松本清張_骨壺の風景

題名A 骨壺の風景
読み コツツボノフウケイ
原題/改題/副題/備考 【重複】〔(株)新潮社=岸田劉生晩景〕

多磨墓地の「磨」は、「摩」の誤植では?
※2016年11月06日確認
 むしろ「多磨」が本来の名前かも。霊園も「多磨霊園」
 東京都府中市紅葉丘三丁目にある西武鉄道多摩川線の駅は、 多摩川線だが多摩駅ではない。『多磨駅』である。
 川の名としては、「多摩川」。こんな例は良くあるようだ、千住と千寿。三田と御田


作品発表の年月日が?/清張事典では、1980年(昭和55年)2月号
本の題名 松本清張全集 66 老公 短篇6【蔵書No0233】
出版社 文藝春秋(株)
本のサイズ A5(普通)
初版&購入版.年月日 1996/03/30●初版
価格 1631円税込み:中古/アマゾン
発表雑誌/発表場所 「新潮」
作品発表 年月日 1980年(昭和55年)1月号
コードNo 19800100-00000000
書き出し 両親の墓は、東京の多磨墓地にある。祖母の遺骨はその墓の下に入ってない。両親は東京に移ってきてから死んだが、祖母カネは昭和のはじめに小倉で老衰のため死亡した。大雪の日だった。八十を超していたのは確かだが、何歳かさだかでない。私の家には位牌もない。カネは父峯太郎の貧窮のさいに死んだ。墓はなく、骨壺が近所の寺に一時預けにされ、いまだにそのママになっている。寺の名は分からないが、家の近くだったから場所は良く憶えている。葬式にきた坊さんが棺桶の前で払子を振っていたので、禅宗には間違いない。暗い家の中でその払子の白い毛と、法衣の金襴が部分的に光っていたのを知っている。読経のあと立ち上がって棺桶の前に偈を叫んだ坊さんの大きな声が耳に残っている。私が十八,九ぐらいのときであった。
作品分類 小説(短編)
検索キーワード 遺骨・小倉・寺・位牌・自叙伝・祖母・多磨墓地