題名 | 中央流沙 | |
読み | チュウオウリュウサ | |
原題/改題/副題/備考 | ||
本の題名 | 中央流沙■【蔵書No0010】 | |
出版社 | 河出書房新社 | |
本のサイズ | A5(普通) | |
初版&購入版.年月日 | 1975/08/28●初版(新装版) | |
価格 | 780 | |
発表雑誌/発表場所 | 「社会新報」 | |
作品発表 年月日 | 1965年(昭和40年)10月号〜1966年(昭和41年)11月号 | |
コードNo | 19651000-19661100 | |
書き出し | 宴会場の料亭は札幌に山の手にあった。廊下の明りが白樺の幹を浮かしている。寒帯植物群の向うには、札幌市内の街のネオンをちりばめて闇の下にひろがっていた。白樺には落葉がまじっている。眩しい広間の床の前には、三十七,八ばかりの、顔の蒼白い男が座っていた。広い額に尖った顎、ふちなし眼鏡の奥の大きな眼、全体の身のこなしなど、いかにも俊敏な人物という印象をうけた。洋服も舶来ものだしネクタイから靴下に至まで洗練された色彩の統一があった。その横に四十七,八くらいのゴマ塩頭の男が遠慮深そうに座っていた。小柄で、胃でも病んでいるように、頬がこけていた。洋服はかなり前につくったもののようだ。終始、顔をうつ向きかげんにしているのは酒を飲んでいるためだけではなく、身についた性格のようでもあった。農林省食料管理局総務課の事務官山田喜一郎という男である。 | |
あらすじ&感想 | 【社会新報】に1965年10月から1966年11月までの連載だから、全13回の連載なのだろうか? 作品中の小見出しが、10タイトル。連載と関連しているわけではなさそうだ。「小見出し」は、清張自身のものか? 小さな疑問が頭をよぎったが、内容は典型的な官僚汚職事件を背景にした清張ワールドとでも言えそうだ。 「ある小官僚の抹殺」(1958年)を彷彿とさせる。 キーワードの検索で「官僚・汚職・自殺」が、参考になると思うが、内容的には 「ある小官僚の抹殺」が存在感を示す.。 構想的には同じと言ってもよい。 小見出しを上げてみる。 ●局長の機嫌 ●事件の発生 ●工作 ●謀略 ●課長補佐の死 ●疑惑 ●捜査の側 ●観察 ●問題 ●価値の交換 完読した後だから何とでも言えるが、内容が読み取れる。 蛇足的研究でも書いたが 書き出しは、実に具体的である。 取りあえずだろうが、登場人物が二人。 人物描写も具体的だ。面白いのは農林省の事務官山田喜一郎の方が見窄らしい感じで描かれている。 三十七,八ばかりの、顔の蒼白い男は何者なのだろう。 上下関係からすれば、山田喜一郎の方が下位の感じだが、「顔の蒼白い男」は、エリート官僚かも知れない。 エリートのキャリア官僚と叩き上げの事務官。掲載される雑誌(新聞?)が、当時の社会党の機関紙?。舞台は揃っている。 北海道への視察旅行、恒例の宴会の場面。(●局長の機嫌/悪いはずがない。宴会後の女付きで、視察先を上げての歓待) 一応登場順で人物名を挙げてみる。 山田喜一郎(農林省食糧管理局総務課の事務官/禿げ上がった頭) 岡村福男(農林省食料管理局長/三十七,八ばかりの東京大学卒のキャリア) 宴席に東京からの電話。黒川部長からで、局長に取り次ぐ山田事務官。山田事務官は長年の感でただなら事態を予見する。 電話が終わったと見えて、山田は局長から呼ばれる。急に東京に帰ることになる。 局長の妻の母親が急病という理由で東京に向かう飛行機に乗り込むことになる。 山田事務官は、宴会後、女をあてがわれた局長とともに定山渓での宿泊まで付き合わされることが無くなりサバサバしていた。 それにしても、宴会の途中で東京に帰らなければならない出来事とは? 当然局長の機嫌は良くない。 飛行機の中では、体よく座席を追っ払われる。 気楽になった山田事務官。 〈やっこさん、よっぽど東京の用事が気にかかるとみえる〉 〈あの男は、いま得意の絶頂にいるはずだ。実力大臣と密着して出世街道を邁進している。...〉 山田事務官は心の中で悪態をつく。 事件は起きていた。(●事件の発生) 羽田の出迎えは、黒川部長と年配の課員と若い課員。若い課員は、上級国家試験に合格した「有資格者」。 岡村局長、黒川部長、若い課員が農林省さし回しの車で走り去った。 残されたのは、年配の課員と山田事務官。同僚の藤村事務官であった。二人はお役御免で帰宅が許された。 藤村事務官は幡ヶ谷、山田事務官は方南町。タクシー乗り場に向かう。 二人きりになり、同僚の藤村に聞いた。 「汚職が起こったんだ」 「汚職?」山田事務官の足が止まった 「倉橋課長補佐が重要参考人として警視庁に呼びだされたんだよ」 「係長の大西の生活が急に派手になって、それで目を付けられた。...」 羽田からの帰り道、タクシーの中で藤村との会話は、自然と岡村局長に対する悪態になる。 >「局長さんに何が起こったんですか?」 >「よく分からないが、どうやら大きな事故があったらしいな。奴さん、せっかかう出世街道をいっていたのに、これで当分ストップかもしれない。 >悪くすると蹴落とされる」 山田事務官は『まことに爽快な気分だった。』 数年で定年を迎える山田事務官は、以前なら年下の課員で、有資格者の彼らに先を越されて出世され、上司になられた時を想像して遠慮があった。 しかし、もはや今ではその心配が無い。開き直る事が出来たのだ。 >山田は、若いとき軍隊に行って同様な場面を見たことがある。同じ初年兵でも幹部候補生になると、下士官の連中はいくらか遠慮したものだった。 >将来彼らが上官になった場合を考えて、そうした斟酌になった。だが、班の上等兵や古年次兵たちは遠慮会釈無く幹候を痛めつけた。 >こうした幹部候補兵たとえ上官になったとしても、それまで古年次兵たちは軍隊に残っていない。 >古年次兵たちの名目は将校になる男だから兵隊のことをみっちり仕込んでやるというのにあった。 山田は二十四,五年前の軍隊経験で、官僚組織の典型を見てきていた。 翌日出勤した山田は、藤村から私見を交えた、およそのことを聞いた。 精糖会社を巡る贈賄事件らしい。製糖会社は合同製糖。「大手じゃない。二流だ」 描写は、岡村局長の武勇伝が綴られる。いかに大物であるか...その反面と弱点も... 重要人物の登場だ 「おい、西がきたぜ」 西秀太郎。 農林省に出入りする「一種のボス」。五十二,三歳。肩書きは弁護士。農林省の局長に会うのもフリーパス。 西は岡本局長に会いに行く。「やあ」と声をかけたのは岡村局長だった。 密談は続く。事件に対する対処方法の検討? 西秀太郎は、法廷には一度も出たことのない弁護士。二人の会談は、岡本局長が聞き役。 農林省だけではない、検察庁にも顔が利く、その西が言うのだから岡本局長は傾聴した。 逮捕者がでるのは間違いなさそうだ。倉橋課長補佐は取りあえず帰宅を許されるらしい。 岡本局長はうなるだけで、言葉にはならない。 >「ね。岡本さん。この際、倉橋君が警視庁から戻されたら、どこかに飛ばしたらどうですか」 >「飛ばすとは?」 >「つまりですな、出張にやらせるんですよ。そういう予定はありませんか?」 >「作れば出来ないことはありませんが、しかし、それでは警視庁のほうで承知しないでしょう?」 倉橋課長補佐は、「...この件で役所の側と業者の側との関係を一番よく知っているんじゃないですか」 局長は「そうかも知れません」と言うのがやっとだった。 二人の打ち合わせは終わった。 局長は、話の内容を次官に取り次いだ。 警視庁から解放された倉橋課長補佐は、役所にも、自宅にも帰らず、羽田に直行した。 羽田に向かうタクシーの中では、倉橋課長補佐の隣には西秀太郎が座っていた。 札幌のホテルに着いた倉橋は、自宅に電話をする。そして、西に電話をした。不在で遅くなるらしい。 倉橋課長補佐の札幌出張は岡本局長の続きのようなもので、警視庁から逃れるのが目的の逃避行に過ぎない。 ようやく西と連絡がついたが、西の話は思わしくない。 西は決断した。倉橋課長補佐に視察は中止にして、仙台まで来いというのだ。西が指定したのは作並温泉、梅屋旅館。 旅館は予約が取ってあった。 先着した倉橋だったが、倉橋は勧められて先に風呂に入る。風呂上がりの倉橋に女中が西の到着を告げる。 早速部屋に行こうとする倉橋に女中が言いよどみながら 「いま、お二人でお風呂を召していらしゃいますけど」「二人?」「はい。ご夫婦でいらしゃいます」 女中は西の連れが、三十くらいの女だという。西の妻は五十近い。 女はよし子と言った。 食事が済んだが、女がいるので本題に話には進まない。ようやく西は、女に席を外させた。 倉橋は、西が女を連れてきたくらいだから、事態はそれほど深刻にはなっていないのではと楽観していた。 西から告げられたのは、深刻な状況だった。 倉橋課長補佐は、色を失った。 倉橋を北海道へ出張に行かせたのは西のアイデアだと自白した。その間あらゆる努力をした。自分のミスで、判断の誤りだったと言った。 西がいかに弁解しようと、倉橋課長補佐には何の慰めにもならない。 >「では、あなたは僕にどうしろとおっしゃるんですか?」 倉橋は初めて反抗的な態度を見せた。 >「ぼくは君に、べつにこうしなさいとは言わない。ただ、君と役所のために一番いい方法を助言してきたつもりだし、また、そう取計らって >運動をしてきた。それは君も分かってくれるね?」 西の説得が続く。 その説得とは... 後は心配するな、女房や子供の面倒は見る。自殺の示唆である。 西の説得は事実上失敗する。倉橋課長補佐の反撃に遭う。 だが、そこは、西が一枚も二枚も上手だ。 「いや、よくわかった」西は、反撃を躱し手打ちと見せかける。 >「倉橋君、今夜は飲もう。久しぶりにこういう山の温泉にきたのだから、芸者でも呼ぼう」 翌朝倉橋課長補佐の死体が見つかる。事故死?自殺?それとも他殺 死体は、西秀太郎が見つける。 ここまでは、ゆっくりと、あらすじとして書き進めてきた。 小説の1/2にも届いていない。 小見出しで言えば ●課長補佐の死 に入ったばかりだ。以下まだ続く ●疑惑 ●捜査の側 ●観察 ●問題 ●価値の交換 『課長補佐の死』は、西秀太郎の倉橋課長補佐への自殺の説得が不調に終わった結果なのだ。 『疑惑』とは、倉橋課長補佐の死は、事故死や、自殺ではない。殺人ではないか? 西秀太郎は、倉橋課長補佐と作並温泉での経緯をぬけぬけと岡本局長に話す。 >「...僕が彼に言った言葉はは、彼に自殺しろという暗示だったからね。...」 倉橋課長補佐の反撃に遭い、同情を見せてやっとな得させた。と、自慢する。 聞かされた岡本局長は全てを理解せざるを得なかった。 『捜査の側』は、捜査二課なのか、捜査一課なのか? 警視庁捜査二課一係長的場警部補は倉橋課長補佐が死んだことを山崎二課長へ知らせる。『なに、死んだ』 事件現場の作並温泉へ捜査二課の杉浦と長谷川の二人が向かうことになった。 二人の聞き込みでは、倉橋課長補佐に自殺の前兆など無かった。 女中のお房さんは強調した。「ねえ、明日の朝、自殺する人が、健康のために体操などなさるでしょうか?」 後日 役所帰りの山田事務官は、刑事に呼び止められる。 『観察』とは、山田事務官の目から事件を見る。冷めた目線。開き直った古参兵の目で事件を見る。 警察に事情を聞かれたことも岡本局長に報告した。底意地の悪い興味で、心の中ではニタニタしながら反応を見ながらの報告である。 『問題』は、倉橋課長補佐の死に疑問が持たれていることだった。 山田事務官は、新聞記者(眼鏡をかけた丸顔の男、R新聞社)に呼び止められる。新聞記者が『問題』にしたのは倉橋課長補佐の死の原因だった。 山田事務官が倉橋課長補佐の遺体を引取に作並温泉へ行っていることも、そのとき西秀太郎にも会っている事も知っていた。 新聞記者の質問は具体的で厳しかった。あるいみ核心を突いていた。それには裏打ちされた事実があるからだ。 記者が言うには、倉橋課長補佐の妻への取材は、役人の監視付きだった。 倉橋課長補佐の女の児の友にも取材をしていた。 >「...ウチの父ちゃんが死んで、局長さんをはじめ農林省の偉い人や、政治家から、たくさんのお金をもらった。お母ちゃんと自分と弟とが >何もしないで十年くらいは暮らしてゆけるようなお金をもらったと友達に自慢しているそうです」 山田は沈黙するだけだった。 >「それに、政治家や局長さんたちは、子供二人が大学にゆく学費も、自分が、つまり、その女の子ですな、お嫁にゆく費用も特別に出してくれると >お母ちゃんに約束したといううんです。どうせ、これは母親から聞いたことなんでしょうがね」 母親には監視を付けられたが、子供までは役人の監視は無理だったのだ。 山田事務官は、一歩下がった場所で、しかし、古参兵が軍隊の内情を知り尽くしているように、官僚機構のまっただ中に存在する 己の立場を最大限に利用して、密かな楽しみを続けていた。 それは、その時々に警察に話を聞かれたこと、新聞記者に取材を受けたことを局長に報告していたのだ。その事で何かを得ようとするわけではない。 あたふたする局長らを心の中で冷笑する。それが密かな楽しみだった。 〈あの若造めが〉(P201)〈あの若造めが......〉(P211) 『価値の交換』は、清張流どんでん返し。 完読後、ある作品と共通した読後感を感じた。 『ある小官僚の抹殺』と酷似していることだ。(いずれ比較してみたい) 黒澤明監督作品『生きる』にも共通する、小役人の官僚根性。 黒澤映画の『悪い奴ほどよく眠る』を思い出して、DVDを購入した。結論は『わる奴ほどよく眠る』か! 2021年05月21日 記 |
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作品分類 | 小説(長編) | 272P×480=130560 |
検索キーワード | 農林省食料管理局・砂糖・汚職・事故死・自殺・警察官僚・代議士・局長・事務官・作並温泉・弁護士・ある小官僚の抹殺 | |
【帯】生け贄にされるのは常に下積みの人間なのか! 砂糖をめぐる”黒い霧”をみつめる下級官吏の恐ろしい疑惑 松本清張の推理傑作 |
登場人物 | |
山田 喜一郎 | 農林省食糧管理局総務課の事務官。禿げ上がった頭。心の叫びか〈あの若造めが〉 |
岡村 福男 | 実力大臣の後ろ盾で出世街道を邁進中。農林省食料管理局長/三十七,八ばかりの東京大学卒のキャリア。 事件後栄転、代議士への立候補が伝えられる。 |
西 秀太郎 | 農林省に出入りする「一種のボス」。五十二,三歳。肩書きは弁護士。倉橋課長補佐へ自殺の説得を試みるが、失敗する。最後の手段に出たのか? |
倉橋課長補佐 | 砂糖の汚職事件に関連し取り調べを受ける。西の提案で、警察から解放された直後に北海道へ出張させられ、西の指示時で作並温泉るへ出向く。 西から自殺の示唆を受けるが反抗する。事故死で片付けられるが、結果生け贄にされる? |
倉橋課長補佐の妻 | 四十近い。夫の死で憔悴しきっていたが、役所の配慮で出版社の事務職にありつく。片手間に生命保険の勧誘を始める。見違えるように活発になる。 |
よし子(西秀太郎の愛人) | 西秀太郎の愛人。作並温泉の梅屋旅館に宿泊。三十歳くらいか、三味線も弾けるその筋の女。 |
藤村事務官 | 山田事務官の同僚。岡村局長のお供から変える山田を、羽田まで出迎える。羽田からタクシーで山田と同乗。 住まいは幡ヶ谷。方南町の山田事務官と同じ方向 |
新聞記者 | 捜眼鏡を掛けた丸顔の男。R新聞社の記者。倉橋課長補佐の死の原因に近づきすぎたのか、校正部へ配置転換させられる。 |
次官 | 岡村局長の上司。上司ではあるが、実力大臣の覚えめでたい岡村局長に頭が上がらない。岡村局長から見て無能な役人だった。 |