研究室_蛇足的研究

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2018年9月21日

清張作品の書き出し300文字前後で独善的研究!


研究作品 No_086

 絢爛たる流離:第一話土俗玩具


研究発表=No 086

絢爛たる流離【土俗玩具】
 〔婦人公論:1963年(昭和38年)1月号〕

北九州のR市は、背後地帯の石炭によって成長し、繁栄してきた。元はおっとりした城下町で、前は玄界灘に対い、東西は荒々しい気風の港町がつづいている。「 【絢爛たる流離:土俗玩具】蔵書:松本清張全集 2 眼の壁・絢爛たる流離:婦人公論 1963年(昭和38年)1月号

北九州のR市は、背後地帯の石炭によって成長し、繁栄してきた。元はおっとりした城下町で、前は玄界灘に対い、東西は荒々しい気風の港町がつづいている。R市が奥床しい情緒をとどめていることは、裏町を通ると茶の湯の看板を掲げた庭の家があったり、士族屋敷がならんでいたり、旧藩時代の寺が減りもせず、そのままの数で残っていることでも分かる。谷尾喜右衛門の屋敷は、この静かな一劃に一町四方を占めて建っていた。白壁の塀が長々と平面的につづくのは、由緒ある寺院かとおもわれるくらい壮観であった。大きな門も終日開けられることはない。塀の上には亭々と銀杏の樹が伸びていた。谷尾喜右衛門は土地の人間ではない。若いとき作州津山の山奥から出て来て、裸一貫で今日を叩き上げた。彼についての臆説はいろいろあるが、炭坑の底で裸体を真黒にして鶴嘴を揮っていたことは間違いない。

北九州市は、門司市、小倉市、戸畑市、八幡市、若松市の5市による新設合併で誕生した。
1963年(昭和38年)2月10日のことである。
この作品は1963年(昭和38年)1月号(婦人公論)に発表されている。微妙な時期であるが、当時の
5市の一つであろう。
「背後地帯の石炭によって成長し、繁栄してきた。」と、あるので若松市と想像する。
登場する人物は、谷尾喜右衛門。
>彼についての臆説はいろいろあるが、炭坑の底で裸体を真黒にして鶴嘴を揮っていたことは間違いない。
福岡県内では、中間市、直方市、行橋市、遠賀郡(芦屋町・水巻町)、鞍手郡(鞍手町)、
土地の人間でない、谷尾喜右衛門の出世物語でも無いだろうが、
>谷尾喜右衛門の屋敷は、この静かな一劃に一町四方を占めて建っていた。
とする成功物語が背景になるのは間違いなさそうだ。