「松本清張の蛇足的研究」のTOPページへ

松本清張_三人の留守居役 彩色江戸切り絵図(第四話)

〔(株)文藝春秋=全集9(1972/10/20):【彩色江戸切絵図】第四話〕

No_254

題名 彩色江戸切絵図 第四話 三人の留守居役
読み サイシキエドキリエズ ダイ04ワ サンニンオルスイヤク
原題/改題/副題/備考 ● シリーズ名=彩色江戸切絵図
●全6話=全集(6話)
1.大黒屋
2.大山詣で
3.山椒魚
4.三人の留守居役
5.
蔵の中
6.女義太夫
本の題名 松本清張全集 24 無宿人別帳・彩色江戸切絵図/紅刷り江戸噂【蔵書No0134】
出版社 (株)文藝春秋
本のサイズ A5(普通)
初版&購入版.年月日 1972/10/20●初版
価格 880
発表雑誌/発表場所 「オール讀物」
作品発表 年月日 1964年(昭和39年)7月号~8月号
コードNo 19640700-19640800
書き出し そろそろ夏に向かう四月末の八ツ刻(午後二時)ごろのことだ。両国に甲子屋藤兵衛という大きな料理屋がある。その表に駕籠が三挺連なって到着した。挿み箱を持った供は居るが、三人とも三十から四十ぐらいの間で、立派な風采をした武士だった。だが、この茶屋の馴染みではない。はじめて顔だから女中が走り寄って、「どちらさまで?」と丁寧に訊いた。甲子屋は、この辺で聞こえた名代の茶屋だからむやみと客を通さない。「われわれはさる藩の留守居の者だが、暫時座敷を借りて寄合いをしたい」と、その中で年嵩たかな男が告げた。帳場の中から様子を見ていたおかみも、藩の留守居役と聞いて心にうなずいた。風采が立派なだけでなく、その渋い中にも粋好みがみえる。とても普通の武士ではこのような呉服の高尚さは分からない。
あらすじ感想   蛇足的研究で、「緊張感漂う書き出し」と書いたが、『挿み箱』を持った連れで、立派な風采の武士が三人、しかもなじみのない茶屋に籠を連ねて登場。
茶屋の女将が値踏みをして上客と判断。
座敷を借りて寄り合いをしたいと女中に告げた。

読者としては、何事が起きるのか、淡々と書かれているだけに余計に緊張感が高まる。
この書き出しの文章の中に、いくつかの伏線が張られている。
①挿み箱を持ったお供
②風采が立派なだけではなく、その渋い中にも粋好みがみえる。

三人の武士は、茶屋の女将の眼鏡にかなった。女将は上客と判断した。
酒を出させておいて、談合があるからと女中を遠ざけた。
やがて、談合も終わったようで、床柱を背負った色の浅黒い男が、流行の芸者を四,五人所望した。費用は少々高くついても構わぬと付け加えた。
三十過ぎの色の蒼白い、痩せぎすの男が、「芸者もよいが、わしは当家の料理を楽しみにしてきた。ひとつ板前の腕を見せてくれ」と注文した。
売れっ子の芸者が揃った。蔦吉、半兵衛、長丸、染吉、源太などだった連中は、柳橋、日本橋薬研堀、人形町などから集まった。

女将は売れっ子の長丸に、三人の武士をどこかで見たかと、こっそりと尋ねた。長丸は初めての顔だと答えた。
他の芸者も同じ答えだった。

三十二,三の黙りこくっていた一人が、芸者に芸事を所望した。(ここで、三人の留守居役が揃った)
二刻近く経った。(ふたとき/4時間くらい)
年長の男が「堺町に行こうか」と云いだした。芝居見物だ。芸者たちな大喜び。
どうせ戻ってきて飲み直すが、一応けじめを付けなくてはと、懐から紙入れを取り出した。
女将が呼び出され、年高の留守居は、初めて名乗った。小笠原大膳太夫家来秋山彦左衛門と名乗った。
他は、阿部伊予守家来吉田助三郎、稲葉美濃守家来小沢元右衛門。
小笠原、阿部、稲葉はそれぞれ十万石以上の大名。女将は畳に頭をこすりつけた。
「あとでまたこちらにお越し下さるのならば、お代のほどはそのときに頂戴いたします」
「それでは、この財布は芸者どもに預けておく」 
※余談だが、最近「男はつらいよ」のDVDを再々再鑑賞している。この場面で寅さんを思い出した.。(浪速の恋の寅次郎(第27作。)。
ずしりと重い財布布は、長丸が預かることになった。

秋山彦左衛門の袴の紐が緩んでいることに気づいた長丸が締め直そうとする秋山を手伝った。
袴の腰板あたりに奇妙な札が付いているのを発見した。「○に井」と書かれている符帳のようだった。

秋山が言い出した。
当節、倹約令もたびたび、あまりに華美な出で立ちで芝居小屋に繰り出すことは少々憚れる。
それん、不用心だからと小沢元右衛門が続いて云った。
長丸も同意した。櫛、笄、簪など、外しては...それにきらびやかな座敷着も粗末な物に着替えることになった。
それらは、持参した『挟み箱』へ仕舞っておくがよいと親切にも秋山彦左衛門が云った。
(※ここで『挿箱』が『挟箱』に変わっている。同じなのだろう)
「挟箱」は、阿部家の吉田助三郎だけが残り他の者は帰した。
ようやく三人の留守居役と芸者たちは堺町に繰り出した。
ところが、芝居はすでに終演(ハネテ)いた。打ち出しの最中だった。
仕方なく、場所を変えて飲み直す事になるが、芸者も馴染みの店に連れて行こうとする。
駒形の松野屋、柳橋の稲村屋、いっそ初めての店にすることになる。
駒形河岸の「桔梗屋」に決まった。
店は芝居が終演た直後で混み合っていた。
稲葉家の家来、小沢元右衛門が所用があると先に帰った。
いつのまにか年配の秋山彦左衛門と蒼白い顔の吉田助三郎も姿を消した。
「あれ、どうしたのでしょう?」芸者たちも心配になった。
そのうち、長吉があっと大きな声を上げた。(長吉の名ははじめて出る。長丸の間違いでは?)
「挟箱がないよ」

騙されたのだった。
芸者たちに実感が湧かない。どう見ても大名の留守居役だった。
蔦吉が長丸に云った。「おまえさん、あのお武家から紙入れを預かっているだろう?
長丸の預かった、ずしりと重い紙入れをのぞき込んだ女たちは驚きの声を上げた。
紙入れの中には鍛冶屋からでも拾ってきたであろう鉄屑が入っていた。

長丸、半兵衛、蔦吉、長吉、染吉、源太の六人の芸者はその晩から寝込んでしまった。
(なぜか最初は長吉を除く五人で登場/などだったと書かれていた)

ここまでくるとまるで喜劇だ。

三人の留守居役と中間を含めて六名の役者。目的は何か? まさか芸者の飾り物(櫛、笄、簪)や着物ではないだろう。
酔狂が講じての遊びなのか?

「... 六人の芸者はその晩から寝込んでしまった。」と書かれているが、長丸は違った。
「いいえ、ようござんす。あたしたちが災難を受けたのだから、自分で探します」男勝りの長丸にしても云いきった。
長丸には心づもりがあった。それは秋山彦左衛門の袴に付いていた丸に井の字の符帳だった。それを手がかりに質屋を探し回る算段のようだ。
蔦吉が「姉さんは相変わらず気性が強い」、役人にでも相談すればの忠告も聞かなかった。
「女の一念岩をも通すというからね。あたしはきっとあの悪人に仕返しをしてやるよ」
蔦吉の元に報告をしながらも、長吉の探索は続いた。

「蔦ちゃん、とうとう突き止めたよ」
符帳は質屋とは限らない、貸衣装屋の可能性を突き止めた。明日には吉報をと云う長丸の言葉に、深入りを心配する蔦吉も、吉報を待った。
翌る日の夕刻になっても長丸は現れなかった。

蔦吉は心配になり、かねてから知っている、神田松枝町の御用聞惣兵衛のところに行った。
(御用聞きの惣兵衛と言えば、『大黒屋』にも登場する。松枝町の親分。子分は幸八/同一人物と考えられる)
惣兵衛は、一通り話を聞いて、すぐにでも芝の井筒屋と云う貸衣装屋へ行ってくれと頼む蔦吉に明日まで待つことを勧める。
ひょっこり顔を出すかも知れないと諭す。
それにしても、三人の留守居役の目的がなんだろうと蔦吉は惣兵衛に聞く。
「うむ、近ごろの留守居役は、当たり前のことに飽いてあくどい遊びをするときいているが、もしこれがどこかの藩の留守居役の悪戯だったら、
度がすぎている。だが、今の話を聞いていても、おれにはニセもんのように思えるな。...」

惣兵衛の忠告通り、長丸は戻ってきた。長丸の話は吉報ではなく、方々を探したが符帳からは犯人にたどり着けなかったようだ。
蔦吉は、「...もう髪飾りのことは諦めていますから、探索のほうはやめていただきとうございます。...」
芸者の恥さらしになるから、誰にも知られたくないと云う長丸に背いて親分に相談した蔦吉は、長丸からひどく叱られて悄げていた。
惣兵衛も忙しい身だから、「盗られた物を諦めるのなら、新口に手を出すこともねえ」と云った後、ふと思いついたように蔦吉に聞いた。
「こんなことを訊くのは野暮の骨頂だが、長丸には旦那がついているんだろうな?」
蔦吉の答えは居るとは思うがどこのどなたかは知らないとの答えだった。

念のため惣兵衛は、子分の幸八を芝の井筒屋にやらせていた。幸八の報告でも長丸は井筒屋を訪ねていた。(間違いなく『大黒屋』だ)
蔦吉が惣兵衛を訪ねてきた日から三日目の晩、寝ているところを起こされた。蔦吉の使いの者が駆け込んだ。
お茶屋の帰りに待ち伏せていた男からいきなり肩を短刀で刺されたと云うのだ。
蔦吉の元に駆けつけた惣兵衛は経緯を訊いた。
顔はすっぽり半纏のような物をかぶって見えない。
男の脚はどうだった...「尻をからげていたように思います」
蔦吉が「...真暗でしたが、やっぱり脚は見えました」 惣兵衛は、「暗がりの中に脚が見えたんだな」と念を押した。

蔦吉が襲われた現場を幸八は蔦吉を連れて見届けてきた。現場検証だ。
幸八はそこで藁屑を見つける。幸八は、惣兵衛に見せながらやっぱり蔦吉を襲った男についていたものでしょうか?と問うた。
「男か」
惣兵衛の顔を見ながら、幸八は「何ですかえ?」
「親分、おめえさんは、そいつを女だと考えているですね?」
暗がりの中に見えた脚は、「色の白い人間に違えねえ」と云うのが惣兵衛の見立てだった。

名探偵、岡っ引きの惣兵衛の推理が冴える。子分の幸八も切れ者だった。
惣兵衛の長丸を探れの指示に合点で飛び出していった。

「親分はやっぱり眼が高え」幸八は報告した。

「おう、鮨屋か」幸八が、惣兵衛のところに飛び込んできた権太(惣兵衛の子分)に声をかけた。鮨屋とは権太の渾名だ。(間違いなく『大黒屋』だ)
「幸八も来ているなら恰度いい。親分、長丸は殺されましたぜ」
「なに、長丸が殺された?」
殺された場所は谷中の空き寺。下谷は仁助親分の縄張り。
長丸はなぜか風呂敷をしっかりと手に掴んで死んでいたらしいと、権太は報告した。
現場で米粒を発見する。三人の現場検証が終わり寺を出ると惣兵衛は、突然幸太に指示を出した。
「おめえ、これから蔵前に行ってくれ」
「親分、蔵前ですかえ」
「うむ。向こうの札差の傭人に一人、逃げている奴がいるかもしれねえ、...」鮨屋の権太にも加勢を言いつけた。

※札差
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
札差(ふださし)は、江戸時代に幕府から旗本・御家人に支給される米の仲介を業とした者。
浅草の蔵前に店を出し、米の受け取り・運搬・売却による手数料を取るほか、
蔵米を担保に高利貸しを行い大きな利益を得た。札差の「札」とは米の支給手形のことで、蔵米が支給される際に
それを竹串に挟んで御蔵役所の入口にある藁束に差して順番待ちをしていたことから、札差と呼ばれるよう


これからと云うところで惣兵衛は、「お話はこれまでです」で終わった。
話は最後になって惣兵衛の話し相手になったのは、四十七,八くらいの、色の黒い、顴骨のとがった、貧弱な男でる。
名前は柴亭魚仙(サイテイギョセン)。戯作者だった。
他の作品でも同様な展開があったような気がする。

最期は、柴亭魚仙に聞かれるままに謎解きをする。
ネタバレになるが、...
村雨屋太吉という札差(この男は長丸の旦那ではない。/実は蔦吉の旦那)
傭人の久助
どうやら、三人の留守居役は札差の仲間らしい、挟箱を持って行った仲間が久助。
はじめは、遊びに飽きた連中の悪戯だったが思わぬ方向に話が進んでしまった。
長丸は盗んだ櫛、笄、簪など、返すつもりだったのでは。

「どうです、先生、これを種に何か書きますかえ?」惣兵衛は笑った。
柴亭魚仙の頭には筋の組見立てよりに先に「都鳥啼墨田髪飾」(ミヤコドリナクスミダノカミカザリ)という題名が泛んだ。
この偽作者の悪い癖で、いつも筋はおろそかになっている。



2021年9月21日 記
作品分類 小説(短編・時代/シリーズ) 33P×1000=33000
検索キーワード  小笠原家・阿部家・稲葉家・挟箱・貸衣装屋・付箋・芸者・料理屋・札差・櫛・笄・簪・財布(紙入れ)・戯作者・岡っ引き
登場人物
惣兵衛 松枝町の親分。子分は幸八、権太。「大黒屋」にも登場する。
長丸 売れっ子芸者。男勝りの気性で悪戯の片棒を担ぐのか、芝居に一役かう
蔦吉 売れっ子の芸者。長丸の同輩、長丸は姐にあたる。事件では長丸の身を心配するが、惣兵衛に相談したことから巻き込まれていく。村雨屋太吉は旦那
秋山彦左衛門 留守居役に化けた札差。小笠原大膳太夫家来。色の浅黒い男。事件の首謀者か?
吉田助三郎 留守居役に化けた札差。阿部伊予守家来。蒼白い、痩せぎすの男
小沢元右衛門  留守居役に化けた札差。稲葉美濃守家来 
村雨屋太吉  札差。久助は傭人。欲に駆られて長丸を殺すことになる。
久助  札差の傭人。仲間に化けて「挟箱」を担ぎ持ち逃げする。欲に駆られて長丸を殺すことになる
柴亭魚仙  戯作者。惣兵衛の話し相手。事件の経緯を惣兵衛から聞かされ、偽作に書き上げるのか?題名は決まる「都鳥啼墨田髪飾」蔵の中」 にも登場
幸八  惣兵衛の子分で右腕。「大黒屋」にも登場する。
権太  渾名が「鮨屋」。惣兵衛の子分。「大黒屋」にも登場する。

三人の留守居役




■TOP■