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検索キーワードに見る清張作品の傾向と対策?

(その四:ホテル・ロビー)

清張作品の書き出し300文字前後からあぶり出すキーワード!


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「ホテル」と「ロビー」は一対で、3作品がありました。

内なる線影」「葡萄唐草文様の刺繍」(改題)「小説帝銀事件」です。

当然舞台装置として、その状況が丹念に描かれている。

旅館と違って、華やかな場所としてその存在が浮かび上がっている。

書き出しだけでのキーワードであるから、数も少ないのであろう。



長編の下巻で「霧の会議(下)」もあった。



2008年02月11日


題名 「ホテル・ロビー」
●「内なる線影 真夏の街では、冷房のきいたデパートやレストランや喫茶店やビルの廊下などは恰好な避暑地である。だが、いくら快適でもそこは時間的な制約がある。レストランや喫茶店だと食事や飲み物が終わるや否や、給仕女が皿やコップを間髪を入れずに引きにくる。店の回転率を上げるため、忙しそうにはしていても彼女らは遠くから容器が空になるのを狙っている。皿やコップが目の前から持ち去られるのは、客にとっては出口を指さされる合図のようなものだ。ビルの廊下にいつまでもうろうろしていては警備員に咎められる。デパートは座り場所がないし、それに群衆を見ているだけでも眼が疲れる。第一、ここは午後六時には閉店だから、蒸し暑い夜を避ける場所にはならなかった。そこへゆくと、ホテルロビーは避暑地としてのすべてを備えていた。冷房は寒いくらいに利いている。
●「葡萄唐草文様の刺繍(改題) ブリュッセルの十月半ばは寒い。夜になるとホテルロビーの真ん中で焚き火をするくらいだから。−−−鉄製の大きな四角い炉があって、横に井桁に積んだ白樺やモミの割木を、周囲の客は椅子に腰掛けながら火が衰えると一,二本ずつ投げこむ。ロビーの天井には凝った意匠の大シャンデリヤが輝いているのに、客は赤い炎の色を好む。ホテルはアメリカ式建築で、広い幅の環状線にあたる坂道の上にあった。このならびは目抜きの商店街だが、その背後はすぐ中世風な協会や民家がならんでいる。ホテルの九階の北向きの窓際に立つと、緑青をふいた最高裁判所の円屋根が十七世紀の黒ずんだ巨大な建物の上をどっかと蔽い、鳩の群を紙吹雪のように遊ばせている。それが眼と平行のところで見えるのだ。
●「小説帝銀事件 R新聞論説委員仁科俊太郎は、自分の部屋での執筆が一区切りついたので、珈琲でも運ばせようと思って、呼釦を押すつもりであった。窓を見ると、雨が晴れたばかりで、金閣寺のある裏山のあたりの入り組んだ谿間に、白い霧がはい上がっている。南禅寺の杜も半分は白くぼやけている。ホテルは蹴上にあって高いところだし、部屋は五階だから、このように俯瞰した眺望になるのである。下には大津行きの電車が、まだ雫の落ちそうな濡れた屋根を光らせながら坂を上がっていた。どのような美しい窓からの景色も、ホテルの長滞在の間には感興を失うものだ。仁科俊太郎は、この部屋で茶を喫むことを思いとどまって起ち上がった。場所を変えたいが、外出すると時間がかかる。四階に広いロビーがあるのでそこで憩むことにした。彼は上着をつけて廊下に出た。すぐ下だからエレベーターを利用する必要はない。彼は緋絨氈を敷いた階段をゆっくり降りた。

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