紹介作品 No_140  【記念に】


 

紹介作品No 140

【記念に 【小説新潮】1978年(昭和53年)9月
寺内良二は福井滝子のことをそれとなく両親へほのめかした。彼女はある鉄鋼会社の総務部に七年間つとめている。郷里は北陸で、両親は健在である。ただ、年齢が彼より四つ年上である。そこまではまだよかったが、彼女には離婚歴があって、その過去がひっかかって良二は両親と兄に正面きって彼女との結婚希望が言い出せなかった。良二の父は六十八歳で、会社の役員をしている。彼のぼんやりとした話を聞いただけでも不服な顔をした。母親ははじめから不安を見せた。数日後、良二は兄の家に呼ばれた。兄は大学の助教授だった。飯を食いにこいということだったが、ビールを飲みながら訊かれた。「おまえはその女とどの程度交渉があるのか?」十歳年上の兄は小さいときから良二に君臨していた。両親は自分らの口から言えないので、兄に事情の究明を頼んだのである。●蔵書【隠花の飾り】新潮社●「小説新潮」1978年(昭和53年)9月号

書き出し部分で話の全貌がつかめる。
登場人物も出尽くしている感じがする。後は話の展開だが、さすがにそれは読み取れない。

福井滝子は、鉄鋼会社の総務部に七年間勤めていて、離婚歴があった。
寺内良二は、銀行に勤めていた。滝子との関係を両親に打ち明けたのは結婚を意識したからであった。
ただ、滝子は4歳年上で、離婚経験もあり賛成が得られないだろうとの思いもあり結婚の希望を言い出せないでいた。
良二の父親は、会社の役員をしていて、良二の話をぼんやりと聞いているだけでも不服な顔をしていた。母親も同じで、不安そうだった。
良二には10歳年上の兄が居た。両親は良二の話を聞くことを兄に任せた。年齢差もあり、兄は良二に君臨していた。
>「おまえはその女とどの程度交渉があるのか?」
良二は、二年前から滝子と肉体関係があった。

良二は、家族の反対もあり、強いて彼女と結婚しなくてもいいという気持ちでもあった。
銀行員の良二と滝子は、行員と客という関係だった。
>「女は、どうしてもおまえと一緒になりたいというのか?」
>「いや、そうでもない」
じっさいそうだった。
>「そうだろう。おまえより四つも年上で、離婚歴のある女がそんな厚かましいことを言うわけはない。
>おまえは二十六で、女は三十だ。あと五年も経ってみろ。女は老けるのが早いから十ぐらい違ってみえるぞ。
>女が結婚に執着していないのが幸いだ。よせ、よせ。今のうちに別れろ」
>「うむ。別れてもいい」

>「別れてもいいって、煮え切らない返事をするやつだな。おまえのほうに未練があるのじゃないか。
>相手は結婚の経験者だし、いまが女ざかりだろうからな」

兄の指摘は図星であった。
>「...おまえの優柔不断には狡いところがある。なんとかなると思いながら様子を見ているらしい。
>だが、まわりの事情はおまえの都合のいいようにばかりは運ばないぞ。いまのうちに思い切って女とは別れろ」
兄の説得は、良二の女経験を引き合いに出し、離婚歴のある滝子の熟した身体までも含めて似合わないと別れることを勧めた。
兄は大学で物理学を教えている。「きわめて俗な説得をした」

確かに、滝子もこのままの関係でいいと良二には言っていた。本音は別にしても、離婚歴を気にしていた。
それでも、優柔不断な良二は父親も長くは無い、死んだら結婚を考えている。その時は、兄との縁は切ってもいいと言いきっていた。
滝子は、それには「うれしい」とは応えていた。

二人の関係は続いた。
それは、兄の指摘した通りで、良二は滝子の熟した身体の虜になった。
内縁状態とも言える関係が続く。「内妻」的な奉仕は姉さん女房のそれであった。

ここで清張は、男女の関係を別の角度で描くのだった。
女は、姉さん女房で尽くすことで満足する。
男は、甘やかされ、母親代わり、姉代わりで面倒を見られることが鬱陶しくなる。屈服させる、男としての充実感が欲しくなる。
それは、ベッドの上でも同じ事だった。

「わたしは、いつでも別れてあげるわよ。...」
滝子は男の気持ちを読むことにも敏感だった。良二は、父の死を待って結婚するからと言うしかなかった。

エピソードが綴られている。
滝子は、良二に弁当を持たせた。重箱入りの手の混んだ、いわば愛妻弁当で、駅のホームで手渡されるのだった。
その弁当箱を洗って翌日その日の弁当と交換するのが日課だった。それ自体が面倒で負担になる。重箱は発泡スチロールに変わるが
それでも、良二は気重になるのであった。
気持ちの上では、良二は滝子との結婚に距離を置くようになった。
良二の気の弱い性格は、ずるずると滝子都の関係を続ける以外に無かった。
さすがに滝子も良二が弁当を嫌がっていることに気がつく。それでも苦笑するだけで、嫌なら止めると言った。
どこまでも良二にとって都合の良い女だった。

良二が女のことを兄に打ち分けてから、もう三年近く経っていた。
良二に結婚話が来る。良二はこれ幸いと結婚話に乗る。

もともと、滝子は、「いつでも別れてあげる。」と言っていた。良二はそれを信じていたし、そういう女だと思っていた。
良二は、滝子に結婚話を話した。
「とうとう覚悟した日が来たわね」泪を見せながらも気丈夫に応えた。
「おめでとう」「これであなたもとうとうわたしから解放されたわね」

このまま終わらないのが清張作品だ。別れの記念とは?
最後の二行を紹介して、作品の紹介を終わりにします
>良二は疲れて眠った。その熟睡はが、そのまま彼の死に移行した。首に腰紐が捲かれていた。
>滝子は、冷えてゆく彼の身体の傍に座っていつまでも哭いていた。



登場人物

寺内良二 福井滝子とは、殆ど内縁状態。両親や兄には結婚をほのめかすが反対される。十歳上の兄には頭が上がらない良二だった。
優柔不断な性格の良二は、滝子との結婚についてもハッキリした態度を示さなかった。兄からは、狡い男と指摘される。
滝子も積極的には結婚を望んでいないふうだった。全てを都合良く解釈し、滝子の本音に気がつかなかった。銀行員。
福井滝子 鉄鋼会社の総務部に七年勤めている。銀行員の寺内良二と恋仲になる。離婚歴があり、寺内良二にとって都合のいい女であった。
滝子は男の気持ちを読むことに敏感でもあった。内縁関係でも姉さん女房ぶりを発揮する。それが良二にとって重荷になっていることに気がついていない。
口先で、良二にとって都合の良い女を演じていたが、良二の結婚話で関係は破綻に向かう。
寺内良二の兄 良二の十歳年上の兄。大学の助教授、物理学を教えていた。俗物的な考え方で良二と滝子の結婚に反対する。
良二に対する人間観察は正確だった。良二の性格をズバリ当てていたと言える。

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