三カラット純白無垢 ファイネスト・ホワイト。丸ダイヤ。プラチナ一匁台リング。
昭和十×年二月二十三日、東京都麻布市兵衛町××番地谷尾妙子の妹淳子ヨリ買取ル。
谷尾妙子ハ喜右衛門ノ長女デ、彼女ノ不慮ノ死ヲ新聞記事デ読ミ、直チニ同家ニ赴キ、先年喜右衛門氏ノ長女ニ売リタル右ダイヤノ譲渡如何ノ意ヲ尋ネル。妙子ノ妹淳子夫婦ハ売却了承シ、九千八百円ニテ買取ル。淳子ハ少々安イトイウ。
一ヵ月後、東京青山高樹町××番地大野木保道氏ニ之ヲ売ル(一万三千二百円)
大野木氏は鈴井物産株式会社重役ニテ、コノ度、愛娘寿子ノ結婚ノ記念ニ与エルト云ウ。
寿子ノ夫、伊原雄一ハ同社ノ技術課員ニテ、東京帝国大学工学部卒。近ク同社経営ノ朝鮮全羅北道金邑ニアル鈴井物産鉱業所ノ技師トシテ赴任スル由。
(宝石商 鵜飼忠兵衛ノ手記ヨリ)
小説の前書き部分に上記の説明がある。
三カラットのダイヤは、再び宝石商に戻り、大野木(伊藤)寿子に渡る。
伊原雄一の妻となった小野木寿子と共に朝鮮に渡ることになったダイヤの運命は如何に...
と言うところだろうが、その前の所有者(谷尾妙子)が、不慮の事故で死亡している。
そのことは前置き以外では触れられていない。
伊藤夫婦の、目の前に豊かな景色が広がる、朝鮮全羅北道金邑は、日本人に待ち受ける運命
など予感できない。
時代は「昭和十×年二月二十三日」。
終戦が迫り来る前の時期か?
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