No_438
題名 | 黒地の絵 | ||
読み | クロジノエ | ||
原題/改題/副題/備考 | 【重複】〔(株)新潮社=黒地の絵/傑作短編集(二)(新潮文庫)(2010/01/15)〕 【重複】〔(株)光文社=黒地の絵 カッパ・ノベルス(1962/05/15)〕 |
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本の題名 | 松本清張全集 37 装飾評伝・短編3■【蔵書No0136】 | ||
出版社 | (株)文藝春秋 | ||
本のサイズ | A5(普通) | ||
初版&購入版.年月日 | 1973/2/20●初版 | ||
価格 | 1200 | ||
発表雑誌/発表場所 | 「新潮」 | ||
作品発表 年月日 | 1958年(昭和33年)3月号〜4月号 | ||
コードNo | 19580300-19580400 | ||
書き出し | (一九五〇年六月=ワシントン特電二十八日発AP)米国防省は二十八日韓国の首都京城が陥落したことを確認した。(ワシントン三十日発UP)目下帰米中のマックアーサー元帥副官ハフ大佐は三十日国防省で次のように語った。四万の米軍が朝鮮に派遣されるであろう。それは日本駐在の第一騎兵師団一万と総司令部直轄部隊三万である。(大田特電七月一日発UP)韓国に派遣された米軍部隊は一日午後大田に到着した。さらに後続部隊も輸送途上にあるものとみられている。(総司令部二日午後八時五十分発表)第二十四歩兵師団長ウィリアム・ディーン少将は朝鮮派遣全米軍の総司令官に任ぜられた。(総司令部四日発表、AP)米軍部隊は三日夜、韓国前線ではじめて北朝鮮軍にたいする戦闘行動にはいった。(韓国基地十一日発AP)米軍地上部隊は大田北方で十一日朝、圧倒的に優勢な北朝鮮軍と激戦を交えたが、重大な損害をうけて十一日正午ふたたび後退した。 | ||
あらすじ&感想 | その昔。死体処理が良い金になると聞いたことがある。時期ははっきりしないが、ベトナム戦争当時だった と思う。その話の出所がこの小説「黒地の絵」だったのではないだろうか、そんな気がする。 小説「黒地の絵」は朝鮮戦争前夜。 前線に送られる兵隊、特に黒人兵は絶望的な状況に立たされる。 >黒人兵たちは、不安にふるえる胸で、その打楽器音に耳を傾けたに違いない。... >黒人兵たちの胸の深部に鬱積した絶望的な恐怖と、抑圧された衝動とが、太鼓の音に攪拌させられて >奇妙な融合をとげ、発酵をした。 小倉祇園祭の太鼓の音を背景に描かれる最初の数ページは圧巻である。 同情されるべき背景は、全くの無関係である前野夫婦へ凶暴な牙をむきだして襲いかかる。 「コンニチワ、ママサン」 >声は咽喉から発音したように異様で複雑であった。 「カモン、ママサン」 >一時間近い暴風が過ぎた。 事態の経過は、簡潔な文章で迫ってくる。読者は「一時間近い暴風が過ぎた」で、すべてを悟らされる。 いかなる背景があっても、同情されるべき背景があっても許すことが出来ない行為である。 清張は、そのことには直接的には、なにも触れていない。 恥辱後の夫婦の描写に清張のすごさを感じる。 しかし、恥辱、屈辱を受けた前野夫婦の運命は変わる。 何一つ落ち度のない前野夫婦、年齢的なことは書かれていないが、子供のいない貧しいが仲の良い夫婦。 おそらく30前後、30過ぎと言うところだろう。 通勤途中で同じ電車に乗り合わせる労務者に注意するようになる、歯医者の香坂二郎。 香坂二郎は男に声をかける。 「君は、エージャレス勤務だね?」 前野留吉は香坂二郎を知っていた。香坂は前野留吉を知らなかった。 エージャレス勤務を当てたのは、「死体の臭いがついているからさ」だった。 香坂二郎は 前野留吉が1ヵ月前に妻と別れた事を聞かされる。 香坂二郎は 死体処理場で黒人兵の死体の刺青を見ている前野留吉とを見つけた。 前野留吉は刺青を探していたのだ。 いつもの帰り道 死体に黒人兵が多いことへの疑問に答える香坂二郎 「朝鮮戦争の米軍は黒人よりも白人が圧倒的に多いにきまっている。それが戦死体では逆の比例に なっているのは、戦線の配置によるのさ。ね、そうじゃないか?」 前野留吉の言葉である。 「黒んぼもかわいそうだな。かわいそうだが...」 >前野留吉がその骨膜刀(ナイフ)を手にもってしゃがんでいた。胸のない、まるみのある黒人の胴体 >だけが彼の前に転がっていた。 目の前で妻を強姦された男の復讐劇である。妻を強姦する相手を制止することが出来なかった男。 人数でも、肉体的にも圧倒される相手に直接的な復讐は出来ない。 前野留吉の復讐のための行動は目的を持っていた。それは「エージャレス」で働くことで可能だった。 復讐の相手は戦争の最前線に送られ、死体となって帰ってくる。「エージャレス」へ帰ってくるのである。 刺青を頼りに死体を見つけた男の復讐は狂気となって完結する。 狂気でしか完結し得なかった悲しい結末である。 小説「黒地の絵」は実際の出来事を題材にしている。当時は大きく取り上げられることもなく 被害届を出す日本人も「過少申告」でその犯罪の規模は矮小化され、当時の社会情勢と相まって 世間からは無視される程度の事件としてしか扱われなかった。当時、清張も小倉に住んでいた。 清張は「黒地の絵」の映画化を希望していたらしい。政治的内容も含んでいるためなかなか難しく 映画化はならなかったようだ。。「霧プロ」はそのために設立されたらしい。 注)1.朝鮮戦争(1950年6月) 韓国側にはアメリカ合衆国軍を中心に、オーストラリアやイギリス、ベルギーなどの国連加盟国で 構成された国連軍(正式には「国連派遣軍」)が、北朝鮮側には中国人民義勇軍(または「志願軍」。 実際は中国人民解放軍)が加わった。 なお、日本では「朝鮮戦争」(ちょうせんせんそう)と呼んでいるが、韓国では韓国戦争や韓国動乱 あるいは開戦日にちなみ6・25(ユギオ)、北朝鮮では祖国解放戦争、北朝鮮を支援した中国では 抗美援朝戦争(「美」は中国語表記でアメリカの略)、韓国を支援し国連軍として戦ったアメリカでは Korean War (朝鮮戦争)と呼ばれている。 また、戦況が一進一退を繰り返したことから別名アコーディオン戦争とも呼ばれる。 ●出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 2.ベトナム戦争 1960年:南ベトナム解放民族戦線結成(12月) 1965年:アメリカ軍による北爆開始(2月) 1969年:北ベトナムが南ベトナム臨時革命政府の樹立を発表(6月)、ホー・チ・ミン死去(9月) 1975年:北ベトナム軍全面攻撃開始(3月)、サイゴンが陥落し(4月)、ホーチミン市へ改名(5月) 3.エージャレス A・G・R・Sを日本人労務者は「エージャレス」と呼んだ。A・G・R・Sって=死体処理班 2008年11月15日 記 |
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作品分類 | 小説(短編) | 32P×1000=32000 | |
検索キーワード | 朝鮮戦争・黒人兵・小倉祇園祭・太鼓・エージャレス・歯科医・死体・刺青・強姦・MP・死臭・進駐軍 |