紹介No 022
【恩誼の紐】1972年 「オール讀物」
9歳児(小学校3年)の殺人である。
「潜在光景」でも6歳児の「健一」が殺人を犯す。
作品的には「潜在光景」の方が、1年前(1971年)である。
登場人物は類型的である。主人公の「辰太」。放蕩の父親「平吉」、外に女を作る。
その妻で良くできた女、母である「おかん」。やさしい祖母の「ババやん」、辰太とは血がつながっていない。
ババやんが傭いで住込む家の、冷たい「奥さん」。
殺人の動機は、父の平吉が、祖母に金をせびりにくるなかで、「奥さん」に目を付ける、その父親の防御。
かねてより、優しいババやんに冷たい「奥さん」をよく思ってなかった、辰太。
殺人の手口は巧妙である。濡れ雑巾を口に押し込む、もう一枚は鼻にかける。
雑巾を口に押し込むときは裁縫に使うヘラを使った。
>そのヘラは母の物を使っているような気がした(実際は小遣いで買った物だ)
>奥さんが、まだ見たことのない父の女に思えた。
事件は平吉の仕業とされて起訴されるが、1年の未決の末無罪となる。
父の死に水は「できすぎた妻」が取った。
>「辰太や。お前をまもってやるけに....もう、悪いことはするなや」
>辰太は死相の浮かんでいる盲目の老婆を見つめた。−−−ババやんは、知っていた。
ここで終わりかと思った。前半であった。
後半は、
>人殺しの経験が幼児にあったというのは、長じてから同じ経験をくりかえすような要素になるのだろうか。
>遠い過去に経験をもっていることが実行の滑車の役目になるのか。
殺人を計画する辰太はその環境を富子の料理屋勤めに求める。
辰太の殺人の動機は、前半では同情の余地がありそうだが、
後半の妻を殺す動機に至っては男の身勝手に貫かれている。
辰太の父平吉が、妻に持った感情がそのまま、辰太の妻富子にダブル。
あまりに几帳面すぎた。それに、父によく尽くした。世話を焼きすぎたともいえる。
>そのためか、父が外でつくった女は、だらしない性格だった。
>父の死水は母がとった。できすぎた妻だった。
>父は母に最後まで窮屈な思いをさせられて息をひきとった。
>富子は一も二もなく承知した。そういう女だった。辰太のいうことには少しも逆らわなかった。
>それだけでなく、いつも彼が望んでいることを先回りして必要以上に世話をする女だった。
しかし、男の身勝手を弁護すると、なんとなく、理解できる。
そして、少し長いが引用すると
>癇癪が自分に破裂してくる。その鉾先が脆弱な皮になっている母に向かうのだった。
>ここに皮という言葉を使ったけれど、
>母のはそんなに薄い皮だったのだろうかと辰太はいまは疑っている。る。
>その性質は破れる皮ではなく、また、叩けばすぐに弾き返ってくるピンと張った皮革でもなく、
>いわばゆるやかに貼った皮であった。叩いても手応えがない。
>が、へこんだのがじんわりと底の弾力をもってもと通に戻る。
>そういうこっちに苛立ちを感じさせるような抵抗が母にあった。
女によって落ちて行く、(実際は自分で落ちて行くのだが)男の身勝手な言い分が
「苛立ちを感じさせるような抵抗」なのであろう。
テーマは3つあると思う。
1.「男を駄目にする女」 2.主人公とババやんの「恩誼」。
そして
3.幼児の経験が人道的にも法律的にも違背する方法に踏み出す滑車になる。
書き込まれている内容と、題名が今ひとつ重ならない。
「ババヤン。守ッテオクレ。ドウカ、オレヲ守ッテオクレ。ババヤン、タノム。....」の最後が印象深い。
2004年12月31日 記 |
登場人物
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辰太 |
主人公。幼児体験が同じ過ちを犯させる?。 |
ババやん |
ヨシ。辰太の祖母だが血はつながっていない。事件当時は60過ぎ、76で死亡。 |
平吉 |
辰太の父。破滅的な人生を歩むが、極悪人にはなれず。 |
おかん |
辰太の母。平吉の妻。良くできた妻で、几帳面な性格。あまりに良くできた妻。 |
奥さん |
船乗り(船長)の妻。辰太に殺される。 |
富子 |
辰太の妻。平吉の妻で、夫(辰太)の母のように良くできた妻。辰太に殺される。 |
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