズムの危機を食いとめるための”和解”が
成立していることが発表され、世間をアッといわせた。
この協定は松本清張の斡旋によるもので、前年の
十二月十九日、池田大作創価学会会長と宮本顕治
共産党委員長の会談が松本邸でおこなわれていた
ことも明らかにされた。
01/13  中国、10年ぶりに全国人民代表大会、
        国家主席廃止
01/17  京都府亀岡市長選挙で革新共同・無所属の
        小島幸夫当選
01/17〜19
        第5回中央委員会総会(第12回党大会)
        いっせい地方選挙政策を決定
01/21  中野好夫、古在由重、野村平爾、松本清張、
        市川房枝、吉野源一郎が「明るい革新都政を
        つくる会」幹事会の開催をもとめる緊急
        アピール
02/02  社会党大阪府本部が竹内正己を知事候補に
        推薦、公明、社民両党と反黒田の反共親
        自民連合を結成
02/15  兵庫県八鹿、養父町長選で「解同」朝田・
        丸尾派の暴力に対決し、公正・民主の町政を
        かかげた細川喜一郎(八鹿)、朝倉宣征
        (養父)が当選
02/16  美濃部都知事が三選不出馬を表明
03/11  東京都知事選問題で共産党宮本顕治幹部
        会委員長、社会党成田知巳委員長、総評
        市川誠議長、文化人代表中野好夫、民主
        法律家協会代表野村平爾の五者協定、
        障害となっていた「解同」問題で都の姿勢を
        正すことを確認
03/12  「明るい革新都政をつくる会」、美濃部東京
        都知事が五者協定に合意
03/17  美濃部東京都知事立候補表明
03/18〜23
        イタリア共産党第14回大会、「歴史的妥協」の

        方針を確認
03/25  ポルトガルで共、社、人民民主、民主運動党

        の参加する内閣成立
03/29  宮本幹部会委員長が三木首相と会談
04/02  カンボジア、ロン・ノル大統領が亡命、
        プノンペン政権崩壊
04/13、27
        第八回いっせい地方選、首長選では東京、
        大阪、神奈川の知事選をはじめ37の自治
        体で革新統一が勝利、革新自治体は全国で
        205、そこで生活する人口は約4700万人
        総人口の約43パーセントとなる。大阪知事
        選で社会党が革新統一から脱落
04/13、27
        第八回いっせい地方選、とうは、道府県議
        95人、市区町村議1726人当選で300議
        席増
04/21  南ベトナム、サイゴン政権のグエン・バン・
        チュー大統領が辞任
04/30  サイゴンかいらい政権が降伏、南ベトナムの

        完全解放
05/20  兵庫県出石町長選で「明るい出石町をつくる
        会」の石田大策当選
06/09  中国、フィリピンが国交樹立  
06/15  イタリア地方選で共産党が前進(得票率

        33.4%)
06/25  米、フォード大統領が核兵器を「必要なときは

        使う」と発言
07/06〜09
        第6回中央委員会総会(第12回党大会)
        いっせい地方選の総括、支部活動強化、
        週1回の支部会議など支部生活確立の方針
        を決定
07/12  宮本幹部会委員長と池田創価学会会長が
        毎日新聞の要請で対談
07/27  「共創協定」を公表、7・28「赤旗」と「聖教
        新聞」が「経過について」という文書とともに
        掲載
07/28  「共創協定」は「共闘を意図するものではない」
        などとした秋谷創価学会副会長の見解
        「秋谷見解」を公明党の矢野書記長が発表
08/02〜11
        三木首相が訪米、フォード米大統領と会談
        (8・5〜6、ワシントン)共同声明を発表、
        新韓国条項をとりきめ、「日米共同措置」につ
        いて「両国の関係当局者が安保協議委員会
        の枠内で協議をおこなうこと」で一致
08/15  三木首相、指す国神社に参拝
08/20  創価学会池田大作会長、学会壮年部会代表
        者集会で「秋谷見解」を追認
09/01〜16
        国連経済特別総会開く、非同盟諸国の提案

        による「開発と国際協力かんする決議」を採択
09/21  国民融合をめざす部落問題全国協議会結成
09/30〜10/14
        天皇が訪米
10/02  日本政府、チリ軍事政権を承認
10/05  米空母ミッドウエイーが横須賀入港(母港化)
10/10〜11
        第17回赤旗まつり(多摩湖・12万人)
10/20〜24
        国際婦人年世界大会(ベルリン)
10/31  天皇、初の公式記者会見で戦争責任問題に
        答えず、原爆投下はやむをえなかったと発言
11/15  フランス共産党マルシェ書記長、イタリア共産
        党ベルリンゲル書記長がローマで会談、自由
        の問題などで共同宣言
11/15〜17
        フランスで第一回先進国首脳会議(ランブイ

        エ・サミット)
11/21  南北ベトナム政治協商会議がおわり、「南北

        統一にかんするコミュニケ」発表
12/01〜05
        フォード米大統領が訪中
12/07  フォード米大統領が新太平洋ドクトリンを発表

        (ハワイ)
12/07  町村議会議員数で共産党が1436人で党
        派別で第一位(全国町村議会議長会発表)
12/17〜22
        第7回中央委員会総会(第12回党大会)
        総選挙での躍進と党建設の大運動月間を
        決定、総選挙政策、「宗教についての日本
        共産党の見解と態度」「共・創協定の一年間
        の経過にたって」を採択
12/−−  『文藝春秋』76年1月号が立花隆の「日本
        共産党の研究」を掲載
1976年
(昭和51年)
67歳
【1976年発表作品】
毎日新聞社の全国読書世論調査で、松本清張が
「好きな著者」の一位になった(以後の調査でも、
七七,七九を除いて八四年までは毎年一位を
占めている)。
01/08  中国、周恩来首相死去
01/27  春日民社党委員長らが衆院本会議で戦前の
        「治安維持法等被告事件」をむしかえして
        宮本幹部会委員長攻撃の反共違憲質問
02/02  社会党成田委員長が佐賀市での記者会見で
        春日違憲質問を批判
02/04  米上院外交委多国籍企業小委公聴会で
        ロッキード社の海外での違法政治献金が
        暴露 される。

        2・6コーチャン同社副社長が対日工作資金
        約30億円を政府高官に流したと証言
02/06  衆院予算院解で正森成二議員がロッキード
        事件を追及
02/07  中国外務省が華国鋒の首相代行就任を公表
02/08  古在由重、向坂逸カ、中野好夫、松本清張
        ら51氏、治安維持法等被告事件に関する
        アピールを発表
02/18  江田社会党副委員長、矢野公明党書記長、
        佐々木民社党副委員長らが、「新しい日本を
        考える会」第1回発起人会
02/24〜26
        全国活動者会議(10回目、東京・大田区)。
        衆議院選挙勝利をめざす「大運動月間」の
        成功のために
03/05  稲葉法相ら政府当局者、国会で、宮本復権
        問題が法的に決着ずみであることを認める
03/09  『文化評論』4月臨時増刊号に「赤旗」党史班
        の「犬は吠えても歴史は進む」を発表
03/14  仏、県議選で左翼連合が勝利、得票率50
        パーセントをこす
03/15  部落解放同盟正常化全国連絡会
        (正常化連)が発展的に改組、全国部落
        解放運動連合会(前解連)結成
04/05  中国、天安門事件。4・7ケ小平解任、
        華国鋒が首相に
04/08  英、キャラハン内閣成立
04/08  宮本幹部会委員長と社会党成田委員長に
        よる党首会談、当面する統一行動や長期
        展望にたった統一戦線問題についてひき
        つづき協議することで合意
04/11〜13
        カンボジア人民代表議会、ポル・ポトを首相に

        任命
04/21  共、社、公、民、自の5党首会談で、
        ロッキード事件の真相究明、調査特別
        委員会の設置など6項目の「議長裁定」を
        了承
05/−− 自民党、椎名副総裁らの「三木おろし」の動き
        が表面化
05/11〜12
        第8回中央委員会総会(第12回党大会)
        「執権」問題、自由と民主主義の問題、
        ロッキード問題などについて決定
05/14  衆院にロッキード問題調査特別委員会設置、
        5・19参院にも設置
06/01〜02
        第9回中央委員会総会(第12回党大会)
        「自由と民主主義の宣言」(案)など三つの
        大会議案を決定、第13回臨時党大会記念
        党勢拡大運動を提起
06/13  沖縄知事選で革新統一の平良幸市が当選
06/20〜21
        伊上下両院選挙、共産党は上院で34.4

        パーセント得票して大きく前進
06/27〜28
        第二回先進国首脳会議(サンファン・

        サミット)、参加国のうち米、英、仏、西独の
        4ヵ国首脳が、伊共産党が政府に参加すれば
        イタリアへの経済援助を停止するとの合意を
        おこなう(公表は7.17)
06/29〜30
        ヨーロッパ共産党・労働者党会議(ベルリン)
07/02  南北ベトナムの統一。ベトナム社会主義共和

        国の樹立、大統領にトン・ドク・タン、首相に
        ファン・バン・ドン
07/25  第10回中央委員会総会(第12回党大会)
        臨時党大会の三つの議案について中央委会
        報告を決定
07/27  ロッキード事件で東京地検が前首相田中
        角栄を逮捕、8・16起訴
07/28〜30
        第13回臨時党大会(東京・立川市民会館)。
        「執権」問題、科学的社会主義の呼称問題
        など「綱領・規約の一部改定」、「自由と民主
        主義の宣言」「ロッキード疑獄の徹底追及に
        かんする決議」、「イタリアにたいする4ヵ国
        政府の内政干渉の策謀を糾弾する」を採択。
        多数者革命論の定式化。党員38万、
        機関紙読者300万以上
07/31  第11回中央委員会総会(第12回党大会)
        大会決定実践の当面の課題について決定
08/04  現職裁判官鬼頭史郎がロッキード事件で
        三木首相に検事総長をかたってニセ電話
        (10・23発覚)
08/16〜20
        第五回非同盟諸国首脳会議(コロンボ)85ヵ

        国と1組織(PLO)
08/19  ロッキード事件で元運輸政務次官佐藤孝行を
        逮捕、8・21元運輸大臣橋本登美三郎を

        逮捕
08/27  仏、バール内閣成立
09/05  ソ連ミグ25戦闘機、函館空港に亡命着陸
09/09  中国共産党毛沢東主席死去
09/15  三木改造内閣発足、ロッキード幕引きを

        はかる
09/22  欧州会議(18ヵ国加盟)がスペイン政府に
        共産党の合法化をもとめる決議採択
10/07  中国、華国鋒が党主席に就任
10/09〜11
        第18回赤旗まつり(調布市・27万人)
10/12  中国、江青、王洪文、張春橋、桃文元の
        四人組逮捕を発表
10/22  鬼頭史郎が宮本顕治の身分帳を網走刑務所
        で不法に写し取った事が判明
10/22  第12回中央委員会総会(第12回党大会)
        衆議院選挙の「6大政綱」を決定
11/02  カーターが現職のフォードを破り、大統領に
        当選
11/04  衆院予算委委員会がロッキード事件で、
        小佐野賢次を最高検に告発
11/19  最高裁、鬼頭史郎を国会の裁判官訴追委員
        会に訴追
12/05  第44回総選挙(共産・革新共同19、自民
        249、社会123、公明55、民社29、新自由
        クラブ17、無所属19)
12/24  三木内閣総辞職、福田赳夫内閣成立
12/05  第34回総選挙、党は603万票(革新共同
        を含む)をえたが19議席に後退
12/14〜20
        ベトナム労働党第4回大会、共産党に改称、

        書記長にレ・ズアンを選出
12/17  チリ共産党コルバラン書記長釈放
12/22  スペイン、共産党カリリョ書記長逮捕、内外の

        抗議におされ、12・30釈放
12/28〜29
        第13回中央委員会総会(第12回党大会)
        衆議院選挙の総括と当面の任務について
        決定、生活相談所活動の強化、党専従活動
        家の配置についてなど
12/29  宮本幹部会委員長、福田首相と会談。政界
        浄化、経済問題、二百カイリ問題、千島問題
        などについて要望
1977年
(昭和52年)
68歳
【1977年発表作品】
一月十五日から三日間、博多全日空ホテルで
おこなわれた朝日新聞社主催の
「邪馬台国シンポジウム」ツァーに、構成・司会者として
参加した。
江上波夫、井上光貞、岡崎敬、直木孝次郎、森浩一、
大林太良が講師として出席、全国から六百人あまりの
聴講者が集まった。
このシンポジウムの内容は「論争邪馬台国」
(平凡社刊、一九八〇)に収められている。
八月二日より十三日まで、安宅産業倒産をテーマに
した小説「空の城」取材のため、アメリカ合衆国、
カナダの東海岸を旅行する。
米国の世界的な推理作家エラリー・クイーンを
光文社などと共同で招待した。
九月十六日より十八日まで香港に遊ぶ。
この年、創立時からそのバックボーン的存在として
活動してきた日本推理作家協会を、思うところあって
脱会した。

01/20  カーターが米大統領に就任
02/21・22
        青年・学生問題全国活動者会議を開く
02/24  立木外交政策委員長が竹島問題で
        見解を発表

03/02〜03
        イタリア、フランス、スペイン三共産党書記長

        の会談(マドリード)共同声明発表
03/17  党と総評が原水禁運動の新しい統一組織体
        作りについて合意

03/19〜25
        福田首相が訪米、カーター米大統領と

        会談し、共同声明
03/23  弾劾裁判で鬼頭史郎に罷免判決
03/26  江田三郎が社会党を離党(5・22急死)
04/04〜06
        第14回中央委員会総会(第12回党大会)
        参院選への訴えと重点政策、「『参院選の
        前進と機関紙など党勢拡大の大運動期間』

        の意義と任務」を採択
04/13〜15
        共産党全国会議(11回目の全活にあたる、
        世田谷)、参院選挙での前進と党勢拡大運
        動期間推進のために
04/09  スペイン共産党が合法化をかちとる
        (38年ぶり)

04/13  衆院ロッキード問題調査特別委員会、

        元自民党幹事長中曽根康弘を証人喚問
04/17  大阪府羽曳野市長選挙で共産党員、

        津田一朗が再選
04/24  名古屋市長選で革新統一の本山政雄が再選
04/26  革新自由連合結成(代表中山千夏ら)
05/07〜08
        第三回先進国首脳会議(ロンドン・サミット)
05/19  原水協と原水禁の代表が世界大会の開催と
        組織の統一問題について5項目の合意
05/23〜28
        メキシコ共産党が二十年ぶりに公然と党大会
06/07  共産党宮本幹部会委員長と社会党成田委員
        長の党首会談、参院選共闘、統一戦線結集
        への努力などについて合意
06/13  原水禁統一実行委員会結成

06/16  ソ連、最高会議がブレジネフ共産党書記長を
        ソ連最高会議議長に選出
07/10  第11回参院選(共産全3、地2、自民18、4
        5、新自ク1,22、社会10、17、民社4,2、
        公明9,5、社市連1,0、諸派0、1、無所属
        3、2)
07/10  東京都議選、(共産11、自民56、公明25、

        社会18、民社3、新自ク10、無所属3)
07/10  第十一回参院選挙、党は10議席減らして
        11議席へ
07/15  創立五十五周年。記念招待会
        (東京・京王プラザホテル)。
        7・22記念講演会(東京・九段会館)
07/16  第15回中央委員会総会(第12回党大会)
        第十四回党大会を10月に招集することを決

        め、「大会記念党勢拡大特別月間」を決定
07/16〜21
        中国共産党第10期三中総でケ小平が党
        副主席に再復活、四人組の除名を決定
08/03〜04
        原水爆禁止統一実行委員会主催の世界

        大会の国際会議(広島)8・5〜6全体集会
        は14年ぶりの統一大会
08/〜06〜18
        福田首相、ASEAN6ヵ国訪問

08/12〜18
        中国共産党第11回党大会、「文化大革命」

        の終結を宣言、「四つの近代化」を提唱
08/17〜18
        全国都道府県・地区委員長会議

        (一回目、東京・武蔵野公会堂)。
        第十四回党大会記念党勢拡大特別月間
        推進のために
08/30〜09/01
        第16回中央委員会総会(第12回党大会)
        「大会記念党勢拡大特別月間」の方針、参院

        選挙の総括、大会議案の決定
09/20 ベトナム社会主義共和国、国連に加盟
09/26〜28
        社会党第41回大会、成田委員長、

        石橋書記長の辞意表明後開催、社会主義協
        会向坂派と反協会派との党内抗争激化で
        新執行部選出できず。
        「新しい流れの会」の田秀夫、秦豊、楢崎
        弥之助が離党
09/30  社会党を離党した、田秀夫、秦豊、楢崎

        弥之助が社会クラブを結成
10/07 ソ連、新憲法を公布
10/08〜10
        第19回赤旗まつり(調布市・27万人)
10/15  第17回中央委員会総会(第12回党大会)
        第十四回党大会にたいする中央委員会の

        報告を決定
10/17〜22
        第十四回党大会(伊豆学習会館)
        総選挙、参院選での後退に奮起し、史上

        最高の党勢で迎える。党員40万近く、
        「赤旗」読者326万人。反共反攻作戦を
        うちやぶり前進の道を示す「決議」「報告」の
        採択、社会主義生成期論を提起。

        「教育立党」の提唱。経営支部党員の
        居住地活動を基本的任務とすることな
        ど規約改正。中央委員会を選出。
10/22  第1回中央委員会総会(第14回党大会)
        中央委員会議長野坂参三、幹部会委員長

        宮本顕治、書記局長不破哲三らを選出
10/29〜30
        社会市民連合が全国結成大会(代表大柴

        滋夫)
11/28  民社党22回臨時大会、春日一幸の委員長

        辞任にともない、佐々木良作を選出
12/13  社会党41回大会で、飛鳥田一雄横浜市長を

        新委員長に選出
12/23〜25
        第2回中央委員会総会(第14回党大会)
        党の新教育体系を決定し、新入党者教育と

        初級教育−−のち基本課程と改称(綱領、
        規約、党史、社会主義の4課目)を義務教育
        として位置づけるとともに、1978年1〜3月
        の「教育月間」を提起
12/−−
        袴田里見が『週刊新潮』(1978年1月12日号)

        に反党手記を提供

1978年
(昭和53年)
69歳
【1978年発表作品】
二月十五日、放送文化の向上に功績があったとして、
NHKの第二十九回放送文化賞を受賞。
十月、映画監督の野村芳太郎らと、映画・テレビの
企画制作を目的とした霧プロダクションを創立し、
代表取締役に就任。
この年は海外旅行が多く、七月にはヨーロッパ、
八月三十日から九月二十日まではイラン、そして
十二月二十七日から翌年一月五日にかけて、
シンガポール、ペナン、バンコク、香港などを取材して
歩いた。
NHKテレビ「清張古代史をゆく」取材中のイランでは、
大地震とパーレビ国王退陣を求める反政府騒動に
遭遇した。
01/−〜02/−
        袴田里見が『週刊新潮』や『サンケイ』などで
        野坂議長をスパイ、宮本幹部会委員長を
        殺人者と攻撃
01/03  77年12月30日に中央委員会統制委員会
        が決定した反党活動など規律違反による

        袴田里見の除名処分を常任幹部会が承認
01/11〜13
        公明党第十五回大会、竹入委員長

        あいさつで自衛隊の認知を表明。
        自民党大平幹事長、公明党を「友党」とよぶ
        談話を発表、福田首相も「感銘した」との
        電報をうつ
01/22  田英夫らと社会市民連合が「社会民主連合」
        の結成準備会を開く
02/01  「赤旗」創刊五十周年記念講演会、上田
        耕一郎幹部会副委員長(東京・九段会館)
02/13  第3回中央委員会総会(第14回党大会)
        「袴田転落問題を利用した新たな反共攻勢
        との闘争について」を決議。党勢拡大の特別
        期間を設定。その後、袴田転落問題などの
        反共宣伝の毒素一掃のためパンフレットの
        大量普及活動
02/14〜15
        全国都道府県・地区委員長会議

        (二回目、東京・労音会館)。
        袴田の転落とこれを利用した反共攻勢の
        大規模な展開など二中総後に生じた新たな
        情勢と、これへの対応、「教育月間」の前提
        である党勢拡大の遅れをとりもどし、一〜
        三月末までの「党勢拡大完全達成期間」の」
        成功をめざす
02/26  新自由クラブ第一回大会、自民党との連合
        政権を明確化
02/26〜03/05
        中国、第5期全国人民代表大会第一回会議

        で憲法改正(「三つの世界論」を明記)
03/−   袴田が『週刊朝日』(3月13日号)に「私の
        戦後史」の連載を開始(9月1日号まで)
03/01  社会党全党員による委員長選挙で飛鳥田
        一雄を信任
03/04  伊、共産、キリスト教民主など6党が「新内閣
        の政策骨子」で合意、共産党は閣外与党に
03/16  伊、極左暴力集団がモロ首相を誘拐
03/26  社会民主連合結成大会(代表田英夫)
03/19  仏総選挙、共、社など左翼連合が得票、議席
        をのばす
04/03  幹部会、四〜五月を反共毒素一掃のクリーン
        パンフ普及、党勢拡大、後援会組織化の
        「党躍進月間」に決定
04/05  仏、第3次パール内閣成立
04/09  京都府知事選挙、自民党の林田悠紀夫が当
        選、共産党と民主勢力が推した杉村敏夫は
        六万八千票差で惜敗し、七期続いた民主府
        政を失う。
        革新統一から脱落した社会党と公明、民社
        の推した山田芳治は三党の参院選での得票
        の四割にとどまる
04/15  兵庫県朝来町長選挙で共産党推薦の橋本
        哲朗が当選
04/16  横浜市長選、自民、社会、公明、民社、新自
        由クラブ、社民連の反革新6党連合の細郷
        道一が当選。共産支持の朝倉了は得票率
        41lで惜敗
04/19〜23
        スペイン共産党第九回大会、46年ぶりに

        マドリードで開催
04/27  社会党飛鳥田委員長、公明党竹入委員長、
        美濃部東京都知事の三者会談、竹入委員長
        が共産党を含む共闘の拒否を表明し革新分
        裂策動公然化する
04/28  東京地裁、鬼頭史郎の職権乱用事件で無罪
        判決。5/8森本検事役が控訴
04/30〜05/07
        福田首相訪米、カーター米大統領と会談
05/09  モロ前イタリア首相、ローマで射殺死体で
        発見される
05/08〜10
        第4回中央委員会総会(第14回党大会)
        京都、横浜選挙の総括、「教育月間」の

        総括、「躍進月間」成功のための方針を決定、
        学生党員と民青同盟の幹部が「資本論」
        「唯物論と経験批判論」「日本革命の展望」
        の三文献を読むことを決定
05/23〜06/30
        国連軍縮特別総会(第一回)
06/05〜07
        全国都道府県・地区委員長会議
        (三回目、伊豆学生会館)。
        秋にも予想される総選挙の前進をめざし,
        情勢の進展にふさわしい諸課題の遂行、とり
        わけ遅れている機関紙拡大をし、七・一五党
        創立記念日までにやり遂げる課題で
06/15  宮本幹部会委員長と社会党飛鳥田委員長
        が党首会談、革新自治体防衛や長期の展望
        にたった統一戦線結集の努力、当面の課題
        にもとづく共闘などで合意、「共社党首会談
        合意事項」発表
07/03  中国がベトナム支援の全面的停止を通告
07/07  中国がアルバニア援助の打ちきりを通告
07/16〜17
        第四回先進国首脳会議(ボン・サミット)
08/02  幹部会「当面の党活動について」の決議を
        採択
08/08〜
        中国、ベトナムの外務次官級会談(ハノイ)
08/12  日中平和友好条約調印(北京)
08/27  鎌倉市長選、正木千冬革新市長敗れる
08/27  香川県知事選、前川忠夫革新知事再選
09/12  政府の税制調査会が一般消費税試案を発表
09/14〜17
        第5回中央委員会総会(第14回党大会)
        選挙、拡大と定着、教育、党生活確立、

        財政、自治体活動など六つの方針を採択。
        すべての党員の初心と善意をみのらせる
        ための党生活の整備・確立について決定
09/22  ニカラグアでソモサ大統領に反対する
        サンディニスタ民族解放戦線が臨時政府樹立
09/25  「反党転落者がゆがめる党史の真実−−
        袴田の『私の戦後史』の特徴」(「赤旗」党史
        班論文)を「赤旗」評論特集版に発表
09/26  中国、ベトナムとの次官級会談を一方的に
        中断
10/01  安保破棄・諸要求貫徹中央実行委員会など
        が有事立法反対の集会
10/11  元号法制化に反対する国民集会ひらく
10/17  閣議、元号法制化を決定
10/22〜29
        中国ケ小平首相来日
10/23  日中平和友好条約批准書交換
10/31  1ドル=175.50円を記録(3月から円が
        急騰、円高不況が問題化)
11/03  ソ連・ベトナム友好協力条約調印
11/18〜19
        初めての全国婦人活動者会議開く
11/26  自民党初の総裁予備選、現職の福田赳夫
        とあらそい大平正芳が一位
12/05  ソ連・アフガニスタン友好善隣協力条約調印
12/06  スペイン、国民投票で民主憲法承認
12/05  『前衛』79年1月号に不破哲三論文「科学的
        社会主義か『多元主義』か−−田口理論の
        批判的研究」を発表、前衛党の民主集中制
        についての理論を展開
12/06  福田内閣総辞職
12/07  第一次大平正芳内閣成立
12/10  沖縄県知事選、革新統一の知花英夫が惜敗
12/13〜15
       
全国都道府県・地区委員長会議
        (四回目、伊豆学習会館)。
        いっせい地方選挙勝利めざし、12月末まで
        に三課題(党勢拡大、パンフ普及、
        選挙準備)の完遂を
12/14  米証券取引委員会が、日本を含む外国政府
        高官に巨額の売り込み工作資金を
        ばらまいたとして、マクダネル・ダグラス社を
        告発
12/27  ソ連共産党機関紙「プラウダ」が日本共産党

        の活動を評価する論文「第一線に立って」を
        掲載
12/27  政府の税制調査会、一般消費税の八〇年度
        から導入などを答申

 

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年代 清張略歴 日本・世界の出来事
1979年
(昭和54年)
70歳
【1979年発表作品】
この年度から直木賞選考委員を辞退した。
五月、『ペルセポリスから飛鳥へ』
(日本放送出版協会)を書き下ろして刊行する。
01/01  米、中が外交関係を正式に樹立、三十年ぶり
01/04  大平首相、一般消費税の80年4月導入を
        示唆
01/08  中央委員会が「革新都政の発展にたいする
        わが党の基本的立場と大田薫、麻生良方両
        氏のアンケートへの回答について」を発表
        (「赤旗」1月9日)
01/10  カンボジア人民共和国成立
        (ヘン・サムリン政権)
01/11〜23
        ダグラス・グラマン疑獄調査のため正森成二
        衆議員、内藤功参議員らを訪米調査に派遣
01/12〜17
        橋本敦参院議員が安井謙参院議長一行の
        一員として訪中。「文化大革命」後はじめて
        参加
01/17  社会党中央委員会が都知事選で大田薫
        推薦を決定
01/27  イタリア共産党、政府支持を撤回
02/01  宮本幹部会委員長と社会党飛鳥田委員長に
        よる党首会談、東京、大阪の知事選問題、
        国会内外での問題で意見交換
02/02  政府、元号法案を国会に提出
02/06〜07
        第6回中央委員会総会(第14回党大会)
        いっせい地方選挙勝利をめざす運動につい
        て、声明「国民主権と文化に逆行する元号
        法制化」を採択
02/08  大阪府知事選で、社会党中央も自民党がか
        つぎだした自治省官僚出身で現憲法”失効”
        論者の岸昌を推薦決定
02/08  宮本幹部会委員長、大田薫元総評議長と
        会談し、都知事選挙革新統一候補として推薦
        することを表明
02/13  明るい革新都政をつくる会、大田薫を都知事
        選の革新統一候補に決定
02/16  五〇万の中国軍がベトナムへの侵略開始
02/18  ベトナム・カンボジア平和友好協力条約の

        調印
02/18  常任幹部会が声明「中国はベトナムに対する
        侵略行動をただちに中止せよ」を発表(「赤旗」
        2月19日)
02/26〜03/01
        日ソ両党会談のための予備会談を東京で開く
        (日本・西沢、村上両副委員長ら、ソ連・フェド
        セーエフ中央委員ら)
03/04  韓国、金大中、尹?善らが「民主主義と民族統
        一のための国民連合」を発足
03/05  中国がベトナムからの「撤兵」を声明
03/07  衆院予算委、全野党の反対で政府予算案を
        否決、本会議で逆転可決
03/07  高野功「赤旗」ハノイ特派員が取材中、ランソン
        で中国軍の銃弾のため殉職
04/01  イラン、イスラム共和国の発足を宣言
04/03  中国が中ソ友好同盟相互援助条約の破棄を

        通告
04/08・22
        第9回いっせい地方選挙、東京都知事に
        自民、公明、民社推薦の鈴木俊一が、
        大阪府知事に自民、社会、公明、民社、新自
        由クラブ、社民連推薦の岸昌が当選。革新統
        一の大田薫(東京)、共産党と広範な革新勢
        力が推した黒田了一(大阪)は惜敗
04/08・22
        第9回いっせい地方選挙、党は道府県議選で
        122人当選、30議席増、市区町村議選で
        1922人当選、197議席増、非改選をふくむ
        地方議員総数は四月末現在3555人、公明
        党を抜いて第3党
04/11〜12
        日ソ両党会談のための予備会談をモスクワで
        開く(日本・西沢副委員長ら、ソ連・ザグラジン
        准中央委員)。4・15「日本共産党とソ連共産
        党の代表の予備会談について」の合意文書を
        「赤旗」と「プラウダ」に発表
04/24  創価学会、池田大作会長が辞任、後任に
        北条浩
04/30〜05/07
        大平首相訪米、カーター米大統領と会談、
        日米共同作戦の強化など「共同声明」発表
05/03  英総選挙、保守党が勝ち、5・5サッチャー
        内閣成立
05/23〜25
        第7回中央委員会総会(第14回党大会)
        いっせい地方選挙の総括、総選挙をめざす
        六,七月「躍進月間」を決定。「『資格争訟」の
        名による議会制民主主義の暴挙を糾弾する」
        を決議
06/02〜03
        第20回赤旗まつり(調布市・20万人)
06/06  元号法が参院本会議で、自民、公明、民社、
        新自由クラブの賛成で可決、成立
06/14  安い参院議長、自民党玉置議員の宮本幹部
        会委員長にたいする「訴状」を不受理
06/16〜18
        米ソ首脳会談(ウィーン)、SALTU条約調印
06/25〜27
       
全国都道府県・地区委員長会議
        (五回目、伊豆学習会館)。
        七中総決定にもとづき、党員拡大、機関紙読
        者の拡大、クリーンパンフレットの普及、後援
        会の確立と拡大の四つを課題とする「総選挙
        勝利を「めざす躍進月間」の成功のために
06/28〜29
        第5回先進国首脳会議(東京サミット)
06/28〜07/10
        日本共産党代表団(団長・野坂参三議長)、
        ベトナム、ラオス、カンボジアを訪問
07/03  西ドイツ連邦議会がナチス戦犯の時効撤廃を
        決議
07/17  ニカラグア、ソモサ大統領が亡命。7・19

        サンディニスタ民族解放戦線が政府を樹立
7/17〜18
        初の欧州議会開く

08/24〜25
        第8回中央委員会総会(第14回党大会)
        総選挙政策と方針を決定

09/03〜09
        第六回非同盟諸国首脳会議(ハバナ、93ヵ

        国・2組織)
09/08  鉄建公団の不正経理問題が判明
10/07  第35回総選挙(共産・革新共同41、自民24
        8、社会107、公明58、民社35、新自ク4、
        社民連2、無所属19)
10/07  第35回総選挙、党(革新共同含む)は、576
        万票、41議席に躍進
10/15  社会党・総評協議委員会が「社公中軸路線」
        推進の方向をうちだす
10/15〜17
        第9回中央委員会総会(第14回党大会)
        総選挙を総括し公約実践、政策普及、党勢
        拡大月間設定(第15回党大会まで、この
        月間で党員二万五千人、読者60万人を拡大)
10/26  韓国の朴大統領が金載圭KCIA部長に射殺
        される。全土に戒厳令
10/−〜11/−
        自民党の党内抗争激化「40日抗争」
11/06  両院本会議の首相指名選挙で自民党から
        大平正芳、福田赳夫の二人がたち、決選
        投票で大平首相が再選、新自由クラブは
        大平に投票
11/09  第二次大平正芳内閣成立
11/19〜23
        第10回中央委員会総会(第14回党大会)
        第15回党大会決議案などを決定。「月間」の
        推進と参議院選準備の方針を決定
11/21〜23
       
全国都道府県・地区委員長会議
        (六回目、伊豆学習会館)。
        「公約実践、政策普及、党勢拡大月間」の
        成功、とくに参院選の準備と第15回党大会
        成功の前提条件になる「50万の党、400万
        の読者」を実現するために、および、第15回
        党大会の決議案の内容を正確に徹底するた
        めに
11/23  「ナショナルセンターのあり方懇談会」
        (あり方懇)準備会発足
12/03  第11回中央委員会総会(第14回党大会)
        第15回党大会招集日の変更を決定
12/06  公明、民社が安保、自衛隊存続、共産党
        排除の連合政権構想で合意
12/15〜25
       
日本共産党代表団(団長・宮本顕治幹部会
        委員長)が訪ソ。17〜24日日ソ両党会談
        (ソ連共産党代表団長・ブレジネフ書記長)
        12・24共同声明を発表(モスクワ)、日本共
        産党への干渉問題を解決
12/26  東京高裁、鬼頭の職権乱用事件で一審の
        無罪判決を破棄し、差戻し
12/27  アフガニスタンにソ連が軍事介入してクーデ
        ター、アミン革命評議会議長を殺害し、かいら
        いカルマルをすえる
1980年
(昭和55年)
71歳
【1980年発表作品】
この年、「幅広い読者層を持つ国民的作家松本清張に
文化勲章を与えよ」という評価が文壇の一部にあること
が話題になった。
しかし「文化勲章は松本さんには似合わない」という
佐野洋などの説もある。
01/04  国連特別総会がアフガニスタンからの外国軍
        の撤退を求める決議を採択(賛成104、反対
        18、棄権18)
01/10  社会党と公明党が共産党排除、安保条約・
        自衛隊当面存続の連合政権構想で合意
01/20  カーター米大統領、モスクワ五輪ボイコットを
        呼びかける
01/21  カーター米大統領、一般教書報告で力の

       
政策の全面展開にのりだす
01/22  ソ連政府が物理学者サハロフを国内「追放」
02/01  政府、日本オリンピック委員会(JOC)に
        モスクワ五輪不参加の方針を伝える
02/06〜07
        総評臨時大会、社公合意支持、労働戦線の
        右翼的再編への同調などをきめる
02/08〜10
        社会党第四四回大会。共産党排除の「政治
        原則」と日米安保条約、自衛隊容認の社公
        連合政権構想を承認
02/12  IOC、モスクワ五輪開催を確認
02/24  第12回中央委員会総会(第14回党大会)
        第15回党大会への中央委員会報告などを
        決定
02/26〜03/01
        第15回党大会(伊豆学習会館)
        80年代を革新統一戦線とその勝利の時代と
        するために革新陣営の主柱、日本共産党の
        任務と課題について決定。社会党の右転落
        批判。革新統一懇運動、労働運動の階級的
        民主的強化ナショナルセンターの必要性を
        提唱。党の質的強化(積極的指導と党生活
        の確立、官僚主義の一掃、自由主義・分散
        主義の克服)と「50万の党、400万の読者」
        の実現をはじめ党の方針を決定。
        党員44万、「赤旗」読者355万。
        中央委員を選出。
        30ヵ国の外国党代表が出席
02/29  新自由クラブ大会、代表に田川誠一、幹事長
        に山口敏夫を選出
02/23〜29
        中国共産党第11期五中総で劉少奇前国家

        主席の名誉回復を決定、総書記に胡躍邦
02/−−
        『前衛』3月号に不破哲三論文「前衛党の
        組織問題と田口理論」発表
03/01  第1回中央委員会総会(第15回党大会)
        中央委員会議長y野坂参三、幹部会委員長
        宮本顕治、書記局長不破哲三らを選出
03/06  ロッキード裁判で、小佐野賢次がロッキード
        社から受領した二〇万ドルが自民党浜田
        幸一議員のラスベガスでの賭博の支払いに
        あてられていたことが判明
04/10  中ソ友好同盟相互援助条約失効
04/11〜12
        第2回中央委員会総会(第15回党大会)
        参院選の争点と政策など採択
05/04  ユーゴスラビアのチトー大統領死去
04/05〜06
        第21回赤旗まつり(調布市、15万人)
05/16  衆院本会議、大平内閣不信任案が自民党
        非支流派69人の欠席のもとで全野党の
        賛成で成立、19日衆院解散
05/23  第3回中央委員会総会(第15回党大会)
        民主連合政府の当面の中心政策、選挙
        アピールなど採択
05/24  日本オリンピック委員会(JOC)政府の圧力
        でモスクワ五輪不参加を決定
5/27〜06/01
        中国、華国鋒首相が来日
05/31  韓国で「国家防衛非常対策委員会」が発足、
        全斗煥を頂点に軍部の軍事独裁体制をしく
06/12  大平正芳首相病死
06/18  創価学会への公開質問状と宮本委員長宅
        電話盗聴事件の真相を発表
06/22  第36回総選挙(共産・革新共同29、自民28
        4、社会107、公明33、民社32、社民連3、
        無所属11)
06/22  第12回参院選(共産全国区3、地方区4、
        自民21、48、社会9,13、公明9,3、民社
        3、2、社民連1、0、無所属3、5)
06/22  第36回総選挙、党(革新共同含む)594万
        票、29議席
06/22  第36回参院選、党は全国区407万票3議
        席、地方区665万票、4議席
06/22〜23
        第六回先進国首脳会議(ベネチア・サミット)
06/.   元公明党幹部の内部告発により、宮本委員
        長宅電話盗聴事件、替え玉投票など創価学
        会の反社会的行為が明るみにでる
07/11  共産、社会、革自連、社民連の各党、総評、
        中立労連、日朝協会など諸団体、個人が
        「金大中救出日本連絡会議」を結成
07/12  韓国、金大中らを軍法会議に送致
07/15  自民党両院議員総会で鈴木善幸を総裁に
        決定
07/17  鈴木善幸内閣成立
07/28〜30
        第4回中央委員会総会(第15回党大会)
        衆参同時選挙を総括、8〜9月の学習教育、
        新クリーンパンフ普及、機関紙の定着と前進
        などをよびかける
08/02〜03
        第26回日本母親大会(一万七千人参加)
08/02〜09
        原水爆禁止1980年世界大会開催
        (東京、広島、長崎)
08/14  ポーランド・グダニスク造船労働者など
        ストライキ突入
08/15  鈴木首相と17閣僚が靖国神社に大挙して
        参拝
08/26  宮本幹部会委員長が創価学会による電話盗
        聴事件で北条会長ら5人を相手どり損害
        賠償請求の訴訟
08/27  韓国、統一主体国民会議が全斗煥を韓国
        大統領に選出
08/30  党中央委員会広報部の「伊藤律の帰国を
        めぐる問題について」を発表
08/30〜09/10
        中国、第五期全人代第三回会議、華国鋒

        首相が辞任し、後任に趙紫陽
08/31  ポーランド政府とワレサ統一スト委員長が21

        項目の合意協定書に調印
09/01  ソ連共産党機関紙「プラウダ」ポーランドの

        政労合意に否定的態度を示す
09/01  ポーランド、グダニスクで自主労組「連帯」

        結成
09/03  伊藤律が中国から帰国、新たな反共キャン
        ペーンはじまる
09/08  イラク、イラン領へ侵攻。全面戦争に発展
09/11〜12
        全国都道府県委員長会議。
        学習・教育運動、新クリーンパンフ普及、
        機関紙の定着、前進など四中総決定に
        もとづく三課題の遂行のために
09/17  韓国軍法会議が金大中に内乱罪などで
        死刑の判決(一審)
09/30  「労働戦線統一推進会」(ゼンセン同盟、電機
        労連、鉄鋼労連など六単産代表で構成)が
        発足、労働戦線の右翼的再編策動新たな
        段階に
10/05  兵庫県南光町選で共産党員山田兼三が当選
10/13  日本共産党不破書記局長と総評富塚事務局
        長の会談、10・21統一行動について合意
10/23  ソ連、コスイギン首相辞任、後任にチーホノフ
11/04  米大統領選挙でレーガンが当選
11/16  軍事費を削ってくらしと福祉・教育の充実を国
        民大運動中央集会(代々木公園)、全国から
        8万人が参加
11/18〜19
        第5回中央委員会総会(第15回党大会)
        「三つの課題の到達点と今後の活動につい
        て」の幹部会決定を承認。「四中総決定にもと
        づく選挙闘争の新たな発展のために」を決定
        新クリーンパンフは四中総移行総計で313
        万部普及される
11/20  中国で「四人組」裁判はじまる
12/01〜03
        社会党45回大会、反共社公連合政権構想
        路線継続を決定
12/02〜04
        公明党第18回大会、日米安保条約「存続」と
        自衛隊の「保持」を党の公式方針として明記
12/10  統一労組懇の年次総会
12/22  中国、「人民日報」が毛沢東をはじめて
        名指しの批判
1981年
(昭和56年)
72歳
【1981年発表作品】
東京国立博物館で、「正倉院展」が開かれるのを契機
に、多くの学者を集めて東京と京都で催された正倉院
をめぐるシンポジウムに参加した。
この討論は『正倉院への道』
(日本放送出版協会刊、一九八一)に収められている。
01/01  宮本幹部会委員長、「赤旗」新春インタビュー
        で「第二の反動攻勢怖れるにおよばない」と
        強調
01/20  イラン、米大使館の人質解放
01/20  レーガンが米大統領に就任
01/20  日本民主主義文学同盟、多喜二・百合子研
        究会、新日本婦人の会、婦人民主クラブ再建
        連絡会、日本共産党中央委員会の主催で
        「宮本百合子没後30周年記念の夕」を開催
        (東京・九段会館)
01/23  韓国、大法院が金大中に死刑の判決、
        直後に政府が無期懲役に減刑
01/24  論文「歴史の真実と伊藤律の『証言』」を小林
        常任幹部会委員が党本部で記者会見し
        発表。同席した野坂議長が「『北京機関』
        にかんする伊藤律の”証言”について」を発表
        (「赤旗」1月25〜27日、1月28〜29日)
01/25  中国、四人組裁判で江青、張春橋に執行
        猶予つき死刑の判決
02/05  自民党選挙制度調査会、選挙制度改正小
        委員会が「拘束名簿式比例代表制
        (一票性)」案を決定
02/23〜26
        ヨハネ・パウロ二世、歴代ローマ法王として
        始めて来日
02/27  蜷川虎三前京都府知事死去(84歳)
03/01  ソ連、ベトナム、カンボジア三国が経済協力
        協定に調印
03/03〜06
        全国都道府県・地区委員長会議
        (7回目、伊豆学習会館)。三つの大事
        (党大会決定の実践、新選挙闘争方針の
        実践、支部生活の確立)の推進、機関紙
        活動の新五原則を示す
03/10  矢田事件(69・4・9)で大阪高裁が解同に
        有罪判決
03/30  レーガン米大統領が狙撃され重傷を負う
04/09  米ポラリス原子力潜水艦が日昇丸に衝突、
        沈没させる。米原潜は乗組員15人を放置
        したまま逃走、二人死亡
        (米原潜あて逃げ事件)
04/19  羽曳野市長選挙、津田一朗市長が三選
05/01  カンボジア人民共和国で初の総選挙
05/03〜05
        第22回赤旗まつり(調布市、23万人)
05/04〜10
        鈴木首相訪米、レーガン大統領と会談、米の
        超タカ派的世界戦略への全面同調の共同
        声明、日米関係を始めて同盟関係と規定
05/07  英地方選挙保守党大敗
05/10  仏、大統領選挙で共産党の支持をうけた

        社会党のミッテランが当選
05/16  日米共同声明の解釈をめぐる対立で伊東
        外相が辞任
05/26  平和・民主主義革新統一をすすめる
        全国懇話会(全国革新懇)が結成総会
05/22  仏、第一次モーロワ内閣成立
05/28  常任幹部会「いっさいの核持ち込みを拒否、
        非核三原則の法制化、日米安全保障条約破
        棄を実現する国民運動をよびかける」を発表
        (「赤旗」5月29日)
06/09〜10
        第6回中央委員会総会(第15回党大会)
        7・15をめざす党勢拡大、配達・集金もれの
        根絶、支部生活の確立などについて決定、
        ポーランド、ソ連の党への電報、「党歴50年
        党員」の名誉を記念して証書と記章をおくる
        ことを決定
06/11  社会党中央執行委員会、非核三原則法制化
        にに反対を決定
06/21  仏、総選挙、共産党44議席、社会党285
        議席を獲得
06/22  イランのホメイニがバニサドル大統領を解任
06/23  仏、第二次モーロフ内閣成立、共産党から

        4人が入閣
06/27〜29
        中国共産党第11期六中総が「歴史決議」を

        採択、「文化大革命」の内政面の誤りに
        ついて総括、華国鋒主席の辞任。
        後任に胡耀邦総書記を選出
07/05  東京都議選(共産16、自民52、公明27、
        社会15、民社5、新自由ク8、無所属諸派4)
07/05  東京都議選、共産党は11議席から16
        議席へ
07/17  全国いっせい農業委員選挙、前回比16人
        増の606人当選、党公認、推せんの農業
        委員989人なる
07/18  論文「労働戦線統一をめぐる二つの道」を
        「赤旗」に発表
07/20〜21
        第7回先進国首脳会議(オタワ・サミット)
07/28〜30
        第7回中央委員会総会(第15回党大会)
        東京都議選の教訓、選挙基礎票構築の
        課題、党勢拡大の全党運動、配達・集金の
        乱れの抜本的解決、臨調答申反対の共闘の
        提唱などを決定、「党歴50年党員」として
        野坂参三、宮本顕治、竹中恒三郎の三人を
        表彰
08/01〜02
        第27回日本母親大会(長野市)
08/03〜09
        原水爆禁止世界大会(東京、広島、長崎)
09/05〜10、10/07
        ポーランドの自主労組「連帯」が第1回全国

        大会
09/21  新自由クラブと社民連が衆院統一会派
        =新自由クラブ・民主連合(新自連)を結成
10/05〜08
        全国活動者会議(12回目、伊豆学習会館)。
        七中総決定の実践、「三つのカギ」(方針の
        徹底、教育の徹底、会議の民主的運営と
        規律)を提起
10/06  エジプトのサダト大統領の暗殺
10/16  北炭夕張炭鉱の新鉱でガス突出の大事故、
        死者93名
10/18  ギリシャ総選挙で全ギリシャ社会主義運動
        (PASOK)が過半数の議席を獲得。
10/21  バンドレウ革新政権が誕生
10/30  ロッキード事件裁判で、田中角栄秘書榎本敏
        夫の前夫人が、榎本は田中の5億円受領を
        認めていたとの爆弾証言
11/05  ロッキード事件の黒幕小佐野に東京地裁が
        偽証罪で懲役1年の実刑判決
11/10  全国革新懇の第1回世話人総会が開かれる
11/30  鈴木改造内閣発足、田中派の灰色高官二階
        堂進が自民党幹事長に就任
12/16〜18
        統一労組懇81年度臨時総会、「基本構想」に
        反対し、労働組合運動の民主的再生をめざす
        方針を確認
12/22  社会党の委員長公選で飛鳥田一雄が武藤
        山治、下平正一を破って当選
1982年
(昭和57年)
73歳
【1982年発表作品】
中野好夫、都留重人、大河内一男、沼田稲次郎、
木下順二、矢島せい子、とともに「国鉄の自主再建を
願う七人委員会」をつくることになり、三月三十日、
東京市ヶ谷の私学会館で協議した。
この会について「硬直し、泥沼化していく労使の現状を
見ておれない。声なき声を代表して、双方が真剣な
気持ちで問題解決に取り組んでくれるようになれば」と
語った。
七月三十日、ハンガリーのペトフィ放送から
レーツェイ・チボル訳にもとづくラジオドラマ「点と線」が
放送された。
八月一日鳥栖市教育委員会主催のシンポジウム
「鳥栖銅鐸と二千年前の日本」に参加した。
このシンポジュウムの内容は『銅鐸と女王国の時代』
(日本放送出版協会刊一九八三)に収められている。
十月二十七日から十一月六日まで、「聖獣配列」取材
のためスイス、オランダに旅行、ロンドンに寄って帰国。
十一月より松本清張全集第二期全十八巻の刊行が
始まる。
1982年
1983年
(昭和58年)
74歳
【1983年発表作品】
五月二十五日から六月十三日まで、朝日放送制作の
特別報道番組「清張、密教に挑む」の取材班に同行し
て、はじめて中国を訪問した。
福州から西安、蘭州などをまわり、北京では周陽・中国
文学芸術界連合主席、憑牧・作家協会副主席と文学に
ついて語りあったが、「文学は面白いことが第一。
説教調のものでは読者に倦きられる」と主張する松本
に対して、周、憑は「文学作品としての水準が先決」
としつつ同感の意を表明した。だが、日本プロレタリア
文学の評価などでは意見が分かれ、両国の文学者の
あいだで真剣な討論を増やす必要があることを確認し
あった。
十月一日より十三日まで、同じく朝日放送の取材に
同行し、ニューデリー、パトナ、マドラス、コナラク、
カルカッタを歴訪。帰国後、書き下ろしたのが、
『密教の水源をみる−−空海・中国・インド』
(講談社刊、一九八四)である。
1983年
1984年
(昭和59年)
75歳
【1984年発表作品】
四月、松本清張全集第二期全十八巻完結。
四月十二日から九月二十七日まで毎週一回テレビ
朝日の「ニュードキュメンタリードラマ”昭和”−−
松本清張事件にせまる」(全二十五回)を監修し、
また、自ら毎回コメンテーターとして登場した。
番組は民放としては画期的と評価された。
五月末には「文藝春秋・日本航空ヨーロッパ文化講演
会」のため渡欧し、引き続きマンチェスター、ロンドン、
デュッセルドルフ、ノルマンディ、ドービル、パリ、
モンテカルロ、ミラノ、ジュネーブ、ルガーノなど長編
「霧の会議」のために取材、六月十九日帰国した。
九月、六年間つづいた霧プロダクションを解散した。
この経緯は「週刊朝日」に詳しく書いた。
1984年
1985年
(昭和60年)
76歳
【1985年発表作品】
二月八日から二十日まで西武アート・フォーラムで
松本清張展(朝日新聞社・西武美術館主催)。
著作生活三十五年を機に、社会派推理小説、
ノンフィックション、現代史、古代史と幅広い清張作品
の魅力とその背景を探るユニークな構成となった。
なお、この東京展のあと五月から七月にかけて、
大阪展、小倉展、熊本展と各地で開催され好評だった。
六月、映画・テレビ企画制作の「霧」企画事務所を設立し
監査役となった。九月十五日から海外取材に出かけ、
「清張古代史をゆく」の続編準備のためスコットランドや
フランスのカルナック方面を踏査し、巨石文化の謎と
取り組んだ。
引続き十月一日からは「霧の会議」取材のため現地で
風間完氏らと合流、九日まで南フランス、モナコ、
スイス、リヒテンシュタインなどを歩き回った。
1985年
1986年
(昭和61年)
77歳
【1986年発表作品】
三月二十二,二十三の両日、松江市の島根県民会館
で開かれた山陰中央新報社主催の公開シンポジウム
「銅剣・銅鐸・銅矛一括埋蔵の謎」に参加、総合司会を
つとめた。
四月、NHKの特別企画「ミツコ−−二つの世紀末」
スタッフと共同記者会見、番組制作と平行して同じ
素材で小説を執筆するという新機軸を発表した。
ついで、五月十二日からオーストリア、

チェコスロバキア、イギリスに取材旅行し、その間NHK
取材班とも合流、打合わせをおこなって
三十一日帰国した。
この取材は『暗い血の旋舞』
(日本放送出版協会刊、一九八七)として結実する。
1986年
1987年
(昭和62年)
78歳
【1987年発表作品】
七月二十九日、長編「赤い氷河期」と「詩城の旅びと」
取材のため、ヨーロッパに出発、ドイツ、オーストリア、
リヒテンシュタイン、スイス、フランスをまわって八月
十二日帰国。
十月十六日から三日間、フランスのグルノーブルで
開催された第九回「世界推理作家会議」に招かれ、
日本から初めて出席、講演した。
その経緯は「国際推理作家会議で考えたこと」
(『文藝春秋』88・1)
「グルノーブルの吹奏」(『小説現代』88・1)詳しいが、
折からフランス語版『砂の器』が「ル・モンド」や
「ル・マタン」「リベラシオン」などに大きく紹介されたこと
でもあり、人気をさらった。
会議のあと、南仏のマルセイユ、アルル、カマルグ
地方へ旅行し、「詩城の旅びと」の再取材。
十月二十八日に帰国。三十一日には高松市で
「菊池寛の文学」(菊池寛誕生百年記念)を講演するな
ど、この年も超多忙の日々であった。
1987年
1988年
(昭和63年)
79歳
【1988年発表作品】
一時は週刊誌二本、月刊誌一本の連載をこなす精力的
な仕事ぶりで周囲を圧倒するが、
十一月には体調を崩して東京女子医大病院に入院。
近年、視力の低下になやまされ、眼科に通うことも多く
なった。
1988年

 

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年代 清張略歴 日本・世界の出来事
1989年
(昭和64年)
80歳
【1989年発表作品】
時代の変わり目に昭和史の小論を発表する一方で、
久しぶりの短編「泥炭地」が文芸時評(毎日新聞・夕刊
2・22)で話題となる。また吉野ヶ里についても、
シンポジウムや講演会で積極的に発言し、数多く
執筆するなど、相変わらず多方面の仕事が続く。
二月十八日から三月六日まで東京女子医大病院に
入院、前立腺の手術を受けるが、順調に回復。
六月十一日から連作短篇「草の径」取材のため
ヨーロッパ取材旅行。アイルランド、オランダ、
オーストリア、ドイツを歴訪し、二十五日帰国した。
八月二十五日から九月六日まで井上眼科病院に入院
し、緑内障の手術をうける。この年も一月の芥川賞・
直木賞百回記念・菊池寛賞誕生百周年記念をはじめ、
各地で九回に及ぶ講演会があり、十月十五日には
次男の経営する松明堂ホールでも記念の講演をおこ
なった。
1989年
1990年
(平成 2年)
81歳
【1990年発表作品】
一月一日「社会派推理小説の創始、現代史発掘など
多年にわたる幅広い作家活動」によって一九八九年度
朝日賞を受賞(二十九日に贈呈式)。六月十八日から
二十九日までイギリス、ドイツに取材旅行。
この年後半から国内の取材旅行や講演会に家族を
同伴することが多くなった。視力はかなり低下していた。
1990年
1991年
(平成 3年)
82歳
【1991年発表作品】
作家活動四十周年を記念して、TBS、フジテレビ、
テレビ朝日、日本テレビの民放四局が十二作品を
ドラマ化し、四月から一年間、毎月一本を全国ネットで
放送した。
「西郷札」「波の塔」「一年半待て」「ゼロの焦点」
「張り込み」「坂道の家」「砂の器」「霧の旗」
「けものみち」「たづたづし」「球形の荒野」「迷走地図」
と続き、一作家の仕事として類のないシリーズとして
話題をあつめた。十二月九日には、朝日新聞社長
中江利忠氏と念願の空の旅を実現し、翌日帰京した。
永年の夢は自分の作品の舞台となった各地を、自分の
勤めた新聞社の専用機で空から眺めることだった。
1991年
1992年
(平成 4年)
83歳
【1992年発表作品】
創作意欲は少しも衰えず、週刊誌の連載二本をこなし
つつ、さらに数本の書き下ろし長編を構想。
事実上最後の書き下ろしとなった「一九五二年日航機
『撃墜』事件」を上梓直前の四月二十日、脳出血で
倒れ、東京女子医大病院に入院した。
手術は成功し、リハビリテーションをしながら療養生活
を続けていたが、七月下旬に病状が急変し、精密検査
の結果、肝臓がんと判明。
ついに八月四日午後十一時十四分、家族全員に
みとられて死去した。

享年八十二。遺志によって葬儀・告別式は執り行わず、
近親者だけで六日に通夜、七日午後に密葬が
自宅で行われた。
十日午後一時半、無宗教、献花式の「おわかれ会」が
青山葬儀所で開かれ、千百余人の人々が別れを
惜しんだ。
戒名は清閑院釈文張。
墓所は八王子の富士見台霊園である。
1992年
 

1992年8月4日永眠(享年83歳)

清閑院釈文張

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