〔(株)文藝春秋=全集9(1972/10/20):【紅刷り江戸噂】第四話〕
題名 | 紅刷り江戸噂 第四話 見世物師 | |
読み | ベニズリエドウワサ ダイ04ワ ミセモノシ | |
原題/改題/副題/備考 | ●シリーズ名=紅刷り江戸噂 ●全6話=全集(6話) 1.七種粥 2.虎 3.突風 4.見世物師 5.術 6.役者絵 |
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本の題名 | 松本清張全集 24 無宿人別帳・彩色江戸切絵図/紅刷り江戸噂■【蔵書No0134】 | |
出版社 | (株)文藝春秋 | |
本のサイズ | A5(普通) | |
初版&購入版.年月日 | 1972/10/20●初版 | |
価格 | 880 | |
発表雑誌/発表場所 | 「小説現代」 | |
作品発表 年月日 | 1967年(昭和42年)9月号〜10月号 | |
コードNo | 19670900-19671000 | |
書き出し | このところ、両国の見世物小屋はいい種がなくてどこも困っていた。見世物小屋は両国と浅草の奥山とが定打ちだった。常設となれば、年じゅう新しい趣向を探していなければ客足が落ちる。両国橋を隔てた東と西の両側がこうした娯楽地だった。両方とも娘義太夫、女曲芸、講釈、芝居といった小屋がかかっているが、見世物もその一つである。ほとんど一年じゅう休みなしに興行をつづけているので、いつも同じものを見せてはならない。観客を飽きさせないように、ときどきは出し物の種を変える必要がある。この前は蛇使いを見せたから今度は一本足を見せる、次はろくろ首、その次は一つ目小僧、夏は化物屋敷きというように趣向を変えた。だが、客のほうはどうせマヤカシものとは分かっていながらも木戸銭を払って見てくれる。しかしどうしても新趣向の見世物小屋へ客足が集まるのは人情だ。 | |
あらすじ&感想 | 蛇足的研究でも書いたが、落語の「化け物使い」・「一眼国」・「ろくろ首」などを思い出した。 見世物小屋の出し物を作り出し、小屋に掛けるための苦労話というか、裏話的な興味を感じさせてくれる。 見世物師は、少しでも変わった事が耳に入れば、すぐに人を現地に走らせ買い受ける算段をする。 八兵衛は、そんな見世物師の一人だったが、旗本屋敷で土蔵の中から小判くらいの鱗が三枚出てきた話を聞いた。 瓦版では蛇の鱗らしいと、チョットした話題になっていた。旗本屋敷も処理に困っていたので無料で引き取ってきた。 少々大きな物でも、そのまま蛇の鱗では見世物にはなりにくい。 そこが見世物師の腕の見せ所なのだろう、鱗は三枚でも、龍の鱗として張りぼての龍を造り、 その前に三枚の鱗を並べたのである。 これだけで小屋は毎日大入りになった。 他の小屋も負けては居られない。 源八という男も見世物師だった。ネタは豊虎(ブコ)と言う海魚。 黒い図体でかたちは鮫に似ている。三州横須賀の沖で取れたという触れ込みである。 とにかく鰭がおそろしく長くて、人が手を広げているような恰好だった。 これも瓦版で読まれ、江戸の随筆集に書かれていた。 もちろん正体は、鮫の大きい物なのだが、源八はそれを「豊虎」に仕立てたのである。 これが大当たりで、源八は御機嫌だった。 源八にはおえんと言う女房が居た。一年前に惚れ合って所帯を持ったのだった。 源八は三十二歳。おえんは二十三歳。 源八は、龍の鱗三枚で稼いだ八兵衛に当てつけで「八兵衛も口惜しがっているにちげえね」と、 飲みながらいい気になっていた。 おえんが、それを聞いて 「おまえさん。八兵衛さんは仮にもおまえが前に世話になったお人、あんまり悪く言わないほうがいいんじゃないかえ。 もし他人の耳に入って八兵衛さんに告げ口されたら、おまえが憎まれるよ」と忠告した。 しかし、源八は聞く耳を持たなかった。 商売敵とは言え、八兵衛と源八は相当なライバル心があったと見える。 常識的な女房のおえんの忠告は源八の考えを変えることは出来なかった。 八兵衛と源八は両国橋の袂でバッタリ会った、昔の主従関係で一応源八が下手に出るが、八兵衛は皮肉で返す。 >「二人は、真綿にくるんだ刃をちらつかせて別れた」 源八は八兵衛を負かすには「読売」と組むのが一番いいと考えた。「読売」とは、瓦版のことである。 本所に丑吉という瓦版屋がいて、なかなかのやり手だった。 瓦版が遠方の出来事や珍しい出来事を取り上げ、宣伝してくれる。 それを一工夫して見世物に出せばと考えたのである。 早速手土産を持って本所の梅ヶ枝町に丑吉を訪ねた。丑吉は三十二,三の男盛りだが独り者だった。 二人の雇人と瓦版屋を営んでいた。 用件を丑吉に話すと、「そいつはいい思いつきだが」、見世物に出すようなネタは、そうそうある物では無いと言った。 ちょいと目先の変わった物なら何でも良いと言い、あとはこちらで何とかこしらえるますと言う源八に、 >「それはそっちのお手のものだろうが、わっちのほうはうそやこしらえごとを書くわけにもゆきませんからね」 丑吉は正論を吐いた。すぐ化けの皮は剥がれる。 源八が当てた話の「豊虎」は、神田の瓦版屋の書いた話が元になっていた。丑吉はそれを知っていた。 源八は正直に丑吉に話した。小さな話でも良い、膨らまして書いてくれと頼んだ。 丑吉は嘘でも構わないから書いてくれと受取り、少し機嫌を損ねた。 源八は心得ていた。懐からご挨拶代わりとして小判を包んだものを取り出し渡した。 一応断る態度を見せながらも、丑吉の機嫌は直った。 両国橋の袂で八兵衛と源八が話して十日も過ぎた頃、再度丑吉の所を訪ねたが新しい情報は無かった。 瓦版が房州勝浦で大鮑の発見を伝えていた。瓦版の法螺だろうが、畳一畳の大きさだという。 その瓦版屋は,本所の丑吉のとこだった。 源八は、なぜ丑吉が話してくれなかったのだろうと考えた。瓦版屋の思いと見世物師の思いの違いなのかと思い直した。 翌日、源八は丑吉の所へ行った。「大鮑」について聞いてみた。 情報源は、丑吉の所で使っていた、熊蔵の聞いてきた話で、畳半畳の大鮑を、 半畳も一畳も変わりないだろうと書き立てたのだった。 源八は、これは物になりそうだと思い。子細を聞こうとしたが、丑吉は済まなそうに話した。 >「そいつは、源八さん、少し遅かった」 昨日、八兵衛さんという人が見えまして熊蔵が全部喋ったと言うのだ。 瓦版を見てすぐに飛んでくればと悔やんだ、源八は口惜しがったが後の祭りだった。 それから半月後、八兵衛の見世物小屋に房州勝浦で獲れた大鮑が出た。 これには八兵衛の一工夫がされていた。 鮑はたいした大きさでは無いのだが、海女の恰好をした若い女を洗い髪で白い肌襦袢を着させて配置したのだった。 さらに、その女がチラチラと赤い湯文字を見物人に見せるのだった。 これらは、雇人の庄太が観てきての報告だった。「...男どもは大喜びです」源八は唸るしかなかった。 早い話、色仕掛けを兼ねての見世物に仕立てたのだった。 感心しながらも源八はしつこく聞いた。「...湯文字の女...少しは踏める顔かえ?」 どうせ「夜鷹に違いないが」と付け加えて聞くのだが、庄太は白粉で誤魔化している顔では無いと答えた。 同商売は相手の商売ものをのぞかないのが仁義である。 気になる源八は仁義を破り変装して入場者にまぎれて内に入った。 湯文字の女を眼をこらして見た。 機嫌を損ねて家に帰った源八は、心配するおえんにものも言わず二階に上がった。 庄太が梯子段の口から「親分」と声をかけてのぞいた。 庄太に声をかけ内に招き入れた。 源八は湯文字女の正体を見抜いていた。 女は、八兵衛の女房お徳の従妹で、お文という。根津権現前で白首を塗っていたのだと、庄太に話した。 「なんだ、そいじゃ、けころですかえ。 それはちっとも知らなかった」驚く庄太だが、お徳の従妹である事にも驚くのであった。 ここから話が急展開する。 登場人物の中で源八の悪党ぶりが際立ってくる。その源八に追従する庄太も同じ穴の狢と言うことになる。 源八は八兵衛の商売が巧くいき、さらに続きそうな気配に、その嫉妬からとも言えるが、お文を消すことを考える。 それを庄太に打ち分ける。「消すというのは、親方、こ、殺すことですかえ?」 源八ほど腹が据わっていない庄太は眼をむいた。 しばらく考えていた庄太は >「ようがす。親方、やりやしょう」 この展開は少々安易で、疑問だ。 疑問は二つ 一つは、殺す動機が弱すぎる。二つは、承諾する庄太が軽すぎる。 庄太は、承諾する理由を、お文を殺す前に自由にさせてくれと言うのだ。 「おめえはお文の裸に惚れたな?」という源八の問いに同意するのだった。 お文を庄太の家に連れていく算段をする。 お文が八兵衛の家を出て自宅に帰る時を狙う。お文に面識のある源八が声をかけて誘う。 疑いながらも八兵衛に世話になっている男と聞いて邪険にも出来ず、源八に従うお文。 庄太の家がある裏長屋に着き内に入ると、お文は警戒した。帰ると言いだした。 お文も普通の女では無い、激しく抵抗する。 庄太に手を握られ動けないとき、後ろから源八がお文を襲った。 躊躇している庄太に源八は、「...なにをぐずぐずしている。早く、この女をそっちに抱かかえあげねか」 一喝された庄太は、土間を降りて両脚を持ち上げた。乱れた小紋の裾に湯文字に逆上する庄太だった。 源八は、信州上州の国境で「大狼」噂があり、瓦版屋の丑吉から聞かされる。小判が効いたのだった。 源八はこの話を見世物に仕立てる。 源八の仕立ては、狼に食い殺された男を表現して、男物の布片を、狼の口から垂れ下がっている演出だった。 ところが、庄太が見たときは、狼の口から、派手な長襦袢が垂れ下がっていたのだった。 顔色を変えた庄太は源八に事の次第を報告した。長襦袢の演出は源八の物では無かった。 庄太の見間違いであろう、誰かの悪戯かもしれない。よく調べてみろと庄太に言いつける源八だった。 長襦袢は、藍色地の小紋の切れ端に変わった。小紋柄がお文の着ていた物である事を知っているのは二人だけだった。 次に小紋が縮緋色の湯文字に代わった。 それが幸いしたのか、見物人は大喜びであった。 お文が行方不明になったので、八兵衛の「大鮑」の見世物は替え玉で誤魔化していたが、日増しに人気は凋落していった。 岡っ引きの文吾は、見世物小屋の一件を聴き手に話し終えると煙草を口にした。 お文の死体から身につけていた着物を剥ぎ取って毎日狼の口に咥えさせたのだろうか? 文吾は、「さあ、そこを判じてください」と言った。 「分かりませんね」 文吾は謎解きをする。謎解きを書いてしまえば完全にネタバレになる。 ただ、八兵衛がどうやら源八の仕業ではないかと勘ぐって、文吾の所に相談に来ていたのだ。 結論は、「...商売仇の憎しみは合いというものはおそろしいものですね」 文吾の話を聞いているのは誰だろう?。 この下りは、「蔵の中」(彩色江戸切り絵図/第五話)に似ている。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ●『湯文字』 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 湯文字(ゆもじ)とは女性の和服の下着の一種。腰巻とも呼ばれる。 巻きスカートのように腰部から膝までをおおう下着であり、裾除けの下に着用する。 素材は普通のものは綿、高級なものは絹で羽二重、縮緬である。 女性用ショーツのクロッチに当たるような股間を覆う部分はない。 昭和初期まで広く着用されていた、その後、洋服が広まりズロースが普及し、 その後、昭和30年代頃から現在のパンティー(ショーツ)に代わられた。一部では現在でも和服で用いられている。 ●『蹴転(けころ)』 けころばし(蹴転)の略、昔時東京下谷浅草辺にありし淫売婦の称。 蹴ころがしの略語。下等淫売のこと。又下等の遊女にもいう。 2024年05月21日記 |
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作品分類 | 小説(短編・時代/シリーズ) | 22P×1000=22000 |
検索キーワード | 蛇使い・一本足・ろくろ首・大鮑・豊虎・大狼・湯文字・けころ・瓦版屋・嫉妬・同業者・神田の岡っ引き・文吾 |
登場人物 | |
八兵衛 | 見世物師。古くからの見世物師で、源八も元は八兵衛に世話になっていた。見世物の「大鮑」で人気を得る。女房はお徳。 |
源八 | 元は八兵衛に世話になっていたが、八兵衛の人気見世物に嫉妬する。八兵衛に対するライバル心も強く、新しいネタを探し瓦版屋に接触する。 八兵衛も瓦版屋から情報を得ていて出し抜かれる結果になる。焦る源八は、庄太を巻き込んでお文殺しを手伝わせる。 |
庄太 | 源八の子分。源八の誘いに乗り、お文殺しを手伝う。多少気が弱いが、お文の色気に惑わされていた。 |
丑吉 | 瓦版屋の主人。源八からネタの提供を頼まれるが、嘘は書けないと表面的には断る。小判を一枚出され受け取る。 正義感も小判一枚で投げ捨てる。八兵衛からも訪問を受け、居合わせた雇人の熊蔵が「大鮑」のネタを話す。 |
熊蔵 | 丑吉の雇人で、房州勝浦で「大鮑」が取れた情報を掴む。居合わせた八兵衛に話し、八兵衛は見世物に仕立て大当たりを取る。 |
お徳 | 八兵衛の女房。 |
お文 | お徳の従妹で、根津権現で女郎のようなことをしていた。八兵衛の「大鮑」の見世物に協力して、湯文字を着て見世物に出ていた。 若い色気が人気で、「大鮑」の見世物は大当たりになる。それ故、源八から逆恨みをされてしまう。 |
おえん | 源八の女房。八兵衛に対抗心を燃やす源八をいさめる。源八の女房にしては常識人で、八兵衛やお徳にも心配りをする。 |
文吾 | 岡っ引き。お文殺しの探索をする。謎解きを誰かに向かって話すが、相手がハッキリしない。 |