(原題=赤い籤)
題名 | 赤いくじ | |
読み | アカイクジ | |
原題/改題/副題/備考 | (原題=赤い籤) | |
本の題名 | 松本清張全集 35 或る「小倉日記」伝・短編1■【蔵書No0106】 | |
出版社 | (株)文藝春秋 | |
本のサイズ | A5(普通) | |
初版&購入版.年月日 | 1972/02/20●初版 | |
価格 | 880 | |
発表雑誌/発表場所 | 「オール讀物」 | |
作品発表 年月日 | 1955年(昭和30年)5月号 | |
コードNo | 19550500-00000000 | |
書き出し | 一九四四年(昭和十九年)の秋、朝鮮京城で二つの新しい師団が編成された。新編成師団の任務は、米軍の上陸に備えて、朝鮮の西沿岸を防備するというにあった。二つの師団は受持区域を南北二つの朝鮮に割った。ほんとうの名は第何千何百何十部隊というのだが、”朝鮮を守備”するというので、この字まで二つに割り「守朝兵団」、「備朝兵団」と称した。だから南朝鮮受持ちの師団の兵は、よごれた軍服の胸に、白い布を貼って、「備朝兵団」とへたくそな字で書き入れた。備朝兵団の兵団長は、白い頭をした六十歳の老人であった。むろん退役中将であったが、昔はどこかの大使館付武官をつとめてきたということだった。そういえば、長身のどこかに、ダンスの巧みらしい身のこなしがないでもなかったが、概して日本の老将軍らしい威厳はあった。 | |
あらすじ&感想 | くじは公平なのか? >万策尽きた時、必然的に落ちていくのは”くじ引き”の方法であった。その実、これほど不公平なことはないのに、 >誰の眼にも、いちばん公平に見えた。 この記述を読んだとき「赤いくじ」の正体が分かった。 舞台は終戦間際の朝鮮半島、全羅北道。 備朝兵団の兵団長:白い顔をした六十歳の老人 参謀総長:楠田(少年のように赤い頬をした大佐。四十過ぎ、三十四、五歳にしか見えない) 高級軍医:末森(小肥りの軍医少佐。町の開業医出身。恰幅のよい三十八歳) 出征軍人の若い妻:塚西恵美子(美人。鼻筋は細く、唇は小さく格好がよかった。皮膚も白く透いて濁りがない。) 軍医の末森は、胃痙攣に苦しむ塚西恵美子を診ることになる。適切な処置で治癒する。 恵美子は手土産の「餅」を持って末森にお礼に行く。その帰り場面に楠田が遭遇する。 これから恵美子を巡って二人の駆け引きが始まる。恋のさや当てとでも言うのだろう。 >末森は餅を一口かじりった。...彼は口に入れとものを吐きだした。 先行している森末は、餡も入っていない塩味の「餅」から砂糖を恵美子に送ることを考える。 >楠田は何ごとにも、他人がそう言う幸福を得ることを好まなかった。 楠田は恵美子に一目惚れ状態だった。きっかけを作りたい楠田は手なずけている警察署の署長に 「国防婦人会」を作らせ、会長に恵美子を指定する。 楠田参謀長の企みは成就し、首尾よく恵美子に近づくことが出来た。 楠田も末森同様恵美子の家の客間に出入りできる身になった。 >楠田---しかし、こうして二人は競争しても、夫人にたいしては、いささかの邪心を持っているのではないように見えた。 >いや、二人の競争心からかえって、夫人を高いところに押しあげてしまったといってよい。 >夫人はいまいよいよ美貌になり、高貴に映った。純真で、嫉妬深い楠田参謀長はともかく、末森軍医のような、南方の >戦地で女にでたらめだった男も、環境しだいでは、このような殊勝つな真理になるものと見えた。 末森と楠田が恵美子とそれぞれ交わした会話が秀逸だ。 絵が好きだという恵美子 恵美子:「ローランサンをお好きですか?」 末森:「え、何さんですって」 楠田は、じっと聞き耳を立てた。意味は少しも通じない。 恵美子:「ウィリアム・ブレイクですわ」 男の浅はかさが透けて見える。 戦地とは言え南鮮の天地は無風地帯だ。 しかし、事態は一変する。1945年8月15日。玉音放送。 雑音が激しく聞き取れ無い。五分とたたずに暗号係が京城の軍司令官からの電報を手に駆け込む。 >兵団長が泣き、将校が泣いた。 >慟哭と歔欷(すすりなき)とが、ある者は本心から、ある者は芝居がかりに、兵団長を取りまいて起こった。 >むろん楠田参謀長も末森高級軍医もその渦の中にはいっていた。 軍人たちの保身がはじまる。アメリカに対しての点数稼ぎである。 楠田は日華事変のさなかの戦場を知り尽くしている。勝者の欲望がどんなものかを充分に見てきている。 京城からやってくるアメリカ兵を歓待する方策を考える。日本軍が中国で行ったと同じやり方をアメリカ兵にやらせることだ。 ”慰安婦”による歓待である。体験的結論だろう。 ”慰安婦”の募集方法が問題だ。志望者などあろうはずがない。 既婚者であることなど、考え出した適格者は、102名。 兵団長はたずねた。『この中には、もちろん、あの夫人防衛班の会長も含まれtいるだろうな』 狼狽する楠田参謀長。塚西恵美子の除外を提案するも、口辺に皮肉な薄い微笑をうかべた兵団長は 「そりゃ不公平だね、貴官らしくもない。...」 楠田は、以前恵美子が英語に堪能であることを得々と兵団長に話していたのだ。抜き差しならぬことになった。 兵団長は、アメリカ兵の接待に最適であると言う。 102名の候補者から20名を選び出さなくてはならない。”慰安婦”であることは伏せ、接待係として選ぶのだ。 「戦い終わればアメリカ兵といえども今日の友である...」 くじ引きが始まる。くじは和紙の紙縒りで作られ、当たりくじは、先に 赤いインクが染めてあった。 仔細を知らない候補者の婦人達はくじ引きという不思議な高揚があった。 塚西恵美子は「赤いくじ」を引き当てた。兵団長は微笑を浮かべて楠田を見る。 三日ばかりして到着したアメリカ兵は、何日たっても”慰安婦”を要求してこない。 兵団長は、先走った楠田参謀長を呼びつけて云った。 「どうやら、貴官の思いすごしだったね、あの婦人接待の件は取り消しだな」 しかし、くじ引きの本当の目的は、知れ渡った。 内地に引き揚げる汽車は、貨車に兵隊と民間人が入り混じり、釜山に向かって出発した。 20名の当たりくじを引いた夫人達は好奇の眼で見られることになる。 容赦の無い眼は、塚西恵美子にも注がれる。彼女だけではない、未亡人もいれば、夫と一緒の者もいる。 本当なら何も無かったことを祝福されるべきところだが、彼女らを見る眼は娼婦としての有資格者を見る眼だった。 そんな中、末森は本性を現す。汽車の中で恵美子を捜し出し、疲労回復の注射を口実に連れ込む。手込めにするつもりだ。 末森の不在に気づいた楠田は末森を探す。 楠田も末森と同じ穴の狢。彼も恵美子を狙っていたのだ。 楠田にとってはもはや恵美子は落ちた偶像。 >一本の赤いくじによってみじんに地上に崩壊した。 >ローランサンも、ブレイクも、はかないものだった。 はもはや楠田は嫉妬に狂っていた。 狂気の結末 拳銃を手にする末森。 楠田参謀長は手に光った長いものがあった。 「末森軍医、見つけたぞ。恥を知れ。きさまは----」 轟音と煙の中に、楠田は倒れて動かなかった。 末森は顔を覗かせた三人の兵士を制止して、夫人と三人の兵士の恐怖の眼前で、拳銃を自らの額に向けて 引き金を引いた。 「皇軍敗戦ニ悲憤シ、帰還ノ途、自決セリ」 兵団長は、上司に提出する報告書を何度も書き直した末に、しぶしぶ理由をそれに落ちつけた。 恵美子と末森と楠田の三角関係のような描き方だが、三角関係と言うほどのどろどろとした関係は無い。 恵美子を頂天とした二等辺三角で、底辺に比べて二辺が異常に長い感じがした。 恵美子は二人に恋愛感情を全く感じていない。男女の話より、愚かな「赤いくじ」の経緯(イキサツ)である。 狂気の中に持ち込まれた、一見公平と思える「くじ」の危うさ、当たりくじの不気味さ直視させられる。 2016年08月21日 記 |
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作品分類 | 小説(短編) | 19P×1000=19000 |
検索キーワード | 朝鮮半島・全羅北道・兵団長・軍医・参謀長・慰安婦・米兵・赤いインク・引揚げ |
登場人物 | |
兵団長 | 退役中将。長身。概して日本の老将軍らしい威厳があった。白い顔をした六十歳の老人。 |
楠田参謀長 | 少年のように赤い頬をした大佐。四十過ぎ、三十四、五歳にしか見えない。 |
末森高級軍医 | 小肥りの軍医少佐。町の開業医出身。恰幅のよい三十八歳。戦地では女にだらしなかった。 |
塚西 恵美子 | 夫は出征軍人。美人。鼻筋は細く、唇は小さく格好がよかった。皮膚も白く透いて濁りがない。 |