題名 | 黒い樹海 | |
読み | クロイジュカイ | |
原題/改題/副題/備考 | ||
本の題名 | 黒い樹海■【蔵書No0036】 ![]() |
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出版社 | (株)光文社 | |
本のサイズ | 新書(KAPPANOVELS) | |
初版&購入版.年月日 | 1962/10/20●121版1976/07/10 | |
価格 | 580 | |
発表雑誌/発表場所 | 「婦人倶楽部」 | |
作品発表 年月日 | 1958年(昭和33年)10月号〜1960年(昭和35年)6月号 | |
コードNo | 19580100-19600600 | |
書き出し | 姉は十一時すぎに帰ってきた。笠原祥子はアパートの表に自動車の止まる音を耳にし、それから靴音が堅いコンクリートの階段を上がってくるのを聞いて、姉は上機嫌なのだと思った。姉の信子はR新聞社に勤めている。文化部の記者として外を歩きまわっているから、帰りの時間は不規則だった。遅くなると、社の車で送られて戻ることが多い。姉の機嫌のよし悪しは、車のドアを閉める音の高低でもわかったし、次に、こつこつと三階まで響かせる足音の調子でも妹には判断できた。ドアを煽ってはいったときから、姉の顔は少し酔って上気していた。「ただ今。」声が普通より大きかった。「あら、飲んだの?」祥子の目に、姉は笑みかけ、いつもよりは乱暴に靴を脱いで、畳の上に上がった。「お食事は?」「ごめんなさい。すんじゃったわ。」その返事を、姉は後ろ向きになって外出着を脱ぎながら言った。 | |
あらすじ&感想 | 書き出しから数ページで大きく展開する。 二人っきりの姉妹の日常が思いもしない方向に動き出す。 仙台に住む伯父にあったあと、奥入瀬でも回る一人旅を愉しんでくると言い残して姉は、浜松でバス事故に遭遇して死亡したのだった。 伯父は雑貨商をしている。雑貨商もよく登場する。 最初に少し戸惑った。姉は信子、妹は祥子(サチコ)がすぐにサチコと読めなかった。そして、姉のことを「お姉様」と呼ぶのである。 どのような育ちをしたのかは、ここまでではまるで分からないが、「お姉様」の呼び方に違和感があった。 ともかく仲の良い姉妹は、他に家族もなく二人きりであったことは、諄いくらい説明がされている。 昭和30年代半ばの作品であることを背景として考えなければならない。 姉が、浜松で事故に遭遇して死亡したことは、姉の定期入れに入っていた写真が手がかりで、祥子に知れ、連絡が来た。 写真の裏に住所と名前が記されていたので、それを頼りにバス会社が電報で祥子に連絡したのだった。 見当違いの方角での死亡報告に取るものも取りあえず浜松に向かう。 推理小説の書き始めにしては、全てがさらけ出されている感じである。 姉は妹に告げた場所とは全く方向違いの場所で、バス事故で死亡する。 姉が死亡したことは、遺品の定期入れに姉妹の写真が入っていて、その写真の裏に名前や住所が記されていた。 その定期入れからバス会社が妹の祥子に電報で連絡してきた。 定期入れは事故現場に落ちていたのでは無く、拾った者が届けていたのだ。 姉の日頃の言動から、不思議なことにバスの後部座席に座っていて事故に遭っている。姉のトランクはバスの前方で見つかり疵も無かった。 21時15分発、急行《瀬戸》。2時過ぎに浜松駅に着く。 バス会社の担当者に案内されながら姉の遺体に会うことになる。 定期入れの経緯から祥子は、姉に同行者がいたのでは無いかと思う。 姉の死に疑問を持つ。それは、座席の位置とトランクの位置だった。祥子は調べ始める。 祥子は、姉の勤め先である新聞社の好意から、その新聞社に入社することになる。 祥子の希望であり、新聞社の文化部の部長である大島卯助の尽力によるものであった 祥子が新聞社に入社すると関係者の名前が次から次と出てくる。 寄稿家回りが始まる。紹介役は次長の神谷良三。 神谷が、「今日は、君のお披露目についていくよ」というと、町田知枝がお披露目て、芸者みたいでいやね。侮辱だわ。横槍を入れた。 神谷は素直に謝った。町田知枝が渡した紙には数名の名前が書き込まれていた。 町田知枝は祥子に親切だった。姉の同僚でもあったのだ。 挨拶回りが始まる、社を出ようとしたときに、評論家の妹尾郁夫に会う。 高木とく子:女流評論家。亭主は売れない彫刻家(高木利彦)。下落合に住んでいる。 佐敷泊雲:生け花の大家。秘書が関谷しず子。 内牧淳子:洋裁学校の院長。秘書が池谷。亭主は理事長、女房を院長と呼ぶ 倉野むら子:デザイナー。助手のような下田という男が登場。 宇野より子:デザイナー。事務所で、偶然、鶴巻先生(画家)という人物会う。 最後に寄ったのがQ病院。医師の西脇満太郎に会うつもりで向かったが生憎出張中であった。 病院について建物に入る前に、上田という青年医師に会い出張中であることを知る。 Q病院とは、場所からして赤坂の山王病院がモデルのようだ。 ここまでで一通りの人物描写が終わる。 当初から、祥子は姉の事件に疑問を持っていた。新聞社に入社する前から調べ始めていたし、定期入れの件で姉の旅行には、 同伴者がいたことを確信していた。しかもその男は、姉が事故に遭った現場からそれを見捨てて逃げたと想像していた。 ある意味これはこの小説の確信的な部分であった。 挨拶回りで得た情報の中に登場する男達の中にこそ逃げた卑怯な人物がいたと想像していた。 話の展開が推理小説としてはまどろっこしい。 事件は起きていないのだ。事故で主人公の姉が死んでいる。どうやら、その姉は不倫旅行の途中で事故にあったらしい。 妹にも言えない男と旅行に出かけている。 皮肉な見方をすれば、盲目的に姉を信じ、信頼している妹が、姉を見捨ててた男を捜すのだが、今ひとつ同意できない。 話としては、全く違うのだが、「霧の旗」の桐子に通じる感じがする。 確かに逃げた男は、薄情な男だが、そんな男に惚れた祥子の姉、信子の手抜かりには祥子の考えは及ばない。 そもそも、二人の旅行は、愛の逃避行だったのか?二人の気持ちは一致しての旅行だったのか? 祥子は、不倫相手だろう男の家族に対しては、何の考えも及んでいない。祥子は男を見つけてどうするつもりなのだろうか? くどくど書いたが、祥子に対する疑問は曇り空のようにどんよりしていた。 男達は、祥子のリストに書き留められた。 妹尾郁夫(翻訳兼評論家) 高木利彦(彫刻家) 佐敷泊雲(生花家元) 内牧理事長 鶴巻完造(画家) 西脇満太郎(Q病院小児科医長) 他に、下田・上田 一通り挨拶回りは済んだが、原稿取りの仕事が順次入ってくる。 祥子は原稿をもらい受けるのが仕事だが、目的は別にあった。男達の品定めである。 初めは、妹尾郁夫だった。祥子は彼をリストから外した。 次に、鶴巻完造だったが、彼も対象外と考えた。 事件が起きた。祥子の姉が事故で死亡しその時居たであろう不倫相手の探索をするのだが、事件は起きていなかった。 そこへ突然の殺人事件だ。 町田知枝が殺された。それも痴情関係らしい。事件の一報は同じ新聞社の社会部記者からもたされたのだった。 何も起こらないことに拍子抜けしていたので「殺人事件」で、如何にも清張作品らしくなってきた。 この事件で町田知枝が、祥子の姉の不倫旅行に関係あることが強烈に示されたと言える。 単行本化された、光文社のカッパノベルスの小見出しを拾ってみることにした。(出稿された「婦人倶楽部」には、小見出しがあったのか?) その姉 病院の壁 バスの座席 入社の目的 寄稿家まわり 会った人々 歓待 殺人 協力者 リスト 影 黒い彷徨 波高島からくる列車 事件の個性 誰が知っていたか 犯人の資格 自家用車の疑惑 核 バスの客 二つの顔 終章 小見出しがそれぞれ小説のタイトルになりそうであり、話の展開が読めそうです。 「殺人」まで読み進んだことになる。 町田知枝が殺されたとは唐突である。祥子は、町田知枝に親切にされていた。.姉の死とは無関係そうだが、そんなはずは無い。 社会部記者の話では、知枝は、通勤定期や社員手帖も持っていなかったらしい。 事件の一報は、祥子の入社した新聞社の社会部記者がもたらした。 >祥子はあっと声を立てるところだった。 強盗などの事件ではなさそうだ。痴情関係とは生々しいが、愛情関係と言えば無難あのかも知れない。 社会部記者は、神谷次長をはじめ文化部の社員に、殺された町田知枝の事を聞いた。 勿論祥子も聞かれたが、誰も知枝の男関係に思い当たる者は居なかった。 殺人現場は、登戸大橋から西へ500メートルばかり行ったところだった。N撮影所・D撮影所・T撮影所が近くに。 ![]() 祥子は、タクシーで事件現場に向かった。そこで思わぬ人物に会った。 >「うちの社の人ではありませんか?」驚く祥子。 男は自己紹介をした。社会部の吉井です。 事件の一報を文化部へ報せた男だった。 祥子も吉井も、犯人が現場を見に帰ってくると考えての行動だった。 話しているうちに、祥子はあることを思いついた。 吉井に話したいことがあるので会ってほしいと頼んだ。吉井は、一も二もなく了解した。 翌日、祥子は吉井と喫茶店待ち合わせをした。祥子は今までのことを吉井に全て話した。 祥子が調べたリストも見せた。吉井は祥子の協力者として行動することになる。 祥子の行動力と執念に驚く吉井であるが、「姉の同行者、好きな人だったかどうかわからなでしょ?」 私は、吉井のこの一言に我が意を得た。祥子の考えは盲目的である。 祥子は、仕事で、西脇満太郎や妹尾郁夫に会うがどの男も女たらしの色欲に溢れている下らない男の典型として描かれている。 中でも、妹尾郁夫は卑劣な男だった。仕事場と称して、ホテルの部屋に祥子を誘い襲いかかろうとまでした。 佐敷泊雲も同類だった。次長の神谷はともかく、真面な男は吉井くらいである。 吉井から電話があり、その後の経過を聞くことができた。さすがに社会部記者で、リストの人物のアリバイを調べていた。 9月10日(バス事故で信子が死んだ日)と12月25日(町田知枝が殺された日)のアリバイである。吉井は注釈を付けた。 当日の時間を含めて完全なものではないことを祥子に告げた。 斉藤稔次郎から手紙が届いた。祥子の待っていた手紙だった。 斉藤稔次郎は、常子の父親、常子は浜松の丸藤食堂で働いていた。 姉がバス事故の際紛失したであろう定期入れを預かり届けていた人物だ。 祥子が訪ねたとき失踪していて会えなかったが、連絡を頼んでいたのだった。 胸を躍らせて、波高島の斉藤稔次郎を訪ねる祥子だった。 稔次郎が言うのだが、「...娘はあまり知恵の多い方ではないでな...」それは、祥子も初めて会ったときに感じていた。 常子に直接話が聞けたのだが、埒が明かなかった。定期入れを預かったことは覚えているのだが、どのような人物かは記憶にないようだ。 常子が預かった定期入れをさらに鍛冶屋の房ちゃんに渡したことまでははっきりした。 それ以外は、若いのか年寄りなのか、眼鏡を掛けていたか、髭を生やしていたか...まるで答えは得られなかった。 顔を見れば思い出すかもしれないとの常子の言葉に祥子は決心をした。 常子を東京に連れ出し、リストに挙げた人物に会わせてみることを思いついた。 常子は東京に行けることに興味を示し、上京することを了解する。 上京については祥子が全て面倒を見ることで父親の稔次郎も了解した。 明後日の上京で話がついて、時間については電報で報せることになった。 祥子は、事の経過の吉井に報せた。吉井も迎えに行きたいくらいだと興奮していた。 電報が届いた。 「ツネコアス一六ジ 三〇シンジュクツク サイトウ」 上りの準急が新宿駅に4時30分に到着した。 常子は降りてこなかった。乗っていたのであれば降りたホームで探すはずであるが常子の姿は見えなかった。 懸命に探す祥子。北口、西口、南口、中央口、改札口をぐるぐる回って探すが斉藤常子の姿は見つからない。 次の列車、その次の列車まで待ったが、常子は降りてこなかった。 甲府を出発する準急は、日下部、塩山、大月、八王子、立川、新宿の順で止まる。 途中下車でもしたのか、そんなはずは無い、常子がそんな行動をする知り合いもいないはずだ。 仕事も手につかない状況の祥子へ電話が入る。吉井からだ。 >「常子さん、まだ、こっちへ着かないんですよ。」 >「実は、その事ですが。」 吉井は昂ぶった声で言った >「その常子さんは殺されているんですよ。」 常子は間違いなく、「白鳥」新宿着18時゙30分に乗っていた。 小説の小見出しは【事件の個性】へ続く 祥子の姉の信子は事故死。事故死は偶然だ。 町田知枝は殺された。知枝に、殺されなければならない理由が存在したと考えられる。しかし、信子の死との関連は考えにくい。 ただ、話の展開は、知枝は何かを知っている感じを匂わせている。 斉藤常子は殺された。これは、祥子や吉井が信子の定期入れを届けた常子を調べていることに関係している。 だとしたら、常子が祥子を訪ねて上京する事を知り得る人物こそ犯人と言える。 私は「黒い樹海」を初めて読んだ訳では無い。今回紹介作品として取り上げ、再読したのです。その前にテレビ土間を見ました。 最初に読んだときから数十年過ぎていますので、内容はほとんど忘れていました。 テレビドラマを見ているので、その内容にかなり影響されていると思います。長編小説の映画化(ドラマ化)は、原作を再構成して 2時間程度のドラマに仕立てています。脚本家の力量によって内容の善し悪しが決まると言って良いと思います。 三つの事故・事件から犯人を想像してみました。 ドンデン返しで、一番犯人らしくない人物。吉井を上げてみます。ある意味彼は犯人に相応しい人物です。 神谷良三。妹尾郁夫では、ひねりがなさ過ぎますが、あり得ると言うことで。 アパートの管理人のおばさん。彼女も知りすぎています。祥子が話しすぎています。動機は考え辛い。 斉藤稔次郎。動機は見当がつかない。多少事情を知っていると言うだけか? 祥子と吉井は、常子が殺されたのは、常子の上京を知っている人物と推理する。 そこで、斉藤稔次郎、アパートの管理人のおばさんの名が上がる。ここで、吉井の名がないのは当然である。 斉藤稔次郎も考えられない。管理人のおばさんは、直接の犯人では無いだろうが、祥子から聞き得た情報を話した相手がいるだろうという結論に至った。 その人物をあぶり出す為に一芝居打つことになる。 管理人のおばさんを通じて、偽の情報を与えて動きを探ることになった。犯人は二人のトリックに引っ掛からなかった。 蛇足的にいろいろ考えながら読み進むと事件は急展開。 アパートの管理人のおばさんが自動車事故で死亡した。事故で無いのは明かだ。 小説の小見出しは【犯人の資格】へ続く 動機ははっきりしない。 信子が、事故に遭って死亡した時、行動を共にしていた人物が、知枝を殺し、常子まで殺したとすれば、そんな殺人を犯しても 守らなければならない何かがあったのだろうか? 信子の相手が妻帯者で不倫旅行の果ての事故が露見することの防御としての殺人事件と言うことになる。 隠蔽する事柄に対する「殺人」は、リスクが大きすぎる。 祥子と吉井は管理人のおばさんは事故死で無いと確信する。 その探索が始まる。探索の中心は吉井である。新聞記者の利点を生かしての調査が進む。 外車を除いた、自家用車を所有していて、運転が出来る男達がリストアップされる。 高木利彦、西脇満太郎、佐敷泊雲の名が残された。 後はアリバイの調査になった。西脇満太郎を知らない吉井は、祥子に西脇に接近してアリバイを調べさせることにした。 祥子から西脇を誘う。西脇は簡単に乗ってくる。 ナイトクラブを出た後、車で送ると言って祥子を車に乗せた。 西脇は、車の故障を装いながら、妹尾と同じような男で、祥子に手を出そうとした。身に危険が及びそうになる。 ナイトクラブで、伏線なのだろうが、外国人のハウエルという男が登場する。この男は最初に西脇がナイトクラブに祥子を誘ったときに紹介されている。 その後、祥子が吉井と池袋で合う約束をしていたとき偶然出会い、車で送って貰ったことがあった。 ハウエルも祥子に興味を示していて、しきりに食事に誘う。 ナイトクラブを後にするパウエルと西脇だが、何れも車を運転して帰るのだ。どう考えても飲酒運転だ。時代として片付けられない。 伏線という意味では、この間に、西脇の弟子に当たる医師として上田正夫が登場している。何か匂わせる登場だ。 材料が出揃った感じがする。後は組み合わせ次第だ。 祥子と吉井は相談しながら核心へ迫っていく。 特別な仕掛けがある訳では無い。しかし、偶然という仕掛けが一つだけある。それも決定的な偶然である。 姉の信子の不倫旅行は、バスと列車の衝突事故で、後部座席に乗っていた信子が死亡する。 不倫旅行の二人は、知り合いの男とバスの中で遭遇する。その際に、信子だけを後部座席に移動させ、事故死の結果となる。 信子を隠そうとしたのだった。 ネタバレになるが、不倫旅行は笠原信子と西脇満太郎だ。知り合いの男とは、妹尾郁夫。 結末に驀進するのだが、祥子と吉井は推理を証明しようと大芝居を打つ。 古びたビルの一室。あたかも断崖の上のラストシーンのごとく犯人の自白で結末を迎える。 不倫旅行に限らず、旅行する男女を見た場合、仲が良いと思ってしまう。 清張の小説では度々、交際している男女が旅行している場面、それも列車での移動が登場する。 ある時は、男が邪魔になった女を殺すことを目的に旅行している場合もある。殺さないまでも、別れたいと考えている場合もある。 旅行する男女の双方の考えが一致しているとは限らない。 「顔」の殺人行。「入江の記憶」の私と明子。「年下の男」の可津子と星村。「ひとり旅」の列車の男女。例としてあげればイロイロある。 結果として 清張作品にしては、珍しくハーピーエンドな終わり方だ。発表雑誌が「婦人倶楽部」で、内容的にも意識した終わり方とも言える。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ■残念ながら、突っ込み所満載■ ●笠原祥子は、盲目的に姉を信頼し尊敬していた。しかし、姉にも可愛い妹にも話せない裏の顔を持っていた。 美貌の持ち主で、知性もあり、教養もある自立した女性である笠原信子も、愚かでくだらない男(西脇満太郎)と不倫関係に落ちていた。 全体の流れの中で、祥子は姉の裏の姿に対する批判が伺えない。 登場する男達を鋭く批判する祥子だが、姉に向ける眼は色眼鏡でしか見えていないようだ。 西脇満太郎の社会的地位を守ろうとする思いが、結果として妹尾を殺人に走らせ、二人して破滅に向かうことになる。 殺人が安易に実行されている。 奇妙な表現になるが、町田知枝や斉藤常子は殺されるほどの過失は犯していないと言える。 アパートの管理人のおばさんなど殺される理由が薄弱だ。 ●ナイトクラブで遊んだ、西脇やパウエルはそのまま自家用車で帰る。 当時としては普通だったかもしれないが、飲酒運転そのものだ。 ●余計なことで、蛇足的な話だが、町田知枝と笠原信子の関係、妹尾郁夫との関係など安易な後付けとも言える。 私は、吉井と町田和枝が関係あるのではと思ったし、吉井は最後まで名前が出てこない。 独身者として描かれているが、妻帯者で町田知枝と不倫関係...想像して、吉井が犯人なら、全て辻褄が合うと考えた。 ●西脇満太郎と妹尾郁夫と共犯で事件が起きているが、組合せは誰でも良いのではと思えた。 例えば、西脇と上田。パウエルでも良い。妹尾と町田でも... それにしても、妹尾は安易に殺人を犯している。妹尾の結婚話が背景にあるとは言え犯すリスクが大きすぎる。 −−−−−そんなこんなで、少々残念な作品と言える。−−−−− ▲気になる表現▲ 祥子は、姉のことを「お姉様」と呼ぶ。姉の信子は「さっちゃん」だ。 作品的に見て、昭和30年代だが、田舎育ちの私には、気になって仕方が無かった。 もちろん、時代背景を考えるべきだが、車の「運転台」「助手台」も気になった。 ▲登場場所の特定▲(例によって蛇足) T会館:東京會舘 (「眼の壁」) Q病院:山王病院 身延山(「考える葉」) 波高島駅:波高島駅(はだかじまえき)は、山梨県南巨摩郡身延町波高島にある、東海旅客鉄道(JR東海)身延線の駅である。 斉藤常子の実家がある。 ![]() 急行瀬戸 ![]() ●張込み:1955年(昭和30年)12月号 ●点と線:1957年(昭和32年)2月号〜1958年(昭和33年)1月号 ※鉄道が作品に多く登場する。 |
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【カバー】「仙台の伯父さまに会って十和田湖へ・・・・・・」と、微笑をのこして東北へ旅立った美貌の婦人記者、だが彼女は、まるっきり方向ちがいの浜松で、もの言わぬ死体となって発見された。姉を愛し崇拝していたその妹は、その死のナゾをとくために、姉の周囲に群がった男たちに近づいてゆく。−−−一流の評論家、彫刻家、デザイナー、医者、生け花の大家−−−六人の容疑者たち! |
作品分類 | 小説(長編) | 450P×860=387000 |
登場人物 | |
笠原 信子 | R新聞社文化部所属。妹の祥子とアパートで二人暮らし。妹にも言えない不倫相手がいる。不倫旅行中にバス事故で死亡。 |
笠原 祥子 | 笠原信子の妹。姉を心から信頼尊敬している。姉と同じ新聞社に入社して、事故死の姉を残して逃亡した相手の男を捜す。 新聞社では姉と同じ職場に配属され調べを進めるが、身辺い居る人物が殺されてします。同じ新聞社の記者である吉井が協力者になり真実に迫る。 |
大島 卯助 | 笠原信子が務めていたR新聞社の部長。祥子の入社に尽力した。最初に登場するだけで出番は無い。 |
町田 知枝 | 信子の同僚。後に祥子の同僚にもなる。妹尾郁夫と関係がある。笠原信子の交友関係も知っている。一見祥子には親切であるが... |
神谷 良三 | R新聞社の次長。笠原祥子の上司。人の良さそうな酒好きの男。 |
高木 とく子 | 女流評論家。亭主は売れない彫刻家(高木利彦)。下落合に住んでいる。妹尾郁夫とは仲が悪い。 |
妹尾 郁夫 | セノオイクオ。広い額と濃い眉。顎が尖っている。三六七歳。上田正夫と高校が同じ。西脇満太郎とも友人関係。 翻訳家兼評論家。売り出し中だがそれほどの実績は無い。女癖も悪く軽薄な男。 |
高木 利彦 | 売れない彫刻家。高木とく子の夫で彼女に食わせて貰っているようだ。太い眼鏡を掛けている。 祥子が最初に会ったときは、派手なシャツを着てマドロスパイプを咥えて現れた。 |
佐敷 泊雲 | サシキハクウン。生花の家元。手広く活動していて、金回りも良い、邸宅に住む(富裕な邸町で知られた区域?)神谷に言わせれば教祖のような存在。 |
内牧 淳子 | 洋裁学校の院長。亭主は理事長。お茶の水辺りにあるようだ。 |
内牧理事長 | 洋裁学校の院長(淳子)の尻に敷かれているようだ。四角いあから顔。 |
倉野 むら子 | デザイナー。京橋に近い銀座通りに店がある。40近い年齢。未亡人。商売柄とは違って如才の無い女だった。 |
宇野 より子 | デザイナー。店は西銀座裏の繁華街にあった。若いのに繁昌しているようだ。画家の鶴巻完造がパトロンらしい。 |
鶴巻 完造 | 画家。鶴巻完造の家に行くには、三宅坂辺りを通って行くので、半蔵門とか番町辺りだろう。宇野より子のパトロンらしい。 |
西脇 満太郎 | Q病医院の小児科医長。笠原信子の不倫相手。妾もいるし、祥子にも手を出そうとする。最低の男と言える。 |
上田 正夫 | 西脇満太郎の弟子。如何にも訳ありそうな登場の仕方だが重要な役回りでは無かった。妹尾郁夫と同じ高校の出。 |
吉井 | R新聞社の社会部記者。何故か最後まで名前がない。笠原祥子の協力者になり、事件解決に導く。 登場人物の男達が下劣な男ばかりの中で唯一正義感溢れる好青年。27、8歳で独身。最後に祥子と結ばれる。 |
斉藤 稔次郎 | 斉藤常子の父。波高島に住む(身延山近く)田舎の親父 |
斉藤 常子 | 浜松の丸藤食堂で働いていた。バス事故で無くなったはずの定期入れを男から預かり届けた。届けたのは常子が直接ではなく女の子に預けて届ける。 祥子から当時の状況を聞かれ、定期入れを持ってきた男の顔は見れば分かると思うと答えたばかりに事件に巻き込まれ殺される。波高島の出身。 |
パウエル | 西脇満太郎の知人。妹尾郁夫とも友人関係。アメリカ商社の社員。祥子をしきりと食事に誘う、気があるようだ。思わせぶりに登場する人物。 |
アパートの管理人のおばさん | 笠原姉妹が住んでいるアパートの管理人。芸者上がりと言われている。人は良さそうだが口が軽くて事件に巻き込まれる。 |