紹介作品 No_010  【奇妙な被告


紹介No 010

【奇妙な被告】1970年 「オール讀物」

事件は単純に見えた。秋の夜、六十二歳になる金貸しの老人が、二十八歳の男に自宅で撲殺された。......◎蔵書◎「火神被殺」文藝春秋●1975年4月5日(4版)より

凶器の「薪の割木」、座布団、金庫から紛失した借用書が小道具である。

逮捕された植木は警察でしゃべる。自白である。

被告である植木は公判で自白を強制されたと言う。

もちろん警察は否定する。 むしろ植木がぺらぺらしゃべったという。

のちに植木を調べた警察官は、彼が最初から協力的で「愛想がよかった」と言っている。

国選弁護士として弁護を依頼された原島は、被告から重大な示唆を受ける。

それは、被告が無罪となるための情報である。凶器の薪である。

自白の凶器では考えられない傷跡が鑑定書に書かれている。 座布団が小道具となる。

金を借りたり返したりする客に座布団を出すものなのか?

被害者の性格を知り得た犯人の小さな仕掛けである。

そして紛失した借用書。紛失した借用書は「猪木重夫」名義。

「植木寅夫」と「猪木重夫」、やはり犯人の仕掛けである。

無罪判決を勝ち取った弁護士の原島は、ほぼ一年後法律関係の本を読む。

「無罪判決の事例研究」。 逮捕後に完全無罪を勝ち取るため、目的を持った犯人は自白段階

から巧妙な罠を張る。

密室の取調室での自白を公判で否認し、自白がいかに理不尽で強制されたものか反論する。

その勇気ある態度は裁判官をもだます。

「無罪判決の事例研究」は、被告人植木の犯罪を見事に描いている。

ある意味完全犯罪をもくろむ。 そのため、一度捕まる、そして公に無罪を勝ち取る。

法治社会の盲点をついた犯罪であるが、被告人植木の人間性、特異な性格、卑屈で虚構に

満ちた人格が浮き出ている。犯罪の影にある人間を描く清張作品らしいと言えば、

またおもしろい作品である。 疑問が少々。

法律関係の本である、「無罪判決の事例研究」を裁判官が読む機会はなかったのか。

また、その戒めである、

「名古屋高裁金沢支部 昭29.3.18 高裁刑事特報」を読む機会がなかったのか。

『最後の植木寅夫が交通事故にでも遭って死ねば、「天の摂理」とか「勧善懲悪」の結末になるの

だが実際はそうはゆかないようである。』は、蛇足気味である。

2002年09月20日 記

登場人物

植木 寅夫 28歳。被告
原島  直己 弁護士、植木の国選弁護士
山岸 甚兵衛 62歳。被害者、植木に殺される。金貸し。

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