紹介作品 No_139  【百円硬貨】


 

紹介作品No 139

【百円硬貨 【小説新潮】1978年(昭和53年)7月
男には妻子があった。村川伴子は十三歳上のその男---細田竜二というのが、彼とは四年越しの関係だった。伴子は、東京下町のA相互銀行支店に十年間つとめている。出納係になってからも七年が経っていた。人柄がよく、仕事を能率的にするので上司に気に入られていた。容貌もきれいなほうである。二十をすぎてから縁談がかなりあった。秋田県にいる両親からのもあり、こっちの知り合いのもあった。どれも気がすすまなかった。二十三のときにちょっとした恋愛をしたので、そのころの縁談は断った。その恋愛も深くすすまないうちに、相手の欠点が目に立って伴子のほうから交際を断った。二十五、六になると田舎の両親があせって東京を切りあげて帰ってくるようにとしきりに催促した。二十八、九になるとそれもなくなった。戻る意志のないこと、結婚は当分しないことを言ってやったからである。●蔵書【隠花の飾り】新潮社●「小説新潮」1978年(昭和53年)7月号

書き出しの女(村川伴子)の経歴は、何処かで読んだ感じがした。
年下の男」「鉢植えを買う女」「駅路」「入江の記憶」など思いつくまま書いたが、内容的に同じという意味では無い。

ありふれたパターでもある。と思ったのは、男と女の関係である。
容姿を含めて、十人並の女が、それなりの経験をしながら、婚期を逃し、妻子持ちの男と恋愛関係になる。
男の名前が初めから明らかになっている。名前を細田竜二。
二人の関係は、男に妻子があることで不倫関係である事に間違いは無いだろう。
細田竜二は、伴子を欺したわけでは無い、最初から妻子持ちである事は伴子も知っていた。竜二は伴子と結婚する意思もあった。
竜二は車のセールスマンで比較的自由に伴子と会うことが出来た。
二人はアパートを借りて、所帯道具もそろえた。竜二の妻は情緒の無い女で、繊細な感覚に欠けそれが竜二は不満だった。
竜二は女が出来、離婚のこと妻に伝えた。本気別れる事を考えていた。まだ様子見程度の話であったがある意味誠実に対応していた。
伴子の存在も、二人のアパートも知られることになり、竜二の妻から、伴子の勤める銀行に電話が掛かるようになる。
喫茶店に呼び出された伴子だが、竜二とはどうしても別れられないと言い、竜二さんを私にください頼むのだった。
伴子は、竜二の妻に罵られてもそれを気にする余裕は無かった。

竜二の妻はどうしても離婚には応じなかった。
竜二は、いっそ、東京を離れて別の地で生活しようとも考えたが、伴子は同意しなかった。戸籍上の夫婦になる事を望んでいた。
竜二の妻が実家の鳥取県に娘を連れて帰った。
妻の実家にも知られることになり、妻からは、別居はしても絶対に別れないと宣言され結婚生活は完全に破綻した。
別居で、二人は自由に会えることになるが、伴子には開放感も自由感も無かった。

しかし、妻から離婚の条件が出された。
慰謝料と子供の養育費に三千万円を一時金で要求された。
二人に、三千万円の大金が都合の付くはずも無かった。無理を承知の妻の要求でもあった。
二人にとっては、スッキリ別れるにはこの要求を呑むことがチャンスでもあった。
伴子は32歳になっていた。竜二は13歳年上だった。伴子にとっては、結婚の最後のチャンスでもあった。
伴子は、三千万円の工面を貯金や退職金と借り入れで何とかすると竜二に告げた。竜二は喜ぶ。
しかし、伴子の話は実現するほど甘いものでは無かった。

金は、伴子が持参するから、竜二には先に妻の実家へ向かって、何処かで待っていてくれと話が出来上がった。
心配は妻の心変わりだった。それが急ぐ理由でもあった。
待ち合わせ場所の電話番号と住所を聞いた伴子は金策に走る。
待ち合わせ場所は、山陰地方の伯耆と美作の境だった。清張の得意の場所だ。

結末は「そう来るのか...」という感じで納得しがたい部分もあるが、競走馬が目隠し(ブリンカー (blinkers))をされている ように前方向だけを見ている状況で、回りが見えなかったのだろう。
人間の心理を突いた結末で、「百円硬貨」を納得させる。


登場人物

村川伴子 A総合銀行の行員。出納係で、7年のベテランだった。容貌も綺麗な方で、縁談もあったが結婚の時期を逃す。28,9歳になる。
十三歳上の男がいた、名前は細田竜二。彼とは四年越しの関係だった。竜二との結婚に慰謝料として三千万円必要になるが、自分で工面を決意する。
細田竜二 車のセールスマン。妻と娘が居る。伴子が出来て、妻との仲は破綻する。妻と別れて伴子との結婚を決意するが、妻は別れてくれない。
別居になるが,慰謝料に三千万円を要求され途方に暮れる。伴子に金の算段を聞かされ任せる。

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