研究室_蛇足的研究

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2015年07月21日

清張作品の書き出し300文字前後で独善的研究!


研究作品 No_067

 【献妻


研究発表=No 067

【献妻】 〔新婦人/大奥婦女記 第五話〕 
1955年(昭和30年)10月〜1956年(昭和31年)12月


綱吉は学問が好きであった。四書、五経、中庸、周易を学んだ。が、彼が一番得意だったのは、それを誰彼となく向かって講釈することであった。(株)文藝春秋『松本清張全集 29 逃亡・大奥婦女記』 初版1973/06/20より

綱吉は学問が好きであった。四書、五経、中庸、周易を学んだ。が、彼が一番得意だったのは、それを誰彼となく向かって講釈することであった。大名でも旗本でも僧侶でも相手を択ばなかった。経書の思想は修身道徳である。綱吉は、畏敬って謹聴している相手に向かって、むつかしい文字を読みきかせ、聖賢の道を諄々と説いた。いい気持ちであった。「有難き仕合せ」と相手はみな恐れ入って礼を云った。「まこと上様には当代の学者にて在します」と目の前で臆面もなく嘆称してみせる大名は少なくなかった。心の中で苦々しく思う者は無論いた。たとえば増上寺の詮応大僧正などは、「経書の講釈はその道の者でもなかなかにむつかしく、下調べに数部の書を調べ、先人の学説も参考とし、それでもなお腑に落ちぬところはいろいろ考案を要しまする。上様には日夜ご政事にご苦労遊ばされている上にかかるご辛労を重ねられる時は、万一ご病身となられてはとお案じ申しております。なにとぞご学問の儀は、ほどほどにお控え遊ばすように」と綱吉の母の桂昌院に忠告した。が、これは桂昌院の一喝を食った。

                   研究
●シリーズ名=大奥婦女記
●全12話=全集(12話)
 1.
乳母将軍
 2.
矢島の局の計算
 3.
京から来た女
 4予言僧
 
5.献妻
 6.
女と僧正と犬
 7.
元禄女合戦
 8.
転変
 9.
絵島・生島
10.
ある寺社奉行の死
11.
米の値段
12.
天保の初もの



綱吉は学問が好きであった。
は、それとして、「彼が一番得意だったのは、それを誰彼となく向かって講釈することであった。」は、
痛烈である。
賞賛する者もいれば、苦々しく思う者もいた...
増上寺の詮応大僧正もその一人である。だが、桂昌院に一喝される。
書き出しにしては具体的で、綱吉の性格、桂昌院の院政ぶりがすぐに読み取れる。
「献妻」とは穏やかではない。


前作「予言僧」の最後の一行が、
>そのことがあってほどなく、彼の推薦によって一代の妖僧、骭が桂昌院の前に現れる運命となる。
とあり、増上寺の詮応大僧正が「隆光」ではなさそうである。

ちなみに、「献妻」とは
妻を献上する事?
ネット上に

>綱吉は妙な悪癖を持っていたらしい。
>家臣の妻に惚れてしまうのだ。
>大奥で、あれだけ美女たちが居並んでいても、簡単に手に入る女性には、心惹かれなかったのだろう。
なる文章があった。