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松本清張_赤い氷河期(上・下) 

原題:赤い氷河-ゴモラに死を

NO_104

題名 赤い氷河期(上)(下)
読み アカイヒョウガキ(ジョウ)(ゲ)
原題/改題/副題/備考 赤い氷河期(上)
赤い氷河期(下)
本の題名 赤い氷河期(上)【蔵書No0146】 赤い氷河期(下)【蔵書No0147】
出版社 (株)新潮社
本のサイズ A5(普通)
初版&購入版.年月日 1989/06/30●初版
価格 1165+税(3%)
発表雑誌/発表場所 「週間新潮」
作品発表 年月日 1988年(昭和63年)7月7日号~1989年(平成元年)3月9日号
コードNo 19880707-19890309
書き出し ミュンヘンの南、シュルタンベルグ湖の北寄りにあるベルクの船着場では、日本人の男たちが九人、レストランで他の外国人とともに遊覧船の来るのを待っていた。小レストランのまわりは、前面に湖がひろがっているほかは深い森林に囲まれていた。桟橋に向かうところに遊覧船の切符売り小屋がぽつんとあって、土産物店ひとつなかった。ベルクの町の中心地は東に一キロ離れたところにある。日本人一行はさきほど近くのベルク城の庭園をのぞいてきたのだった。九月のはじめで、日本より早く秋がくる西ドイツのバイエルン州だが、ここの森はまだ緑であった。湖岸に沿う森林の間には一条の細い小径がついている。小径は奧へたどっていけば水面に建つ朱塗りの十字架が見られる。だがそこまでは六キロの距離と聞いて、平均五十歳の九人は断念した。
あらすじ感想 登場人物に外国人(カタカナの名前)が、多いと苦手だ。カラマーゾフの兄弟を読んでみたくなり、読み始めたが続かなかった。
それから、翻訳物は手に取ることもなくなった。10数年前の話であるが...

「赤い氷河期」は、「週刊新潮」に連載されている。(1988年(昭和63年)7月7日号~1989年(平成元年3月9日号))
清張略歴に、1987年7月29日、長編「赤い氷河期」と「詩城の旅びと」の取材のため、ヨーロッパに出発、ドイツ、オーストリア、
リヒテンシュタイン、スイス、フランスをまわって8月12日帰国。と、記載されている。
帰国後すぐに連載開始。連載終了後(1989年3月)直ちに単行本になっている。((株)新潮社:1989/06/30●初版)
「赤い氷河期」の上巻に、栞がわりに名刺サイズのカレンダーが挟んであった。それが1989年の物で発売後すぐに買った物と思われる。画像の拡大表示
小説の舞台は、ヨーロッパ。取材旅行の成果なのか、それなりの構想があっての取材旅行だったのか?
書き出しの通り、
>ミュンヘンの南、シュルタンベルグ湖の北寄りにあるベルクの船着場では、日本人の男たちが九人、レストランで他の外国人とともに
>遊覧船の来るのを待っていた。
男たちは、行政制度視察団の一行。
視察団の案内人は商社の次長。衆院委員会事務局員の青白い顔をした男が鴎外の「うたかたの記」を引用した説明に小声で横槍を入れた。
もちろん、一通りの説明が終わった後で、小声で話しかけた。
二人の話は、他の者には聞こえない。話の内容は、この小説のテーマでもある「エイズ」に関連する。見事な伏線である。

視察団の一行の議員が湖に浮かぶ西洋土左衛門(議員の表現)を発見する。後に首なし他殺死体と分かる。これも伏線。


●エイズその実像
70年代末から80年代はじめにかけてHIVの大流行が始まったオーストラリアとニュ ージーランド、北アメリカ、西ヨーロッパの先進国には、
WHOの推計によると150万人以上の成人感染者がいる。そのうち推定100万人余りはアメリカの感染者である。
これまでのところ、先進国の中でもっとも多くのエイズ症例が報告されているのはアメリカで、1992年末の時点で、
人口10万人当たりの累積患者数は114人にのぼっている(先進国で第2位、第3位であるスペインとフランスの、
同時点での数字はそれぞれ44人と40人である)。すでに80年代末で、エイズによって死亡したアメリカ人の数は、
朝鮮戦争とベトナム戦争でのアメリカ人戦死者の合計を上回っている。

衆院委員会事務局員(書記)は、ホテルのレストランで、ひとりコーヒーを飲んでいた。レストランのウエーターに日本人だからだろうが、
客を案内された。相席になった日本人の男は、書記に話しかけてきた。
>「こんどはどういう名目の視察団の先生がたがおいでになったのですか」
男は、書記が付けているバッジが議員か、議員秘書か、事務局職員かうすくらい中で見分けていたのだ。
書記は驚いたが、冷静に考えれば、案内役の商社員の同僚ではと考えた。
書記は自ら名乗り、男にそれとなく商社員かを確かめた。
>「とんでもありません、申しおくれましたが、こういう者でございます」名刺を差し出す。
○アイデア販売業 福光福太郎  ○ヒント・コンサルタント 田代明路

福光福太郎こそ、この物語の主人公だ。
問わず語りに、福光福太郎は名刺の内容を語り始める。書記は胡散臭さも感じながら、半分は圧倒されていた。
福光福太郎は、他のテーブルで話している二人づれの男たちが、音楽家でホモであると告げる。話題を「エイズ」に向けて話を続ける。
別れ際に、福光福太郎は、この地に来た目的を、首無し死体の身元を確認するためだと告げた。

IHCの建物は、スイスのチューリッヒにあった。山上爾策は、IHCの調査局調査部調査課長。東京大学医学部卒、IHCに入るまでは、WHOにいた。
局長は、エルンスト・ハンゲマン。大学の元教授。頭は禿げ上がって、温和な眼をしていた。五十二歳 
「赤い氷河期」は、長編だが、主立った登場人物は比較的少ない。
IHC(この小説のモデル?)
(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

免疫染色免疫組織化学(Immunohistochemistry; IHC

全体を通して「エイズ」を「新型コロナウイルス」に対比して読むと示唆に富んでいて面白。予言的でもある。
「...エイズがはじめてあらわれて、二十年以上になります。なのに、ワクチンや治療薬の開発は未だです。...
癌の療法の現状と似ております。」

そう言えば、『癌』のワクチンなど聞いたこともない。『ペスト』のワクチンも聞いたことがない。
山上は、川島亮子から電話をもらった。相談があるというのだ。亮子は、「日本橋」という日本料理店のマダム。
夫は、骨董屋で、ベンドルという。後に何者かに殺される。
相談は、「ユリアさんのことです」と亮子は言った。ユリアはハンス・オリヴァー商会のバー奥さん。食料品店のマダム。
ユリアの主人がエイズ患者だという。山上は、この場でユリアに会うことになった。
ユリアは、四十二、三だが五十過ぎに見えた。栗毛の髪、角張った顔、頬が削げていた。
ユリアの相談はエイズのことではなく、、夫の隠し金を手に入れるための相談だった。エイズで脳障害が進んだ夫から口座番号も聞き出すことが出来ず、
銀行も支払いに応じなく困り果てての相談だった。亮子がドクトル・ヤマガミ(山上爾策)のエイズの講演をユリアに話したことが事の顛末だった。
もちろん、山上では解決できない話だ。

エルンスト・ハンゲマンは、山上に言った。

「私はソ連も共産主義も好きではないが、そのエイズの隔離政策にはまったく敬意を表します。
こうなると、人類生き残りのためには絶対主義を賛美したくなります。....」

ソ連を中国と読み替えると、今に通じる。
山上は、ユリアのことが気になり、グロックナー個人銀行へ向かった。亮子はそこに居た。
一人でグロックナー個人銀行へデモを掛けたユリアが完全勝利したというのだ。ここで、山上は、福光 福太郎を紹介される。
山上は、衆院委員会事務局員(書記)が見せられた名刺を見ることになる。
名刺を見た山上は、ユリアの一人デモのアイデアが福光であることを悟る。

ペター・ボッシュとは、シュルタンベルグ湖の首無し遺体の男。西ドイツの衛生薬品会社販売部地方担当係長、三十二歳。
福光は、血友病患者の被害者団体の中で過激な者が、「ヒットラーの遺産」取りに見せかけて殺したのだろうと推測した。
世間で噂される「ネオ・ナチ」運動の連中の仕業とは考えなかった。

山上は、亮子から福光の伝言を聞いておおよそのことを理解する。
山上は、ハンゲマン局長への報告を躊躇した。ハンゲマン局長が首無し遺体の事件を「ネオ・ナチ」の連中の仕業だと確信しているからだ。
山上はその後の方策を福光と相談するつもりだったが、ハンゲマン局長には言わなかった。局長は山上の報告を聞いても論理の飛躍を指摘し
自説を曲げなかった。

神出鬼没の福光福太郎は、何が目的なのかバーデン・ヴェルテンベルク州からシュヴェビッシェアルプス山脈の尾根に向かう、秘境をを進む事に決めた。
アンスバッハ市の画材店で水彩絵具を一揃い買った。辺鄙な田舎や山奥へ行くので馬を使いたいと、馬の調達を試みる。
ここからしばらく福光の馬での旅が続くが、その目的が判然としない。
福光の馬による冒険の旅は、画家のスケッチ旅行を名目に、それも、廃墟に等しい修道院や古城を巡る旅だった。
福光の見た光景は、古城の主や修道院の聖職者がエイズに冒され荒城の地下囚人室や井戸へ投げ入れられた跡だった。
修道院の、閉ざされた世界のホモセクシャルな光景を暗示的に、エイズに絡めての描写続く。
福光の目撃したものは
>やがて、院長の緩み歪んだ口の隅から涎が流れだした。彼はそれを拭おうともしなかったので、涎は白髭にかかり、水飴のように台の上まで垂れた。

福光の旅は終わりを迎える。
鴉の大群に襲われた福光は、馬もろとも、谷底へ落ちた。

一命を取り留め、入院中の福光を山上爾策は見舞った。
ここで、上巻が「終わり」
正直、ついて行けない。大した事件は起きていない。福光福太郎とは何者だ! 清張は、書き始めに結末を予定していたのだろうか?

福光福太郎は、別名田代明路と言った。下巻ではヘル・タシロとして活躍する。ヘルとはドイツ語の敬称らしい。
山上は、ヘル・タシロの使いという女、マリーに、福光が、ジルト島に居ると教えられる。ジルト島は、その形から、「幽霊島」(ファントム)と呼ばれる。
福光と再会した山上は、あの福光の旅が、「白孔雀」と「彩色の淡いタペストリー」を探す旅であったことを語る。
福光もそれを認め、「白孔雀」と「彩色の淡いタペストリー」を見つけられなかったことを白状する。
福光が修道院の中で見たのは、
「恐ろしいことです。狂気の院長がたった一人で説教をしていました。エイズになってウイルスに脳を冒されたのです」

下巻では視点を変えて読むと面白いとも言える。ストーリーとは関係なく、エイズがテーマだが、「新型コロナウイルス」に読み替えて読んでみた。
◎感染者数が一億五千万人に達しようとする現在、どうしても感染経路を断つ有効な手段は隔離しかない。
◎ウイルス兵器説:意識的にウイルス兵器として、あるいはそれに近い目的で製造...(ソ連の.../中国?)
◎最後に生き残れるのはソ連でしょうな(福光/中国?)


マリーに聞かされた、福光が「ジルト島」へ居るとの言葉に誘われるように「ジルト島」へ渡る。
エレーナは、二十七、八歳。福光の下部のような女。
山上が、「ジルト島」に福光が予定している「花壇予定地」を探しあぐねているとき、エレーナが現れる。福光が居る場所への案内役となる。
勿論、福光の指示である。

荒唐無稽な兵器として、エイズウイルスを花粉に乗せてばらまく「製造工場」がこの「ジルト島」にあるのではないか?
兵器としての「エイズウイルス」は、遅効性だとも言える。発病までに時間が掛かる。
福光は、「エイズウイルス」の突然変異が、即効性の近道だという。
また、「エイズウイルス」と「インフルエンザウイルス」の結合がアイデア販売業福光のアイデアか...

福光が、「エイズを入らせない島」と言ったのは反対で、「エイズを送り出す島」なのでは? 山上は考えた。

「ジルト島」の荒廃した砂丘の丘に王宮の館が存在した。館の二階は祭壇も備えられ聖地の離宮然としていた。

次第に福光の正体が分かってくる。怒濤の結末へ向かって...
「社長は、ここではフクミツとはいいません。ヘル・タシロとかグラーフ・タシロ」とか呼ばれています」
「Graf?」 伯爵とは?
なぜ福光君がタシロ伯爵なんですか
「フクミツはペンネームです。タシロが本名だということです」
「田代が彼の本名だって?」

「ホーエンツォレルン家の遠縁が」
「Thassilo Graf V Zollern」ですとレレーナは云った
ツォレルン伯タシロ五世...山上は呟いた。(ホーエンツォレルン家/タッシロツォレルン伯
田代明路は、ツォレルン伯タシロ五世。福光は、本名の田代の発音が似ているということで、王党派の王に擬態していた。
そして、彼自身が目撃した、エイズに脳を冒されていた狂気の院長になろうとしていた。

最後は、ノアの箱舟か?
「ジルト島」は、高波に飲み込まれようとしていた。
高台の館が、安全と云っていた福光の根拠が、高波の訪問は数年に一度、伊勢湾台風なみ。
だが、まさにこの地が飲み込まれようとしていた。数年に一度が今日のような気配だ。
最後の晩餐が始まろうとしていた。自身も王党派のエルンスト・ハンゲマンもそろった。

  福光:「ハンゲマンさん。乾杯しましょう」
  ハンゲマン:「乾杯? なんのためだ?」
ハンゲマンは疑わしそうに彼を見上げた。
  福光
「地球上から戦争が不可能になりつつあることです。エイズが人類から戦争を捥ってゆく方向にあることです」
二人は乾杯をした。

清張のSF作品と言えば、唯一『神と野獣の日』だと思っていたが、この作品もSF的であり、近未来小説とも言える。
内容に、『神々の乱心』に通じるものを感じた。

◎宗教はダメです。ユダヤ教もキリスト教もイスラム教も、エイズの前にはいっさい無力です。
◎「地球上から戦争が不可能になりつつあることです。エイズが人類から戦争を捥ぎ取ってゆく方向にあることです」(福光)
◎「莫迦にしているからだれも気がつかない。エイズウイルスを強力にするには、突然変異を起こさせる以外に方法はないのです」
(これは新型コロナでも?)


あらすじ・感想としてほとんど触れなかったが、単行本の帯に、『科学資料を駆使して描く驚愕の最新長篇』とあるように、SF(サイエンス・フィクション)
作品と言える。


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●ジルト島
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ジルト島、ジュルト島 (Sylt) は、ドイツ北端部シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州に属する島である。
北フリジア諸島を構成する島の1つであり、北フリジア地域で最大の島である
.画像の拡大表示
●ソドムとゴモラ(「赤い氷河期」の原題は、「赤い氷河-ゴモラに死を」)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
『ニュルンベルク年代記』に描かれたソドムとゴモラ
破壊される街から脱出するロトと妻子だが、神の言いつけを破って後ろを振り向いた妻が塩の柱になり始めている。
ソドム(ヘブライ語:סדום、英語:Sodom)とゴモラ(עמורה、Gomorrah)は、聖書に登場する都市。
天からの硫黄と火によって滅ぼされたとされ、後代の預言者たちが言及している部分では、
例外なくヤハウェの裁きによる滅びの象徴として用いられている。また、悪徳や頽廃の代名詞としても知られる。

ソドムの罪(ホモ・セクシャルときにソドミー)については、古来、『創世記』19章前半、
特に19章8節のロトの提案内容から推察して、甚だしい性の乱れが最大の原因であったとする
見解が一般的である.画像の拡大表示


2020年08月21日 記
作品分類 小説(長編) 455P×610=277550(228P+227P)
検索キーワード エイズ・アイデア業・IHC・WHO・行政制度視察団・シュルタンベルグ湖・タシロ伯・修道院・首無し死体・幽霊島・王党派・ジルト島・高波・ゴモラ
【帯】エイズ! 世界を恐怖に陥れたウイルスはヨーロッパ山岳地方にまで侵入し、人類滅亡の歌を密かに唱っていた・・・・・・
登場人物
福光 福太郎(田代明路) アイデア販売業。ヒント・コンサルタント業では、田代明路と名乗るが、福光福太郎の本名。ヒント・コンサルタント業。ツォレルン伯タシロ五世。
田代 明路(福光福太郎) 福光福太郎の本名。ヒント・コンサルタント業。ツォレルン伯タシロ五世。アイデア販売業。ヒント・コンサルタント業では、田代明路と名乗る。
山上 爾策 IHCの調査局調査部調査課長。東京大学医学部卒、IHCに入るまでは、WHOにいた。
エルンスト・ハンゲマン IHCの局長。大学の元教授。頭は禿げ上がって、温和な眼をしていた。五十二歳。山上爾策の上司 
川島 亮子 「日本橋」という日本料理店のマダム。山上爾策のエイズに関する講演会に出席。夫は骨董屋で、ベンドルという。後に何者かに殺される。
へレーナ  ツォレルン伯タシロ五世の下部。高潮に飲み込まれる、ツォレルン伯タシロ五世こと、田代明路の館で最後を共にする。
ユリア 四十二、三だが五十過ぎに見えた。栗毛の髪、角張った顔、頬が削げていた。
ユリアの主人がエイズ患者だという。山上は、川島亮子の仲介で、ユリアに会う。彼女もエイズに感染

赤い氷河期