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松本清張_火の記憶(改題)(改稿)

(原題=記憶)

No_283

題名 火の記憶
読み ヒノキオク
原題/改題/副題/備考 (原題=記憶)
本の題名 松本清張全集 35 或る「小倉日記」伝・短編1【蔵書No0106】
出版社 (株)文藝春秋
本のサイズ A5(普通)
初版&購入版.年月日 1972/02/20●初版
価格 880
発表雑誌/発表場所 「小説公園」
作品表発表 年月日 1953年(昭和28年)10月号
コードNo 19531000-0000000
書き出し 頼子が高村泰雄との交際から結婚にすすむ時、兄から一寸故障があった。兄の貞一は泰雄に二,三回会って彼の人物を知っている。貞一の苦情というのは泰雄の人柄でなく、泰雄の戸籍謄本を見てからのことだった。その戸籍面には、母死亡、同胞のないのはいいとして、その父が失踪宣告を記されて名前が除籍されていた。「これはどうしたのだ、頼子は高村君からこのことで何か聞いたかい?」滅多にないことだから、貞一が気にかけたのであろう。頼子の家では父が亡くなってからは万事この兄が中心になっている。三十五歳、ある出版社に勤め、既に子供がいる。「ええ、何かご商売に失敗なすって、家出されたまま、消息がないと仰言っていましたわ」それはその通りに頼子は聞いていた。が、泰雄がそれを云ったときの言葉の調子は何か苦渋なものが隠されているように感じられた。それで悪いような気がして、そのとき、頼子は深くは訊かなかった。
あらすじ感想  ボタ山が自然発火で燃えている。それを見つめている三人(男、女、子供)。
映画だったか、TVドラマだったか、記憶がある。「火の記憶」はTVドラマ化されている。(映画化はされていないようだ)

頼子の結婚話に、兄の貞一は、相手(高村泰雄)の戸籍謄本をみて疑念を持つ。
頼子の話では、
「ええ、何かご商売に失敗なすって、家出されたまま、消息がないと仰言っていましたわ」
泰雄から聞いているのは、それだけだった。ただ泰雄は云いにくそうだった。
兄の貞一は三十五歳。父が死んでからは、兄が中心だった。兄は、出版社勤務、子供がいる。
貞一は、泰雄に会ってこの結婚話を進めると言うのだ。
泰雄に会った貞一は、頼子に告げる。
>「おい、おまえの聞いた通りだ。あれはもういいよ」
案外に貞一は結婚話を了解する。

話は高村泰雄の両親についての記憶が中心となって行くが、私は泰雄の記憶と母への感情が違うんではないかと
感じた。泰雄の記憶に基ずく母に対する感情は、なかなか頼子に打ち明けられない。
結論を先に言う事になりそうだが、兄の貞一と泰雄が会った時、泰雄は貞一に全てではないとしても
話していたのではないだろうか。そんな感じがした。

泰雄と頼子は結婚する。
新婚旅行先での泰雄の不可解な行動。それは泰雄が頼子に打ち明けようとする苦悩の行動だった。
それから二年も経っての事である。
泰雄は頼子に打ち明ける。母の死後二十年経っての打ち明け話である。
父は三十三歳で行方不明。泰雄が四歳の時。
母は三十七歳で亡くなる。泰雄が十一歳の時。
泰雄は、父母の素性をよく知らない。父は四国の山村出身。母は中国地方の田舎が実家。
泰雄は両親の田舎に行った事が無い。
父母が一緒になったのは大阪、なぜ大阪なのか不明。戸籍面では内縁関係。
父の写真すら見た事が無い。(母は、父が写真嫌いだったという)
父の職業は、
「石炭の仲買での、終始、商売で方々を廻って忙しがっていなさったよ」と母が言っていた。
泰雄は言う
>つまり、僕には父が家の中に一緒にいたというきがどうしてもしないのだ。
ほのかに家に居ない父を訪ねて母と会いに行った記憶がある。と泰雄は思っている。

ここまで読んで、泰雄の母は囲われ者ではないかと考えた。

泰雄の記憶に、父ではないもう一人の男の記憶がある。
>母が僕を連れて夜道を歩いているのだが、その母の横にその男が歩いていた。
>僕は母とならんでいるその男の背中をはっきりと憶えている。

母は、泰雄に、その事を口止めする。

泰雄の記憶はこの思い出が蘇るたびに、母に憎悪を感じる。泰雄は成長するにつれて口止めの意味を理解する。
>母の心底に僕は唾を吐きかけたいくらいの憎しみを覚え出した。

泰雄は一度だけ、母に、その男の事を聞く。
>「あの頃、家に終始来くる誰かよその小父さんがいたろう」
>「いいや」
>「では、懇意な人は居なかったかな?」
>「居らん。どうして、そんなことを訊くんなら?」

泰雄は、それで黙った。

泰雄の「火の記憶」
真暗い闇の空に、火だけがあかかと燃えているのだ。赫い火だ。
それは燃えさかっている火ではなく、焔はゆるく揺らいで、点々と腺を連ねていた。
山が燃えているのであろうか。なるほど火は山の稜線のような形を這うように燃えている
幼い僕は母の手を握って、息を詰めてこの光景を見ていた。
この闇の夜に、魔術のように燃えている火の色は、僕は後年まで強く印象に残って忘れることが出来なかった。
ところで、この光景をその場で見ていた者は母と僕だけではない。あの男がいたのだ。母とならんで、
彼が立っていたのを覚えている。暗がりの中でこの山の火を三人でみていたのだ。


泰雄は
>父は家に居ない、母はどこかにいる父に会いに行く、その母には別な男がついている。
ただの幻想かもしれない記憶が泰雄を苦しめた。

一人侘しい母の法事を営んだ泰雄は、その際、生前母が手函にしていた古い石鹸の空箱を行李から引っ張り出してみた。
一枚のハガキを発見する。
『河田忠一儀永々療養中の処、薬石効無く---』の決まり文句が書かれている、死亡通知だった。
普通は印刷だが、下手な手書きだった。
B市にいたころの母宛て、差出人は九州N市の恵良虎雄。
しかし、それ以上、気にも留めなかった泰雄だが、二,三日して、奇妙なことに頭に泛んだ。
『河田忠一』は何者だろう? 差出人は河田の縁者か?

泰雄は、差出人の恵良虎雄に問い合わせの手紙を出すが、付箋が付いて返送されてきた。
他の必要から電話帳を繰っていた泰雄は、珍しい「恵良」の名字をたより九州のN市へ問い合わせる。
親切にも市は、虎雄の名前では無いが、「恵良」姓が三軒あることを知らせてくれる。
三件に「虎雄」を知らないかと、問い合わせる。虎雄はが実父という返事が来る。ただし、虎雄は亡くなっていた。
「河田忠一」を知らないかと、問い合わせると、返事が来る。
河田は亡父の知り合い、母が健在で河田の事を少しは知っているとの返事が来る。

泰雄は九州へ向かう。N市へ
恵良虎雄の未亡人に会うことが出来る。
死亡通知のハガキを見せると、
「はい、亡くなった主人(つれあい)の字です。河田さんが死ぬる前に、自分の死後、
ここに知らせてくれと頼まれた中の一枚です」
と云った。

恵良虎雄は河田と懇意だった。河田は中年になってN市へ流れてきて、行商などをしていた。女房も居ない独身だった。
河田は胃癌で、死期を悟ったのか、自分が死んだら知らせてくれと二,三人の宛先を書き付けたらしい。その一枚である。
河田の事をもっと知りたいという泰雄に、未亡人は話してくれた。
「河田さんが死んだのは五十一の時で、何でも他所の土地で長いこと警察勤めをやっていたが、ある失敗があってこの土地に
廻されたということでした。でも間もなくこちらの警察も辞めて、行商などをして暮らしていました」

河田が死後の知らせを頼んだ人たちの間柄は何も聞かされていなかった。
確たる収穫も無く帰りの汽車に乗った泰雄は車窓をぼんやり眺めていた。
>その時だ、その外の闇の中で、高いところに真赤な火が燃えているのが望まれた。
>火は山形の直線に点々と焔をあげている。

これこそ、「火の記憶」である。三人で見た同じ火。
炭鉱のボタ山に捨てられた炭が自然発火して燃焼している火だった。

三人とは、母と泰雄ともう一人の男。その男こそ、河田忠一。
「火の記憶」は、幻想では無い、事実だった。
「お前は賢い子じゃけ、今夜のことを人に云うんじゃないよ」母の言葉を思い出す
この思いは、泰雄を狂おしくさせる。
『僕は失踪した父が可哀想でならぬ。それを思うと、母への不信は憎んでも憎み切れぬ。』
『僕は自分の体内まで不潔な血が流れているような気がして、時々狂おしくなるのだ』

泰雄の頼子に対する告白が終わる。

ここまで読んでも、冒頭にも書いたが、母は囲われ者ではないかと考えた。
父の失踪の原因が、母の不倫と考える泰雄の思いとは違って感じられた。
ただ、母に若い男?が出来た...そんな感じで読み進んだ。

頼子は兄の貞一に泰雄の告白を話した。兄には何でも話せる関係だった。
貞一はさして真剣な顔もせずに聞いていた。格別な意見も言わなかった。
しかし、貞一は熱心に聞いていた。
それは、後日、貞一が頼子に手紙を出すことで理解できた。

小説は、手紙を出すことで「事件」の解決を示唆するのである。
手紙は、綴っている。
>頼子は『張込み』ということを知っているね、或る犯人を捕らえるために、
>刑事がその来そうな家に居て待ち伏せしていることだ。

貞一はかつて読んだことのある本を例に手紙を綴る。
「---犯人の留守宅の張込みについてはよく注意しなければならぬ。犯人は家族や情婦によく密かに通信や
連絡をとるものダカラで或る。この場合、警察官は家族の者を威嚇したり嫌悪の念を起きさせてはならぬ。
むしろ彼らの協力を得るよう、よく理解させ、そのような犯人を出した家族に同情ある態度をとるがよい。」
しかし、それも行き過ぎがあってはならぬ。家族の中には犯人を庇護するあまり、張込みの警官を買収しようとしたり...」

言わずもがなである。
貞一の見解は、泰雄の母は自分の夫を遁がすため、河田刑事に体当たりしたのだ。
女の、最後の、必死のかなしい方法で---

河田は死ぬまで泰雄君の母のことを思っていた。...
だから自分が死んだ後、泰雄の母に知らせた、泰雄の母も「深い云い知れぬ感慨があったに違いない...
だからハガキを残していた」
最後の文句は
>---女の気持ちはそんなもんであろう。
頼子は兄貞一の手紙を指先で細かく裂いた。


●感想
作品は泰雄の一人語りの感じがする。「西郷札」に続く初期の作品で、後の「張込み」につながる。
また、「潜在光景」の原型でもある。

泰雄が苦悩する「不潔な血」は、母と男の子の関係で少し違う感じがしないでも無い。
これが母と娘なら、すんなり受け入れられる。
泰雄の河田に対する気持ちがほとんど書かれていない。
潜在光景」は別な視点で、男の子が母の男についての気持ちが書かれている。
また、泰雄が父の失踪を、母の浮気・不倫に求めているが、少し弱い感じがする。貞一が手紙でも触れている。
頼子の名字が出てこない。高村泰雄の母の名前も、父の名前も出てこない。
N市は、炭鉱町:直方市(ノオガタシ)で間違いないだろう。
B市は、本州の西の涯:山口県で考えると、防府市(ホウフシ)。ホウフと読むが、ボウフとも読まれる。
私鉄バスで防長バス(ボウチョウバス)という会社もある。


清張作品の頼子について
なぜか「頼子」はよく登場する。好ましい、魅力的な人物として描かれている。清張好みの名前か?
思いつくままに!
①火の記憶:頼子
②波の塔:結城頼子
投影:田村頼子
④十万分の一の偶然:三宮頼子※


2015年12月21日 記
作品分類 小説(短編) 11P×1000=11000
検索キーワード 失踪.兄.結婚.母.父.別な男.ボタ山.三人.市長.手紙.張りみ.N市.B市.九州.胃癌.喪中ハガキ.刑事 
登場人物
頼子 高村泰雄と結婚する。泰雄から両親の過去を告白される。兄の貞一から、泰雄の思い違いを指摘される。
貞一 頼子の兄。三十五歳、出版社勤務。頼子の良き理解者。泰雄の告白を頼子から聞く、手紙で真実?の推測を頼子に知らせる。
高村 泰雄 頼子と結婚する。暗い過去の記憶から両親の秘密を頼子に告白する。「火の記憶」から母親の不倫を邪推する。B市生まれ。
河田 忠一 元刑事。泰雄からは母親の不倫相手と誤解される。泰雄の母の夫を守る必死の悲しい方法の犠牲になったとも言える。
恵良 虎雄 N市在住だったが、死亡していた。泰雄は未亡人に会う。懇意であった河田に、訃報のハガキを頼まれ、泰雄の母に送る。
泰雄の母  中国地方の田舎が実家。四国の山村出身の夫と知り合い大阪で結婚(戸籍上は内縁)。夫は罪人か?刑事から夫を守る。
泰雄の父   石炭の仲買人。朝鮮に渡ったらしいが、その後失踪。トランク一つで家を出る。罪を犯したらしく、刑事に追われる身になる。

火の記憶




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