松本清張_七草粥  紅刷り江戸噂(第一話)

〔(株)文藝春秋=全集24(1972/10/20):【紅刷り江戸噂】第一話〕

No_261

題名 紅刷り江戸噂 第一話 七種粥
読み ベニズリエドウワサ ダイ01ワ ナナクサガユ
原題/改題/副題/備考 ●シリーズ名=紅刷り江戸噂
●全6話=全集(6話)
1.七種粥
2.
3.突風
4.
見世物師
5.

6.
役者絵
本の題名 松本清張全集 24 無宿人別帳・彩色江戸切絵図/紅刷り江戸噂【蔵書No0134】
出版社 (株)文藝春秋
本のサイズ A5(普通)
初版&購入版.年月日 1972/10/20●初版
価格 880
発表雑誌/発表場所 「小説現代」
作品発表 年月日 1967年(昭和42年)1月号~3月号
コードNo 19670100-19670300
書き出し その年正月六日は雪であった。「よく降るな」と、庄兵衛は炬燵の中にまるくなりながら、中庭の松の上に積もった雪を見て云った。広い家の中だが、しんとしている。「七種が明日にきて、やっと正月らしい気分になったわな」と、お千勢は庄兵衛に茶を淹れながら答えた。「うむ、おおきにそうだ。三ガ日は、まるで休んだような心地がしなかったからの」と、庄兵衛は若い女房のお千勢から渡された湯呑を手で囲いながら、軒から落ちる白いものを眺めた。庄兵衛は、日本橋掘留でかなり手広く商売をしている関東織物の問屋であった。今年四十九の小厄だ。先妻は七年前に死んで、いまのお千勢を五年前に迎えた。年は二十くらい違う。その器量を望んで庄兵衛が川越からもらった。お千勢の親は川越の地主だが、いったん嫁に行ったのが亭主の若死で家に戻ってきていたのだった。
あらすじ感想   シリーズ作品『紅刷り江戸噂』の第一話

時代物で、背景の時代がハッキリしない。
松本清張全集24巻の解説(加太こうじ)によると、『彩色江戸切り絵図』は、天明元年(1781年)から文久二年(11862年)
までの江戸時代を背景にしていると書かれているとしている。『紅刷り江戸噂』も同じ時期の時代背景と思われる。

時期は正月六日、雪の日
庄兵衛は炬燵の中で女房の千勢(チセ)に話しかけた。
>「七種が明日にきて、やっと正月らしい気分になったわな」
庄兵衛は日本橋で関東織物の問屋をしている。大津屋と言った。先妻を七年前に亡くし、後妻を迎えた。
四十九歳になる小厄だった。
後妻の女房は千勢と言い、二十歳くらい若く、川越の地主の娘を庄兵衛が見そめて後妻に迎入れた。
千勢は一度嫁に行ったが、亭主の若死にで家に戻っていた。
正月の年中行事として「七草粥」を祝う風習があった。無病息災を願う行事で、店でもその準備が始められた。
千勢は、女中のお染がなずなを買うと言うのを止めて自ら裏口から出て天秤棒を担いで売り歩いている
なずな売りを呼び止め買いに出た。
なずな売りは近在の百姓が主に売り歩くのだが、なかにはこの時期だけに商売をする者もいた。
千勢がなずな売りを相手に品定めをしているとき、番頭の友吉が顔を見せた。友吉は通いの番頭だった。
友吉は多少酒も入っていた。
友吉が、なずな売りと千勢のやり取りに口を挟み、値を値切るので千勢は縁起物でもあり篭一杯を買い取ることにした。
千勢の店は大店だから大量に必要だったし、友吉の家の分まで買ってやることにした。

庄兵衛は、お千勢と歳が離れていることを心配するが、仲睦まじく暮らしていた。そのように見えていた。
庄兵衛がお千勢の肩を抱き寄せようとしたとき、障子の向こうから声が掛かった。
>「旦那、おかみさん。粥の用意が出来ました、」手代の忠助の遠慮そうな声だった。
大店の大津屋庄兵衛宅では七草粥が奉公人一同を含めて振る舞われた。
が、忠助は今朝出がけに粥をすすったので、腹がふくれていると、チョット箸を付けただけだった。
粥を食べる場面での、友吉、忠助、庄兵衛夫婦の描き方は彼らの人間関係を表しているとも思える。
友吉や庄兵衛のたわいのない話に賑やかな中で七種の粥の膳は進んだ。友吉は三杯までおかわりをして腹一杯食べた。


大津屋は大騒ぎになった。
七草粥を食べたもの達がとたんに苦しみだした。食あたりの様だ。
医者の了庵が駆けつける。庄兵衛夫婦を診ているあいだに、番頭友吉の近所のものが了庵の下男と共に駆けつけた。
>「大変だ、先生」
「朴庵先生も、玄沢先生もみんなでております。・・・こちらの番頭さんの友吉さん夫婦しんでしまったんで.....」
大津屋だけではないようだ、世間は大騒ぎだ。
>「なに番頭さん夫婦が死んだ?」
了庵は度肝を抜かれた。

騒ぎのさなか、忠助と女房のお絹が駆けつけてきた。
お絹は、さして器量が良い訳では無いが、取引先の娘で庄兵衛の仲人で裏店で所帯を持っていた。
お絹は、針仕事などで忠助を支え世話女房だった。
忠助は通いの手代で大津屋へ十二年ばかり勤めていて、庄兵衛はゆくゆくは、のれん分けをしてやるつもりでいあた。

七草粥で中毒を起こすはずはない。なにか毒草でも混じっていたのではというのが町の噂で、
なずな売りの行方を詮議した。
七草を粥にするには小さく刻むので、毒草の正体は分からなかったが、
医者の言うのには「トリカブト」ではないかと言うのあった。
大津屋庄兵衛はその日に死んだ。女房のお千勢は若かったこともあり、一命をとりとめた。

被害が大津屋以外にもおよんでいるので、大津屋を狙ってのことではないのではという結論で、
恨みを買っているような事実もなかった。
七種を買った千勢は、なずな売りの男の顔を覚えていなかった。
神田や京橋でもそのなずな売りの男の顔を覚えている者は居なかった。
池袋の在から来たらしい。本当の百姓なら「トリカブト」が混ざれば分かるし、
無知で無知で売ったなら百姓ではない。
深川あたりの貧乏人が百姓に化けて偽のなずな売りをしたのだろう。探索は見込みから
いろいろ調べたが手がかりはなかった。


初七日の法要も終わり、大津屋では親戚が集まって今後の相談をした、
伯父の惣左ヱ門が総代になって、お千勢の意向を聞いた。
お千勢は、親戚一同を前にして答えた。それは、庄兵衛の遺言でもあるとして話した。
再縁もしないで、大津屋を守る。庄兵衛が最後の亭主だと断言した。
番頭の友吉が亡くなり、大津屋の後はどうするかとの問いに、友吉はゆくゆくは暖簾分けをして遣るつもりだったが、
庄兵衛は手代の忠助を見込んでいて、番頭にするつもりだった。忠助は友吉より商売人として出来が良いと言っていた。
早い話、忠助を番頭にしてお千勢は、大津屋を守るというのだ。それも、庄兵衛の遺言だとハッキリ答えた。

場面は一転して、忠助とお絹のやりとり。
二人の夫婦仲は破綻に近づいていた。
帰りが遅く、朝早く出掛ける忠助。お絹の不満が爆発した。
夫婦喧嘩は売り言葉に買い言葉、繕いが出来ないほど発展した。
お絹は、忠助と大津屋の女将お千勢の仲を疑っているのだ。
なかなか口を割らない忠助にお絹が言ってはならぬ言葉を口にした。
>「これだけ云っても、まだ白状しないのかえ? おまえは大津屋のおかみさんと.....」
忠助の拳が、お絹の頬桁(ホオゲタ)に飛んだ。
お絹は狂ったように忠助に食らいついた。
狂ったかという忠助に狂ったのはお前の方じゃないかと言い放った。手を出した時点で忠助に分がない。
>「わたしだけ知っているんじゃないよ。ほかにも知った人がいたよ」
友吉が、教えてくれたと云った。
>「なに、友吉さんが?」
話は決定的になった。しかし忠助は反撃を試みた。
お絹と友吉の仲を疑うのであった。どちらも死人に口なしの話ではあるが、忠助は、お絹を蹴倒してその日の朝は、
帰って話を聞くと捨て台詞を残して出掛けていった。

登場人物の正体がバレてくる。
大津屋の蔵で密会するお千勢と忠助。お千勢の淫乱ぶりがあぶり出されると共に、忠助との仲が睦言とともに語られる。
お絹がお千勢と忠助の仲を疑っている。それも友吉から聞いたというのである。
お千勢は驚き、忠助に顛末を聞くが、お千勢は思わぬ方向で嫉妬する。
お絹と友吉の仲を疑って言い訳をする忠助に、忠助がお絹に未練を持っているとヤキモチを焼くのである。
ここで、忠助は睦言ついでに告白をするのである。
>「・・・わたしは、おまえさんと一緒になりたいばかりに、おまえさんを手伝って、ご主人と、友吉さん夫婦とを・・・」
どうやら、二人は共謀して「トリカブト」を七草粥として食べさせ庄兵衛や友吉夫婦を殺したようだ。
殺害方法は忠助が考えたようで、悪知恵の利口者と言える。
具体的な方法と、お千勢までおかゆを食べて半死の目に遭っているが、その方法は語られていない。
この共謀には、もう一人の人物が関係していた。
なずな売りの男だった。
共謀は、分け前で分裂する。結果、いい目を見たのはお千勢と忠助で、おこぼれを頂戴しただけの丑六は、
金の無心に忠助を度々訪れる。このままでは強請られ放題になる。
悪知恵の働く忠助は一計を案じる。
筋書きは如何にもあくどい。
丑六に女房のお絹を襲わせる。忠助が丑六に筋書きを話すが、「越前屋、おまえもあくよのう」ではないが、
忠助の悪党ぶりが際立つ。
>「忠助さん、おめえは悪党だな」 悪党の丑六が云う。
その後の筋書きは解決編と云うべき最後に語られるが、忠助が考え実行した筋書きである。

丑六と忠助とのやり取りが、卑猥に書かれ、お千勢の好色ぶりがしつこく描かれている。
歳の離れた男の後妻になった女の欲望を忠助にぶつけることで満足する悪女ぶりは際立っている。
世話女房で、嫉妬に狂ったお絹が対照的に描かれているとも言える。お絹の描き方には多少の救いがある。
お千勢も悪い女であるが、忠助もお千勢以上に悪い男である。
友吉は最初に登場したときは一癖有りそうな狡い男として描かれているが、あえなく七草粥で命を落としている。

岡っ引きの文七が謎解きをする。
しかし、最後まで「トリカブト」の利用方法など具体的手口が語られていないので、消化不良で胃がもたれる。
なぜ、お千勢もお粥を食べたのだろう?トリカブト入りを知っていて、少しだけ口にしたのだろう。

以下は、「大山詣で」(彩色江戸切り絵図)での兵助の台詞である。
>「おかみさん、今だからこそ打明けるが、おれはとうからおまえにほれていたのだ」
>「はて、こうなったらおとなしく往生しな。とっくりと、
この兵助の技がおまえを喜ばしてやるぜ
ここらの記述が、丑六の女たらしの台詞に共通している。
ハッキリ思い出せないが、『彩色江戸切り絵図』・『紅刷り江戸噂』の中には
性技の48手裏表を自慢する男の記述が共通して出てくる場面があるようだ。


※トリカブト
トリカブト(鳥兜・草鳥頭、学名:Aconitum)は、キンポウゲ科トリカブト属の総称である。
有毒植物の一種として知られる。スミレと同じ「菫」と漢字で表記することもある。
ニリンソウ、ゲンノショウコ、ヨモギ、モミジガサなどと外見が似ているため誤食事故に注意を要する。


2024年03月21日記  
作品分類 小説(短編・時代/シリーズ) 33P×1000=33000
検索キーワード なずな売り・若い後妻・手代との仲・好色な内儀・食中毒・トリカブト・岡っ引き・関東織物・世話焼き女房・嫉妬 
登場人物
庄兵衛(大津屋庄兵衛) 大津屋の主人、関東織物の問屋を手広くやっている。後添えのお千勢とは一見仲良くやっている。
歳の離れたお千勢の欲望に対する不満には気がついていない。好色なお千勢に裏切られ七草粥で死亡する。
お千勢(千勢) 川越の地主の娘で亭主と死に別れたところを庄兵衛に見そめられ後添えになる。
好色で手代の忠助とでき、忠助と共謀して庄兵衛もろとも友吉夫婦まで殺すことになる。
 
友吉 大津屋の通いの番頭。登場時には一癖有りそうな人物として描かれるが、あえなく七草粥を食べ夫婦伴に死亡。
忠助 大津屋の手代。お絹と夫婦になり通いで働く。大津屋の後妻のお千勢とできる。事件の筋書きを書き実行する悪党 
お絹(絹)  忠助の女房。美人と言うほどではないが、気立ての良い世話女房。忠助とお千勢の仲を疑い嫉妬に燃えるが、世話女房である事には変わりなかった。
亭主の忠助はその世話女房ぶりが鼻についていた。忠助には最悪の裏切りに合う。
 
了庵 町医者。大津屋の騒動に駆けつける。 
惣左ヱ門  庄兵衛の伯父。庄兵衛亡き後大津屋のその後を案じて、お千勢に、親戚代表として意向を聞く。
丑六  なずな売り。淺草の馬道に住む人足。忠助の手先となって事件の片棒を担ぐ。忠助の手口を知る人間で、忠助を強請る。
忠助の口車に乗って罪を重ねるが、結果忠助に殺される。
 
文七 岡っ引き。事件を調べ忠助に疑いを持つ。最後に忠助の筋履きを暴露し事件を解決に導く。 
亀五郎  下っ引き。文七の手下。

七草粥