研究室_蛇足的研究
2019年11月21日 |
清張作品の書き出し300文字前後で独善的研究!
研究作品 No_100
【眼の壁】
〔週刊読売〕 1957年(昭和32年)4月14日号〜12月29日号〕 |
六時を過ぎても、課長は席にもどってこなかった。専務の部屋に一時間前に行ったきりである。専務は営業部長をかねていたが、部屋はこの会計課とは別室になっていた。窓から射す光線は弱くなり、空には黄昏の蒼さが妙に澄んでいる。室内の照明は夜のものになろうとしていた。十人ばかりの課員は机の上に帳簿をひろげているが、それはたんに眺めているにすぎない。五時の定時をすぎて、ほかの課は二三人の影があるだけだった。この会計課のみが島のように取り残されて灯がついているのだが、どの顔も怠惰しかない。次長の萩崎竜雄は、これは課長の用事はもっと長くかかるな、と思った。それで課員たちの方へ、「課長は遅くなるようだから、もうしまいにしようか」と言った。待っていたように、皆は生気をとりもどして片づけはじめた。 |
定時間後の会社の風景。残業をするほど忙しくもなさそうだ。 営業部長を兼ねている専務に、呼ばれた課長が戻ってこない。 課長の空席で、帰るに帰れない部員に次長がけじめをつけるように、 「課長は遅くなるようだから、もうしまいにしようか」と言った。ありふれた風景といえるだろう。 次長の萩崎竜雄とわざわざ名前が出ているところを見ると、彼が主人公、もしくはそれに近い存在だろう。 問題は課長(多分会計課の課長)を、専務が呼んで話している内容だ。 次長が長くなりそうだと感じた内容が、他の部員にも共有されているような気がする。 さりげない事務所の風景の描写ではあるが、部屋や人員の構成など、それなりの規模の会社であることをうかがわせる。 |