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松本清張_女義太夫 彩色江戸切り絵図(第六話)

〔(株)文藝春秋=全集9(1972/10/20):【彩色江戸切絵図】第六話〕

No_256

題名 彩色江戸切絵図 第六話 女義太夫
読み サイシキエドキリエズ ダイ02ワ オオヤモウデ
原題/改題/副題/備考 ● シリーズ名=彩色江戸切絵図
●全6話=全集(6話)
1.
大黒屋
2.大山詣で
3.山椒魚
4.
三人の留守居役
5.
蔵の中
6.
女義太夫
本の題名 松本清張全集 24 無宿人別帳・彩色江戸切絵図/紅刷り江戸噂【蔵書No0134】
出版社 (株)文藝春秋
本のサイズ A5(普通)
初版&購入版.年月日 1972/10/20●初版
価格 880
発表雑誌/発表場所 「オール讀物」
作品発表 年月日 1964年(昭和39年)11月号~12月号
コードNo 19641100-19641200
書き出し 「ああ、疲れた」と、女は舞台から楽屋に戻るなり紫ぼかしの肩衣を脱ぎかけた。客席のざわめきがまだつづいていた。この寄席は女義太夫がトリだったので、竹本巴之助への喝采と、木戸口に出る客の足音とが、狭い小屋の中にひびいていた。巴之助は、付人お梅に肩衣をはずさせ、袴の紐を解かせた。高座を引立せるため厚化粧した白い顔の中の、その結上げた髪と同じような黒い眼は半閉じになっていた。飾りの付いた簪もお梅がはずした。「太夫」と、この寄席の番頭をしている藤吉が云った。「今夜の出来は、また一段と冴えていたぜ。何度聞いても、太夫の声と節回しは惚れ惚れしますよ」「そりゃそうですよ、藤吉さん。出しものが十八番のおさん茂兵衛ですからね」「客席もしんとなっていました。あれじゃ。さすがの竹本秀勇も顔色なしというところでさア」「ふん、秀勇さんかね。あの人に芸ってものがあるのかね?ただ年が若くて子供みたいな顔をしているというだけじゃないか。太夫の磨きこんだ芸にかなうものですか」肩衣をたたんでいるお秋が口を尖らせて云った。
あらすじ感想   「ふん、秀勇さんかね、あの人に芸があるのかね? だだ年が若くて子供みたいな顔をしているというだけないじゃないか。太夫の磨き込んだ芸にかなうものですか」
付人のお秋が口を尖らせて云った。
「そりゃ、まあ、そうだが」寄席の番頭をしている藤吉はさからわずにうなづいた。

舞台を終えた後の付き人たちの楽屋での会話である。勿論当人の竹本巴之助に心地よい評判だ。
女義太夫の人気を二分しているのは、竹本巴之助、二十四になる。もう一人が竹本秀勇、二十歳前だった。
女義太夫の世界では芸より器量。巴之助も悪い器量ではないが、秀勇は、若くて人形のような器量で人気を博していた。
芸ではずっと上の巴之助は、後を追われる立場だった。

そんな楽屋に米問屋の伊勢屋の番頭が入ってきて、主人の重兵衛が酒を付き合って欲しい、いま柳橋で待っている。と誘いに来た。
番頭の伊助が頼み込んだ。伊勢屋重兵衛は、巴之助の一番の贔屓客と云ってもよい。金も切れた。これまで何度も酒の席に呼ばれていた。
巴之助は疲れていると断った。粘る番頭の伊助に、お梅がその間に入った。お梅もお秋同様付人。
伊勢屋重兵衛は四十二の男盛り、柳橋にも深川にも女がいた。女義太夫も客商売だから無下に断れないが、誘う方は芸者を座敷に呼ぶのと同じに考えていた。
現に、重兵衛も巴之助に、露骨に家を持たせてやるとか月月の手当をはずむとか云っていい寄っていた。
お梅の、疲れている巴之助に深酒をさせては芸に触るとの説得に渋々伊助は帰った。
いったん伊助は帰ったが重兵衛が又使いをよこすかも知れない。終い支度を急いでいた。そこに伊勢屋からお鮨が届いた。
巴之助の「おまえたちで食べておくれ」お秋、お梅、お雪は、太夫の声を待っていたように「ご馳走さま」「太夫は?」
「わたしはいいよ、かえってお茶漬けでも食べるからね」の声で、一斉に鮨に手を出した。
巴之助が帰りを急いでいたのには訳がある。三人の女たちは、そのわけを知っていた。
裏口に男が四人立っていた。
「竹本巴之助連中」の名入りの提灯が先導で、巴之助一行は家まで送られる。こんな風習があった。

戸口まで送られ、連中を帰して格子戸に手を掛けると、中から小女のお粂が顔出し、「番町の旦那様が見えています」と告げた。
今夜は泊まると云っているらしい。顔を曇らす巴之助。途端に元気がなくなる。
お梅が気を利かせた。
「じゃ、太夫、わたしがひと走り向こうに行って、三崎町には都合が悪くなった云ってきましょうか?」巴之助は、黙ってうなづいた。
番町の旦那とは日下数馬の用人で小浪六右衛門。公には内緒だが巴之助の旦那。
月に二度くらい顔を見せる六右衛門だが、屋敷に知られては困る。巴之助も、もともと愛情で結ばれた関係ではないのだが、日陰者の身で寂しき感じる。
そんな巴之助だが、今ではうとましく思うようになった。巴之助に男が出来た。
与吉という男だった。今夜もよそで与吉に会う予定だった。胸をはずまして寄席の舞台を降りて急いで帰ってきたのもそのためだった。
万事承知しているお梅が、知らせに走ったのだった。

与助に義理立てして、最近、疲れていることを口実に六右衛門を寄せ付けない巴之助だが、それを指摘され巴之助は、あわててお茶を濁した。
年老いてきた六右衛門と若い与吉を比較しないわけには行かない。

与吉は三崎町の畳問屋の息子。
同業の集まりに巴之助が呼ばれて知り合った。その場で急に気分が悪なった巴之助を集まりの世話人だった与吉が世話をした。
花の便りがちらほらする頃二人だけで会う仲になっていた。与吉が巴之助に溺てきた。そういう初心なところがあった。
巴之助は「わたしには旦那がいる」とうちわけた。その頃には巴之助も与吉に惹かれて打ち込むようになった。
与吉が一人前になった暁には所帯を持つつもりだった。
だからなおさら、与吉は「旦那にはなるべく肌を与えないでくれ」と、頼んだ。巴之助もそれを誓ったが、簡単ではなかった。
六右衛門は若い巴之助の身体が目的だった。三年前から続いている関係を拒絶する理由がないのだ。それでも、なるべく六右衛門の挑を断った。
風呂が沸き、床が延べられたとき、表からお梅の声がした。
愚図る与吉を説き伏せて帰ってきたお梅だが、今夜はあまりにも与吉がかわいそうだとも云った。待合の場所から真っ直ぐ帰りそうにない与吉だった。
お梅の報告を受けている巴之助の様子を六右衛門が気づいた。
はっきりとしたことは分からないまでも、巴之助の様子から男の影を感じていた。その夜の六右衛門は激しく巴之助を抱いた。

だが抱かれる巴之助は、六右衛門が自分の身体に狂えば狂うほど気持ちは冷めていった。
横で六右衛門が鼾をかき始めた頃、表で家のぐるりを回っている草履の微かな音を聞いた。
それは、上野の出会茶屋で待たされた与吉が歩いているような気がした。
巴之助が起き上がろうとすると、寝ていたはずの六右衛門が「どこに行くのだ?」と声を出した。

不忍池の近くの出会茶屋で与吉と巴之助は会った。
先日の不義理を誤った巴之助だが、与吉は「...仕方がねえ」と受け流したが、様子が違う。
巴之助の白状した「...その家の中では、好きな女がほかの男に抱かれている...みられた図じゃねえな」あの夜の草履の足音は与吉だった。
「太夫、おれは当分おめいには逢いたくねえ。それを云いにここへ来たのだう明いた久根 」「いやです」与吉に武者ぶり付く巴之助。
痴話喧嘩が始まるが、与吉は本気らしい。「三月のうちに旦那と別れろ」承知する巴之助。「だから今日わたしを安心するようにさせておくれ」と巴之助。
それでも、与吉は巴之助を突き放し外に出た。与吉にしてみれば、ここで巴之助を抱いてしまえば元の木阿弥。決意は固かった。

それから、与吉は巴之助の前に姿を現さなくなった。お梅に文を持たせて連絡するも空しく返された。
六右衛門は、最近では妻子を捨てても、はては主人をしくじってもと巴之助に執着する。巴之助に男がいることを気がつきながらも追及しなかった。
あれか一ヵ月経った。与吉が秀勇といい仲になっているとの噂が巴之助の耳に届いた。巴之助は逆上した。
「与吉さんもあんまりですね」お梅が噂を持ってきて憤慨した。お梅も巴之助の窶れようには同情しきりだった。
そんなに与吉に会いたければ「与吉の家に押しかけていけば良いじゃありませんか」とけしかけた。

巴之助に秀勇と与吉が深い仲になっているらしいとの噂が耳に。
そんな折りに伊勢屋重兵衛の座敷に声が掛かった。度々断る巴之助にもかかわらず、座敷に呼んだ重兵衛と憂さ晴らしがしたい巴之助の気持ちが合った。
両国端の料理屋の座敷にお梅と二人出かけた。重兵衛の酌で飲めない酒を煽る巴之助。心配して止めるお梅。
すすめられるまま酒を煽る巴之助、重兵衛は喜んだ。お梅はハラハラしながら何度も止めに入った。
酒の勢いで、巴之助はお梅に向かって悪態をつき始めた。おまえなんか傍に居ない方がいい、しまいには忠義ぶるな、はてはあたしに嫉いているんだね。
男がいないと云って邪魔をするなとまで云った。
さすがにこの悪態に、お梅も腹を立てて、憤然として座敷を出た。太夫はおれが引き受けたと声高に笑う重兵衛。
別間には床の支度、正体不明で蒲団の上に倒れている巴之助。
思いを遂げようとする重兵衛。この時僅かに残っていた意識が与吉恋しさで目覚めた。
「旦那、よしておくれ」
「何を今ごろ」、生娘のようなことを云うなと重兵衛。
抵抗する巴之助。懐には三味線の象牙の撥があった。
重兵衛の口元は血に染まった。

「女夜叉」の名が巴之助に付いた。人気は落ち、経緯を聞きつけた六右衛門は「噂は真実か?」
巴之助の言い訳を六右衛門は聞かなかった。懐から包みを出して「手切れ金」だといった。
巴之助は六右衛門があっさり別れを切り出してくれたのでむしろ喜んだ。

お梅は居ない。仕方なく三崎町の与吉の家に直接出かけた。
店では、いいようにあしらわれ、店の若い者に嘲り送られた。

しかたなく家に戻りかけたとき、巴之助は、ばったりと与吉に会った。
「...伊勢屋の旦那と寝物語が縺れ痴話喧嘩になり、おめえは商売道具の三味線の撥で相手の口の中を抉ったそうじゃないか」
与吉の言葉に、「違います。そりゃ違うよ、与吉さん」
与吉は両国端の座敷の件を全て知っていた。
「秀勇さんといい仲だそうだが...」詰め寄る巴之助に、与吉は言い放った。
「何を今更世迷い言を云っているのだ、そんな話は庚申の晩にしてくれ」
三月待つとの約束は世迷い言として反故にした。

秀勇の死体が発見された。喉笛を切られて死んでいた。刃物は三味線の撥
巴之助の遺体が彼女の自宅から発見された。巴之助は自分で、畳で使う錐を喉に突き立てた。

天保年間の江戸は水野越前守の改革で席亭の火も消えたが、阿部伊勢守の時代で景気を取り戻してきた。
事件は、弘化二年の事だった。

ところで与吉はどうなったのか???


2021年09月21日 記 
作品分類 小説(短編・時代/シリーズ) 25P×1000=25000
検索キーワード  義太夫・寄席・売れっ子・器量・旦那・米問屋・畳問屋・息子・付け人・三味線の撥・若い男・待合茶屋・料理屋
登場人物
竹本巴之助 女義太夫。二十四になる。芸は一流、器量もそこそこ。六右衛門が旦那。畳屋の与吉という男が出来る。六右衛門と手を切りたいが三年になる付き合い。
竹本秀勇 女義太夫。二十前、人形のような顔立ちで器量は申し分ない。後に与吉といい仲になる。
与吉 三崎町の畳問屋の息子。修行中の身である。巴之助といい仲になるが旦那持ちを嫌ってか秀勇に乗り換える。
伊勢屋重兵衛  米問屋の旦那。巴之助に熱を上げる。何とかものにしようとするが、抵抗され大怪我をする。 
小浪六右衛門  日下数馬の用人。巴之助の旦那。妻子を捨てても、果ては主人をしくじってもと巴之助に入り上げる。 
お梅 巴之助の付き人。巴之助に尽くす付き人。巴之助が重兵衛との座敷で酒に酔ったとは言え罵詈雑言の悪態、離れていく。 
お秋  巴之助の付き人 
お雪  巴之助の付き人 
お粂 巴之助の家の小女
藤吉 寄席の番頭
伊助  米問屋伊勢屋の番頭。 

女義太夫




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