NSG(日本清張学会) 徹底検証シリーズ No10
講釈師見てきたような嘘を言い

「父系の指」・「眼の壁」・「渡された場面」に関連して
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(素不徒破人)

徹底検証【10】
2026年02月20日登録

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『小説家は、見てきたような事を書き?』

渡された場面」・「田舎医師」・「眼の壁」・「神々の乱心」に関連して

小説ですから、描写の内容は、創作が当然です。
しかし、登場する場面での描写はリアリティーが求められると思います。
作品の内容で情景描写では具体的に事実(事実らしい事)が記述される場合がある。
例えば
外堀通りを新橋から四谷に向かって車を走らせると、赤坂見附の交差点過ぎる頃から左前方に
神宮球場のナイター照明の明かりがぼんやり見える。

多少でも土地勘のある人なら、上記の記述はおかしいことに気づくでしょう。
溜池から赤坂辺りの外堀通りは、谷底のような場所を走っていて
とてもではないが、神宮球場の明かりなど見えない。
単純な情景描写でも、これはマズイと思います。
大都会の情景だけに、いくら創作と言っても現実に存在する場所ですから正確さが求められると思います。
これが片田舎の描写だったらどうでしょうか?

吉則駅方面から、国道435号を秋芳洞へ向かう途中、野崎の交差点を左折すると、河原村へ向かいます。
急な山道になり、正面に石灰石を発掘する露出した山肌が見える。

完全な間違いではありませんが、下線部分の表現は少し違います。(私の故郷の近辺)
でも、どうでも良いこととして片付ける事も出来ます。

作家は、必ずしも体験したこと、実際に行った場所を表現するとは限りません。
地名など架空の名称で表現することも多々あります。
二つの例を書きましたが、出て来る地名を架空にしてしまうとリアリティーがなくなり
読者としては、おもしろくありません。
逆に、読者が知っている場所、地名などが出てくると、私などワクワクします。
私は、清張作品を紹介する時、場所の記述があれば、何処だろうかと調べたくなります。
『渡された場面』では、場所の特定を試みました。
結論は、場所の特定は出来ませんでした。
あまり建設的な読み方では無いですが、つい調べてみたくなります。

「事実」の中に創作、仮構が含まれているのだと思います。
何処まで許されるのであろうか?疑問ではありますが、作者の自由と言えます。
場所が特定されることの不都合もあります。
例えば殺人事件の現場にした場合、その土地の人々が喜ぶとは思えません。
「不幸な観光地」になることが予想されます。(不幸な観光地ではないが、『ゼロの焦点』)。

清張の作品で『渡された場面』は、作家が描く場所という意味で面白いと思いました。
旅館の女中をしている恋人から、滞在していた作家の書き損じの原稿を手に入れた作家志望の男。
男は、その内容を自身の作品に反映させる。
場面描写は盗作と言ってよかった。
作家がボツにした表現は、作家志望の男を実力以上に見せることが出来た。
問題は、作家が描写した場所で、その場所に行かない限り表現出来る内容ではなかった。
作家志望の男がその場所へ行っていたのか?
推理小説の面白さが伝わる話の展開でした。


  『田舎医師』について【『砂の器』と木次線】(村田英治)から...

https://note.com/sunakisu で以下の指摘がありました。(少々長いですが引用します)
 この列車は、中国山脈の分水嶺を喘ぎながらよじ上る。トンネルを過ぎると、大きな山が眼の前にあった。
隣の客に訊くと、船通山だと答えたのでやはりそうかと思った。この名前も父の口からたびたび聞いている。
この辺は、出雲伝説につながっている。  
 左手に渓流が流れ、雪の積もった岩のはしに水が飛沫を揚げていた。流れは速かった。  
 八川駅というのも懐しい。葛城村から宍道、松江方面に行くには、必ず、この駅に出なければならぬ。
父が十八歳のときに飛び出したのも、この駅からだった。  
 貧弱な駅だ。しかし、良吉は、その寒駅に限りない懐しさで下りた。
松本清張「田舎医師」(1961年、初出・『婦人公論』)より

 一見もっともらしい描写ですが、地元の人や木次線によく乗っている人が読むと、違和感を覚えるのではないでしょうか。
 最大の難点は「大きな山が眼の前にあった」と書かれている船通山(せんつうざん)が、
実際にはこの区間(備後落合~八川)からはまず見えないことです。
地図上で八川駅から船通山までの直線距離を測ってみると、8キロほど。
しかし、中国山地は山また山の連続ですので、山あいを縫うように走る木次線の車窓からの視界はすぐ
手前の山に遮られることが多く、例えば関東平野から富士山が見えるような感じには、地形的に全くならないのです。

                               https://note.com/sunakisu より

あの有名な『砂の器』の亀嵩についても、清張は、実際に行ったことがないことを講演などで、告白しています。

『眼の壁』につては有名な話があります。
十分な取材に裏打ちされた作品を書き上げる清張だが臨場感を出すため書き加えた文章に落とし穴があった。
読者から指摘があったようだ。
                                 『眼の壁

>家なみが切れると、川がっあた。橋の上からのぞいても、底の石が透いて見えた見えるほどきれいな水であた。
>子供が四五人泳いでいた。

●(週刊読売:連載時(第22回)

>家なみが切れると、川がっあた。橋の上からのぞくと、水は真白く濁っていた。陶土のためだ。
●単行本(全集)では、訂正されていた。
実際は陶芸が盛んな場所でとても泳げるような川では無かったのです。



『眼の壁』の映像(1958年10月公開)では、主人公の台詞に「白濁した川」の台詞が登場します。
このあたりは、「週刊松本清張『眼の壁』」に詳しい顛末が書かれています。
作品は1957年12月に週刊読売で完結しています。連載途中で映画化が決定していたようなので、表現は直ぐに訂正されたようです.
土岐川は、かつて陶磁器関連工場からの排水で真っ白に濁っていました。しかし、昭和40年代半ば以降、水質汚濁防止法や
岐阜県公害防止条例等の法令の整備が進み、水質が改善されました。


清張作品には、鉄道の旅などよく出てきます。
情景描写は、当然作家としての腕の見せ所とも言えます。
小説ですから、「想像」・「仮想」・「仮構」であっても良いのですが
現実に存在する場所で、間違いや嘘があってはリアリティーが半減してしまいます。
嘘(仮構)を書く意味があれば良いのでしょうが.....


『神々の乱心』の「梅広駅」について
  『神々の乱心(上)

■作品冒頭の書き出し■
東武鉄道東上線は、東京市池袋から出て埼玉県川越市を経て、秩父に近い寄居町にいたっていた。
武蔵野平野の西南部を横断しているかたちである。その途中に「梅広」という駅がある。
昭和八年現在の東武鉄道の時刻表で池袋駅から所要時間が約一時間である。
ここは埼玉県比企郡梅広町で、人口約一万三千。

具体的だが、「梅広駅」は架空の駅だ。
以下は、松本清張記念館「館報34号 P4」PDFファイルより


松本清張記念館の館報34号に掲載されている「松本清張研究会」第22回研究発表会
での原武史氏の研究発表は大変興味深い内容です。(原武史の本/松本清張の「遺言」

館報は、PDFファイルでダウンロード出来ますのでご一読ください。

松本清張記念館「館報34号 P4」

東武東上線の路線図


小説の舞台は、東松山辺りらしいのですが、「梅広駅」は、存在しません。
清張の仮構の世界です。それなりの理由はあるようですが、現実の場所を描く必要は無いと思います。
ドキュメンタリー作品ではないので、現実の場所を登場させると、それに制約されてしまいます。
物語を自由に展開する為にも、仮構である必要があると言えます。


結論
小説家は、見てきたような事を書き、読者にその場面を想像させるだけでよいのです。
講談師や落語家は、話術でその場面を想像させます。
小説家は、文章で場面を描いてくれます。
見る必要はありません。


2026年02月20日 記


2026年02月20日 素不徒破人
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