◎「ある小官僚の抹殺」と「中央流沙」◎ | |
徹底検証【02】 |
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比較表 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「ある小官僚の抹殺」 | 「中央流沙」 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
●初出 「別冊文藝春秋」62号」1958年(昭和33年)2月号 | ●初出 「社会新報」1965年(昭和40年)10月号~1966年(昭和41年)11月号 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
■蔵書 ●〔(株)文藝春秋=松本清張全集 37 装飾評伝・短編3(1973/02/20)〕 ●〔(株)新潮社=(駅路) 傑作集短編(六)(1982/04/30)〕 ●〔(株)光文社=黒地の絵 カッパ・ノベルス(1962/05/15)〕 |
■蔵書 ●〔河出書房新社=中央流沙(1975/08/28:初版(新装版)〕 |
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●書き出し 昭和二十××年の早春のある日、警視庁捜査二課長の名ざしで外線から電話がかかってきた。呼び出しの相手を指名しているくせに自分の名前を云わない。かれた、低い声である。課長は受話器を耳に当てながら、注意深く声の背景を聞こうとした。電車の音も、自動車の騒音もなく、音楽も鳴っていなかった。自宅から掛けているという直感がした。話はかなり長く、数字をあげて、内容に具体性があり、聞き手に信頼性をもたせるに十分だった。重ねて名前を聞くと、都合があって今は云えないと、かれ声はていねいに挨拶して先に切った。ふだん話をするのになれた人間の云い方であった。いうところの汚職事件が新聞に発表されたとき、人は捜査当局の神のような触覚に驚く。いったい、どのようにして事件の端緒をかぎあてたのだろうかとふしぎな気がする。多くは、彼らの専門的な技能に帰納して、かかる懐疑を起こさないかもしれない。しかし、職業の概念に安心するのは、そのゆえにあざむかれているのである。 |
●書き出し 宴会場の料亭は札幌に山の手にあった。廊下の明りが白樺の幹を浮かしている。寒帯植物群の向うには、札幌市内の街のネオンをちりばめて闇の下にひろがっていた。白樺には落葉がまじっている。眩しい広間の床の前には、三十七,八ばかりの、顔の蒼白い男が座っていた。広い額に尖った顎、ふちなし眼鏡の奥の大きな眼、全体の身のこなしなど、いかにも俊敏な人物という印象をうけた。洋服も舶来ものだしネクタイから靴下に至まで洗練された色彩の統一があった。その横に四十七,八くらいのゴマ塩頭の男が遠慮深そうに座っていた。小柄で、胃でも病んでいるように、頬がこけていた。洋服はかなり前につくったもののようだ。終始、顔をうつ向きかげんにしているのは酒を飲んでいるためだけではなく、身についた性格のようでもあった。農林省食料管理局総務課の事務官山田喜一郎という男である。 |
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登場人物(ある小官僚の抹殺) | 登場人物(中央流沙) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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●物語の共通性&登場人物の共通性 中央官庁の汚職事件、課長(課長補佐)が事件のキーマン。それ故犠牲となる。【唐津淳平(業務部第3課長)・倉橋課長補佐】 自殺か、他殺か、事故死か??? 官僚や政界に顔の利く、怪しい人物。本人は弁護士とも称していた(篠田正彦)。弁護士の登場(西秀太郎) 事件現場で、死体の第一発見者である、篠田正彦・西秀太郎は、女連れで犠牲者に会っていた。【稲木良子・よし子】 事件現場は温泉旅館。【熱海の旅館「春蝶閣」・作並温泉の「梅屋旅館」】 小説では、確定的に書いてはいないが、犠牲者に自殺の教唆があり、不調に終わると殺害の手段にでている事を示唆。 警察は汚職事件の核心に迫りつつあり、キーマンの死亡に愕然とする。 最期は 【悪い奴ほどよく眠る】 「おやすみなさい...」 しかし、清張は、枕を高くして寝ることはできないぞと余韻を残して終わっている。 --------------------------------------------- 『ある小官僚の抹殺』は、1回、『中央流沙』は、たびたび映像化されている。(テレビドラマ) 『ある小官僚の抹殺』 KTV(1965年10月12日)●三国連太郎・戸浦六宏・大塚道子 『中央流沙』 NHK(1975年10月25日●川崎敬三・佐藤慶・内藤武敏 NTV(1998年8月4日)●緒形拳・藤真利子・石橋凌 MBS(2009年12月14日)●和央ようか・高嶋政宏・高瀬梨乃 『ある小官僚の抹殺』 |
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●事件現場(熱海温泉:春蝶閣) 被害者の唐津課長は、岡山から出張の帰路、篠田正彦と熱海の旅館で落ち合い麻雀をする予定だった。二人が落ち合う約束をした経緯は明確に書いてはないが篠田が作った舞台設定らしい。 ●死体の発見者 篠田正彦。 自殺死体として発見される。 死亡した、唐津課長の前夜の行動などから自殺は考えにくい。 首を絞めた後、自殺を偽装したと考えられる。 ●連れの女 稲木良子 篠田正彦の愛人 犯人(篠田正彦)に協力しているであろうが、記述はない ●キーマンの死に驚愕する警察 「驚愕」の言葉で表現されている。 ●犠牲者の妻(唐津幸子) 津淳平の妻。三十八歳。大柄で、目鼻立ちが派手。 京都の商人の娘で、世話好き。子供は一人。 夫の死後でも生活に困ってはいないようだ。 ●自殺を否定する状況証拠 唐津課長の出張時の行動や、家族への電話。旅館での女中との話からも 自殺しそうな状況はない。「明日はお早いんでございますか」と女中が聞いた。 「昼ころまでには東京につきたい」と答えた。 |
●事件現場(作並温泉:梅屋旅館) 被害者は北海道出張の札幌から作並温泉に呼び出される。 呼び出したのは、西秀太郎。 明確な目的を持って呼び出している。 ●死体の発見者 西秀太郎。 死体は事故死として処理される。事故死としては不自然。 自殺の可能性もあるが前夜の行動などから考えられない。 事故死に見せかけた、他殺を匂わす書き方だが、その通りだろう。 ●連れの女 よし子 西秀太郎の愛人 犯人(西秀太郎)に協力しているであろうが、記述はない ●キーマンの死に驚愕する警察 「驚愕」の言葉で表現されている。 ●犠牲者の妻(倉橋課長の妻/名前はない) 四十近い。 夫の死で憔悴しきっていたが、役所の配慮で出版社の事務職にありつく。 片手間に生命保険の勧誘を始める。見違えるように活発になる。 ●自殺を否定する状況証拠 倉橋課長補佐に自殺の前兆など無かった。 女中のお房さんは強調した。 「ねえ、明日の朝、自殺する人が、健康のために体操などなさるでしょうか?」 |
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【蛇足的結論】 ■『ある小官僚の抹殺』短編(約22000文字)●1958年(昭和33年)2月号 ■『中央流沙』長編(130560文字)1965年(昭和40年)10月号~1966年(昭和41年)11月号〕 作品発表時期が、7年以上違う。 勝手な想像だが、短編の『ある小官僚の抹殺』を基本に再構築した作品と言えるだろう。 短編故に『ある小官僚の抹殺』では、汚職の内容が詳しく記述されていないが、原糖の輸入を巡る汚職事件。 テレビドラマ化された作品では、 >農業経済省の砂糖汚職事件を捜査していた警視庁は、同省課長の >唐津淳平(三国連太郎)の自殺でそれ以上の進展をくいとめられたかっこうになった。 >しかし、その死の真相をたしかめようとする一人の男がいた。 と紹介されている。 『中央流沙』も、砂糖を巡る汚職事件。明確な時代背景がある。 【共和製糖事件】 1966年9月27日に共和製糖が重政誠之農林大臣時代に払下を受けた国有林を担保に農林中央金庫から不正融資を受けていた事件が発覚。 社会党、参議院決算委員会で共和製糖への不当融資について政府を追及。 1967年2月8日、東京地検特捜部は菅貞人前共和製糖社長ら同社幹部6人を業務上横領などの容疑で逮捕。 *当時(昭和38年)の時代背景 砂糖輸入自由化が実現され、砂糖の価格が暴落。砂糖業界は厳しい情勢に。 *今回の事件の中心「共和製糖」とは… 菅貞人率いる製糖会社。昭和40年頃には共和グループ企業は13社にも達した。 ところがこの急成長した共和製糖に黒い噂が… 「共和製糖がつくった宮崎県の精製糖工場建設資金をめぐって不正融資の疑いがある」 『中央流沙』は、あまりにもタイムリーな作品発表である。 しかも、発表された媒体は、当時の社会党機関誌『社会新報』である。 時代背景に触発され、以前の作品『ある小官僚の抹殺』を再構築して書き上げたのではないだろうか?! 2021年6月21日 |
蛇足
かなり共通している。が、 『ある小官僚の抹殺』は、全集に収録されているが『中央流沙』は、全集に収録されていない。 これが決定的に違う。もちろん、全集に収録されていない作品は他にもあるだろう。 しかし、ここまで内容が似通った作品であり、 収録の選に漏れた『中央流沙』に何か欠点でもあったのだろうか? 余計なことを考えていたら、『松本清張全集(全66巻)』の第45巻に収録されていた。 当方の全集の蔵書は、前期(38巻)だったため余計なことを考えてしまった。 『春の血』と『再春』の場合とは、違うようだ。 ■全集の収録■ 『ある小官僚の抹殺』●全集37巻 『中央流沙』●全集45巻
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2021年06月21日 素不徒破人
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