| 題名 | 黒い空 | |
| 読み | クロイソラ | |
| 原題/改題/副題/備考 | ●シリーズ名=歌のない歌集 ●全2話 1.数の風景 2.黒い空 |
単独作品として登録 ※松本清張全集62では、「数の風景」・「黒い空」が、シリーズ作品【歌のない歌集】 として収録 |
| 本の題名 | 黒い空■【蔵書No0030】 | |
| 出版社 | 朝日新聞社 | |
| 本のサイズ | A5(普通) | |
| 初版&購入版.年月日 | 1988/08/15●初版 | |
| 価格 | 1100 | |
| 発表雑誌/発表場所 | 「週刊朝日」 | |
| 作品発表 年月日 | 1987年(昭和62年)8月7日号~1988年(昭和63年)3月25日号 | |
| コードNo | 19870807-19880325 | |
| 書き出し | 埼玉県川越市。---旧市街は新河岸川にとりかこまれている。正保のころ川越城主松平伊豆守信綱が荒川の支流元川を改修して川越(昔の名は「川越」)と江戸の舟便をひらいた。入間川はそれより三キロ先で西から北東へ湾曲している。新河岸が屈折した北端に東明寺橋が架かっている。旧市街の北はずれでもある。橋を渡る手前に東明寺という時宗の小さな寺がある。志多町という閑静な通りの突きあたりでもある。門内に入ると、せまい境内に「川越夜戦之碑」と石の記念碑が立っている。ほんらいなら、「河越夜戦」としなければなるまい。正面の本堂は四注造りの屋根に破風を前につけた簡素なもの。本堂の左側には裏手の墓地につづく小門が見えた。いましもこの広くもない境内に二十四,五人の中年男女が、初老の男を中心に半円形にとり巻いて立っていた。中心の男性は白髪まじりの髪が耳をかくすほど長いが、背は低く、身体が肥り気味である。五月の陽光を受けて汗ばんでいるが、もともと脂性の人間らしく、話をしながらしきりとハンカチを赤ら顔に当てている聞き手を満遍なく見渡し、微笑を絶やさない。 | |
| あらすじ&感想 | 1. 東明寺の境内でガイドの男が説明をしている。 出だしは、「河越夜戦」の蘊蓄がかなり長く語られている。 ガイドの男の説明を遮るようにカラスの鳴き声が響く。 男はカルチャースクールの講師らしい。講師の説明に横槍が入る。声を掛けた男は地元の百姓と名乗り、丁寧に講師の了解を取り 「少々ご教示をおねがいしとうございますが」と、話に割り込んだ。講師の男は戸惑いながらも了解した。 第一章とも思える部分はエピローグであった。 エピローグで語られた中で上杉家が、四家に別れた話が出る。扇谷上杉・宅間上杉・犬懸上杉、そして山内上杉。 推理小説は、当然のごとく、伏線が隠されている。それを探りながら読むことも楽しみの一つです。 2. 話は、《結婚宴会場 観麗会館》に移っていく。「観麗会館」の立地は、八王子の高尾街道沿い 山内上杉家の当主は、山内定子に受け継がれていた。定子は善朗を婿に迎えていたが、経営に対する才覚は定子が実力を発揮していた。 夫の善朗は、建築家だが定子の影に隠れて「種馬」的に見られていた。しかし、定子と善朗の間には子供はいなかった。 「観麗会館」の社長は善朗だが、会長は定子だった。定子は関東山内グループの創始の座を引き継ぎ、「観麗会館」を創立した。 「観麗会館」の設計は、夫の善朗に任せたが、表向きの話しで、定子はその全てと云ってよいほど内容に修正を加え、思いのままの建物にした。 勇躍して設計に取り組んだ善朗だったが、定子のダメ出しで変更を重ねていく。 庭に配置する瀑布の壁面は大理石の予定から、擬岩石に変更になる。資金的には節約になるし、見栄えは技術の進歩から相当な出来映えとなった。 瀧の裏側は、張りぼての鉄筋になった。万一の場合点検の部屋が作られた。 ドアーの鍵は、定子が持った。伏線が張られた。 「観麗会館」の神前挙式は、秋川付近にある御室熊野神社の禰宜に決めた。定子は、社掌の難波為利を「ある人の」知らせで知った。 「儀式料」が格安で、本格的な式を行うことが出来専属の契約が出来た。 「観麗会館」の運営が軌道に乗った頃、定子は善朗を社長にし自らは会長としてグループの創始として君臨した。 順調に経営は進が、気がかりの事象があった。「カラス」の襲来がある。 ハシブトガラスだが、鳴き声からして余り縁起の良いものでは無かった。めでたい結婚式場には似つかない風景になってしまった。 近くにある墓地の供え物を狙って集まるらしく手を焼くことになる。 カラスとの攻防・対策などひとしきり蘊蓄が続く。これも伏線の一つ。 会館の経理部の千谷規子(センタニノリコ)が登場する。 >「また会長さんに叱られましたね」 突然の登場で、しかも、経理部の一会計係が社長に話しかける態度では無い。千谷規子は入社八年になる。 新聞広告で応募してきたのだが、東京の某女子大学卒、容姿端麗とは言えない平凡な顔だちの女だった。 定子が気に入り採用となった。 ここで作者は、定子の感情を借りて、規子の人物像を評定する。 >定子が千谷規子を気に入ったのは.....(引用が長くなるので、画像で示す/「黒い空」64~65P) ![]() 清張作品には、時々女性を以上のように表現している場合がある。 最近、「松本清張の女たち」(酒井順子著)を入手したが面白い観点だと思った。 当たり前だが、美女も登場するし、醜女も登場する。 この引用(紹介画像)の最後の部分に、注目したい。難波為利を千谷規子が紹介していた。(これも伏線だが、見落としていた) 善郎と規子の会話は誰にも聞かれていない前提で続くのだが、深刻な内容になっていく。 会話は常に規子がリードしていた。善朗に同情を見せながら、定子に対して反旗を翻すようにけしかけているのだ。 節税とやらで、金も準備しているようだ。 >「あなたがお気の毒だからです」 >「会長さんの冷遇が、見るに忍びないからですよ」 >「同情してくれるんだね」 >「誤解しないでください。同情が色恋に変わるといったような三文小説の筋にはけっしてなりませんから」 その後も、善朗と規子の関係は色恋で無いと諄いくらい記述されている。(それだけに怪しい) 3. 小原甚十が再び登場する。 登場するのは、「観麗会館」である。その優雅典麗な外観に驚く。名目は甥の結婚式に付いての相談らしい。 対応する事務員の女性に一通り聞くが、話は神式儀式の主祭者になる。御室熊野神社と聞き納得する。 小原甚十の得意とする話になっていく。話し好きの小原甚十は、単に甥の結婚式場を決めるにしては多岐にわたる。 相手をしてくれる女性事務員は、千谷規子だった。規子は相談室の主任が休みで、臨時に経理部の自分が相手をしていると自己紹介した。 入間の百姓と名乗った小原甚十の長話は「河越夜戦」の蘊蓄を含めて続くのであった。 ここでも、小原甚十の感想として、千谷規子の印象が書かれている。 >----この女性は、それほどひどい不器量ではないが、美人とはいえない。若くもない。だが、利口そうだ。 >いや、不美人だから利口なのかもしれない。先刻から感じていることだが、言うことがはきはきしていて、頭の回転がいい。 >美貌に自信をもつ女は、自己顕示欲が強く、男どもにちやほやされ、いい気になっているだけだ。 これが、清張の女性観では無いだろうが、辛辣な表現で描いている。 小原甚十と千谷規子の話の途中でカラスが不気味に鳴き出す。 山内定子は、浦和市での会合が終わり、高輪の自宅に帰る途中だった。会長専用のキャデラックを走らせていたが、急に思いついたように運転手に告げた。 高雄へ行けと告げた。「観麗会館」へ行けというのだ。 運転手が余計な想像をする中、定子は、またも行き先を変更した。新宿から電車で行くと言いだした。 運転手が気を利かせて、会館へ高尾駅まで迎えに来るように連絡をしましょうかと問えば、高尾駅からはタクシーで行くと答え、 会館に行くことすら連絡はするなと言った。 定子は、言葉通り、高尾駅からタクシーで会館に向かった。道中カラスの鳴き声が響いた。 「カラスが夜啼くと、悪いことが起きると昔からいうけどね」運転手は言った。 定子は気味悪がるが、迷信ですよの運転手の言葉に見送られるように会館に向かった。 「観麗会館」の断崖の裏側、擬岩石で作られた瀑布の裏にある鉄骨で囲われた部屋に善朗と千谷規子がいた。 >...だが、両人の間に愛のささやきもなければ抱擁もなかった。それどころか、きわめて金銭的な作業が行われていた。 山内定子の行動は、女の勘というか、善朗と規子の間を疑っていての行動だった。鉄骨で囲われた部屋のキーは定子が持っている。 合鍵は社長の善朗も持っていた。 善朗と規子の密会は、定子の想像するものとは多少違っていた。でも、二人が定子を裏切っていることには間違いなかった。 現場を見た定子が逆上し、善朗に罵詈雑言を浴びせる。さすがの善朗も堪忍袋の緒下切れたのか、言い逃れの出来ない現状から反撃に出る。 男の力で定子を突き飛ばす。定子は鉄柱に頭をぶつける。 倒れた定子の息の根を止めた。規子に叱責され、促されて、善朗がネクタイで首を絞めた。 意外にあっさり定子が殺された。善朗と規子も予期しなかった出来事で、図らずも共犯者となった。 偽装工作が始まる。規子は定子に化けた。 規子は度胸が据わっていた。 >「会長は女傑だけど、妻の立場に戻ると、やっぱり普通の女ね。とっくに愛想を尽かしているようだけど、 >その亭主に女が出来たと知ると、かっと逆上せあがったんだわ」 この場に及んでも、規子は、善郎に宣言した。 >「あなたには、ちゃんとことわってあります。わたしを肉体関係で籠絡しようとしてもムダだって」 会長の定子が夜分一人で、それもタクシーで会館にやって来たのだから、明日の朝高輪まで帰ることになる。 定子に化けた規子を車で善朗が送ることにした。定子は生きて、「観麗会館」を出て行く事になる。 万事計画は出来たが、定子の死体を埋める際にキイを落としたらしい。 落としたのは善朗が定子から「観麗会館」の社長になった時に渡された家紋入りのキイだった。 定子は、別のスペアキイを持していた。それは、定子のハンドバックの中にあった。 翌朝、「観麗会館」を出た善朗の運転するベンツには、定子に化けた規子が乗っている。 車は、高尾駅には向かわず、高速道路を利用して私鉄の府中駅に止まった。 名大前駅に着いた規子の定子はツバ広の帽子姿を他の乗客に十分見せることが出来た。トイレから出た時は規子に戻っていた。 定子の行方不明が届けられ、善朗も事情を聞かれる。 アリバイ工作の仕上げは、規子が、調布駅で定子を見たと証言した。 二人には最後の仕事が残されていた。定子の死体の完全な始末と、手提げ金庫に詰められたお金の運び出しだ。 それに、失った家紋付のキイの発見。 定子の行方不明は営利誘拐の可能性もあり、善朗も事情聴取を受け、特に定子を高尾駅では無く府中駅まで送ったこと聞かれた。 夫婦間の事情として、追及を逃れていた。善朗は、言い訳として、定子がノイローゼ気味だったと匂わせた。 営利誘拐の線が消えていくことになり好都合だった。 死体の処理が残った。瀑布裏の鉄柱室に残されている死体は腐乱し、悪臭を放ち始めていた。 最後の相談が一段落付いた時、規子は部屋を出ようとする。善朗は、彼女の背後にまわった。 「ダメよ」拒絶する規子。しかし、「まだ、困る」。規子の目元には媚びがあった。 三度小原甚十が千谷規子の前に現れる。相変わらず、規子を相手に神社やカラスについての蘊蓄を話す。 死体の処理と悪臭を一気に解決するアイデアを思いつく。 擬岩石で模造された絶壁裏の鉄骨部屋の上に穴を開け、土砂を流し込むことにした。 名目は擬岩石をよじ登るとする者が現れ、擬岩石のもろさでは耐えられないと言うことにした。 コンクリートの工事など、手はずが整う。規子は「よかったわ。.....ご苦労様」 >規子は感動した眼で善朗を見つめた。そして、その眼差しはしだいに熱を帯びてきた。ふいに規子は善朗の片手を強く取って、ソファから立ち上がらせた。 「ダメよ」が解禁になったのだ。規子の野望が最終段階に入ったと言える。 擬岩石の壁面は、コンクリートで補強された。 悪臭の心配はあったが、工事会社は問題なく仕事をやり遂げた。 男と女の関係になった。規子は動き出す。善朗に秘書にしろと迫った。共犯者は主犯として事を運び出す。 そんな規子の元へ小原甚十から手紙が届く。かなりしつこい男だ。単に入間の百姓だとは思えない。 話は怒濤の展開を見せる。話の展開のバックボーンが、登場人物の小原甚十が説明する歴史的怨念などで少しついて行けない感じがした。 ひとつは、小原甚十の推理であるが、千谷規子が殺される。 この展開が唐突とも言える。ネタバレになるので省略するが、基子の死体から真珠のピアスが無くなっていた。 ピアスや家紋が入ったキイの紛失がカラスの仕業。 難波為利と千谷規子は内縁関係だった。基子のピアスは難波為利が送った物。 千谷規子は、扇谷上杉の末裔。千谷(センタニ)は、扇谷(センタニ)と読める。 規子の殺害は謂わば仲間割れだった。壮大な歴史的怨念を背景にした復讐計画が進行していたのだった。 これら、イロイロ説明しても規子の殺害動機が理解で無い。ただ、規子は、その計画から抜けようとしていた。 >...時代錯誤だの、漫画だの、ナンセンスだのと言って罵倒します。、 難波為利は、規子が、善朗と一緒になり、山内家の第二の定子になろうとしていると追及した。この追及は図星だった。 規子は為利と夫婦別れをしようと言い出した。 最早、歴史的怨念どころではない。 規子殺害の動機は、現代的な矛盾が表面化して取り返しの付かない状況になったのだ。 「黒い空」は、横溝正史の作品的なホラー、怨念小説的な展開だが、結末は極めて人間的な結びとなっている。 作品は1987年に発表で、清張78歳、晩年の作品です。 ------------------------------------------------ 強化プラスチックの擬岩石と神社 ![]() ●「観麗会館」の場所 ![]() ------------------------------------------------ 全体の流れの中で、破綻している夫婦関係が物語にスタートになっている。 山内善朗(ヤマウチヨシオ)と山内定子。妻定子は山内上杉家の末裔である。定子が善朗を婿養子に迎えたのだった。 定子は善朗を婿養子にしたのは私の一生の失敗だったと口外していた。 名家の出の女(妻)は、実家の事業を継承している。実業家としてもやり手で成功を収めている。 それに引き換え、婿養子は、精彩があがない。妻の仕打ちを忍受している。鬱積する不満。女の影がチラつく。 話しのバックボーンは、清張作品の何処かに登場しているのではないかと思えた。調べるが思い当たる作品が出てこない。 蔵書は、1988年8月15日の初版(朝日新聞社)です。「黒い空」は清張全集62に収録されているが、朝日新聞社刊の単行本を 購入しているので、購入後間もなく読んでいると思う。 再読後の感想なので、所々で記憶が蘇って、先読みの傾向になってしまう。 推理小説を読む場合の常でもあるが、意識的に先読みをしながら読み進めてみた。 定子が殺されるのは予期出来たが、予想より早かった。 小原甚十がカギを握っているだろうと予想。 規子と善朗は男女の関係になる。(伏線だろうが、規子が諄いくらい否定・拒否する) 小原甚十の河越夜戦関係の蘊蓄が物語のバックボーで展開する。(正直ついて行けない) 規子と善朗は、規子の主導で男と女の関係になっていく。予想通り。 不気味なカラスの存在。カラスの習性 規子が殺される。(予想できなかった) キーの紛失とピアスの行方不明。 小原甚十の推理で、突然御室熊野神社の禰宜が浮かび上がってくる。 結末に向かって急展開。(横溝正史的な怨念の世界が展開される/清張もホラー作品と言える作品をものにしていた) 思わせぶりな鍵の紛失と規子の真珠のイヤリングの紛失がリンクする。(キーとカラスの関係は先読み出来た) 運転手や警備員などフルネームで登場するがちょい役の場合が多い。 2025年11月21日 記 |
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| 作品分類 | 小説(長編) | 313P×610=190930 |
| 検索キーワード | 結婚式場・歴史マニア・カルチャーセンター・ハシブトカラス・コンクリート・鉄柱の部屋・秘書・後裔・河越夜戦・家紋入りのキイ・擬岩石・カラスの巣・ピアス | |
| 【帯】武州川越夜戦、関東管領、扇谷上杉家、山内上杉家、八王子高尾街道、擬岩石、御室熊野神社、亀甲に割菊、ハシブトカラス人生の門出を祝う新郎新婦の眼前に一人の女性の死体が埋め込まれた--。戦国の怨念とハシブトカラスの凶兆が交錯する、巨匠久びさの「黒」の推理。 | ||
| 登場人物 | |
| 山内 善朗 | ヤマウチヨシオ。内山定子の夫で、上杉内山家の婿養子。名目的には、結婚式場「観麗会館」の社長。会長は定子。経理係の千谷規子に同情されるほどの立場。 成り行きから、定子を殺すことになり、千谷規子とは男女の関係になる。定子との間に子供はいない。 |
| 山内 定子 | 上杉山内家の長女。山内善朗は、婿。父からお前が男だったらと言われるほど経営に手腕を発揮する。善朗との夫婦関係は破綻している。 先代亡き後「関東山内グループ」の会長となり君臨する。善朗との間に子供はいない。 |
| 千谷 規子 | 扇谷上杉の末裔で、定子に気に入られ、経理係として雇われる。歴史的怨念から意識的に山内家に近づき、善朗を籠絡する。 自身の欲望・野望から仲間を裏切るが殺されてしまう。難波為利の内縁の妻。 |
| 小原 甚十 | 自称入間の百姓。要所要所に登場する郷土史家的存在で博識である。「観麗会館」で甥の結婚式を上げ、その縁もあって千谷規子に近づく。 全ての謎を解く訳では無いが、事件解決の重要な役割を果たす。 |
| 難波 為利 | 御室熊野神社の禰宜。「観麗会館」の神式儀式の主祭者になる。扇谷上杉の一族、千谷規子とは内縁関係。上杉山内家に復讐を企てる。 規子の裏切りで失敗し、規子を殺すことになる。 |