研究作品 No_186
【支払いすぎた縁談】
〔週刊新潮〕
1957年(昭和32年)12月2日号
|
| 其処は、「和名抄」に見えているくらいだから旧い土地であった。二つの山脈にはさまれた狭い盆地の聚落である。村は裕福ではなかった。さりとてみすぼらしく貧困でもなかった。一本の川が流れ、両岸には広い桑畠があった。秋ごが終わると間もなく、遠い高い山には雪が来る。萱野家はこの土地の旧家であった。それを証明するような古文書をいくつか持っていた。田舎の旧家の貫禄はそれだけでは足りぬ。萱野家は相応の財産も持っていた。もとは大地主だったが、農地改革で三分の二を喪った。それでも山林は手つかずにある。当主の徳右衛門は何度となく村長に推されたが固辞した。小なりといえ村長も政治家である。政治に手を出していいことがない。財産は減るに決まっている。県会議員選挙で潰れた資産家の実例があった。村長は運動で金を費い、当選してからも村会議員にたかられる。徳右衛門は身慄いして断りつづけた。 |
●和名抄
『和名類聚抄(わみょうるいじゅうしょう)』略して『和名抄』は、平安期の初期承平年間(九三一〜八年)に源順(みなもとのしたごう)によって編集された、一種の百科辞書である。
場所の名前が明確では無い。おいおい出てくるのだろう。
単にイメージだけの想像だが、長野か岐阜あたりの山村を頭に浮かべた。
清張作品なら、山陰の山間部の土地を想定できる。
手掛かりは、二つの山脈にはさまれた盆地の集落...

無理矢理だが、「飛騨山脈」「木曽山脈」を想定してみた。
没落地主の話なのかもしれないが、当主の徳右衛門は村長に推されるが断り続け、政治家を目指そうとはしない、
賢明な生き方をしているかに見える。
「支払いすぎた縁談」とは、結婚式の費用のことなのだろうか?

|