紹介作品 No_021  【一年半待て


紹介No 021

【一年半待て】1957年 「別冊週刊朝日」

まず、事件のことから書く。被告は、須村さと子という名で、二十九歳であった。罪名は、夫殺しである。......◎蔵書◎松本清張全集 36 地方紙を買う女・短編2(株)文藝春秋 1973/02/20●初版より

結論から書き始める手法である。

>被告は、須村さと子という名で、二十九歳であった。罪名は、夫殺しである。

問題は動機と殺人の手口である。しかし、両方とも明快である。

自首した後の刑期をテーマとしている。意表をつくテーマである。

三つ年上の須村要吉と結婚した、須村さと子の無事な暮らしは八年つづいた。

要吉の失業を期に働きに出るさと子。生命保険の勧誘員である。

勧誘の激しい競争のなか、さと子が目を付けたのは、ダムの工事現場である。彼女の発見は成功した。

収入が増えたさと子に依存する夫の要吉。二人の子供もいる。

要吉に女が出来る。女の名は脇田静代。静代はさと子の女学校時代の旧い友だちである。

はじめは、むしろ、さと子が飲み屋をやっている静代の所に行ってみるように勧めたのである。

夫婦の立場は逆転するが、夫は主婦にはなれない。

酒を飲み、子供に暴力をふるう夫。

暴れる夫に樫の心張棒が振り下ろされるまでに時間は掛からなかった。

彼女は自首をする。彼女の供述通りの死因である。

問題はその動機である。世間は須村さと子に同情する。公判になると、さらに同情はたかまった。

婦人雑誌は評論家の批評を載せ、その同情を煽った。

評論家の高森たき子は、「この事件ほど、日本の家庭における夫の横暴さを示すものはない...

生活を一人で支えている妻に暴力を振い、愛児まで打つとは人間性のかけらもない夫である。...」と、

むしろ正当防衛で無罪であるとの論陣を張る。

判決は「三年の懲役、二年間の執行猶予」であった。須村さと子は一審で直ちに服した。

高森たき子は、岡島久男の来訪を受ける。

岡島久男は、たき子に「推定」「想像」を交えて話を始める。

夫要吉と脇田静代を結びつけるための「夫婦生活」の拒絶。

夫の気鬱を紛らわせる名目の酒の勧め。

>さと子は悩んだでしょう。彼女には要吉君という夫があります。しかも、嫌で嫌でならない夫です。
>一方に心が傾くにつれ、この夫からの解放を、彼女は望みました。

その解放とは、夫の死であった。

思い通りになった結果。岡島久男はさらに話を続ける。

>「夫を殺しても、自分が死刑になったり、永い獄中につながれたりしたら、何の意味もありません。
>頭のいい彼女は考えました。夫を殺しても、実刑を受けない方法はないものかと。たった一つあります。
>執行猶予になることです。...」

情状酌量という条件を作ろうとしたのである。

>要吉君の性格を十分に計算してからのことです。後は掘った溝に正確に水を引き入れるように、
>要吉君を誘い込めばよいのです。彼女は一年半の計算でそれをはじめました。

たき子の「想像でいっているのですか?それとも確かな証拠でもあるのですか?」の質問に

「須村さと子さんは私の求婚に、一年半待ってくれ、といったのですから」が、岡島久男の答えだった。

須村さと子の計算違いは

「ただ、たった一つの違算は、一年半待たした相手が逃げたということです」の言葉を残して、

高森たき子の前を去って行く岡島久男であった。

傑作である。

意表をつくテーマであるといったが、刑を逃れるため精神異常者を装う作品もあったように思う。

それにしても、話の展開、無責任な世論がつくる雰囲気に乗る評論家(評論家が無責任なのか?)そして、

結末の鮮やかさ。清張の代表作である。

題名の『一年半待て』もこれ以外にないだろう。


2004年11月28日 記

登場人物

須村 さと子 29歳。二人の子持ち。夫殺しの被告。須村要吉の妻。保険の勧誘員
須村 要吉 須村さと子の夫。さと子に殺される。
高森 たき子 評論家。須村さと子の特別弁護人を買って出る。
脇田 静代 さと子の女学校時代の旧い友達。要吉と関係を持つようになる。
岡島 久男 須村さと子に結婚を申し込む。ダム工事現場で働く技師

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