今月の紹介作品  【ひとり旅


紹介No 003

【ひとり旅】1954年 「別冊文藝春秋」

田部正一は早くから、遠い旅をしたいと思い、一種の憧れをもっていたが、貧乏でそんな余裕がなかった。......◎蔵書◎「延命の負債」角川文庫1987年6月25日(初版)より

田部が旅先でみる男女は....

やがて彼は、旅先で彼のそれと同じ眼で女と共に居るところを見られる。

たとえば、電車の中で楽しそうな男女を見る。

しかし、その男女はほんとうに楽しいのだろうか?

その男女を見た眼は、当事者になったとき、初めてその眼を意識する。

楽しそう、幸せそう、それは当人たちの問題と無関係に見る者の眼で決めてしまう。

そのことに気がつくのは容易ではない。

やがて、旅先の涯は女との死が待っている。田部は、初めて気がつく。

女と旅をする田部を見る男の眼は、かつて田部が旅先で男女を見た眼のそれである。

短編で、極めて日常的な状況に潜む狂気をさりげなく書いている。

この狂気も日常なのである。

2001年03月01日 記

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