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松本清張_十万分の一の偶然 

No_152

題名 十万分の一の偶然
読み ジュマンブンノイチノグウゼン
原題/改題/副題/備考  
本の題名 十万分の一の偶然【蔵書No0064】
出版社 (株)文藝春秋
本のサイズ A5(普通)
初版&購入版.年月日 1981/07/05●初版
価格 1000
発表雑誌/発表場所 「週刊文春」
作品発表 年月日 1980年(昭和55年)3月20日号~1981年(昭和56年)2月26日号
コードNo 19800320-19810226
書き出し A新聞一月二十七日朝刊は、「読者のニュース写真年間賞」を発表した。A新聞に限らず、B新聞でもC新聞でも同じような企画を行っている。この懸賞募集の規定は、三社とも似たりよったりだが、A新聞はこう揚げている。《月間賞 その月の投稿写真を対象にして東京、大阪、西部、名古屋の各本社で個別に審査し、その結果を発表し、賞を贈ります。△金賞(一点)=五万円(とくに優れた作品には十万円の特別賞)△銀賞(一点)=三万円△佳作(数点)一万円。年間賞 一月一日から一年間、四社に集まった全応募写真を報道写真家の権威に依嘱して審査(審査員は原則として三年ごとに交替)その結果を紙上に発表、賞杯、賞状と次の副賞を贈って表象します。△最高賞(一点)=賞杯、賞状、副賞百万円△優秀賞(三点)=賞杯、賞状、副賞各三十万円△入選(五点)=賞状、副賞各五万円》さて、二十七日付朝刊は、昨年度の年間賞である最高賞の作品と、優秀賞「緊急着陸十分前の機内」「マンションの火災」「沈没」とを一ページ全面に出した。当然ながら最高賞の「激突」の写真が最も大きく、派手な扱いだった。
あらすじ感想   ●ウィキペディア(Wikipedia)によるあらすじ----
夜間の東名高速道路下り線・沼津インターチェンジ近くのカーブで、自動車が次々に大破・炎上する、玉突き衝突事故が発生した。
アルミバン・トラックが急ブレーキをかけ、横転したことに始まったと推測されるも、
事故直後の警察の現場検証では、ブレーキをかける原因となるような障害の痕跡は、まったく発見されなかった。
一方、大事故の瞬間を捉えた
山鹿恭介の写真「激突」は、カメラの迫真力を発揮した作品として、
A新聞社主催の「ニュース写真年間最高賞」を受賞、決定的瞬間の場面に撮影者が立ち会っていたことは奇蹟的、
十万に一つの偶然と評された。
しかし、事故で婚約者・
山内明子を喪った沼井正平は、状況に不審を抱き、調査を開始する。
「十万分の一の偶然」は作られたものなのか。いったい、どのような方法で?
探索の末、「事故」の正体を突き止めたと思い、正平は行動に出るが…。


●エピソード
藤井康栄によれば、本作のアイデアのきっかけになったのは、1955年5月の紫雲丸事故であり、連載の打ち合わせの時、
著者は、同事故の際の報道写真問題を例に出しながら構想を話していたという。
本作の担当編集者の鈴木文彦は、作中のトリックが実行可能な、すべての条件を満たす地点を、東名高速上で探すよう、著者から求められ、
東京から同道路上をたどり、ようやく見つけたのが沼津インターチェンジ手前であった。
著者は、イギリスの作家・ロイ・ヴィカーズの迷宮課シリーズを好み、に「百万に一つの偶然」に感心したと発言している。
推理小説研究家の山前譲は、本作が生まれたのは同作のタイトルからと推定している。
本作で描かれる犯罪に関して、劇作家の別役実は、本作刊行後に発生した、韓国のアマチュア・カメラマンが、若い女性をだまして山中に連れ込み、
毒を飲ませ、苦悶して死亡するまでの様子をカメラにおさめた事件を取りあげ、
「世界は単なる映像に過ぎないと感じ、「死」の映像が必要だったがために、人を殺した」点で、本作のアマチュア・カメラマンと極めてよく似ている、と指摘している。

●テレビドラマ
 1981年版:制作局:日本テレビ  2012年版:制作局:テレビ朝日
演出:黒木和雄

脚本:田辺泰志/石田芳子

出演者:キャスト
•山内明子:関根恵子
•山鹿恭介:泉谷しげる
•古家庫之助:岸田森
•亜湖
•梅津栄
•伊藤敏八
•根本和史
•湯沢勉
•和田周
監督:藤田明二

脚本:吉本昌弘

出演者:キャスト
•山内正平:田村正和 (フリーのルポライター)
•山内明子:中谷美紀(少女時代:久保田紗友) (正平の娘)
•山鹿恭一:高嶋政伸
  (「ニュース写真年間最優秀賞」を受賞したアマチュアカメラマン)
•布川麻奈美:内山理名 (沼津の大学病院の看護師)
•塚本暁:小泉孝太郎 (明子の婚約者)
•山内恵子:岸本加世子(友情出演) (正平の妹)
•越坂奈月:若村麻由美 (正平と旧知のカメラマン)
•小泉恵美子:松下由樹 (『週刊スパーク』編集者)
•岩瀬厚一郎:内藤剛志 (沼津南署の刑事)
•古家庫之助:伊東四朗 (写真評論家の大家)



●テレビドラマ:2012年版(制作局:テレビ朝日/主演:田村正和)を見て(2年くらい前)今回再読した。
最初に読んだのは、『十万分の一の偶然』の購入時期が1981年7月なので、たぶん同時期だと思う。その後は読んでいない。
読後感が、かなり違った。覚えていたのは最初の部分だけだった。が、読み進むにつれて思い出した。
テレビドラマの感想は別にして、作品を考察してみることにする。筋立ては詳しく追わないことにする。
山鹿恭介の『激突』なるニュース写真が年間最優秀賞を取る。
この写真が「十万分の一の偶然」で撮られたものなのか、偶然を装った作為があったのか?
交通事故の結果が激突なのだが、その犠牲者に内山明子がいた。明子は沼井正平の婚約者だった。
沼井は事故に不審を抱く。
沼井の捜査が始まる。橋本と名乗り、山鹿恭介の元写真仲間である、西田栄三に会う。
西田からは、山鹿の人となりを聞く。

聞いている髭の男の眼が、草むらの蛍のように、ひっそりと光った
そして、審査委員長の古家と山鹿の「
ただならぬ親睦関係」を聞く。
>遠くの一カ所を見つめて動かぬその眼には、ひそかにうなずく色があった。

山内と名乗り、事故に遭いながら助かった米津安吉から、事故現場で「赤い火の玉のようなものを見た...」
「ぴかっ、ぴかっ、と光った」
と、幻想かもしれないと言いながらも証言を得る。
中野晋一と名乗り、山鹿恭介に会う。
保険の外交員をしている山鹿に、顧客として近づく。
中野を名乗る沼井は、写真の同好者として撮影現場に同行を頼み込み、実現する。暴走族の対立を撮ろうというのだ。
場所は、大井埠頭、「大井南陸橋」付近。羽田空港に隣接する地帯である。
撮影場所を求めてタケウマと呼ばれるクレーンにのぼる。
そこで沼井は、山鹿恭介の偶然を装った仕掛けを実演する。
中野を名乗る沼井は、悪戯をするように二つのストロボの赤い光を交互に明滅させた。
事故現場で
「赤い火の玉のようなものを見た...」「ぴかっ、ぴかっ、と光った」、正体である。
クレーン上での対決で、沼井正平は山鹿恭介に復讐を遂げる。
急に闇の空から炸裂音が落ちた。両翼と尾翼に赤い灯を点けた旅客機の爆音だった。
これまでが、前半で、以下の目次で記述されている。長編だがかなり細かい目次立てである。
年間最高賞
反響
現場弔問
花束と雛
初心者の近づき
山鹿恭介という人
偶然を粘る
火の玉
現場ふたたび
現場捜査
断片の実態
照明器具
紹介者
霧笛の部屋
電話と活字
二つの枯花
内なる声
時代の証言
現場の下見
夜とともに歩く
タケウマ
クレーンの上
撮影問答
事故現場談
十五メートル下
現場検証
吸い殻と妻
いつもひとり
復讐に燃える沼井正平の行動が性急すぎないか?殺意を抱き、決行するまでが短絡的とも言える。

後半の目次は以下の通り
大麻の季節
鹿野山行
密教の寺
山上の夜
最高所三百五十二メートル
幻視幻聴
最後の灯

大麻の季節で、いきなり大麻の説明が続く。突然の感じが否めない。もちろん伏線ではある。
もう一つ気になるのは、古家庫之助についてである。
古家庫之助は、A新聞社主催の「ニュース写真年間最高賞」の審査委員長を務めた写真家。
沼井正平は、
川原俊吉を名乗り、古家庫之助に接近する。撮影会の指導講師を依頼する事を口実に...
彼に殺意を抱く沼井正平であるが、少々理不尽な気がする。古家(フルヤ)が山鹿恭介の偶然の作為をそそのかした事が
遠因となっている。その確証はないし、むしろ直接的な関与はしていない。
霧の旗」の桐子と弁護士にも通じる理不尽さがある。
ともあれ、「大麻」の幻視幻聴を利用して殺害する。
この殺人現場でも沼井は、山鹿に復讐したとき同様、偶然の仕掛けを披露する。二つのストロボを交互に点滅させる。
そのストロボには赤いセロハン紙が張ってある。
事故現場で
「赤い火の玉のようなものを見た...」「ぴかっ、ぴかっ、と光った」、正体である。
しかし、古家は状況を理解できる頭脳を持ち合わせていなかった。幻視幻聴に支配されていたのだ。
沼井正平の復讐劇は、絶望の一人芝居なのだ。
その時、上空をジェット機が飛ぶ。場所は鹿野山神野寺付近、成田空港にほど近い場所だ。

二つの事件は、事故死として扱われる。が、以前の山鹿恭介の事故死に少し疑念を持っていた小池捜査係の元へ
パイロットがやってくる。
鹿野山で有名な写真家の遺体が発見された記事が書かれた夕刊を持って
「踏切の警報灯のように、ぴか、ぴか、と光ってたんです」
その場所は、鹿野山の頂上あたり。
パイロットの話は、それだけではなかった、山鹿が転落死をした当日、大井埠頭付近で「
ぴか、ぴか」を目撃していた。

警視庁と千葉県警の合同捜査がはじまった。

沼井正平はそのころ、外房州の白浜に泊まっていた。...
十一時頃にはどこかの岩礁の上に立つことになるだろう。...
去年の十月三日、東名高速道路の「交通事故」による山内明子の死亡時刻であった。

崖っぷちに立つ犯人(主人公)は「
ゼロの焦点」か...
悲しくもやるせない結末であるが、沼井正平の行動には違和感がある。
>沼井は絶望に陥った。どのような恨みや復讐の言葉を云っても、いっさい受けつけない古家(幻視幻聴で)
そんな、古家を殺す意味があるのか?
それでも、沼井は古家を殺さなければならなかったのか?
復讐は二人を社会的に抹殺する方法もあったのではないか。
手の混んだ復讐の手口を考えた割には
直接、手に掛けて殺害する行為は、元P大学経済学部助手にしてはリスクが大きいし、
十一時頃にはどこかの岩礁の上に立つことになるだろう。...の結末までが予定の行動なのだろうか。

読者サービスなのか
断片の実態大麻の季節・密教の寺・幻視幻聴など、目次を拾ってみてもエンターテインメントを詰め込んだ感がある。

※言葉の事典
幻覚:実在しない知覚の情報を、実在するかのように体験する症状
幻聴:幻覚の一。実際には音がしていないのに、聞いたように感じること。
幻視:見えないものが見える. 実際にはないものが、本人には実在するものとして「 ありあり」と見える


2018年2月21日 記
作品分類 小説(長編) 343P×700=240100
検索キーワード 湘南光影会・交通事故・作為・赤い火の玉・ストロボ・婚約者・報道写真・タケウマ・暴走族・大麻・航空機
【帯】最新長篇推理愛する婚約者を奪い去った悽惨な交通事故のその瞬間をカメラに収めた奴がいる! 果たしてそれは『十万分の一の偶然』にすぎないのか? ぬぐい切れぬ疑惑を胸に沼井正平の執念の追求がはじまった・・・・・・
登場人物
沼井 正平 橋本、山内、中野晋一、川原俊吉を名乗る。山内明子は婚約者。濃い口髭と顎髭。元P大学経済学部助手
山内 明子 沼井正平の婚約者。23歳。山鹿恭介の作為による交通事故で死亡、静岡の田舎にいる叔母の病気見舞いの途中だった。
山内 みよ子  山内明子の姉。沼井正平と事故現場を訪れる。国際会議の通訳。妹の事故時にはスイスのローザンヌにいた。和服の女。 
西田 栄三  湘南光影会に所属。山鹿も湘南光影会の仲間だったが、山鹿は会を抜ける。山鹿や古家庫之助との関係を沼井に話す。
米津 安吉  東名高速道路の交通事故で兄を亡くす。自らも負傷。赤く点滅する光を目撃する。 
山鹿 恭介 福寿生命保険株式会社藤沢支店外務部。A新聞社主催の「ニュース写真年間最高賞」を受賞。自称古家庫之助の弟子
古家 庫之助 写真家。A新聞社主催の「ニュース写真年間最高賞」の審査委員長。沼井正平に大麻を吸わさせられ幻視幻聴で殺される。
小池係長 刑事。捜査員。山鹿恭介の転落しに疑問を持つ。

十万分の一の偶然




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