清張作品の現場を撮る


砂の器



No1(砂の器記念碑前の案内板)

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No2(亀嵩駅/そば店営業中●国道432号線前)                        No3(亀嵩駅ホーム)           

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No4(砂の器記念碑 銘板/湯野神社のそば)                                                           

画像を拡大表示画像を拡大表示No5(亀嵩駐在所/三木巡査勤務?)


No6(亀嵩地域遠景)

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 (撮影日/2009年4月5日)


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画像を拡大表示No7(JR蒲田駅前/撮影日:2009年4月19日)

撮影現場 No1、No2、No3,No4,No5,No6いずれも島根県仁多郡奥出雲町。
亀嵩駅はそば屋を兼ねていた。民間委託なのだろう。
そば屋「扇屋」は、1973年から開業らしい。

駅前付近は意外に開けていた。国道432号線に面している。
イメージでは深山幽谷、近寄りがたい山村だったが現実は違った。
ただ、少し入るとイメージに近い風景が見られた。

立派な駐在所があった。(最近建てられたようだ)
小説と映画のイメージがダブリ、勝手に想像していた亀嵩は、2009年の
亀嵩を前にして、当日の好天と相まってその明るさに完全に吹き飛ばされた。

蒲田駅前は世田谷文学館での清張生誕100年展の帰りに撮影。

作品登場場面 三木謙一について...
昭和三年二月島根県巡査を拝命、松江署に配属。四年六月大原郡
木次署に転属、八年一月巡査部長に昇任、同三月仁多郡仁多町
三成署に配属され、同町亀嵩巡査駐在所詰めとなる。


今西栄太郎は、署長の好意で出してくれたジープに乗って亀嵩に向かった。
道は絶えず線路に沿っている。両方から谷が迫って、ほとんど田畑という
ものはなかった。
そのせいか、ところどころに見かける部落は貧しそうだった。
出雲三成の駅から四キロも行くと、亀嵩の駅になる。
道はここで二又になり、線路沿いについている道は横田というところに出る
のだと、運転手の署員は話した。
ジープは川に沿って山峡にはいっていく。