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松本清張_古本 死の枝(第六話)

原題:十二の紐

No_1110

題名 死の枝 第六話 古本
読み シノエダ ダイ06ワ フルホン
原題/改題/副題/備考 ●シリーズ名=死の枝
(原題=十二の紐)

●全11話=全集(11話)
 1.交通事故死亡1名 (1105)
 2.偽狂人の犯罪 (1106)
 3.
家紋 (1107)
 4.
史疑 (1108)
 5.
年下の男 (1109)
 6.古本 (1110)
 7.
ペルシアの測天儀 (1111)
 8.
不法建築 (1031)
 9.
入江の記憶 (1112)
10.
不在宴会 (1113)
11.土偶 (1114)
本の題名 松本清張全集 6 球形の荒野・死の枝【蔵書No0047】
出版社 (株)文藝春秋
本のサイズ A5(普通)
初版&購入版.年月日 1971/10/20●初版
価格 880
発表雑誌/発表場所 「小説新潮」
作品発表 年月日 1967年(昭和42年)7月号
コードNo 19670400-00000000
書き出し 東京からずっと西に離れた土地に隠棲のような生活を送っている長府敦治のもとに、週刊誌のR誌が連載小説を頼みに来たのは、半分は偶然のようなものだった。長府敦治は、五十の半ばを越している作家である。若かった全盛時代には、婦人雑誌に家庭小説や恋愛小説を書いて読者を泣かせたものであった。まだテレビの無いころだったから、彼の小説はすぐに映画化され、それが彼の小説の評判をさらに煽った。長府敦治の名前は、映画会社にとっても雑誌社以上に偶像的であった。しかし、時代は変わった。新しい作家が次々と出て、長府敦治はいつの間にか取り残されてしまった。もはや、彼の感覚では婦人雑誌の読者の興味をつなぐことは出来なくなった。長府敦治の時代は二十年前に終わったといってもいい。ときどき短い読み物や随筆を書くことで、その名前が読者の記憶をつないでいる程度になった。
あらすじ感想 東京からずっと西に離れた土地に住む
長府敦治(チョウフアツジ)のもとに、週刊誌(R誌)が連載小説の依頼をしてきた。
その依頼は、全盛期を過ぎた長府にとっては、偶然でありありがたかった。
R誌は女性誌で、連載に穴が開きそうになった。そのおかげでお鉢が回ってきたのが今回の原稿依頼だった。

>先生の才能をフルに出していただきたいんです。
>まだお若いのだから、今から大家としておさまるのは早すぎますよ
女性誌の部長の発言は、長府の自尊心をくすぐるに十分だった。

引き受けて彼は焦った。
構想が浮かばないのだ。
ネタを求めて神田の古本街を歩き回る。少し面白いものはすでに手垢がついている。
またたくまに一週間が過ぎていく。
広島県の府中市の教育委員会からの講演依頼がすでに決まっていたが、これとて、キャンセルすべきか迷った。
気分転換もかねて、行くことにする。
府中市は田舎町。目についた古本屋に入る。半分は古道具屋を営んでいた。
『室町夜噺』。著者名は文学士林田秋甫を手にする。題名作者共に実在の者ではないようだ。
『室町夜噺』は、上中下の三巻だった。書店の頭の禿げたおやじは、眠そうな顔で起き上がってきた。
三冊で千円で購入した。田舎の古本屋のおやじが郷土自慢と追従で
>この林田秋甫さんというのは府中の生まれさった人での、偉い人じゃった。あんた、いいものを買いんさったの

と、言った


おやじの言った通り、掘り出し物の本だった。
帰りの飛行機の中で読みふける長府敦治。この本を元にするなら書けると思った。
問題は、面白いだけに、すでに誰かが書いているのではないかと言うことと、「林田秋甫」を長府敦治が知らないだけで高名な学者ではないかと言うことだった。
長府敦治にとって、「室町夜噺」は命綱なのだ。
「林田秋甫」を調べた。
その結果、ネタ本に出来ると確信した。

長府敦治の『栄華女人図』は、R誌に連載された。
十回ぶんくらい進むと、編集長がやってきた。あと一年くらい続けてもらえないだろうかと懇請した。
次には、担当重役を連れてきて、彼を拝み倒した。
連載を始めて八ヶ月頃になると、彼の人気は不動のものとなった。R誌は部数も伸ばし、わざわざ社長が挨拶に訪れるまでになった。
不遇を託っていた長府敦治は、完全に、現役にカムバックした。

長府敦治は、郵便物に差出人が林田庄平なる人物の枯れた書体の文字で書かれた封書が眼に止まった。
この手紙は、長府敦治を地獄に突き落とす。
>あなたの書いているのは私の祖父林田秋甫の『室町夜噺』の丸写しではありませんか。
>単に文語体を現代文に直し、それに多少の描写という味つけをしたにすぎません
手厳しいが、長府敦治の『栄華女人図』を読み的確に批判している。
林田庄平は、長府敦治へ手紙が届いて間もない秋の終わりに、長府敦治の家にやってきた。
長府敦治の手元にある古本『室町夜噺』は惟一冊でなくてはならなかった。しかし、林田庄平は、『室町夜噺』を持っていた。
一冊の古本を、10万円で買い取る事になる。
話が済んで、林田庄平は一言言った。
>「おや、鉄橋を人が渡っていますね?
駅はT川の向こうにあった。だが、この界隈から駅に行くにはずっと川下の橋を通らねばならなかった。

長府敦治は、その後の、林田庄平の金の無心は覚悟していた。ただ、『室町夜噺』は、林田から買い取った最後の一冊だけだと確信していた。
したがって、その後の無心には1万円程度の金で済ますつもりだった。

長府敦治に、別の雑誌から『栄華女人図』について随筆の依頼があった。林田庄平のことが頭をかすめたが、『室町夜噺』には触れずに、雑文で済ました。

その雑文が掲載された月刊誌が出て、一ヵ月近く経ってから、林田庄平が長府敦治の前にやってきた。
ニヤニヤしながら「随筆」を読んだことを告げた。本題は「随筆」ではなかった。
要件は、『室町夜噺』の上巻を発見したというのだ。林田庄平は、これで、10万円近い金をせしめた。
これでは終わらなかった、「中巻」を持ち込んできた。これで数万円。
この分では「下巻」も...
長府敦治は、林田庄平の策略が読めてきた。林田庄平は、長府の実家に祖父の『室町夜話』を何冊か保存しているのだろう。
長府敦治は、彼の『栄華女人図』の評判が上がるにつれてネタ本の存在を公表できなかった。随筆でも触れなかったのだ。

林田庄平は、最近では、手ぶらで長府敦治の元を尋ねてくる。

林田庄平は、鉄橋で轢死体となった。
林田秋甫の『室町夜噺』の復刻版が発売されるというニュース。
評論家の一文(長府敦治の『栄華女人図』の批評)
小説好きの刑事は、これらの関連に興味を持った。

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東京からずっと西に離れた土地に住む長府敦治だがその居住場所が限定できそうでできない。
住まいから鉄橋が見える。川向にある、駅に行くには、陸路を迂回しながら行くより、鉄橋を渡った方が早い。
川はT川。多摩川か?。
鉄道は数時間に一本、地元民は鉄路の鉄橋を人が歩いて渡っている。
そんな場所が東京の西にあるのか? 鉄道路線では、中央線・青梅線・八高線...




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広島県府中市(東京にも府中市がある)
市名の由来
「府中」の名は、8世紀ごろにこの地に「備後国府」が置かれ、備後国の政治、経済、文化の中心であったことに由来します。

市の位置
府中市は、広島県の東南部内陸地帯、福山市に18.5キロメートル、三原市に40キロメートルの地点に位置しています。
北緯34度34分06秒、東経133度14分11秒の府中市役所のある市域は、東西17.126キロメートル、南北25.536キロメートル、
面積195.75平方キロメートルです。
市内には、北部の竜王山(768メートル)、中央部の岳山(741メートル)をはじめとした400〜700メートルに及ぶ山々が起伏し、
瀬戸内海に注ぐ芦田川水系本流及びその支流、日本海に注ぐ江の川水系上下川が流れ、市北部で陰陽の分水界を形成しています。





2021年01月21日 記
作品分類 小説(短編/シリーズ) 15P×1000=15000
検索キーワード 東京の西・広島県府中市・古本屋・室町夜噺・栄華女人図・神田・女性雑誌・連載・鉄橋・月刊誌・随筆・批評家・刑事・謎解き
登場人物
長府 敦治 全盛期を過ぎた作家・東京からずっと西に離れた土地に住む・思わぬチャンスに巡り合い現役復帰する。ネタ本があった。
林田 秋甫 『室町夜噺』を上奏する市井の作家。広島県府中市生まれ。地方に埋もれた文学士と言える。
林田 庄平 林田秋甫は、祖父。祖父の『室町夜噺』をネタに長府敦治を強請る。長府敦治の作為で鉄橋上で轢死する。
刑事 文学好きの刑事。鉄橋上での轢死、『室町夜噺』の復刻、評論家の長府敦治評をキーワードに謎解きをする。

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