紹介作品 No_126  【確証】


 

紹介作品No 126

【確証 〔【婦人公論】1961年(昭和36年)1月号
大庭章二は、一年前から、妻の多恵子が不貞を働いているのではないかという疑惑をもっていた。章二は三十四歳。多恵子は二十七歳だった。結婚して六年になる。多恵子は、明るい性格で、賑やかなことが好きである。これは、章二が多少陰気な性格だったから、妻がかえってそうなのかもしれない。章二は、他人がちょっと取りつきにくいくらい重苦しい雰囲気を持っていた。人と逢っても、必要なこと以外は話をしない。自分では他人の話を充分に聞いているつもりだが、相槌もあまり打たないので、対手には気難しそうに見えるのだった。何人かの同僚と話し合っていても、彼だけは気軽に仲間の話の中に入ってゆけなかった。また、好き嫌いが強いほうだから、嫌な奴だと思うと、すぐ、それが顔色に現れる。多恵子の方は、誰にも愛嬌がよかった。それほど美人ではないが、どこか笑い顔に人好きのするようなところがあって、それなりの魅力を持っていた。●蔵書【松本清張全集 1 点と線・時間の習俗】(株)文藝春秋●「婦人公論」1961年(昭和36年)1月号

大庭章二は、妻の不貞を疑っていた。それは妄想となり膨らんでいったが、確証に近いものだった。
外見上は仲の良い夫婦だった。
明るい性格、誰とでもすぐ打ち解けて話が出来る社交的な妻。夫が同僚を家に連れ帰っても如才なく相手をしてくれる。
もしろ座は妻の多恵子を中心に華やぐ。
それに引き換え、夫の章二は、陰気で重苦しい感じがした。気軽に他人と話が出来る正確ではなかった。社交性が無かった。

夫婦の性格の違いは、よくあることで取り立てて小説のネタになるほどのことではないと思うが、二人の生活の一端が書かれている部分に時代を感じる。
>多恵子は、いわば世話女房型で、章二の世話には細かいところまで行届いた。
>普通はそろそろ慣れてきて面倒がるところだが、彼女は少しも手を省かない。
>例えば、冬の朝など、湯を沸かして、章二が顔を洗うのを待っている。歯磨きのチューブもブラシに塗って差し出す。
>清潔なタオルは、彼がが顔を洗うや否やすぐ差し出す。

さらに、ポマードまで頭に塗ってくれる。
やいシャツのボタンまで掛けてくれる。
靴下をはかせてくれる。
ネクタイを締めてくれる。

夫婦は結婚後六年になる。それでこのありさまである。(時代を感じさせる。全くの個人的感想だが)
料理にしても肉好きの亭主のために、肉屋で割烹店を営み料理の出来る、店の主人を家に呼び料理を習っていた.。
妻の描写になると、これでもかと云うほど賞賛が続く。
彼女の笑い声が、座を愉しくする。彼女が座を外すと、急に部屋の光線がうすくなったようで寂しくなる。
章二の仲間が遊びに来ても、誰もが彼女を誉めた。特に、片倉政太郎は、会社でも多恵子を賞賛した。
それに引き換え夫の章二は、....

このような夫婦生活の中でも、章二は妻の不貞を疑っていたのだろうか?
作中に気になる記述がある。
>.....ところで、その連中が章二に逢うと、こそこそと避けるようにして立ち去るのだ。
>近所の人など、彼と道で出逢っても、何かぎこちないお辞儀をするだけで、向こうから隠れるようにするのだった。


その続きに、章二が疑惑を持った根拠らしいことだ綴られている。
章二が何かの用事で途中で会社から帰宅したとき、妻の留守に三,四度出逢った。
妻は、お茶や花を習い、出かけることはいろいろ有ったが、大抵は事前に章二に伝えていた。
ただ、疑いは神経質になり、夫婦の夜の行為によせて妻を観察するようになっていた。夫である章二の誘いを拒絶することも度々だったが、
今に始まったことでも無かった。
しかし、よく観察すると、昼間に外出したときに限って、彼女から刺激的に夫の身体を求めることがあった。

疑いは、妄想を伴い、確証として章二を包み込んだ。
相手は誰だろう? 当然の帰結として相手の存在を探す。結局、章二の知っている男だろうとの結論になる。
片倉政太郎と、判断した。片倉は、多恵子に好意的であり、いつも彼女を誉めていた。
片倉は、章二とは二つ下で、仕事も出来るし、朗らかで、陽気な男だった。片倉の女房は、痩せて、陰気な女だった。
片倉夫婦は、いわば、大庭夫婦と正反対の夫婦と言えた。

「確証」は、章二に復習を考える方向に発展していく。
復習の手口は、多恵子と片倉政太郎の関係を決定づけるものにすべく方法を選択する事になる。

この方法こそこの小説の「肝」といえる。意表を突く方法である。
清張の小説には強烈なインパクトがある。
動機は勿論だが、凶器とか、死体処理とか、トリックとか

肉体が凶器になる。いや、肉体を利用して毒を挿入・注入するのだ。
恐ろしい発想だ。
復讐の方法を思いついた章二は、実行に移す。
その方法は成功した。

結末は、どんでん返しだ。推理小説では、疑わしい人物は、関係無いことが多い。最後まで疑わしい人物として存在するが...
肉屋の若い主人の遺書で全てが明らかになる。
小説は、大庭章二の視点から描かれているが、妻の多恵子の心理状態の記述が一切無い。
それは、肉屋の主人の遺書でも理解出来ない。結果として、多恵子は奔放な女で、男たちを弄んだとも言えるのではないだろうか

ここで、前述した気になる記述だが、世間は二人の関係に気がついていたのでは?
知らぬは、亭主ばかりなり。深読みか?



2022年03月21日 記

登場人物

大庭章二 34歳。多恵子と結婚して六年になる。多恵子の不貞を疑う。相手は、同僚の片倉政太郎と確信する。
多恵子と不倫相手に決定的な打撃を与える方法で復習する。しかし復讐の標的は間違っていた。
大庭多恵子 27歳、美人では無いが愛嬌がある。世間的には円満な夫婦。世話女房。結果から、奔放な女とも言える。
片倉政太郎 大庭章二の同僚。仕事も出来て、明るく陽気な男。女房は痩せて陰気な女。大庭夫婦と正反対カップル。多恵子の不倫相手として疑われる。
肉屋の主人 多恵子が料理の手ほどきを受ける。遺書で全てを告白する。結果多恵子に弄ばれたのか? 登場場面は少ない。

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