題名 | 霧の旗 | ||||||||||||
読み | キリノハタ | ||||||||||||
原題/改題/副題/備考 | |||||||||||||
本の題名 | 松本清張全集 19 霧の旗・砂漠の塩■【蔵書No0100】 ![]() ![]() |
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出版社 | (株)文藝春秋 | ||||||||||||
本のサイズ | A5(普通) | ||||||||||||
初版&購入版.年月日 | 1971/07/20●初版 | ||||||||||||
価格 | 880 | ||||||||||||
発表雑誌/発表場所 | 「婦人公論」 | ||||||||||||
作品発表 年月日 | 1959年(昭和34年)7月号~1960年(昭和35年)3月号 | ||||||||||||
コードNo | 19590700-19600300 | ||||||||||||
書き出し | 柳田桐子は、朝十時に神田の旅館を出た。もっと早く出たかったが、人の話では、有名な弁護士さんは、そう早く事務所に出勤しないだろうということで、十時になるのを待っていたのだ。大塚欽三というのが、桐子が九州から目当てにしてきた弁護士の名であった。刑事事件にかけては一流だということは、二十歳で、会社のタイピストをしている桐子が知ろうはずはなく、その事件が突然、彼女の生活を襲って以来、さまざまな人の話を聞いているうちに覚えたことである。桐子は一昨日の晩に北九州のK市を発ち、昨夜おそく東京に着いた。神田のその宿にまっすぐに行ったのは、前に中学校の修学旅行のとき、団体で泊まったことがあり、そういう宿なら何となく安心だという気がしたからだ。それから、学生の団体客を泊めるような旅館なら、料金も安いに違いないというつもりもあった。 | ||||||||||||
あらすじ&感想 | 何度も映画化(テレビドラマ化)されているので、あらすじは言わずもがなだろう。 北九州で起きた金貸しの老女殺人事件。 殺人犯とされた男の妹(桐子)は、兄の無実を信じて高名な弁護士(大塚)に弁護を依頼するために上京する。 弁護士は弁護料が高額になることなどを理由に弁護を断る。 偶然、桐子が電話で弁護の依頼をするのを聴いた総合雑誌「論想」 の記者(阿部)は、興味を持ち、桐子に話しかける。 阿部は事件に興味を持ち独自に調べる。 失意の内に郷里に戻る桐子。 殺人犯とされた男(桐子の兄:柳田正夫)は、冤罪を訴えながら獄中で病死。 桐子は弁護士の大塚に手紙を送り、兄の獄死を知らせる。桐子の宣戦布告とも言える。 大塚は事件が気になり、資料を取り寄せ検討してみる。桐子の兄の冤罪の可能性を発見する。 復讐を決意して上京する桐子。(この部分が不明確だ。) 主立った登場人物は、銀座のバー「海草」に集う。 桐子は「リエ子」と名乗り、「海草」でホステスとして働いていた。 阿部と桐子も「海草」で再会する。(「海草」は、カイソウと読むのか?) 阿部は、大塚弁護士を訪ねて、事件の鑑定を頼む。が、断られる。 大塚弁護士は、話の経緯から、阿部の来訪が桐子の関連だと知ることになる。 大塚の愛人、河野径子(コウノミチコ)が殺人現場に遭遇する。殺されたのは杉浦健次。 その現場には柳田桐子もいた。桐子は、ホステス仲間の信子に頼まれて恋人の杉浦健次を尾行していたのだ。 (桐子は信子の世話で「海草」勤めていた。二人は同居している) 尾行の途中で山上武雄にも会っていた。 杉浦健次は河野径子の元愛人であった。大塚との関係から河野径子は、健次と縁を切りたがっていた。 健次は未練があり、執拗に河野径子を追い求めていた。信子は、そんな健次を疑っていたのだった。 健次が殺された場所は河野径子との密会場所であった。殺されている健次を見て、慌てて逃げだした径子は、 桐子に遭遇してしまったのだ。河野径子を名乗り、径子は、自己の無実の証人になってくれるよう頼む。 桐子は了解する。しかし、径子が逃げるように去った後、殺人現場に帰り、現場に落ちていた径子の 革手袋を死体のそばに置き、径子の犯行に見せかける。そして、死体のそばにあったライターを持ち帰る。 やがて桐子は、このライターが山上武雄の物であることに気づく。 逮捕された河野径子は、証人としての柳田桐子を頼るが、桐子は、会ったことも無いとすべてを否定する。 ただ、径子は死体のそばにライターがあったことを覚えていた。 河野径子は、柳田正夫の立場に立たされる。 舞台は新宿のバー「リヨン」に変わる。 銀座から新宿の裏通りの店へと移った桐子は、その水にも慣れてしたたかさが備わってきた。 大塚は河野径子の無実を証明すべく奮闘する。阿部から桐子の居場所を聞き、自ら「リヨン」へ行く。 「葡萄とリス」の柄があるライターこそが、河野径子の無実を証明するのだ。 大塚は、桐子に懇願しライターの引き渡しを求める。 河野径子との愛人関係は、大塚の弁護士としての立場を貶める。 しかし、弁護士としての事件に対する闘志は久しぶりに燃え上がる。 北九州で起きた金貸しの老女殺人事件と杉浦健次の殺人事件の共通点を見つける。 それは、犯人が「左利き」であると言うことだ。 「リヨン」に通い詰めて、桐子に迫る大塚だが、店では、水商売の女としてなれた振る舞いをする桐子に翻弄される。 いつものように、上客の大塚を送りがてら「リヨン」を出る二人。 店からの帰りの道すがらでの二人の会話で大塚は、桐子の圧倒的決意の固さに驚かされることになる。 金貸しの老女殺しの犯人と杉浦健次殺害犯が同一人物らしく、それが、山上武雄らしいことも話す大塚だが 「不公平ですわ」 「何?」 「そうじゃありませんの。兄の無罪を証明していただくのは結構ですわ、でも、兄はもう死んでいます。 けれど径子さんは生きていらっしゃるわ」 大塚は愕然とした 「兄が生きているうちでしたら、わたくし、先生のおっしゃる通りにしたかも知れません。 でも、兄は獄死いています。 径子さんだけがこの世の空気を吸って片手落ちですわ。先生はそれでいいかもしれませんけれども.....」 一方で 阿部は桐子の復讐劇をうすうす感じていた。河野径子事件も桐子の偽証であることも感づいていた。 「で、君はこれだけでは、まだ気が済まないんだね」 阿部は念を押した。 「済まないわ。済んだと云ったら、私の嘘になります」 阿部は、背筋の寒くなる思いを抱く。阿部が凍り付くような結末に向かう。 それでも大塚は「リヨン」へ出向く。事態は一変する。 いつもの帰り道、土下座をして懇願する大塚に桐子は、「分かりましたわ」と、言った。ライターを渡すというのだ。 明日の晩、アパートに来てくれと住所を告げる桐子。 アパートで桐子は、己の純潔だった肉体を自ら大塚に捧げる。復讐が完結するのだ。 翌日、柳田桐子は、河野径子事件を調べている検事宛に手紙を送った。 大塚弁護士が偽証を迫り強姦したというのだ。 >わたしくしは一人の高名な弁護士の仮面を暴くため、あえて自分の恥をここに書き綴りました。 >どうぞ、御判読のうえ、わたくしの意をお汲み取り願いとう存じます。 検事は弁護士を呼び、桐子からの手紙を内示した。 >大塚弁護士はそれを一読したしたとき、身体の血が逆流したようになった。 >「どうですか?この通りですか?」 検事は弁護士に訊ねた。 「.......」 弁護士に反駁の勇気がなかった。ただ、桐子の復讐を知った。 大塚欽三弁護士は蒼い顔をして顫(ふる)えるような微笑を泛(うか)べた。 >証人に偽証を強要するのは、弁護士として最大の恥であり、その生命の喪失を意味する。 そして最後は 大塚弁護士は煉獄に身を置いた。 河野径子が閉じ込められている牢獄よりも苛酷であった。 東京から桐子の消息が消えた。 たたみかけるような結末である。 気になることがある。 ライターはどうなったのか? 桐子はライターを大塚に渡したのか? 結末の、東京から桐子の消息が消えた。だが、わたしの勝手な深読みだが、自殺をほのめかしているのか... それからもう一つ、桐子の上京だが (2度目/バー海草に勤め始める時には、一連の復讐劇を計画していたのだろうか?) 桐子が、大塚と関係してくるのは、偶然「海草」で杉浦健次が大塚に電話を頼んだ事だった。 その時までは、まだ復讐劇は始まっていなかった。 桐子の異常なまでの復讐劇であるが、なぜかシンパシーを感じる部分がある。 それは、桐子の思い込みとも言える >わたしは貧乏でわ、それは、おっしゃる通りの弁護料は払えないので、無理は承知なんですけれど、 >九州から、先生だけにお頼りしたくて来たのです。助けていただけるものと信じて、お勤め先から無理に四日間の >休暇を貰い、旅費を都合して来たんです。 >弁護士さんのなかには、正義のためには、弁護料など問題にしないで、働いて下さる方があると聞いています。 >そして、大塚先生はそういう方だと聞いてきたんですが、なんとか先生のお力をいただけないでしょうか? ただ、大塚弁護士は特別な、それも悪徳弁護士でもない。 桐子の理不尽とも言える思い込みから破滅へと追い込まれていく。 さらに桐子のした行為こそ裁かれるべき犯罪行為でもある。 犯行現場を偽装し、河野径子を犯人に仕立てる。大塚弁護士を罠にはめ強姦の濡れ衣を着せる。 百歩譲っても、河野径子には何一つ責任はないのである。殺人現場に遭遇する必然性はあったかも知れないが... 日常に潜む恐怖は、「証言」(あるサラリーマンの証言)にも共通する。 「霧の旗」は、「週刊 松本清張 8号【霧の旗】」によれば、単行本では、12000字程度加筆されていて、 桐子の復讐ぶりが詳細に描かれているらしい。(蔵書の全集も加筆後のようだ) また、河野径子は「頼子」となっていたらしい。 清張は「頼子」と云う名前が好みのようだ。「火の記憶」でも書いたが... 田村頼子:「投影」 結城頼子:「波の塔」 高村頼子:「火の記憶」 ※三宮頼子:「十万分の一の偶然」は、テレビドラマでの登場人物 ※言葉の事典とおまけ 煉獄:カトリック教会の教義で、天国と地獄の間にあり、死者の霊魂が天国に入る前に火によって罪を浄化されると 考えられていた場所 職業野球:時代を感じさせる表現だ。もちろんプロ野球のことだが。 ------------------------------ ※登場人物の職業を取り上げてみる。 柳田桐子:K市に住むタイピスト。少女のような稚さの残る顔立ちと強い視線が特徴的な若い女性。 柳田正夫:小学校の教師、桐子の兄 大塚欽三:弁護士。丸の内二丁目に事務所を構える、日本でも指折りの有名な弁護士。 河野径子:銀座の高級レストラン「みなせ」の女性経営者。大塚の愛人 阿部啓一:総合雑誌の若い編集者。 奥村:大塚弁護士事務所の事務員。 信子:銀座のはずれにあるバー「海草」の女給。 杉浦健次:「みなせ」の給仕頭。「海草」のママの弟。信子の愛人だが、河野径子と男女の関係がある。 山上武雄:元プロ野球選手、杉浦健次の知人の青年。金貸しの老女殺しの犯人か? 推理小説で殺人事件もあるが、主な登場人物として、刑事は登場しない。 (上田捜査課長が裁判の経過について話しているだけだ。) 以下、映画やTVドラマが、数多く製作されている。 ●映画
●テレビドラマ
映像としては、1965年版:監督山田洋次 脚本:橋本忍のDVDを所有していて、観た。 映像としての作品は、結末がそれぞれ特徴があるらしい。 女優との関係からか、あまりにも非情な原作の桐子の復讐劇に対して、 証拠品の「ライター」の始末に救いを求めているようだ。 その意味で原作に忠実とも云える、山田洋次作品(脚本:橋本忍)が好きだ。 2018年4月21日 記 |
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作品分類 | 小説(長編) | 159P×1000=159000 | |||||||||||
検索キーワード | 老女殺し・弁護士・弁護料・雑誌記者・レストラン経営者の愛人・職業野球(プロ野球)・左利き・バー「海草」・リヨン | ||||||||||||
貧乏人は、まともに弁護もしてもらえないのか?兄の無実を信じる桐子は、復讐の炎を燃やす。 それは弁護士にとっては理不尽とも言える逆恨みであった。 直接関係の無い愛人を巻き込んで、執拗な復讐劇は純潔の肉体を捧げて完結する。 |
登場人物 | |
柳田 桐子 | 兄の無実を信じて大塚弁護士に弁護を頼むため上京。弁護を断られ復讐の念を募らせ、理不尽とも言える復讐劇を完結させる。 |
柳田 正夫 | 桐子の兄。金貸しの老女殺し犯として捕まる。いったん自白するが、裁判で無実を主張する。獄死。小学校教師。 |
大塚 欽三 | 弁護士。52歳。丸の内に事務所を構える、日本でも指折りの弁護士。河野径子は愛人。桐子から兄の弁護依頼を断る。 |
河野 径子 | 大塚弁護士の愛人。杉浦健次とも関係があった。銀座のフランス料理店「みなせ」の経営者。31、2歳。 |
阿部 啓一 | 二十六,二十七の青年。論想社の編集部に所属。論想社。密かに桐子に愛情を感じる。老女殺し事件を調べる。 |
杉浦 健次 | 銀座のバー「海草」のママの弟。河野径子の経営するレストラン「みなせ」の給仕頭で、径子とも関係があった。 |
山上 武雄 | 元プロ野球選手。北九州出身。左利き。葡萄とリス模様のライターの持ち主。老女殺しと杉浦健次殺しの犯人か? |
奥村 | 大塚弁護士事務所の事務員。金のない柳田桐子の依頼を暗に断るように大塚に取り次ぐ。 |
信子 | バー「海草」のホステス。桐子とはホステス仲間。二人は同居している。杉浦健次は恋人。 |
渡辺 キク | 金貸しの老女。柳田正夫に金を貸す。貸し金の取り立ては手厳しい。 |