題名 | 発作 | ||
読み | ホッサ | ||
原題/改題/副題/備考 | 【重復】〔(株)新潮社=共犯者(新潮文庫)〕 【重復】〔(株)角川書店=潜在光景(角川ホラー文庫)〕 |
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本の題名 | 松本清張全集 37 装飾評伝・短編3■【蔵書No0136】 | ||
出版社 | (株)文藝春秋 | ||
本のサイズ | A5(普通) | ||
初版&購入版.年月日 | 1973/2/20●初版 | ||
価格 | 1200 | ||
発表雑誌/発表場所 | 「新潮」 | ||
作品発表 年月日 | 1957年(昭和32年)9月号 | ||
コードNo | 19570900-00000000 | ||
書き出し | 田杉は十時すぎて眼をさました。暖かいと思ったら、カーテンの合せ目の隙から射した陽が首の上まで来ていた。今日も暑そうな天気であった。六畳一部屋が、本だの古新聞だの茶碗だの果物の皮だので、足の踏み場がなかった。田杉は、便所に行くためドアをあけると、挟んであった新聞がばさりと落ちた。その下に白い封筒がのぞいて見えた。上書きの字だけで、どこから来たか一目でわかった。朝のながい小便をしながら、読まないでも知れている手紙の内容のことをぼんやり思った。廊下では、掃除しているよその部屋の女房が、歩いている田杉のだらしない恰好を、斜めに見送った。田杉は新聞を拾い上げて、もう一度床の中に寝転がると丹念に読み出した。べつに興味はなかった。興味がないから裏表を二度繰りかえして読んだ。頭に何も残らないのだ。それからようやく封筒を指につまんだ。 | ||
あらすじ&感想 | 日常に潜む狂気? あまりにも日常過ぎて、人間の内面の狂気なのでしょうか? 蛇足的研究でも書きましたが 何ともむさ苦しい部屋の情況、田杉の生活態度。 休日でもなさそうだが、十時過ぎに起きても平気な職業なのか、サラリーマンではなさそうだ。 田杉は独身者らしいが、女房持ちも住んでいるアパート。 読まないでも分かる内容の手紙とは?誰からのものか? 何も起きていないが、事件は始まっているような書き出しである。 黒沢映画の「野良犬」や「酔いどれ天使」の一場面が想像できるような内容である。 何が起きても不思議ではない情況の書き出しです。 田杉には病気療養中の妻がいる。黒木ふじ子という愛人がいる。 鉛筆書きの妻の姉からの手紙で事態は動き出す。 妻の実家の療養所に妻を入れている。姉に世話になっているらしい、送金の額の少なさに督促の手紙が 届いたのである。 金の工面に頭がいっぱいである。酒の飲めない田杉であるが女に遣う金は惜しくない。競輪もする。 冷え切った妻との関係は >妻から少しでも親切にされた記憶がない。もとから冷たい女だと思っている... >下着など彼が云いださないかぎり、何日たっても着替えを出したことがなかった。 で、全てを物語っている。 出社した田杉。部屋には男二人、女一人。課長はまだ来ていない。 男の一人は定年になって嘱託に採用された老人。新聞記事の整理である。仕事のない無卿塞ぎとしては真剣であった。一人は若い男である。新聞で使用済みになった写真を整理している。そして、背の低い三十女。英語が堪能だというふれこみで外報部に配属、ものにならず調査課に回されたのである。 >好色な社員も、彼女の面貌(かお)のために、指一本ふれることはなかった。あまりにも辛辣である。 ここまで読んで、田杉の会社が新聞社であり、調査課であることが分かる。 田杉は、前借りのために部屋を出て会計に行く。 会計部には猪首で四角い顔の出納主任がいる。一瞥するが相手にされない。 前借りは断られる。前借りも出来ずに三階に上がった。調査課は3階なのだ。 宮坂を思い出し、営業部に降りていく。白髪の宮坂がいる。宮坂は退職しているが、同じ社の昔の同僚に高利で金を貸しているのである。 1万円を借りる。が、手元には7千円が残った。 3千円を田舎へ送ろう。2千円は競輪の資金、残りの2千円は黒木ふじ子と遊ぶ金。 部屋に戻ると、課長が来ていた。社を抜け出して競輪に出かけたときの不祥事が問題になっていた。 課長から責任を追及される田杉は、開き直って突っかかる。部屋中が息をのむ状況の時に電話が鳴る。 三十女が田杉に面会人が来ていることを告げる。 受付に降りると繁村健作が、薄汚れたシャツと半ズボンで立っている。 繁村は共産党員で党の仕事をしていると称しているが当てにはならない。 田杉と繁村の関係が奇妙に生々しい。金の無心に対しても断り切れない弱さを見せる。昔の活動家仲間らしいが、田杉は妙な見栄をはる。 黒木ふじ子に会う約束をし、いつもの店で合う。 痴話喧嘩といつもの情事。女の気持ちを測りかねる田杉。「娼婦が寝巻きを脱いでもとの着物に着がえた時の姿にうっすら感じるあの他人のような拒絶である。」もはや愛人という関係でも無さそうである。 黒木ふじ子を送り、電車で帰る田杉。 遅い時間で、なかなか来ない電車にいらいらする田杉。ようやく来た電車は空いているが、落ちついて座る気持ちにもなれない田杉はつり革にぶら下がり立っていた。 これからの描写は良くある光景である。しかし、田杉の心理描写は鬼気迫る。 眠りこける乗客の男。倒れかけては起き、倒れかけては起きる。不思議に倒れないものである。 男を見つめる田杉。 「彼の今までの苛立ちがここでは火がついて敵意に燃え上がっていった。」 五十男は、また、大きく身体を傾けた。しだいに傾ける...ほとんど座席に着く... ...男は嘲るように身体をぐっと起こした。その振幅運動がまた繰りかえしについたとき、田杉は異様に眼を光らし、男の咽喉に両手を突き出して飛びかかった。 以下は、田杉の心理描写として書き込まれた『苛立ち』の一部である。 @鉛筆書きのへたくそな字であった。なぜインキで書かないのか。...いつものことだが、田杉はいらいらしてた。 A妻の病状、良くもならず、悪くもならず...不安定が田杉には苛立たしかった。 B相手は算盤の玉を弾きながら、猪首に載った顔を起こさない...血が頭に上ってくるのがわかるが、彼は我慢した。 C彼(嘱託の老人)の労働の内容が無目的で空疎なだけに、その真剣な首振りの律動が田杉にはたまらない焦燥を与えた。 D...内容は空疎であった。その乾きが、田杉に彼女の昨夜の所業を推測させ、苛立ちを起こさせた。 E..黙ったまま走り出した。田杉は運転手の背中を憎んだ。それから頭を抱えたいくらい、自分にいらいらした。 蛇足的辞典 ●無卿塞ぎ(ぶりようふさぎ) 「退屈しのぎ」「気晴らし」の意味 ※調べたが意味不明...yahooの知恵袋で教えて貰いました。 ●単調な、懶惰(らんだ)な寂寥(せきりょう) 懶惰=めんどうくさがり、怠けること。また、そのさま。怠惰。 寂寥=心が満ち足りず、もの寂しいこと。 2013年12月16日 記 |
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作品分類 | 小説(短編) | 12P×1000=12000 | |
検索キーワード | 新聞社・愛人・競輪・調査課・高利貸し・共産党員・手紙・療養所・電車・鉛筆の文字・嘱託 |
登場人物 | |
田杉 | 妻は病気療養中。黒木ふじ子という愛人がいる。新聞社の調査課勤務。名字だけ。 |
嘱託の老人 | 調査課。嘱託で採用。老人の労働は、無卿塞ぎとしては真剣であった。 |
若い男 | 調査課の課員。鼻に汗して写真の整理。 |
三十女 | 英語が堪能だというふれこみで入社、使い物にならず調査課。誰も手を出さない面貌 |
課長 | ぶよぶよとたるんで女のような白い皮膚。同僚からも出世で遅れる。5年も課長職 |
出納主任 | 会計部。猪首で四角い顔の男。田杉の前借りを断る |
宮坂 | 新聞社を退社後も社に出入りし、元同僚に金貸し。田杉にも高利で金を貸す。 |
繁村 健作 | 自称共産党員。田杉の昔の活動家仲間。なぜかフルネームで登場。 |
黒木 ふじ子 | 田杉の愛人。ほかに男が出来たようである。 |
妻 | 田杉の妻。田杉とは冷えた関係。郷里の療養所で病気療養中。 |
五十男 | 電車で眠りこける男。 |