題名 | 雀一羽 | |
読み | スズメイチワ | |
原題/改題/副題/備考 | 【重複】〔(株)講談社=増上寺刃傷(講談社文庫)〕 【重複】〔(株)角川書店=潜在光景(角川ホラー文庫)〕 |
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本の題名 | 松本清張全集 37 装飾評伝・短編3■【蔵書No0136】 | |
出版社 | (株)文藝春秋 | |
本のサイズ | A5(普通) | |
初版&購入版.年月日 | 1973/2/20●初版 | |
価格 | 1200 | |
発表雑誌/発表場所 | 「小説新潮」 | |
作品発表 年月日 | 1958年(昭和33年)1月号 | |
コードNo | 19580100-00000000 | |
書き出し | 元禄年間のことである。内藤縫殿忠毘は御書院番士で、五百石を領する旗本であった。性来、木訥で実直である。常から忠勤を励んで、少しくらいの病気では欠勤したことがない。いかにも御役目大事と謹直に出てくる。いつぞや瘧を患った時などは、熱のある赭い顔をして押して出て来て、皆を愕かしたことがあった。組頭はもとより、相番の者にも受けがよかった。営中の虎の間、柳の間、玄関前、中雀門、番所といった受けもちの場所を丹念に見廻りし。少しの懈怠が見えない。のみならず、新参の者には殊のほか親切に世話した。えてして古参の者は新参の輩に意地悪く当たり勝ちであるが、内藤縫殿に限って誠に行き届いた指導をするのである。自然と人々は縫殿を尊敬するようになった。縫殿は人望を蒐め、上からも属目されて次第に加増され、元禄七年の春には石高千二百石、御書院番組頭に挙げられ、布衣(六位)を仰せつけられた。 | |
あらすじ&感想 | はじめに題名と内容ついての蛇足です。 清張は題名を付ける名人でもあった。しかし実態は少し違っていた。 『題名に関する一考察』でも書いたが、直接内容を示す題は必ずしも多くない。 「点と線」の様に全体を通して納得させられる題が印象に残る。 『波の塔』だとか『水の炎』だとかいうような題は、おそらく小説内でも言葉(文章)として登場しないと思うし、 題名から内容は想像できない。 もちろん、「点と線」も言葉(文章)では登場していないと思う。 【雀一羽】はズバリ出て来る。(○○ページ/蔵書:松本清張全集37/文藝春秋) 偶然であるが、新しく手に入った【偶数】(○○ページ/蔵書:駅路 傑作短編集(六)/新潮社)を読んで いて見つけた。ズバリ「偶数」が出て来る。 さて、作品紹介です。 小説の時代背景を説明する必要がある。蛇足的研究でも書いたが、 元禄時代とは徳川綱吉の時代と言っても良い。江戸幕府第5代将軍で在職は1680年〜1709年。 柳沢吉保を重用し、生類憐(しょうるいあわれ)みの令を発して犬公方(いぬくぼう)とよばれた。 ≪ウィキペディア≫ 江戸幕府第5代将軍徳川綱吉は、貞享4年(1687年)殺生を禁止する法令を制定した。 貞享4年(1687年)02月27日:魚鳥類を生きたまま食用として売ることを禁止(鶏と亀と貝類も含む) 貞享4年(1687年)04月09日:病気の馬遺棄者が遠流に処される(武蔵国村民10人) 貞享4年(1687年)04月30日:持筒頭下役人が鳩に投石したため遠慮処分 貞享4年(1687年)06月26日:旗本の秋田采女季品(中奥小姓秋田淡路守季久の嫡男)が吹矢で燕を 撃ったため、代理として同家家臣多々越甚大夫が死罪 元禄元年(1688年)02月01日:屋号の鶴屋および鶴の紋は禁止される 元禄元年(1688年)05月29日:旗本大類久高が法令違反を理由に処罰される 元禄元年(1688年)10月03日:鳥が巣を作った木を切り、武蔵国新羽村の村民が処罰される 元禄7年8年? 11月、江戸の野犬を中野に設置した犬小屋に収容される。 時代は貞享(ジョウキョウ)、元禄(ゲンロク)、宝永(ホウエイ)と続く。 内藤縫殿忠毘(ないとうぬいただあつ)は御書院番士で、五百石を領する旗本であった。 人望を集める縫殿(ぬい)は石高千二百石、御書院番組頭になる。 人物が人物であるから誰も嫉視反感を持つ者がない。 これでもかこれでもかと、内藤縫殿を褒める文章が続く。 「わしは仕合せ者じゃ。何事も御奉公第一である」 これでは面白くない。 人生の前途には、見えぬ暗い穴がいくつも掘ってある。ここまで順境に進んできた内藤縫殿にも、その穽 が構えていた。 内藤縫殿忠毘の人生が反転する。 内藤の屋敷に喜助と称する使用人で若頭の男がいる。武州川越在の出で二、三の屋敷を渡り歩いて いる男である。 別段欠点はないが、少々酒飲みである。それも晩酌を楽しむ程度である。 縫殿の登営中の出来事であった。 喜助は今晩の寝酒の肴に焼き鳥考える。それは内藤の屋敷に飛来し遊ぶ雀を見ての考えであった。 百姓の倅に育った喜助に雀を捕らえることは動作無いことである。 ところがなかなか雀を捕らえることが出来ない。雀は、真向かいの屋敷、大田内蔵頭の邸の逃げ込んだ。 ムキになった喜助は表に出て、大田屋敷の塀越しに伸びた桐の木に留まる雀を、鳥黐(とりもち)を付けた 竿で捕らえた。 雀の確保に成功した喜助は満足した。 その時喜助の肩をつつく者がいた。雀取りに夢中になっていた喜助は、先刻からいたそのものに気づかな かった。 この者は町方の見廻りだった。喜助は顔色を変えた。 「やい、てめえの手の中にあるのは何だ?」 喜助とて生類憐みの政令は知っている。 登営の勤務を終え下城するばかりの内藤縫殿は、目付松平上野介に呼び止められる。 内藤屋敷の雇い人の中に「喜助」なる者の存在を確認される。 「只今、町奉行所より報らえがありましてな、その喜助なる者が雀を殺したそうで」 「えっ」縫殿は思わず声を上げた。同情する上野介は登城を控えるように言い、続けて言った。 「町奉行からの問い合わせが、折悪しく美濃守殿の耳に入った。内藤殿。お察し頂きたい」 美濃守とは柳沢吉保のことである。綱吉の寵愛を受ける吉保は、色が女のように白く、鼻筋が高く通ってい る。下城する吉保に廊下で遭遇した縫殿はその容姿からくる冷たい視線を感じることになる。 帰宅した縫殿は、這いつくばって詫びる用人の鈴木平馬に「なに、子細はあるまい」 「たかが雀一羽のことじゃ。三日も謹慎していれば事済みになろう」 口先とは別に縫殿は三日程度では収まりの付かないことを予感していた。 懐妊中の妻りえも心配している。 なか二日置いて、その沙汰は下った。 「−−−不届きに付、御書院番組頭御役を御免−−−」 沙汰を突き付けられた縫殿は、美濃守の冷たい顔が瞬時に彼の脳裏を掠めたo 小普請に貶された縫殿は見舞いに駆けつける者に会おうとしない 小普請入りしたことを、この上ない恥辱と考える縫殿は、門を閉じて引籠った。 縫殿の人柄か面会を求めて尋ねる者も多い。その慰めの言葉は「...たかが雀一羽で」という口吻が仄め いている。不思議ではなかった。誰でもそう考えるのだ。 「ご親切かたじけない」泪をこぼして頭を下げる縫殿。 縫殿の小心を心得ている妻りえは気丈夫に振る舞う。 りえは男の子を産む。名前を利一郎とつける。 1年半を過ぎたときりえは、縫殿に諭す。「恐れながら公方様は只今 お歳五十一歳になられます...」 早い話、やがて時期が来れば公方も死ぬ、柳沢美濃守も御役御免身体を丈夫にして辛抱だというので ある。跡取りの利一郎も出来、妻りえの気持ちを察して辛抱する。が、時々雲の影がよぎるように絶望の 翳りが彼の顔を掠めた。 こんな風に三,四年過ぎた。こうして十五年が経った。 十五年は長い。りえも自分の髪にまじった白髪をそっと抜くようになった。(歳月を感じさせる) 宝永六年正月十日、将軍綱吉が死んだ。 将軍職を嗣いだ家宣は、綱吉の死後十日にして生類憐みの令を廃止した。 雀躍り(こおどり)して喜ぶ縫殿。柳沢吉保も隠居となる。 用人の鈴木平馬も、自責から逃れられるかのように町人の噂話を縫殿に持ち込む。 しかし、期待する沙汰はない。五日待ち十日待ったが何もない。縫殿は過去の人間になったのである。 期待が失望になり、そして、絶望。落胆は以前に輪を掛ける事になる。 日が経つにつれて狂う縫殿。最早常人ではない縫殿に赤子のように世話をするりえがいた。 彼女は白髪を抜かなくなった。抜いても追いつかぬくらい殖えたからである。(苦労を感じさせる) 次第に悪くなる縫殿。狂人縫殿の恨みは柳沢吉保に向かうが、恨みを晴らすすべがない。 妄想の刃は、用人鈴木平馬に向かう。狂人と化した縫殿の刀は、常人と思える策略と行動で平馬の咽に 突き立てられる。 りえは平馬の死骸に刀を指して言い放つ縫殿に縋るだけだった。 「見い。美濃守が果てたぞ。見苦しき最後じゃによってわしが介錯して取らせた。これより検死をいたす。 衣服を更めたい。裃をもって参れ」 「乱心ならば致し方ない。子に跡目を嗣がせよ」内藤の家は利一郎が家督を相続した。りえは尼になった。 こんな経緯を、茶事に親しんでいる隠居の柳沢吉保は最後まで知ってはいなかった。 当事者の恨みが、恨みの対象者には全く届かない。やるせない結末である。 現代社会でも当てはまる事ではないだろうか? 縫殿がもう少し融通の利く人間であれば「賄賂」も使えただろう。そんな時代でもあったらしい。 恨み骨髄なら、相手に知らせる事だ。たかが雀一羽で狂い死には避けたいものだ。 りえの描き方が秀逸である。(蛇足です) 2013年5月23日 記 |
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作品分類 | 小説(短編・時代) | 14P×1000=14000 |
検索キーワード | 生類憐の令・焼き鳥・鳥黐(とりもち)・元禄・柳沢吉保・御書院番・乱心・家督・白髪・御役御免 |
登場人物 | |
内藤 縫殿 | 内藤縫殿忠毘(ナイトウヌイタダアツ)。御書院番士で番頭になるが。雀一羽で御役御免 |
りえ | 縫殿(ぬい)の妻。利一郎を生む。賢妻で縫殿に尽くす。縫殿亡き後は尼になる |
柳沢 吉保 | 美濃守。綱吉の寵愛を受ける。色が女のように白く、鼻筋が高く通っている。 |
松平 上野介 | 役目柄縫殿に区報を知らせる。「美濃守殿の耳に入った。内藤殿。お察し頂きたい」 |
鈴木 平馬 | 内藤家の用人。喜助の件で責任を感じる。狂人縫殿に殺される。 |
喜助 | 雀を捕まえたことが大事件になる。縫殿の失脚の原因を作る。百姓の倅 |
利一郎 | 縫殿とりえの間の子。内藤家の家督を嗣ぐことになる。 |
綱吉 | 5代将軍。生類憐みの令を公布。家光の四男。悪評が多いが再評価もある。 |