題名 | 疑惑 | |
読み | ギワク | |
原題/改題/副題/備考 | 【同姓同名】 【重複】〔(株)講談社=増上寺刃傷(講談社文庫)〕 |
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本の題名 | 松本清張全集 36 地方紙を買う女・短編2■【蔵書No0086】 | |
出版社 | (株)文藝春秋 | |
本のサイズ | A5(普通) | |
初版&購入版.年月日 | 1973/2/20●初版 | |
価格 | 880 | |
発表雑誌/発表場所 | 「サンデー毎日臨時増刊」 | |
作品発表 年月日 | 1956年(昭和31年)7月号 | |
コードNo | 19560700-00000000 | |
書き出し | 伊田縫之助は、近ごろ妻の瑠美と浜村源兵衛との間に、疑惑を持つようになった。縫之助は添え番衆といって、大奥の雑事方を務める八十石の御家人である。浜村源兵衛も同役である。二人の間は、役目の上というだけで、さして親しくはない。ただ、家が隣りを二,三軒置くほど近かった。縫之助は源兵衛と親密ではないが、甥の三右衛門も妻の瑠美も、縫之助が伊田家に養子に来る前から源兵衛と親しかった。縫之助はこの家の婿となって、はじめて瑠美と源兵衛とが幼い時から友だちということを知った。それだけでは、縫之助の心に、鳥の胸毛一本ほどの重みにも感じられなかったが、この半年前に源兵衛は妻を喪った。それ以来、彼は屡々縫之助の屋敷に遊びに来るのである。縫之助の屋敷といっても、まだ五十を出たばかりの隠居の三右衛門が、赤ら顔をてかてかさせて達者であった。酒飲みだし、人が来るのを喜ぶ方なのである。 | |
あらすじ&感想 | 同名小説の【疑惑】(原題:昇る足音)は、映画化もされ、テレビドラマとしても再三放映されている。 しかし、今回紹介する【疑惑】は、時代物である。発表時期も1956年と25年も古い。 しかも、改題してまで同名にしているのが不思議だ。なぜ同じ題名にしたのか疑問である。 小さな疑いが、疑惑と呼ぶにふさわしく肥大していく。それは、妄想の助けによるところが大きい。 状況証拠で妄想は確信へと裏付けられる。 肥大する疑惑の舞台装置は整っている。 伊田瑠美(縫之助の夫) 伊田縫之助(留美の夫:婿入り):浜村源兵衛とは、家が隣りを二,三軒置くほど近かった。 伊田三右衛門(50を出たばかり。縫之助の義父:浜村源兵衛は甥) 浜村源兵衛(瑠美とは、幼なじみ:半年前に妻を亡くす) 縫之助は望まれて婿入りした。義父の三右衛門とはうまくいっていた。少なくても初めのうちは。 縫之助は、婿になって初めて瑠美と源兵衛が幼なじみだと知った。 半年前に妻を失った源兵衛は、たびたび縫之助の屋敷に遊びに来るようになった。 縫之助と源兵衛はあまり親しくはなかった。それなのに縫之助の屋敷へ遊びに来るのは隠居の三右衛門が喜ぶからだ。 縫之助の屋敷と言っても、三右衛門は、まだ五十を出たばかりの隠居で、酒飲みで人が来るのを喜ぶ方なのである。 世間の人は、三右衛門を、話し好きで仏のような好人物と思っていた。 それは婿入りする前の縫之助も同様に思っていた。 最近では、むっつりして口数を利かない。 源兵衛の前では別人のようにしゃべり、愛想がよいのである。 縫之助は思い余って瑠美に聞いた。 「父上は、このごろ、わしに機嫌がよい顔をなさらぬが、何ぞお気に障ることでもあったのかな」 瑠美の答えは「いえ、左様なことはございますまい」 細く通った鼻筋と、切れ長な黒瞳をもつ美しい妻の答えはよしとしても、瑠美の表情が動かない。 もう少し心配そうな顔をしてもよいのではと考える。 もとから、あまり感情を動かさない女ではあった。 源兵衛を屋敷に上げ、酒でもてなすのは、三右衛門と瑠美である。 縫之助は酒が飲めない。 はじめは、「酒を飲めぬとは、固くて結構。近ごろの若い者には珍しい」と賞めていた三右衛門だが 聞こえよがしに、「総じて酒の飲めぬ奴は面白味がないて。陰気くさくてのう」と、言う有様である。 仕事明けに帰宅すると、もう源兵衛が来ていた。さあさあこれへ...席を空ける源兵衛だが、その席には最前まで 瑠美が座っていたことは明らかだ。 「ようこそ、拙者は疲れているので、失礼します。ごゆるりと」微笑で席を外す。 「もう、あいつを此処に寄せ付けるな」と瑠美に言いたい。 しかし出来ない。はしたない。瑠美の軽蔑を恐れるのであった。縫之助は、それだけ瑠美を愛しているのだ。好きなのだ。 感情を表に出さない瑠美に対して、夫婦間の愛情の行動もできるだけ抑える縫之助であった。 苦悩は続く。 ますます図々しくなる浜村源兵衛。そう感じる縫之助。 そして、迎える瑠美の態度が少しずつ変化してきた。化粧が、髪型が、着るものが、そう感じる縫之助。 源兵衛は、大奥の女中どもから騒がれるほどの美男であった。 他愛のない瑠美の行動のことごとくが幼なじみの源兵衛に対する以上のものに感じる縫之助であった。 この場合に当てはまるかどうか...坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。 起こるべきして事件は起きた。 泊まりの予定が急に変更になったのだ。 家に帰った。戌の刻(午後八時) 思いがけない帰宅に下女が驚いた。縫之助は履き物を脱ぎ捨てるように奥へ入った。 「お帰り遊ばせ」慌てたような瑠美の挨拶を受けながら、明かりのともった奥座敷に入った。 浜村源兵衛が居ずまいを正して座っていた。酒の支度があるが、三右衛門はいなかった。 「これはお帰り。今夜は宿直(とのい)と承ったが」源兵衛はぬけぬけといった。 そのまま、自分お部屋に踵を返した。 「義父上は?」瑠美に聞いた。「はい、お部屋で宵からお寝みでございます」 「浜村氏は?」帰ったと瑠美は小さな声で答えた。 源兵衛を呼びながら、瑠美と源兵衛を二人きりにする三右衛門の企てを呪った。 そして、そこに座っている瑠美の襟髪をつかんで、畳に押しつけ打ち据えつけたい衝動に駆られた。 「自分の体からその狂暴が踊り出しそうであった」 それにもかかわらず、縫之助は瑠美を叱責すらしなかった。 そんな事件があったにもかかわらず、源兵衛は平気でやってきた。 相変わらず、上機嫌で源兵衛をもてなす三右衛門。まるで、瑠美と源兵衛の仲を取り持つかのような振る舞いであった。 縫之助と源兵衛は同じ添番だが、昼夜の交代があり必ずしも一つ組ではなかった。 だから、あの事件のように、縫之助の宿直(とのい)の時に源兵衛が... 執拗な想像は、縫之助をお城から抜け出させる誘惑に身を嘖ませるのだった。 また事件は起きる。大奥恒例の慰労日に酒も出た。 源兵衛とは同じ組になった、その源兵衛が気分が悪いと早退したのだ。 縫之助は理性を失っていた。「実証を見てくれる」 縫之助はこっそり城を抜けた。 突然半鐘がんった。お城が火事だ。添番の役目は、こういう非常時に大奥を守るのが役目である。 引き返す縫之助であるが、手遅れだった。 縫之助の不在が咎められることになり、牢に入ることになった。『運が悪かったのだ』 死罪の身になって後悔するが、このまま死にたくはなかった。 舅の三右衛門の嘲笑が耳元に聞こえるようだ。それ以上に瑠美が源兵衛のものになるのがいたたまれなかった。 このままでは死にたくなかった。 牢内で四国浪人と自称する倉垣平馬と出会う。 倉垣平馬から脱獄を誘われる。「貴殿はここを遁げたいと思っているだろう?」 図星の誘いに乗る縫之助。 二人は入牢の罪状はそれぞれ聞いていなかった。 牢内には、他に三人いたが口止めをする。口止めをする倉垣平馬の圧倒的迫力に、他の三人は従う以外になかった。 縫之助は、倉垣平馬をただの浪人ではないと思った。 脱獄に成功した二人は罪状を告白することになる。 倉垣平馬は倒幕の士であった。 密通の妻の成敗を告白した縫之助は、平馬に同行を願う。さすがの平馬も戸惑い「実証は?」と問うが 縫之助は「実証はつかめぬが拙者の直感です」と答える。 自分の屋敷に踏み込んだ縫之助は、下女から舅の三右衛門が死んだことを知らされる。 源兵衛が毎日のように屋敷に来ていることも知らされる。さすがに毎日泊まっていくのかとは聞けなかった。 隠居部屋に入った縫之助は、仏になった三右衛門の枕元に瑠美と源兵衛が並んで座っているのを眼にする。 その光景を眼にした縫之助が、憤怒の感情で刀を握るのに時間はかからなかった。 「ああッ」驚く瑠美。 「違います。違います。あなた......」 >縫之助の刀は、正面から肩を斬り下げていた。 >血が新仏にかけた蒲団の上を大模様のように染めた。 「何をする。落ちつけ。落ちついてくれ」 >源兵衛の声は終わらぬうちに、頭から血を噴いていて、うずくまるように倒れた。 事を成し遂げた縫之助は、表で待っていた平馬に再会する。 「内儀は何か申し遺されたか」 「違います、と二度、申しました」 平馬は足を止めて、縫之助に向かって言った。 『違います、と申されたか。伊田氏。御内儀の最後のその一言が実証じゃ』 やるせない結末である。 縫之助は年をとってから瑠美が実際に自分を愛してくれていたと信じるようになった。 瑠美に対しての縫之助の遠慮が彼女には物足りなかったのだろう。 浜村源兵衛に気持ちが傾いているように見せかけていたのだ。瑠美は源兵衛の事には全く眼中にはなかったのだ。 むしろ、それによって、縫之助に「愛情の昂ぶり」を期待したのだろう。 そこに気づいたのは、縫之助が京都の方で商人になり六つ下の後妻を娶ってからであった。 愚かなり、伊田縫之助。 舅の伊田三右衛門や浜村源兵衛の本音が書かれていないが、これは縫之助の邪推と言うより 下心があったのではないだろうか? また、瑠美の本音も書かれていないが、「違います」とは、自ら仕掛けたとはいえ、縫之助の嫉妬心を見抜いていた のであろう。 倉垣平馬は一服の清涼剤 ●言葉の辞典 【添番】(ソエバン) 江戸幕府の職名。江戸城の大奥において警備を交代して司り,出入りの者を検察する役目をもった役人。 御広敷番頭のほか添番,番衆があった。 2017年8月21日 記 |
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作品分類 | 小説(短編・時代) | 18P×1000=18000 |
検索キーワード | 嫉妬心・添番・幼なじみ・妄想・実証・脱獄・婿・舅・倒幕の士・釘・添え番衆・隠居 |
登場人物 | |
伊田 縫之助 | 伊田家に婿入り。瑠美は妻。三右衛門は義父(舅)。嫉妬心に駆られて密通の妻を惨殺。が、密通は妄想か? |
瑠美 | 縫之助の妻。縫之助は婿。源兵衛とは幼なじみ。密通を疑われ、縫之助に殺される。 |
伊田 三右衛門 | 縫之助の舅。瑠美は実の娘。五十過ぎの酒好きの闊達な隠居。実際はお天気者の気むずかし屋 |
浜村 源兵衛 | 瑠美の幼なじみ。縫之助とは同じ添番。妻を亡くす。瑠美に気があるのか?伊田の屋敷の近所に住む。 |
倉垣 平馬 | 獄中で縫之助と同室になる。倒幕の士。縫之助と脱獄する。冷静に伊之助をたしなめるが、止めることは出来なかった。 |