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松本清張_不在宴会 死の枝(第十話)

原題:十二の紐

No_150

題名 死の枝 第十話 不在宴会
読み シノエダ ダイ10ワ フザイエンカイ
原題/改題/副題/備考 ●シリーズ名=死の枝
(原題=十二の紐)

●全11話=全集(11話)
 1.交通事故死亡1名 (1105)
 2.偽狂人の犯罪 (1106)
 3.
家紋 (1107)
 4.
史疑 (1108)
 5.
年下の男 (1109)
 6.
古本 (1110)
 7.
ペルシアの測天儀 (1111)
 8.
不法建築 (1031)
 9.
入江の記憶 (1112)
10.不在宴会 (1113)
11.土偶 (1114)
本の題名 松本清張全集 6 球形の荒野・死の枝【蔵書No0047】
出版社 (株)文藝春秋
本のサイズ A5(普通)
初版&購入版.年月日 1971/10/20●初版
価格 880
発表雑誌/発表場所 「小説新潮」
作品発表 年月日 1967年(昭和42年)11月号
コードNo 19670400-00000000
書き出し 魚住一郎は中央官庁の或る課長だった。彼の省は民間企業の監督官庁であった。農林省でも、通産省でも、厚生省でも、どこでもいい。要するに企業に対して権力を持つと同時に特定業者の利益をも図れるという権利省であった。課長の魚住はしばしば地方に出張する。行政指導のためには遠路を厭わず回った。この出張は中央の役人にとってこたえられない醍醐味をもっていた。まず、彼はどこに行っても土地の工場や支店、出張所の幹部連によって下にもおかない取扱をうける。工場視察は東京の出発前からスケジュールが決まっているので、それに従って視て回ればよろしい。あまり細かいことを云うと、業者から好感を持たれないだけでなく、意外な方からクレームがつく。あの課長は好ましくないという指示が雲の間から洩れてくるのである。
あらすじ感想 小説を読んで映画を見るか?映画を見て小説を読むか?
よく言われるが、小説を読めば映画は見なくて良いとはあまり云われない気がする。
反対に映画を見て小説を読む場合、想像力を邪魔されあまり好きではない。
砂の器』など、小説の流れと映画はかなり違っているが、別物として楽しめた。長篇作品の映画化は難しいが、数少ない成功例だろう。

さて、『不在宴会』場合、短編なので、映像ではかなり膨らませて撮られている。
テレビドラマ:不在宴会
●2008年2月17日、BSジャパンの「BSミステリー」枠(21:00-22:48)にて放映。
※キャスト

魚住一郎:三浦友和 (交通省局長)
魚住早紀子:田中好子 (魚住の妻)
鶴原:平田満 (バス会社「協和交通」の支所長)
五十畑信介:竜雷太 (代議士・早紀子の父)
小説はかなり昔に読んだが、今回改めて読む前に映像を見た。実は映像も何回目かの視聴でした。
「映像ではかなり膨らませて撮られている。」と、したが結果としてそれが邪魔になった。

魚住一郎は、中央官庁の課長。
「農林省でも、通産省でも厚生省でも、どこでもいい」と書いている。企業・業者の利権を持っている官庁であり、部署であればいいのだ。
魚住一郎は、例のごとく通り一遍の視察に出かける。本人にとっても業者にとっても年中行事みたいなものだ。
出張先は九州一円。視察は南九州を回り、六日目の北九州が最後の日程になっていた。
最期の工場視察が終わると、宴会の誘いだ。
熊田工場長は、五十四,五の肥った男。次長は三十四,五のいかにも機敏そうな痩せた人物、鶴原といった。
お決まりの懇談・慰労を名目とする宴会だ。魚住一郎は、北九州までの日程で毎日のようにそうして過ごしていた。

魚住は、熊田工場長や鶴原次長の誘いを断った。それは、接待する側にとっても珍しいことだった。
魚住課長の口実は、大学時代の友人に会う予定がある。当地から西へ一時間半程度の場所。S市である。
勿論口実だからそんな約束などない。
諦めきれない熊田工場長や鶴原次長の誘いを不機嫌そうに断った。
>工場長は穏やかであった。鶴原次長の眼がそれに順応する前、チラリと課長を眺めたが、その瞬間光った眼には、
>何をこの生意気な小役人が、本省の役人だと思って威張っている。という反発があった。

これには裏がある。本省の役員を接待する宴会は、宴会を用意する側にも大きなメリットがあった。
宴会にかかる予算は、会社側も大目に見てくれる。その上前をはねることも出来るのだ。
熊田工場長や鶴原次長にとっては生産計画が狂ったのだ。

魚住一郎は、その事に気づいている。
>「せっかくご準備していただいて申し訳ありませんね」
>「宴席の準備も出来ていることだし、どうでしょう、わたしがそこで皆さんとごいしょにしたことにしては?」

魚住課長の提案は二人にとって願ったりかなったりだった。


北九州から1時間の所に温泉地があった。そこが約束の地で、女が待っていた。
新宿のバアの女で恵子と云った。二十四歳、亭主持ちだが魚住がやっと口説き落とした女だった。
旅館には河合という名で恵子が予約をしていた。
女中に案内され部屋に入る。恵子はいなかった。風呂に入っているらしい。
風呂をのぞき込んだ魚住一郎は仰天する。横たわる白い肉体を目の当たりにする。

今入ったばかりの部屋、今来たばかりの旅館を遁走する。その間を女中や番頭に見られたが適当なことを言って振り切った。

>一体あれは幻影ではなかろうか
魚住課長の身体は、走る列車の中にあった。

事件から二ヵ月。
ここでの魚住一郎の思いが面白いし、自分勝手だ。少々長いが引用する。
>最悪の場合を考えて苦悩した。
>せっかく東大を出て、上級国家試験にも合格し、役人になったのだ。
>はじめから官僚としてのエリートコースであった。
>バアの女との浮気で一生を滅茶苦茶されたら、こんな不合理なことはない。
>これがもっとまじめな恋愛で命を賭けてもいいというようなことだったら自分の一生の犠牲もやむを得ないのだが、
>こんなことで人生をすべり落ちたら、それこそ神は存在しない。そんな不合理な話はない。

突然だが、昨今のニュースで
>山田真貴子・内閣広報官(辞任)や総務省官僚は、接待疑惑(ほとんど汚職)で処分を受けている。
彼女・彼らも魚住課長と同じ気持ちなのだろう、たかが7万円程度の接待で。(1回の食事代とは恐れいいるが)。


さらに、三ヵ月が経過した。魚住課長の生活は日常に戻ったかに見えた。
××会社本社販売部長が、挨拶とも陳情ともつかない用事で、魚住課長を訪ねてきた。販売部長は重役でもあった。
>「課長さん、まことにつかぬことを伺いますが、課長さんが×月×日にてまえどもの北九州の工場をご視察なさいましたが、
>あのときのことをちよっと伺てよしゅうございましょうか?」


それからまた一ヵ月。恵子の事件は魚住課長の頭から遠ざかっていった。
不幸は突然やってくる。
魚住課長は、××会社の同業者、商売敵から銀座裏の料理屋で接待を受けていた。
雑談のなかで、思わぬ話を聞かされる。××会社の北九州工場でトラブルがあったというのだ。
それが、工場長と次長とのいがみ合いだという。次長の不正が発覚し本社では次長の処分を...
次長は開き直った、するならしてみろ「工場長も同罪だ!」

魚住課長は、販売部長で重役の来訪の意味を知ることになる。

また一ヵ月
今度は、警察が魚住課長を訪ねてくる。
警察は、××会社本社販売部長と同じような話を聞く。
だが、話は二度目、今度は警察。
魚住一郎は、観念した。が、結末はどんでん返し。ここまでにとどめよう。


2021年03月21日 記
作品分類 小説(短編/シリーズ) 10P×1000=10000
検索キーワード 視察・官庁・北九州・宴会・小心者・バアの女・不正事件
登場人物
魚住 一郎 中央官庁の課長。宴会三昧の視察で九州一円を回る。最期の北九州での宴会を断る、女と温泉地で待ち合わせ、女の遺体を発見。
恵子 新宿のバアの女。亭主持ちだが、魚住課長の誘いに乗って九州旅行に出かける。何者かに殺される。
熊田工場長  五十四,五の肥った男。穏やかな人物。
鶴原次長 三十四,五のいかにも機敏そうな痩せた人物。経理の不正に関わっていた。
刑事 ××会社、北九州工場の不正事件で魚住課長を訪ねる。魚住課長は観念して恵子事件の真相を話そうとして墓穴を掘る。
××会社本社売部長  ××会社の重役。北九州工場の不正の調査のため魚住課長に面談する。

不在宴会