松本清張_突風  紅刷り江戸噂(第三話)

〔(株)文藝春秋=全集24(1972/10/20):【紅刷り江戸噂】第三話〕

No_1153

題名 紅刷り江戸噂 第三話 突風
読み ベニズリエドウワサ ダイ03ワ トップウ
原題/改題/副題/備考 【同姓同名】
●シリーズ名=紅刷り江戸噂
●全6話=全集(6話)
1.七種粥 (1152)
2. (1045)
3.
突風 (1153)
4.
見世物師
5.

6.
役者絵
本の題名 松本清張全集 24 無宿人別帳・彩色江戸切絵図/紅刷り江戸噂【蔵書No0134】
出版社 (株)文藝春秋
本のサイズ A5(普通)
初版&購入版.年月日 1972/10/20●初版
価格 880
発表雑誌/発表場所 「小説現代」
作品発表 年月日 1967年(昭和42年)6月号~8月号
コードNo 19670600-19670800
書き出し 十一月八日は吹革祭りである。鍛冶、鋳物師、錺、白金細工、すべて吹革を使う職人が、この日稲荷を祭って息災を祈る。同じ火の行事で、つづく十六日には秋葉権現の祭礼が行われる。これは火除けの守りで、向島の秋葉社には参詣人が多い。向島の三囲稲荷から遠くないので春などでは遊びがてら行く者が少なくなかった。遊山舟の多くは浅草から出て三囲に上陸し、遊び暮らして舟に戻る。なかには吉原に繰りこむ者もいた。初めから遊山舟に芸者を伴れ、秋葉社の庭を眺めて遊ぶ者もある。古川柳に「秋葉から川へ三味線とりにやり」「狐から上がり天狗で日を暮らし」というのがある。狐は三囲稲荷に托し、天狗はもちろん秋葉社にかけている。また「船頭へ呑めと秋葉へ上りしな」というのもある。しかし、これは春のことだ。吹革祭りも済み、風が冷たくなった十一月十六日の朝のことであった。浅草御厩河岸から三囲の下に渡る舟は、秋葉の祭礼に行く客で混み合っていた。
あらすじ感想    シリーズ作品『紅刷り江戸噂』の第三話

タイトルの「突風」の意味が読み始めてすぐに分かる。同姓同名で『突風』があるが、タイトルから来る意味合いも違う。
舞台は前作の「七草粥」と同時期と考えられる。
十一月八日の吹革祭(フイゴマツリ)十六日には秋葉権現の例祭が行われる。
向島の秋葉社に参詣する者が愛多い。
遊山舟の多くは淺草から出ており、三囲稲荷(ミメグリイナリ)で遊ぶ人がごった返していた。
船頭が心配するほど舟には大勢の人が乗り込み賑わっていた。







俄に南風が吹き起こった。
舟は大きく揺れた。
>「危ねえ、危ねえ。じっとしていねえと舟がひっくり返るぞ」
船頭は声を嗄らして制止した。
さらに強い風が吹く。『突風』だった。
混乱する舟の中だったがひとたまりも無い。あっという間の出来事だった。客は全部が川の中に投げ出された。

記録によると、助かった者は十人。本湊町弥七店忠右衛門、七十五歳。
本所石原町治平衛店久右衛門の倅増吉、五歳。
助けられたが、茅場町清右衛門店の市之助は、介抱者が慌てたのか、
身体を温めるために火を焚いたのはよいが、火傷を負わしてしまった。
水死者の中には武家人もいた。
当時、水死人の人相、服装などかなり詳細に記録されていた。
しかし、何分、船頭自体も死亡していて、舟に何人くらい乗せていたかは詳しくは分からなかった。
おおよそ、三十人くらいだろうというのが淺草側に残っていた人たちの話であった。
助かったのが、十人。死体が収容されたのが十三,四名。残りの五,六名が川ざらいをしても見つからなかった。

引き取り手のない遺体が二つ残った。
一人
「町人体の男、年ごろは四十歳ぐらい、鼻高く、色黒く、鼻際に少し痘痕がある。
眉毛うすきほう、耳常態、上歯一本抜けこれあり、月代
うすきほう、藍縞木綿布子膝に少し継ぎがある。
股引き、縞財布、ただし、中に一朱銀一つ、銭三百文、木綿細引」
もう一人は
「町人体の男、年ごろ二十三,四ぐらい、鼻高く、色白く、眉毛濃きほう、耳常体月代うすきほう、
鉄色紬、甲斐絹襦袢、革銭入れ一つ、ただし、
中に二分金二つ、一朱銀二つ、銭少々、博多帯一本、莨入れ一つ、煙管は銀口」
四十男の方が貧乏である事は分かるが、身元の手がかりはなかった。

助けられた女は三人。
一人は、四十五歳の女房。溺死した惣兵衛の家内だった。
二人目は、十六歳の娘。源兵衛店藤六のお藤と云った。源兵衛も助かった。
三人目は、三十一,二くらいの、身装いい女であった。着ている物も立派で、裕福な家の女房と思えた。
問題は三人目の女で、香具師の善助の家に担ぎ込まれて介抱されたのだった。
善助は老婆と二人きりで、今年二十七歳になる。
なぜ、女が善助の家に抱え込まれたかは分からない。
他に近所に相応しい家があるのだが、急な騒動で慌てていたのだろう。
当日は、善助も秋葉祭を当て込んで商売に出ていた。
老婆をはじめ近所の女房達の親切もあり、「裕福な家の女房」風の女は一命を取り留めた。
親切に、丁重に礼を言うが、老婆が所と名前を聞くが、答えなかった。
届け出る都合もあり、介抱した女房達も不愉快な顔をした。
女は、
>「申し訳ありませんが、所と名前だけはどうぞご勘弁下さいまし、いずれあとからお礼に参ります」。
>「ほんとうに申し訳ありません」

事情を察したか、何度も詫びながら、金を差し出した。当座のお礼として二分金を一枚出した。
お医者様にも渡してくださいと言葉を添えた。
時刻を聞き、昼過ぎと分かると慌てて、駕籠を呼んでくれと云った。
何処まで帰るのかとの問いにも、「それほど遠くはありません・・・」
着物も濡れたままだが、油紙に包んでくれ、持ち帰ると云い、
老婆から寒さしのぎに掛けて貰っていた洗いざらしの着物を譲ってくれと云った。
それには、一朱銀二枚を老婆に差し出した。それだけの金があれば、老婆は新しい着物が買えた。
バタバタしている間に、駕籠が来る前に、主の善助が帰ってきた。

善助は、女に何処まで帰るのかと聞くと、女は「深川」までと答えた。深川はどのへんで?
「少し訳がありまして・・・」女は所と名前は勘弁くださいましと答えるだけだった。
老婆や近所の女房連中にはそれで押し通せたが、善助は理屈を言った。その理屈は善助に有った。
>「難儀を助けるのはお互いさまですがね、・・・」
>「どうやら結構なお家のご内儀の様子で、お名前をおっしゃらないのはちとお行儀にはずれているように思いますが」

いちいちご尤も。女は両手を突いて「今日のところは見逃してくださいまし」と言うのが精一杯だった。
老婆は、ハラハラしながら目配せで善助に止めるように求めたが善助は嫌味を続けた。
女は善助の前に二分金をもう一枚取り出し置いた。
善助は眼の前の二分金に心が動いたのか、矛先を収めた。駕籠が来た。

善助は、二分金を懐に、急に立ち上がり出掛けた。
老婆のまた手慰みにも行くのではの心配をよそに捨て台詞のような、謎の言葉を残して表に出た。
>「心配することはね。おっかあ。賭博でも、ひょいとすると、もっと大きな目を張るかもしれねえ」
女を乗せた駕籠の後を追ったのだった。

駕籠は永代橋を渡った。
意外にも、「裕福な家の女房と思えた。」女は裏長屋に住んでいた。
善助は、駕籠を見届けると、近くの酒屋に入った。懐は二分金一つと一朱銀二枚。
上酒を注文して、酒屋の亭主に聞いた。場所は黒江町と云うらしい。
女が入った場所から、そこに住んでいるらしい人物を聞き出した。
家はお房さんといって、材木屋に勤めている新吉さんの住居。母子二人暮らし。母親は五十くらい。
善助は母親に曰くがありそうだと考えた。
お房は三年前まで、京橋の菱屋という太物屋に(ふとものや)に乳母に上がっていた。
お房が菱屋をやめたのは、菱屋の一人息子、玉太郎が疱瘡で死んだかららしい。
酒屋の話から、善助の推量は、お房の家に駆け込んだのは、菱屋の内儀で死んだ玉太郎の母親らしい。
直接菱屋に帰ることの出来なかった菱屋の内儀は乳母のお房の家に駆け込んだのだろう。

善助の疑問は、子供が死んだ後も乳母のお房と付き合いがあることだった。これも、酒屋の話で分かった。
乳母のお房は、菱屋の内儀が嫁入りの時、実家から連れていった女中だった。内儀は品川の出で、お綱といった。
それでも、お綱の方からお房を訪ねることに合点がいかない善助だった。
酒屋の亭主もお綱が訪ねる事は無いと証言した。
お綱がお房を訪ねたのはよほどの事情があったのではと思う善助だった。

善助のぼんやりした思案はあらぬ方角で結びつくことになった。
舟の災害で身元不明の遺体が二つあり、一つが、二十三,四の若い男で、暮らしに困っている風ではない風采の男。
善助の頭の中で、お綱と身元不明の若い男が結びついた。

善助は菱屋の様子を覗いに出掛けた。近くの魚屋で聞き込みだ。
菱屋は大店で、善助が声をかけた小さな魚屋の女房は、私の所ような魚屋は出入りは出来ないと不満そうに云った。
菱屋は、「ご主人夫婦、番頭さんと、手代が二人に小僧が四人です」
旦那は五十近い人で、あまり店には出ていない。主人の宗兵衛さんは中風で寝たり起きたりという。
手代が二人と善助が確認すると、魚屋の女房は、手代の一人が最近故郷に帰ったと話した。
噂話としてだが、四日前に、信州の母親が病気だとかで暇を取って戻ったというのだ。
手代の名前は長三郎。歳の頃なら,二十三,四。故郷煮帰ったのがあの舟の災難のころ。
長三郎に女がいた気配はない。

善助は、お綱が所や名前を隠す訳を合点した。長三郎とお綱は出来ている。
確信した善助は、二分くらいの金で誤魔化されてたまるかと、お綱の小細工をあざ笑った。

善助は、神田の裏店に才次を訪ねた。
お綱の小細工を笑う善助だが、悪知恵を働かして才次と一芝居打つことにした。
伝助は事の次第を才次に話し、儲け話の片棒を担いで貰いたいと打ち分けた。
善助の悪巧みは、才次を長三郎の兄貴に仕立てて、菱屋の内儀を強請ろうというのだ。
善助と同類の才次は、「それで、金儲けというのは、その菱屋のおかみを強請るのかえ?」話は早い。
善助が才次を誘ったのは、才次が、信州の生まれで、長三郎の兄に仕立てるには信州訛りが好都合と判断したのだった。
才次は、信州の高遠の在だった。
思いついたが吉日、善助と才次は、京橋の菱屋に向かった。

菱屋で女中におかみさんに取り次いでもらった。善助の顔を見ると、お綱は、顔色が変わった。
善助は、「お初にお目にかかります」と断り、馬喰町の善太郎と名のった。
才次を手代の長三郎の兄と紹介して、信州から出てきたので、長三郎に会わせてくれと頼んだ。
長三郎は信州に帰ったことになっている。お綱は善助の目的を気がついた。
お綱は、才次に向かって、本当に長三郎の兄さんですかと疑った。そして、信州は何処の村ですかと問うた。
そこまでの打ち合わせはしていなかった。口籠もる才次に、長三郎は「藪坂村」と聞いたが.....
お綱は、鎌を掛けたのだった。お綱は急に笑い出した。
>「長三郎の兄さん、おまえさんも案外正直者だねえ」
「藪坂村」は出鱈目だと云った。
お綱の方が役者が一枚上だった。善太郎を名のった善助は態度を一変させた。そして、三両の金に有り付いた。

三両を手にした、善助と才次は、行き付けの飲み屋に上がり祝杯を挙げた。
三両、三両と才次が言うので、善助は内訳が二両と一両である事を言い聞かせ釘を刺した。

結末に向かって怒濤の進行を見せる。
よくある話で、共犯者の仲間割れである。登場時点では善助も才次も小悪党程度と思われたが、強かな悪党だった。
悪党は当座の三両では収まらなかった。二人で抜け駆けはしない約束をしながら、
悪党の約束など何の突っ張りにもならない。
善助は菱屋のお綱に一人で会いに行った。
金の無心であり、強請なのだがもう一つ別の目的があった。
一両の無心に二両差し出され、納得したかに見せながら、もう一つの目的を実行した。
お綱を手籠めにしながら、善助は悪党としての台詞を吐いた。
>「.....それ、悪あがきをするんじゃねえ・・・長三郎がどれくれいよかったか知らねえが、
>おいらも女道楽で鍛えた術を持っている。
>一度、おいらにかかった女は離られねえといっているぜ」


才次は、善助が一人で菱屋のお綱に会いに行っていることを嗅ぎつけていた。
蛇の道は蛇。善助、才次、お綱、三者三様の悪党である。
結末は悪党どもの共食いの様相になる。哀れに、菱屋の主人の宗兵衛も巻き込まれる。

【突風】は、具体的に舟の転覆をもたらした。
そして登場人物の人生に、予期せぬ『突風』を吹かせた。≪突風≫に吹き飛ばされたのだった。


『紅刷り江戸噂』の一話・二話(すでに紹介済み)・三話を読んで共通点が見えてきた。
一つは、女が好色である事。もう一つが、男が下世話で、女たらしの性技自慢であること。


-----------------------------------------------------
教訓的出来事と言えるが、不倫や浮気旅行の最中に事故に巻き込まれる。一方が死亡し、生き残った方との関係性が不明の場合
身元不明で処理される場合があるだろう。関係性が露見することを恐れるからなおさら表面化しない場合が有ると思われる。
大地震など数千人の死亡者があるが、たとえ身元がハッキリしても二人の関係性を証明することなど不可能ではないだろうか。
例えば、地震などで、出張中のAさんが死亡した。Aさんは、浮気中のBさんとホテルで会っていた。勿論部家は別々で・・・
Bさんは、無事で、家に帰った。何も事件性はないのだ。
(たまたま二人を目撃していた人間がいた/推理小説のネタにならないだろうか?)
似たような設定の小説があった。

●「黒い樹海
正確には覚えていない。紹介作品としても取り上げていないが、テレビドラマで見たと思う。
内容的には、バス事故が切っ掛けでストーリーが展開されていたように思う。

●『紅刷り江戸噂』の一話・二話(すでに紹介済み)・三話を読んで共通点が見えてきた。
一つは、女が好色である事。もう一つが、男が下世話で、女たらしの性技自慢をしていること。
-----------------------------------------------------
●黒江町
江戸深川にあった地名。 現在の東京都江東区門前仲町一丁目・永代二丁目付近にあたる。
東京都:江東区旧深川区地区黒江町
[現在地名]江東区永代えいたい二丁目・福住ふくずみ一丁目・門前仲町もんぜんなかちよう一丁目
油あぶら堀から分れて大川(隅田川)へ流入する黒江川の両岸に位置する町屋。町域は数ヵ所に分れ、
北川きたがわ町・奥川おくがわ町・一色いつしき町などに接し、西念さいねん寺・蛤はまぐり町・
佐賀さが町代地・永代寺門前仲町・加賀藩前田家抱屋敷などが混在する。深川黒江ふかがわくろえ町とも称した。
漁師の住む浜十三町の一。寛永六年(一六二九)成立した深川猟師ふかがわりようし町八ヵ町の一で、
初め開発者斎藤助右衛門の名をとって助右衛門町と称した。

●月代(サカヤキ)






2024年03月21日記
作品分類 小説(短編・時代/シリーズ) 27P×1000=27000
検索キーワード 菱屋・内儀・手代・秋葉権現・祭・遊山舟・転覆・身元不明の遺体・香具師・悪党の悪知恵・信州・強請・共犯者・仲間割れ 
登場人物
お綱(綱) 菱屋の内儀。手代の長三郎と出来ていた。秋葉権現の祭に逢い引きに出掛けるが、遊山舟が突風に煽られ転覆。
転覆した舟から助けられるが、所や名を乗らぬ。結果、善助に強請られる。連れの長三郎は溺死するが、中気の宗兵衛が待つ店に何食わぬ顔で帰る。
長三郎 菱屋の手代。内儀と良い仲になる色男、信州の出。逢い引きの祭の遊山舟が転覆し溺死する。身元不明で処理される。
善助 裏長屋に老婆と一緒に住む。香具師を生業としている。偶然助け出された菱屋の内儀に疑問を持ち悪事を企む。
名前にはにつかわぬ悪党で、友人の才次と共謀して、内儀のお綱を強請るが、強欲で一人でいい目を見ようとして、仲間割れ。
才次 善助の友人。善助に負けない悪人で善助が一人でいい目を見ようとするのを嗅ぎつけ深みにはまっていく。
共犯者の約束など役に立たない事を自ら実証してしまう。
宗兵衛 菱屋の主人。歳の離れた女房に裏切られ、事件に巻き込まれながら最後を迎える。
お房(房) お綱と共に菱屋に乳母として奉公する。お綱が連れてきたのだが、お綱の子供が疱瘡でなくなり裏長屋で別に暮らしている。 

突風